翠三葉は翠朋也で出来ている
ワゴンに飛び込んできた三葉と入れ替えにナオは外へ出た。
車に寄り掛かる様に倒れている少女、五十嵐芽衣を担ぐ。
「うっ、重」
普段は部屋にこもってばかりのナオだが、この仕事に就くと決めた時に身体を鍛え始めた。実は脱げばそこそこの身体に仕上がってはいるのだが、なにしろ実践で使う機会はあまりない。
「バーベルとは違う」
ナオはぼやきながら元駐車場に大きなサイレンを鳴らしながら入って来たパトカーの方に向かって歩き出した。
「サイバー課の沢口です」
パトカーから降りてきた人の塊に挨拶をすると、一番近くにいた人に芽衣を渡した。
「薬で眠らされているみたいです」
「捜査一課の村田です。ありがとうございました」
村田は「おい、佐藤」と女性捜査員に声を掛けると、芽衣を渡す。芽衣はそのまま救急車に連れていかれた。
「こっちが本命だったとはな」
村田が憮然と放ったこの一言はナオの敏感な部分を刺激した。
ナオは拳をきつく握りしめる。昔なら何も考えられなくなり、目の前の村田を殴り倒していた。でも今は自分の感情を抑え込む事が出来る。
「被害者が無事で本当に良かったですね」
まっすぐに言い放つと、返事に困っている村田をよそにワゴンに向かった。
ナオを追い越し、刑事たちが何人か遊園地の中に走っていく。
犯人グループは全員確保できただろうか、その後ろ姿を目で追いながらワゴンのドアを引いた。
ワゴンの狭い車内で小さくなって座っていた三葉と目が合った。
「朋也さんは?」
ナオは無言で椅子に座り、イヤフォンをつけ画面を操作する。
「みんな無事だね。忙しく働いてる。犯人たちもみんな確保されてるみたい」
「そうか、良かった」
三葉の口から安堵の声が漏れる。
安心して眠たくなったのか大あくびをしている三葉をナオはおかしそうに見つめた。
「話しに聞いてるままだ」
三葉は初めてちゃんとナオの顔を見つめ認識した。
「私のこと?」
「うん。朋也さんの奥さんは朋也さんのことしか頭にない人だって」
「そんなことはないけど、そういう所はあるね」
三葉は至極真面目に答えた。
「まあ、僕も自分の大事な人以外の人はどうでもいい口だから人の事は言えないんだけどね」
「あら、そうなんだ」
「そう、父や朋也さんや壮大さんとは違うんだよね」
「あなたのお父さんや、壮大さんとやらは知らないけど、確かに朋也さんの様にはなれない」
同感と、首を縦に振った。
「眠い」
三葉は呟くと大きなあくびをまたした。
「寝ていい?」
トロンともう閉じそうな瞳でナオに尋ねる。
「ええ、でもどこで」
ナオは慌てて、周りを見渡したが横になれるスペースなどなかった。
「どこって、このままここでいいよ」
また大きなあくびをすると、膝を抱えたその膝に頭を乗せて動かなくなってしまった。
ナオは静かに近づくと自分のジャケットを脱いで、その丸まった背中に掛けた。
「お疲れ様でした」
小さく丸くなった寝姿に自然とそう呼びかけた。
一時間後、ワゴンに三人が戻って来た。
ドアを開けた三人にナオは、しっと指を唇に当て合図を送る。
寝ている三葉を見つけた朋也はゆっくりと近づいて優しく髪を撫でた。
「寝ちゃったか」
沢口が上から覗く。
「はい、すごく疲れるみたいなんですよね。意識的に能力使うと」
「悪かったな」
「結局デートってわけにはいかなかったですからね」
「まあ、そう言うな。朋也には朋也の考えがあるんだから」
朋也はまだ愛しそうに頭を撫でている。
「最近はすごい感じるんですよ。三葉の能力の感度上がってるんじゃないかって。少し不安なんですよね」
沢口と八木は顔を合わす。
「沢口さん、神部博士のその後がどうなっているのか少し調べて貰っていいですか?」
「あ、ああ。やってみるよ」
「あと、四葉、妹の行方も探って欲しいです」
「妹がいるの?」
ナオが話しに割って入る。
「そういう話だ。四つ子だったんだと。一葉、二葉、三葉、四葉。四つ子なんだが、上の二人の方が五歳年上だったとか。クローバーちゃんは孵化した時期が違うって言ってたな。それで上の二人が死んでしまったから私たちは生まれたんだって」
沢口の目は遠い思い出を見ている。
「何かすごい話ですね」
八木もそこまで詳しく三葉の生い立ちを聞くのは初めてだった。
「ああ、小説みたいな話だ」
「どうしても、あの子に助かって欲しかった、だけどこんな風に三葉を連れ出したのはもしかしたら・・・」
三葉を見つめる朋也の瞳は曇る。
犯罪に、人の死に関わる全ての事を未然に防ぎたい、それが朋也の願いだ。
そしてそのためなら自分は何でもしてしまう。そう、こうやって後悔しても同じ状況が来たらきっとまた三葉を使うだろう。
それを事前に躊躇うことは決してない。
そう言い切れる自分が朋也は恐ろしかった。
「三葉、帰ろう」
朋也は三葉の背を支え膝の下へ手を入れ抱き上げた。
「・・・うん」
小さな答えが聞こえる。
普段なら少しの物音でもシャッキと目を覚ます。でも、まだまどろみの中に入る。よほど疲れている証拠だ。たぶん、手術の後でもこんな風にはならないのではないかと思う。
「じゃ、行きます」
朋也は三人に言うと身体を丸めて車を降りて行った。
残された三人は複雑な思いでその背中を見送った。




