翠三葉は翠朋也で出来ている
朋也が家に普通に居る。
三葉にはこれ程嬉しいことはなかった。
病院でも皆にいちいち御機嫌の理由を聞かれるほどに、充実感が駄々洩れしているようだ。
普段はろくに会話をしたことのない同僚に話しかけられるのは正直鬱陶しかったが、聞かれる内容が朋也についてのみだったので、苦痛ではなっかた。むしろ後半は一方的に朋也愛を語った。だからかひと月もすると元の同僚の関係に戻り、皆仕事以外の会話はしなくなった。
朋也の居所が常に分る、メールも普通にやり取りが出来る、電話にも出てくれる、この至って普通のことが普通に出来る喜びが、ただただ嬉しかった。
朋也が通常の勤務状態なので、三葉も朋也の休日に合わせ普通に休みを貰っていた。
「三葉、遊園地行かない?」
ソファで三葉の腿を枕に本を読んでいた朋也が本を下ろして聞いた。
通常勤務の時の朋也はいつもとても優しい。特別捜査で家を空ける埋め合わせをたっぷりしてくれるのだ。
「遊園地」
三葉の心は躍った。
水族館、動物園、美術館、名城めぐり、有名な滝めぐりとデートで色々な所へ連れて行ってくれたが、遊園地は初めてだった。
付き合いだした大学生の頃、友人たちが口にする夢の世界と呼ばれる何とかランドなるものに、連れて行ってくれとせがんだことがあったが、朋也はなぜか遊園地にだけは連れって行ってくれなかった。本当はまったく興味などなかったので、忘れていたが、いざ、その懐かしいワードを聞くと、心が躍ったのだ。
「何とかランド?」
「ううん、もっと小さいとこ」
「小さいとこ?」
「そう」
朋也と一緒にいられれば良いので、実は行く場所などどこでもいい三葉はそれ以上聞くことはなかった。
「じゃあ、明日は朝4時起きね」
朋也は身体を少し起こして、チュっと三葉にキスをした。
三葉の頭はその軽いキス一つで幸せいっぱいになったので、なぜそんなに朝早いのか?何処まで行くのか?という基本情報はまったく要らなかった。
「おはよう」
朋也の優しい声とキスで三葉はバッチリ覚醒した。
「おはよう」
屈んだ朋也の首びに腕を回し、少し長めのキスを返した。
医者になったこともあるが、三葉は小さい時からいつでも、どこでも、何度でも眠ることが出来た。そして、それが10分でも8時間でもしっかりと眠ることができ、目覚めはいつも覚醒と呼ぶのに相応しいぐらいハッキリとしていた。朋也に「GO」と叫ばれれば寝起きで100メートルダッシュするのも平気だった。
シャワーに行った朋也の背中を見送り、さっさとパジャマを脱ぎ捨てた。。
白のタンクトップにたっぷりとしたシャーベットカラーのピンクのシャツ、少しゆるめの麻感のあるパンツに着替える。
朋也のシャワーの音を聞きながら、洗顔を済ませ、一日外に居ることを考えいつもよりしっかり目に化粧をした。
朋也のお風呂は長い。湯船につかる時は尚更だがシャワーでも十分に長かった。
しっかり目の化粧を終えても朋也が出てくる気配はなかった。
三葉の耳には熱いシャワーで徐々に目覚めていく朋也の肉体の声が聞こえる。全身に血液が巡り力が満ちていく音を聞くのは心地よい。
鼻歌を歌いながらキッチンに行くと、冷蔵庫を開けた。ざっと中身を確認して、焼きたらこと梅干しを取り出す。電気釜からご飯をバットに取り出すとさっとしゃもじで空気を入れて簡単に冷ます。
おにぎりを四個握り終えた時、朋也が髪の毛を拭きながらキッチンに現れた。
「すぐ、出る?」
時間を確認すると四時半を少し回ったところだった。
「そうだね」
お握りを一つ口に運びながら朋也は答えた。食べながら寝室に消えて行く。
三葉も一つお握りを手に取った。
食べながら、仕事用の大きめのバックから財布だけを取り出すと白のショルダーバックに移した。財布と、化粧ポーチ、ハンカチ、ティッシュと中身はシンプルだ。
バッグをそのまま肩に掛け、キッチンに戻るともう一つのお握りを食べてしまう。
白いTシャツに濃紺のシャツを羽織り、黒の少しゆったり目のアンクルパンツに着替えた朋也も、残りのお握りを食べてしまう。
三葉はお握りを掴むその手をうっとりと見つめた。
朋也のすべてが好きだが、とくに手が好きだと改めて思う。大きく指が長く美しい、手の甲に浮かぶ血管も程よい。
「三葉」
その手が目の前で振られる。
「行くよ~」
「はーい」
三葉は笑顔で応えた。
車に揺られて一時間半、目的の場所に着いたのか車が留まる。
「着いたよ」
心地よい揺れの中眠ってしまっていた三葉を朋也は起こした。目を擦りながら大きくあくびと伸びをすると三葉は身体を起こした。
「ここ?」
窓の外の殺風景な様子を眺め首を傾げる。
「そうだよ」
シートベルトを外すと朋也は車を降りていく。
三葉も慌てて車から降りたが、そこで足が止まった。三葉の目に飛び込んできたのは荒れ果てた駐車場と、崩れ果てた看板だった。
「これどう見ても潰れてるよね?」
「うん」
朋也の返事に悪びれた所はない。
三葉の頬が膨れる。その膨れた頬を朋也は摘まんだ。
「廃墟を使った、追跡ゲームの会場なんだよ」
「廃墟を使った追跡ゲーム?」
朋也の言葉を繰り返す。
「何それ?遊園地じゃないじゃん」
「でも、楽しそうじゃない?流行ってるらしいよ」
「絶対うそだね。物音一つしないよ、どこからも」
機嫌の直らない三葉の手を有無を言わさず引いて行く。
「絶対楽しいから」
崩れた入場口まで来ると、そこに男が一人立っていた。
「参加者ですか?」
男が声を掛ける。
「はい」
三葉の手を離して朋也が近づいて行く。携帯を見せて予約の確認を行っているようだ。
ムカムカが収まり切れない三葉はそっぽを向いている。
「まだ、そんなに怒ってるんだ」
珍しいと戻って来た朋也は笑って、三葉の首にカードを掛けた。
「何これ?」
「参加証」
今度は手を取りゴムの腕輪をスポっと嵌めた。
「何これ?」
「発信機」
「発信機?」
「これで、追跡者に居所が伝わる仕組み。追跡者が50メートルの円の範囲内に入るとお互いにわかる」
「ふーん、本格的だね」
手首についたピコピコ光るビーコンを興味深そうに三葉は見つめた。
「興味湧いてきたでしょ?」
朋也はいたずらっぽい瞳で三葉を見上げた。
「シューティングゲーム好きだもんね」
「これ逃げるだけなんでしょ?」
「そうでもないよ。追跡者に捕まったら終わりだけど、色んな所にアイテムが隠されててそれを見つけて追跡者に対抗する。アイテムは一人一個しか使えないから、仲間見つけて協力した方がいいかも」
「勝つのは?」
「時間内を逃げ切るか、追跡者から腕輪を奪う」
「ふーん」
「ふーん」
朋也はにんまりと笑い三葉の手を取った。
「行こう」
「うん」
三葉は笑顔で答えた。




