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翠三葉(あおいみつは) は 翠朋也(あおいともや) で出来ている  作者: 椛こま


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翠三葉は翠朋也で出来ている 


 結局、凜はアキと朋也の後を追うのを止めた。

 ホテルを突き止めたが、毎日そこを見張っている訳にもいかず、また出てきた二人を尾行するのはもう得策ではないと判断した。

 冷静になった凜が次に取った行動、それはあのバーに行くことだった。

 名前のないバー。

 アキとマスターが揉めていた日から丁度一週間経っていた。

 この店が何時から開いているのかは知らなかった。環とここに訪れた日は、いつも環の仕事が早く終った日だった。だから、凜はその時間に店を訪れた。

 ドアには「OPEN」と書かれた簡素な看板がかかっている。

 ドアを開けるとカウンターにいたマスターと目が合った。

 「いらっしゃいませ」

 マスターは笑顔で迎え、どうぞと手招いた。

 凜はカンターに座った。

 幸い店には他に客がいなかった。

 「お一人?」

 グラスに入った水を差し出しながらマスターが声を掛ける。

 「ええ」

 凜は答える。唇を軽く噛み少し思案したが、凜は思い切って口を開いた。

 「マスターにお聞きしたい事があるんです」

 突然の事にマスターのおしぼりを出す手が止まる。

 凜の真剣な瞳とマスターの怪訝な瞳がぶつかる。

 「教えて欲しいんです。先週、店の裏口でマスターと話していた人のこと」

 マスターは質問には答えず、おしぼりを凜の前に差し出した。

 「どうぞ」

 凜はそれには手を伸ばさず、じっとその先の男の目を見つめた。

 マスターは一時も視線を外さずその瞳をねめつけた。

 「どうして?」

 痛いぐらいの視線とは違い言葉は優しく穏やかだった。

 「兄なんです」

 凜はここに来た時から下手な駆け引きはしないと決めていた。ただ真実だけを話そうと。

 「私たちは子供の頃、怪物に飼われていたんです。私と母と兄と。兄は私たちを救うために怪物を殺した」

 凜は言葉を切った。

 マスターに言葉が伝わるのを少し待った。

 「そして、私たちは兄と一方的に別れた。私はずっと兄を探していたんです」

 沈黙が二人の間に佇む。

 「あなた、お名前は?」

 「凜、野坂凛といいます」

 マスターは急に後ろを向いた。立ち並ぶ酒瓶の中から一つを選び、ショットグラスに注ぐ。そしてそれを自分で一気に呷った。くるっと回りまた凜に向き合う。

 「竜よ」

 さっと手を差し出す。凜はその手を握った。


 三葉と環は反対側の道路を歩く凜を見ていた。

 「本当に後悔しませんよね?」

 三葉は念を押した。

 「しない」

 環の答えは簡潔だ。

 二人は一応パっと見でバレないように変装していた。というか環が男装していた。高身長でスマートな環は普段から男に間違われることもあるぐらいなので、スラックスにワイシャツというスタイルで十分な男装となっている。

 「いったいどこへ行くつもりかしら」

 言葉遣いまでは直していない。

 「この辺ってよく来ます?」

 「よくは来ない」

 即答だ。

 「ですよね」

 三葉もすぐに納得する。二人の職場からも遠い繁華街に、人込みの嫌いな凜を連れて環がよく来るわけはなかった。そして、凜は一人ではほとんどいやまったく出掛けないのだ。環と一緒なら出掛けるが、環がいなければ職場とマンションを往復するだけの生活が基本だった。

 その事を知っているだけに、凜が一人で繁華街を歩いているこの事実だけで環の不安な気持ちを察することが出来た。

 若者たちの間を縫う様に凜は歩いて行く。目的がはっきりとしている歩み方だった。

 更に数百メートル歩いて凜は路地に入って行った。

 三葉たちは凜の入った路地を確認すると小走りで道を渡った。急いだものの路地のその先に凜の姿はなかった。

 立ち止まって三葉は集中する。

 「見失った?」 

 環が集中を妨げるがその口を手で制して、三葉は耳を澄ます。

 「います」

 三葉はしっかりとした足取りでその先を目指した。環は黙ってついて行く。

 たった一本道を曲っただけで景色は様変わりしている。さっきまでの人込みが嘘のように消え、その路地には人の姿はなかった。

 200メートルぐらい進み三葉は足を止めた。

 ビールケースが乱雑に置かれた先にドアがある。

 裏口だと思われるその奥に凜がいると三葉の目が言っている。

 二人はそこで数秒目を合わせた。

 ここに立ち尽くしている訳にはいかない。ドアが開いたら二人は丸見えだ。隠れる場所もなかった。

 その路地の先は行き止まりという事を確かめ、二人は大通りまで戻った。

 「ここで待ちます?」

 三葉は環に確かめる。

 環は顎に手をやり、暫く考えた。

 「いや、帰ろう」

 ここ居れば戻ってくる凜を見つけられる確率は高いだろう、だがあのドアが裏口なら表があり、どこから凜が出て行くかは分からない。しかも凜が一人そこから出てきた所を見たとして何になるだろう?環は首を振った。

 「ですよね」

 三葉も納得する。

 二人は路地を背に歩き出した。

 言葉もなくしばらく歩く。

 「・・・会話聞こえました」

 ぼそり、三葉が口を利いた。

 「お兄さんの話をしていました」

 環を足を止めた。

 それに気づき三葉は振り返った。

 「環先輩?」

 足元を見つめ固まっている環に声を掛ける。

 環は返事をしない。

 三葉は黙って環を見つめた。

 三葉は凜の兄の存在を知らなかった。というか、凜の家族のことなどまったく知らなかった。

 でも、環の表情から環は知っていることを知った。

 やっと環が歩き始めた。

 今度は環について三葉が歩いた。

 駅に着き、電車に乗るまで環は一言も口を利かなかった。

 「三葉」

 名前を呼ばれて三葉は環を見た。二人は座席が空いているにも拘らずドアの側に立っていた。

 「満足しました?」

 「ううん」

 頷きながら環は否定する。

 「もう、尾行はしない。でも、また何か頼むかも」

 いい?と真剣な眼差しを向ける。

 「うん」

 三葉は頷いた。

 会話が終わると二人はそれぞれ窓の外を見た。

 通り過ぎる夜景の光をぼんやりと見つめる。

 「兄さん、刑事と一緒にいたんです。犯罪に関わっているってことですよね?」

 頭の中に凜の声が蘇る。

 環には話さなかった。

 刑事、凜の知っている刑事。

 それは朋也だろうか?

 考えても分からない、だから三葉は首を振って思考を手放した。



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