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翠三葉(あおいみつは) は 翠朋也(あおいともや) で出来ている  作者: 椛こま


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翠三葉は翠朋也で出来ている


 美子は、目の前の光景をまるで画面を通してドラマを観ているようだと感じていた。

 夢を見ているようだともいえる。

 普段なら一人では絶対に来ない洒落たバーに美子は来ていた。

 レコードコレクターだというマスターの熱い思いが籠ったこのバーは知る人ぞ知るという名店だった。壁全体に並ぶレコードという名の美術品たち。その名盤が最高のスピーカーを通して店内に広がっている。

 そして、アンティークでまとめられた優雅な店内のすべてが客をワンランク上の世界に誘っていく。

 さらに、目の前にはお任せでマスターが作ってくれた味わったことないようなカクテルが置かれていた。本当に夢を見ているようだ。

 美子はそのリキュールベースで飲みやすいが甘ったるくなく爽やかなカクテルを口にする。

 「院長はよくここに来られるんですか?」


 たまたまこの店のある、普段は絶対に通らない小道に迷い込んだところで、美子は環に会った。

 「こんな所で何してるの?」

 「単純に迷ってます」

 美子の答えに環は笑った。

 「今日休みだよね?家この辺?」

 「はい、歩いて15分ぐらいの所のはずです。引っ越してまだ近所開発してなかったので色々歩きまわっていたんですよ」

 「そうなんだ」

 「院長は何を?お家この辺ではないですよね?」

 「飲みに来たんだよ」

 その答えに美子は飛びついた。

 「素敵なバーがあるって聞いたんですけど、まったく分からなくって」

 「たぶん、私が今から行こうとしてるとこだね」

 環は今にもよだれをを流しそうな美子の顔をしばし見つめた。

 「連れがいるんだけど、一緒に行く?」

 「いいですか?」

 「ミコちゃんが良ければ。気まずくない知らない人と飲むの?」

 「全然」

 「まあ、そういう感じするね、君は。じゃ、一緒に行こうか」

 と、看板一つないこの店に連れてこられたのだ。


「まあ、よく来るね」

環の横には優しさと清純という言葉を体現したような美人が微笑みながら座っている。

 この美人が環の恋人であり、名前を野坂凜(のさかりん)ということも、環の大学の同期で精神科医だということまでも美子は知っている、美子はというよりか小川記念病院で働く者はほとんど知っているし、長期入院の患者も知っている。環は自分が同性愛者であることも恋人の存在も隠しもしないで、むしろ何かというと「私の天使が言うにはね」と自分から自慢したりしている。

 院長室の机の上にはかなり存在感のあるフォトフレームに入った笑顔の凜の写真が置いてあるので、初めて会った気がしない美子だったが本物は輝きが違った。

 「本当に天使ですね、院長」

 思わず本音が口から零れる。

 「あら、嬉しいわ」

 天使は声も鈴の音のようだ。

 「このかわいこちゃんは高部ミコちゃん。私がスカウトしてきたやり手看護師よ」

 「知っているとは思うけど、野坂凜です」

 はにかんだ微笑みからはいい香りが漂ってきた。

 「お待たせ~」

 声も姿も渋いおじ様がオネエ言葉で美味しそうな肉の塊を運んできた。

 目の前で薄くスライスするとキラキラと美しい肉汁が滴り落ちる。

 美子は肉の魅力から目を離せなくなった。

 一枚、二枚と綺麗に皿に盛りつける。

 「あら、こちらのお客様には分厚く切った方がいいかしら」

 美子は慌てて肉から視線を外して手を振った。

 「私も薄くスライスして、たくさん下さい」

 「あら、かわいい、たくさん切るわね」

 そんな二人のやり取りの向こうで、環が切られた肉を食べやすい大きさに切って、一緒に置かれた野菜を巻きマスターお手製のソースをさっと乗せて、凜の前に置いた。

 凜は微笑んで受け取ると、口に運ぶ。

 「美味しい」

 「そっ」

 環がその顔を見て嬉しそうに微笑む。

 「マスター、赤ワインくれる?」

 「OK」

 「ミコちゃんはカクテルのままでいい?」

 肉を口いっぱいにほおばり唇を油でてからせて美子はコクコクと頷いた。

 「お肉もカクテルもサイコーです」

 そのサイコーです、に掛かる様に、ドアの開く音が聞こえた。

 「いらっしゃいませ」

 マスターが声をかける。店内はカウンターとゆったりとしたテーブル席が四つほどあるのだが、入り口はどこからでも見ることが出来る作りになっていた。

 マスターの声で美子は顔をあげて入り口を見た。

 そこには見知った顔が立っていた。

 「翠先生」

 その声に三葉が軽く手を上げて応えた。

 三葉と連れの男がそのまま三人のいる席にやって来る。

 「もう、先輩の行きつけは見つけにくいお店ばかりですね」

 来るなり文句を言い出す。

 「挨拶もなしにそれなの?」

 環は三葉の不満顔に嬉しそうに笑った。

 「凜先輩、会いたかったです」

 そんな環を無視して、美子が見たことのない笑顔で挨拶をした。

 「私もよ。朋也さんは久しぶりね」

 「朋也さん・・・」

 この時点で、美子の脳は処理が追い付かなくなった。

 足を踏み入れたことのない別世界のバー。本物の凜の美しさ、おいしいカクテル、美味しいお肉、そしてトドメが朋也だ。

 知らず知らずに隣に立っている朋也の腰に手が伸びる。

 その手を三葉が叩いた。

 「ミコさん、何?」

 「えっ」

 美子は自分が何をしようとしているか解っていなかった。

 「まあ、座って座って」

 環が促し、美子が一人掛けソファに移動すると、美子の座っていたソファに二人は座った。

 「朋也さん、こちら高部ミコさん、うちの新しい看護師よ。今日はたまたま外で会ったの」

 「翠朋也です。よろしく」

 笑った顔がまた甘い。

 「お話はかねがね」

 こう言われることに慣れているようで、美子のこの本音に朋也は微笑みで応じた。

 「これが朋也さん、すごくカッコイイですね」

 お酒の力も加わって美子はとても楽しい気分だった。

 「翠先生よりかなり年上って聞きましたけど、まったく見えませんね。お若い」

 「童顔がコンプレックスでもあるんですよ」

 本当に若く見えるのに、受け答え、物腰には品があり大人だと感じさせる。

 美子はすっかり雰囲気に酔ってしまった。

 四人が交わす会話をぼんやりと眺めながら、カクテルを口に運ぶ。

 テーブルの上の料理が片付くと次の料理が注文もしていないのに勝手に運ばれてくる。それを、当たり前の様に環と朋也が、取り分ける。それぞれが相手の好みに合わせた大きさ、量、と食べやすい形にして皿に乗せる。凜と三葉がそれを当たり前の様に口に運ぶ。

 「おいしい。環先輩の行きつけは分かりにくい所ばかりだけど、料理は本当に美味しいですよね」

 朋也も頷いている。

 「他のこと何も気にしないのに食にだけはこだわるのよね」

 凜が笑う。

 「そうですよね。今は術着に白衣しか見ないのであれですけど、学生時代は酷かったですよね。常にジャージ。しかも今やバラエティー番組でしか見なくなった、小豆色のジャージ。どこで手に入れたか噂になってましたからね」

 「やだ、なつかしい」

 「凜先輩、あれに対して何も言わなかったんですか?」

 「あれはあれで可愛かったのよね。抜けた環もいいなって」

 三葉は手を叩いた。

 「愛は偉大なり」

 「そういう三葉だってすごかったじゃない」

 「白シャツにジーパン。それが朋也さんに会ってからはガラリと変わっちゃって」

 環が付け足す。

 「どう変わったんですか?」

 美子は我慢できずに身を乗り出した。

 「まずは、学校中の美人をストーキングし始めたのよね」

 「観察です」

 「最終的には一人に的を絞って徹底的にマークしたわよね」

 「そして、通報されたのよね。二人で警察まで迎えに行ったもの」

 「あの準ミスT大は、男性を魅了する全てを心得ていたんです。私はそれを伝授して貰おうと必死になっただけですよ」

 「ミスじゃなかったんだ?」

 美子は素朴な疑問を口にした。

 「女性から嫌われるタイプの()だったのよ」

 「ああ」と美子は納得する。

 「それで、その方に男を虜にする方法を教えて貰って、女らしくなったんですね?」

 「そう、年中白シャツ、ジーパンだった三葉ちゃんが蝶に変わったわけ」

 「それはすごい」パチパチと美子は手を叩いた。

 「どんどん綺麗になっていくなって思ってたよ。そんな努力があったんだね」

 こう微笑む朋也に、叩いていた手を止めて美子はため息をついた。

 「いや、すごいですね朋也さんも院長も。ほろ酔いのいい気分で見てましたが、お二人の愛がすごい。私、今までも今も彼氏に大事にされてきていると思ってましたけど、違いましたよ。私はそこそこ大事にされてる女でしたわ」

 とても大事にされている女である二人は顔を見合わせた。

 「二人とも私の言っている意味が分からないって顔ですね」

 美子はしゃべりながらまた手を叩いた。

 「自然ですもんね、いつもそうして大事にされてる、してる感がもう本当に自然ですもん。お二人とも当たり前かもしれないですが、すごい事ですよ、これ。なんか、見ているだけで本当に幸せでしたよ、相手を思う思いやる愛の表現て、なんて美しいんだろうって」

 美子の言葉に凜は目を瞠り、うれしそうに答えた。

 「ミコちゃんって、とても素直で、まっすぐなのね。ミコちゃんの今の一言を聞いて私がとても幸せな気分になったわ」

 「そ、そうですか?」

 照れ臭そうに頭の後ろを掻く美子を他の三人も嬉しそうに見つめた。

 「やだ、何ですかこれ?すごく恥ずかしくなってきたんですけど・・・」

 照れを通り越して、妙な動悸までしてきた美子は、グラスに残っていた酒を煽った。

 「ミコちゃんみたいな良い子が看護師さんだとすごく安心するね」

 朋也が環に向かって話しかけた。

 「でしょ、私見る目だけはもってんのよ。これで仕事も出来るから素晴らしい人材なのよ」

 「先輩は人としては何ですが、医者としても院長としても最高ですよ、尊敬してます、大丈夫」

 「三葉も、人しては欠けてるけど、きっと最高の医者になると思っているわよ」

 「大きなお世話ですが、私の欠けてる所は朋也さんが補ってくれるから、何とか頑張りますよ」

 「欠けてるとこは認めるんですね」

 美子はクスッと笑う。

 「そう私たちは色々欠けてたり、割れてたりするのよ。それをお互い補って寄り添っているのよね」

 凜の呟いた言葉は小さかったがハッキリと耳に入って来た。

 美子は不思議そうに四人の顔を見渡した。

 四人共何不自由ない。容姿、頭脳、生活にも困っているということはないだろう、むしろ何もかも持っている人たちだ。いったい何が欠けているというのだろう?

 そこまで考え美子は首を振った。

 人は見えている部分がすべてではない。 

 でも、見えている部分しか他人には見えないものだし、見えない部分を想像することは出来てもそれが事実とは限らない。しかも、その見えない部分は本人にも何だか分からなかったりするのだ。

 ただ、職に困らないだろうと看護師になった。

 自分の生まれた環境、両親、持っている物、すべてが一般的だと美子は思っている。多くはない、でも少なくもない。そしてそれで十分美子は足りていた。多くを持つ人を羨ましく思っても、それを欲したことはなかった。

 必死な努力などなくて看護師になれた。学生時代、美子の成績ならもっと努力すれば、その上の職業につくことも可能だと言われたが、看護師になれれば十分だと思った。

 そして、それで満足だった。

 看護師になって理解したことがある。

 それは、これで十分満足だと思って生きている人のほうが圧倒的に少ないという事実だ。

 そして、それは生きようとする糧になるということ。

 足りなかったり、欠けている人のほうが生き抜く力が強いのだ。

 美子は改めて四人を見つめた。

 何でも持っているのに、欠けているという四人を。

 「私なんか足元にも及ばない。みなさんは、たくさんの人のために生まれてきたんです」

 そして、バタンと机に伏した。



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