翠三葉は翠朋也で出来ている
凜はいつもの定位置に足を抱え込んで座った。それはその部屋の死角になる場所で、誰の目にもパッと見ただけでは触れない所だった。
今日は凜の他に何度か見た男の子と初めて見る女の子がいた。
二人ともかなり幼い顔つきをしている。
15、6歳だろう、二人は楽し気に言葉を交わしている。
凜は聞くとはなしに二人の会話に耳を傾けた。
「お腹空いた、ここって食べ物あるの?」
男の子は首を振る。
「誰かが持ってくるとあるんだけど、今日は誰もいない。俺も金ないし。水道は出るから水は飲めるよ」
「何だ、食べ物があるかと思ってた」
女の子の手は知らず知らずのうちにお腹に置かれた。
「台所で何か探してみる?何かあるかも」
二人は連れだって部屋を出て行った。
竜にアキの話をした後、何をしているか本当に分からないか聞いた。
竜は少し考えた後答えた。
「綺羅っていう女の子を探していた」
「綺羅?」
「路上で倒れていて、アキが私の所に連れてきた。うちで面倒見ていたんだけど、逃げちゃったの。一つの所に居られないと思う訳があったのね。居場所だけは知っときたいと思ってアキと探したの。見つかった後の話しは聞いてない。だけど、きっと綺羅を救おうとしてる」
竜はあなたには分かるよねと瞳で語った。
分かる、アキはその子を助けるためなら何でもするだろうということが。
でも、それ以上の事は分からなかったと、竜は続けた。
「綺羅の居場所はその後わりとすぐにつかめたんだけど、その後はアキに任せてたの。アキも何も言ってこなかったし」
その後アキの行動が変化したのだと言う。
何か危ないことに足を突っ込んだ、そう確信したがアキは何も話さなかった。
竜はため息をついた。
「その綺羅という女の子はどこにいたんですか?」
「たまり場みたいな家。空き家だったのか、たむろしていた中に持ち主がいたのか分かんないけど、家出したり行き場のない子たちが勝手に使っていた家」
「そこは?」
「今は普通の家に戻ってる。普通の家族が普通に暮らしてる。新しい持ち主なのか、元々の持ち主なのか分からないけど、嘘のようよ」
「そうなんですか・・・」
凜の頭の隅に何かが引っかかった。
眉を寄せその引っかかりに焦点を寄せる。
何だろう、誰かに同じような話を聞いた。
目を閉じ、ゆっくり頭の中の記憶を追う。制服、女の子だ。そう、高校。
凜は思い出した。
凜は都内の高校に月一でカウンセリングを頼まれている。朝から一日学校にいるのだ。その高校では、月の第一月曜日にカウンセラーが在中していることが周知されていて、相談者はいつでも訪問可能という事になっていた。
建前だけの相談室という形だが、意味はちゃんとある。少なくても凜は誰かのSOSを聞き逃さない様にその仕事に取り組んでいた。
でも、あまり重々しい相談はなく、だいたいは軽いストレスを発散していくという内容が多かった。その日も受験ストレスで行き詰っている女の子が相談にきた。
塾の帰りに家に帰りたくなくなるのだとその子は言った。
コンビニに寄りそこで時間を潰すのだと。
「ただぼぉーとしてるんです、その内父親から電話がかかってきて。そしたら、帰るんです」
そう笑った。
「でも、昨日はちょっと冒険しちゃった」
「冒険?」
「声を掛けられて。何してんの?って。ぼぉーとしてる、って言ったら、家こない?って」
「ついて行ったの?」
「うん」
少女の瞳は少し恥じらうかのように下を向いた。
「その家、普通の家で行ったら他にも何人かいて。でも、誰もその家の子じゃないみたいだった。何か不思議な場所。楽しくしゃべってたんだけど、父親から電話かかってきたの。そしたら、急に帰んなきゃってなって。すごく楽しかったのに急に、違うって」
その子は上目づかいで凜の顔を見つめた。
「怖くなった」
凜は黙ってその目を見つめた。
「もう、塾からすぐ帰れる?」
「うん、父親が迎えに来るようになった」
「そう」
これはあまり心配ない、そう凜は思った。だけど、軽い気持ちで誰もが立ち寄る家。避難所のような形で何かの管理下にあるとは考えにくい場所。その場所にちょっと引っ掛かった。
「塾はこの辺?」
「うん、○○」
学校の最寄り駅の目の前にある塾だ。
「その冒険したお家はそこの近く?」
「うん、歩いて行った」
あまり気にしていない様子の彼女に凜は強めの口調で釘を刺した。
「冒険には危険が伴うのよ。何もなくて良かったけど、これからはもっと自分で気を付けて、自分を守るのよ」
「はーい」
彼女の返事は軽かった。
次の日から凜は仕事帰りにジーンズとパーカーというラフな格好に着替え、その駅付近で座り込んだ。駅、コンビニ前、公園と毎日。そして声を掛けられた。知らない子に。
「行くとこない?この近くにいいとこあるよ」
そしてここに居る。
この場所はアキに繋がる、そう確信していた。




