翠三葉は翠朋也で出来ている
凜にはある目算があった。
その目算が外れていればどんな悲劇が待っているか分からないが、それでもその賭けに勝つ自信があった。
わざと空き家を用意して孤独な若者を誘い、攫っている者が組織的な悪党ならば、その目的は金という事になる。
勿論、人身売買で売られえる人間の使い道は色々あると思うが、性的な目的以外なら臓器売買ももちろんしていると睨んだのだ。
そして、自分はそういった意味でレアな血液を持つ商品となり得た。
稀血。
凜の血液型はそう区分されるものだった。
「お疲れ」
薄ら笑いを顔に張り付けて今日も男はやって来た。
「今日で最後のお仕事だ。さあ行こうか」
そこは初日と同じ場所だった。
そして初日に見たような長い筒状のものが置かれていた。
男がその筒に手を置いて優しく撫でた。
「今日のこれ、お宝だから、丁寧に扱えよ。出して、身体を清拭して、着替えさせて、あの箱に移動だ。とにかく丁寧扱え。かすり傷一つつけるなよ」
男は念を押して出て行った。
三日間水しか飲んでいない、朋也もアキも倒れはしないが身体に力が入らなかった。初日と同じくカッターを使い筒を切り開いた。
カツッと刃が何かに当たる。
「堅い」
初日の中身は緩衝材に包まれていた。
でも今回は違う。二人はゆっくり慎重に段ボールを切り開いていく。端まで行くと真ん中から毟るように段ボールを剥す。
中から透明な楕円上のカプセルのようなものが出てきた。SF小説の中に出てくるような冷凍カプセル、その中に女性が一人横たわっている。
「凜さん・・・?」
カプセルに向かって朋也が呟いた。
「リン?この人を知ってるのか?」
朋也の声に反応しながらアキはカプセルに近づいた。
中央側面についた窪みに手を入れカプセルを開く。
カプセルは音もなく開いた。
顔を確かめようと朋也も近づく。
「やっぱり、凜さんだ」
髪の毛を剃られていたので人違いかとも思ったがそれは凜だった。
朋也は息を呑んだ。
「なんで?」
情況が把握できない。
ふとアキを見ると、アキは顔を覗き込むよう近づいたまま固まっていた。
「あきお?」
朋也は呼びかけた。アキはピクリとも動かない。
「どうした?」
朋也が肩に手を置いた瞬間、アキはバネ仕掛けのようにその手を掴んだ。
「なんて言った?」
「はっ?」
朋也には状況が掴めない。
「名前、言っただろう?」
アキの声音が変わった。
「あっ、ああ。凜、野坂凜っていう人なんだよ」
ぐるんと首だけ動かしてアキは朋也を見つめた。
「のさかりん?」
「ああ、知り合いだ」
「知り合い?」
アキは自分の頭の中を整理するように朋也の言葉を繰り返した。
朋也はアキの手を振りほどいた。
情況は分からないが、このままではまずい。そう直観した。
「あきお、動け。体を風呂に運ぶぞ」
そうアキの耳元で強く命令した。
その言葉にアキも反応してゆっくりとではあるが足元に回った。二人はバスルームまで凜を運ぶと、朋也が凜の身体を洗った。
アキは凜を運び入れる方の箱を開けに行く。長方形の木箱の蓋をあけると、やはり透明のカプセルが出てきた。そこにはマットレスが引き詰められていて、簡易ベッドのようになっている。
そこに着替え一式が置いてあった。
真っ白な手術着のような上下とシャツとオムツ。
アキはそれらを掴むと朋也の所まで戻る。バスタオルで包んだ凜を床に置き、朋也は丁寧に腕を拭いていた。そして、凜の脇の下にベルトのバックルの裏から剥したテープで発信機を張り付けた。
アキから着替えを受け取り二人で素早く服を着せる。
二人は新しいカプセルに凜を運び、寝かし、箱の蓋を閉めた。
そして、その場にしゃがみこんだ。
「あきおも凜さんを知っているのか?」
朋也の口は全く開いていないが声が言葉になった。
「うん」
アキはそれだけ答えた。自分は朋也のような技は使えない。
でもその瞬間だった急に眠気が襲ってきた。「ヤバい」本能的にそれがわかったがもうどうしよもなかった。
薄れゆく意識で朋也を見る。
朋也も同じようにアキを見つめていた。




