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翠三葉は翠朋也で出来ている


 久しぶりのデートは楽しすぎた。

 映画、食事と一般的なデートコースだったが、三葉の心は跳ねっぱなしだった。

 なせ、こんなに好きなのだろう?

 絡めた腕の先にある横顔を見つめる。

 再会して8年、結婚して6年、出会って16年。見飽きないその横顔を眺める。

 39歳になるが20代でも通る、朋也はとても童顔だった。整った可愛い犬系の顔、身長は178cmと以外と高いのだが余りに顔が可愛いからかそれほど高く見えなかった。

 出会った時、中学生だと思っていた。まさか成人男性だと三葉は思っていなかった。

 近所のお兄さんに気づかれた、そう思った。

 三葉の目線まで屈んで合わされた視線からも、声音からも、心音からも、誠実さしか伝わってこなかった。この人は嘘をついていない、本当に自分の事を心配してくれている、それが痛いほどわかった。

 警察官であるということ、大人であることはその後すぐにわかったのだが、その時にはもう信頼していた。

 だから博士から教えられた、見つかった時の対処方法をちゃんと実行した。

 三葉が信頼できると思った人に何も隠さず、ありのままを話せばいい、博士はそう教えてくれた。

 「視線が痛い」

 ぶっきらぼうに放たれた言葉も温かい。

 朋也の言葉には温度があるといつも思う。

 「本当に変わらないね」

 「変わってないなら、もう見飽きていいよ」

 「いやいや、見飽きるほど見つめさせてくれてないでしょう」

 自然と不満が顔に出る。

 「結婚して6年経つけど、一緒にいたのって二年分ないくらいだよ。まだ新婚と言っていいと思う」

 任務に就いている時は声も聞けない、通常の連絡は取れずいつも何かのゲーム内でプレイヤーとして連絡を取るのだ。

 何処のスパイだと、いつも三葉は不満だった。

 これでもかとくっついている三葉の頭を、朋也がクシャっとかき分ける。

 「ふふ」

 幸せ。

 これが、私の幸せ。

 三葉は絡めた腕に力を入れた。

 「あれっ!」

 前を歩いていた男が放ったその一言が、パンパンに膨らんだ幸せ気分を割った。

 朋也が立ち止まり、男が指さすその先を見上げた。

 三葉も釣られて見上げる。

 そこには子供がぶら下がっていた。

 一階にコンビニが入ったそのビルの5階のベランダの柵に子供がぶら下がっていた。

 「おい、やばくない」

 通行人が次々異変に気付き足を止めて上を見上げる。

 「三葉、何かない?」

 朋也の声が突き刺さる。

 「えっ?何かって言われても」

 声から緊張が伝わったが、三葉には戸惑いしかなかった。

 「三葉、お願い」

 肩を掴まれ瞳を覗き込まれる。

 そのビームは三葉の心臓を打ち抜いた。

 「5メートル戻った路地奥に、ベッドマットの粗大ごみ」

 頭の中の映像がコマ送りで巻き戻る。

 「そこの二人、あそこの路地の奥にベッドマットが捨ててあるから運んで」

 朋也の声には有無を言わせない力があった。声を掛けられた男が二人路地の奥に消えた。

 「あそこのお店にブルーシートが売ってる」

 三葉は三軒先の古びた日用雑貨店を指した。

 言葉が終わるや否や朋也は駆け出した。

 路地に走った二人がベットマットを運んでくるのと朋也がブルーシートを買って戻ってきたのはほぼ同じだった。

 三葉は上を見上げた。

 子供の位置を確認する。

 三葉の脳が五感から手に入れた情報を目まぐるしく処理していく。

 「ここに置いて、ブルーシートは広げて四方を持って」

 「そこの人、手伝って」

 朋也の声に指名された男が反射的に駆け寄ってきた。

 「もう、我慢できない」

 独り言のように三葉は言う。

 「早く」

 ベットマットの上に2メートル四方のブルーシートが広げられる。

 「落ちる」

 三葉の声に合わせる様に、子供の悲鳴が短く響いた。

 「今!、しっかり握って」

 その号令に男たちが力を入れた瞬間だった。

 ボン、鈍い音と塊がシートに落ちてきた。シートをクッションに子供はマットに沈んだ。

 静けさがその場を包んだ。

 ブルーに包まれた塊が動く。

 「大丈夫か?」

 朋也が声を掛ける。

 子供は弾けたように泣き出した。

 呆然とシートを掴んでいた男たちもその声に我に返った。

 周りを取り囲んでいた野次馬たちから、安堵の声が広がっていく。

 朋也は子供に近づき優しく抱き起した。

 「三葉、診て上げて」

 朋也の声だけが聞こえる。

 だけど、理解が出来なかった。

 三葉はただ立っていた。

 泣きじゃくる子供をもう一度ゆっくり寝かすと、朋也は三葉の肩を揺すった。

 「三葉、あの子を診て上げて」

 「やだ」

 心の声だったが声に出ていた。

 「救急車くるでしょ?私、小児科じゃないから、ちゃんとした先生に診てもらった方が、」

 「お願い、診るだけだから」

 見つめられたその瞳はもう凶器でしかない。

 でも、三葉は動かなかった。

 「お願い、三葉」

 朋也の顔が近づき、熱のこもった声が耳元でする。かかる息も熱い。

 ズキューーーン。

 撃たれた三葉は抵抗など出来なかった。

 さっと子供の横にしゃがみ込んだ。

 「こんにちは」

 男の子は鼻を啜りながらも、声に反応した。

 「僕、ちょっと身体触るね」

 三葉はゆっくりと肩に手を置いた。男の子の身体が跳ねた。

 「痛いか」

 三葉の手はゆっくりと腰、足と下がっていく。

 一通り確認すると三葉は立ち上がった。

 「肩が外れてる、あとは病院でしっかり検査受けないとね」

 終わったとばかりにその場を離れようとした三葉の腕を朋也が掴んだ。

 「治してあげてよ。肩戻すの難しくないでしょ?」

 三葉は「えっ」と目を剥いた。

 「動かさなきゃ痛くないから、病院に行ってからで大丈夫だよ」

 「ごめんね、三葉。疲れてるよね?帰ったらいっしょにお風呂入る?マッツサージするよ」

 バッキューン。

 大砲の威力があった。

 三葉の身体は自然と男の子の横に戻りその腕を掴んでいた。

 「僕のお家はあそこなの?」

 その言葉に男の子が部屋の位置を見上げる。その瞬間に三葉は力を入れた。コキ、という音と共に肩は正常の位置に戻った。

 「腕、動かしてみて」

 ぽけっとしていた男の子は言われるがままに肩を動かす。肩はくるっと動いた。大きな目で男の子は三葉を見つめた。

 ピーポー、ピーポーと聞き慣れた音が交差点を曲がってきた。

 「ちゃんと病院で見て貰うんだよ」

 笑いかけた三葉に、男の子も笑顔で応えた。

 そんな二人を横目に朋也はビルの裏側へと回っていった。

 完全に裏に回ると携帯を取り出し、電話をかけた。

 「あ、沢口さんお疲れ様です。翠です」

 「おう」

 電話口からくぐもった声が聞こえる?

 「今大丈夫ですか?」

 「おう、すまん、飯食ってただけだ」

 声がはっきりとした。

 「今、S区で偶然マンションから落ちそうになった男の子を助けたんですが、」

 「おう」

 状況が飲み込めなくても話を遮らない、沢口はいつも冷静だ。

 「虐待かもしれないです、こっちに知り合いいないですか?」

 「おう、S区だな。いる、頭の固いおっさんが。連絡しとく」

 いつでも話が早い。

 「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 電話を切って戻ると、救急隊員と三葉がもめていた。

 「どうした?」

 近づいて、三葉に問う。

 「この子の家にいったけど誰も出てこないんだって。それで、私に付き添えっていうのよ」

 頭を撫でて三葉をなだめると、三葉は簡単に機嫌を直した。

 朋也は対応を変わると、救急隊員に自分の名刺を渡す。

 「外せない予定があるので、後はお願いします。何かあったらこちらに連絡下さい」

 手招きで近くの警官を呼ぶ。警官にも事情を説明して後を頼んだ。

 「三葉、色々ありがとう。さあ、帰ろうか」

 その笑顔に、三葉はとろけるような笑顔で応えた。

 「うん」

  

 

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