翠三葉は翠朋也で出来ている
突然倒れて動かなくなった美子を朋也が担ぎ一緒にタクシーに乗り、マンションまで送り届けた。
揺すっても叩いても起きないので、環が職権を乱用してマンションの住所を調べてくれた。
マンションに着いた美子は、朋也と三葉に支えられている状態ではあったが何とか数分意識を取り戻し、入り口のセキュリティーを開け、部屋のドアも開けた。
引きずるように部屋に入り、リビングのソファに寝かすと二人は部屋を出た。
「あれで大丈夫?」
朋也が心配なのかドアを振り返る。
「横にしてきたし、意識も戻ったぐらいだから気持ち悪くなったら自分で起きて何とかするよ」
素っ気なく三葉は答える。
二人ともアルコールに強く酔って正体を失くした経験がなかった。
環も強いし、凛はほとんどアルコールを口にしない。今日も赤ワインをなめた程度だった。
そして他の同僚と飲むなどということを一切しない三葉は、酔っ払いの看病自体をしたことがなかったが、救急に運ばれてくる急性アルコール中毒の患者の様子から言えば美子の状態はほっといて大丈夫なレベルと判断できた。
「じゃ、帰ろか」
二人は待たせていたタクシーに乗った。
後部座席に身体を沈めると三葉は朋也の手に自分の手を重ねて絡めた。
「どした?」
三葉の行為に、朋也は優しく声を掛ける。
「マスター知り合いだった?」
心臓が小さく跳ね、絡めた指が固くなるのが伝わる。
「分かった?」
「うん」
言葉は続かない。
「仕事関係で秘密?」
尋ねると、そっと朋也の顔が近づいた。耳に触れる寸前で止まる。
「ごめん、忘れて」
そのまま耳元に唇が触れた。
囁き声に腰がぞくっと震える。
横を向くと三葉はそのままキスをした。少し長く朋也の唇を堪能する。
「うん、忘れた」
唇を離し瞳を見つめてそれだけ言うと、もう一度手を繋ぎ直して三葉は前を向いた。
家に帰ると一緒に風呂に入った。
三葉は一緒に風呂に入るのが好きだった。付き合い始めた当初には中で盛り上がったこともあったが、最近はそんなことにはならない。
たぶん、と朋也は思う。
たぶん三葉は朋也の身体を観察している。
傷の有無はもちろん、身体の張り、肌の色、筋肉の付き方、離れている間に朋也がどういった生活をしていたのかを把握しようとしている。
結婚してから何か月も仕事で家を空けるようになった。そのことに三葉が嫌な顔をしたことは一度もない。
「会えないのは寂しい」と口にするが、どうしても一緒にいて欲しいと思っているわけではないと思っている。
勝手な思い込みではなく真実三葉はそう思っていると思う。
三葉は極端に他人への依存度が低いのだ。
生まれのせい、育って来た環境のせい、条件は色々あると思うが、根本はそう作られているのだと朋也は思っている。
人口受精でこの世に作り出されたと、言っていた。
「博士の精子と博士の選んだ最高の卵子を使って私たちは作られた」と、10歳の少女はそう言った。
神部博士が何を追究して三葉たちを創造したのか目的は分からない。超人を造りたかったのか、脳の研究の一環なのか、分かっているのは、博士が研究のために三葉たちを造った事だけだ。
その研究に感情は邪魔なものだったのか、天才という生き物であった博士自身が元々人とのコミュニケーション能力に欠けていたからなのかは分からないが、三葉は人と意思疎通を図ることが苦手だし、苦手であることを自覚はしているがそれを気にすることはない。だから社会性が乏しく、他人に頼るという事はほとんどない。それは朋也にも同じだった。
朋也にだけ特別な愛情を持っているし、執着もある、でも依存はしていないのだ。
三葉の朋也への愛情は無償の愛だ。
ただ朋也が好きという、とても純粋なものなのだ。
「三葉」
呼びかけて、バスルームから出てリビングのソファで髪を拭いている三葉からタオルを受け取る。
水気を拭きとるとドライヤーで乾かした。
心地よさそうに頭を預けている三葉が可愛くて、思わず頭にキスをした。
三葉は嬉しそうに振り向くと、そのまま抱きついた。
「子供が欲しい」
キスをしながら、三葉が言った。
ここ数年の三葉の願いだ。
「今日は良い日?」
出来る限り協力しているが、家に居る時と排卵の時期がなかなか合わなかった。
「うん」
朋也には三葉ほど子供を欲する気持ちはなかった。出来たらいい、いたら可愛いし三葉だけでなく叔母も大喜びするだろう。だから、二人は結婚当初から避妊をしていなかった。でも、子供は出来なかった。ここ数年、三葉は真剣に妊活をしていた。仕事でそれに100%応えられていないのが、いつも心苦しい。
朋也は三葉を抱き上げると、そのまま寝室に連れて行く。
「今日こそ子供できるといいな」
額にキスすると、「うん」と三葉が拳を握って応えた。
数日前、今井から連絡が来た。
朋也の休暇は終わりが近づいていた。




