アタシが待っていた言葉
ライトなストーリーです。暇つぶしに、よろしかったら・・・。
「オイ!奈津美。俺の顔に何か付いてるか?」
アタシは耕太郎の声で自分に戻った。
教室のアタシの机の近くで男友達とダベッていた耕太郎。
知らず知らずに虚ろな目で彼を見ていた。
アタシは自分の世界に入っていたみたい。
「うーうん。何も付いてないよ、耕太郎」
アタシは窓の外に目を移して空の色を見る。
この青い空の向こうには、暗黒の宇宙がある。
この暗い宇宙で、アタシは何を求めて生きているの?
この暗い世界で、アタシは何故生まれてきたの?
「奈津美!ボーとして、息するの忘れるなよ!」
ほっとけ、バーカ!でも人間って変な生き物だよね。
生きている事自体が、苦しみ悲しみばかりだもの。
楽しい事もあるけど、刹那に近い瞬間だけ。
やがて、疲れて年老いて、後悔しながら死んでゆく。
「奈津美!オレ帰るけど、オマエどうする?」
耕太郎は悩みが無さそうでいいよね。
高校三年になっても、少年のような瞳をしてる。
アイツは何か悩みは持ってるんだろうか?
たぶん悩みが無い事が、悩みかもしれないな。
「うん。アタシも帰る。チャリに乗っけて帰ってよ。耕太郎!」
確か、アタシは中学二年の時に耕太郎に言ったよね。
”アンタ、好きな女の子いないの?”って。
アンタは照れくさそうな顔して答えてくれなかった。
まだ、アタシはアンタの答え聞いてないけど、いつまで待たせるの?
「奈津美!しっかり俺に捕まらないと、チャリから落っこちるぞ」
解ってるわよ、そんな事。子供じゃないんだから。
でも、耕太郎に乗せてもらうチャリは気持いいなあ。
何故って?この街の風を感じる事が出来るから。
通り過ぎる景色と季節の匂いを感じる事が出来るから。
「奈津美。最近、オマエ変だよ。何か有ったのか?」
ご心配なく。何にも変わった事はありませんよ。
何にも変わったことが無いから、落ち込んでるんですけどね。
人間は変化が無いと成長しないんだよね。
だから、アンタは昔から成長していないのかね?
「うーうん。変わった事は何も無いよ。耕太郎」
ところでアンタは、何かいい事あったのかしらね。
いつものように、何だか今日もアンタ楽しそう。
一年中、楽しそうにしてるアンタは何者なの?
タダの無邪気で鈍感なバカな高校生なの?
「ねえ、耕太郎!」
「はあ?何?」
呼んだだけだよ、ただ呼んだだけ。
アタシには何も無いから。心が空っぽになってるだけだから。
単純なアンタに、この気持が解ってたまるもんですか。
「奈津美!マジでオマエ最近、壊れてるんじゃないか?」
壊れてるんじゃなくて、正確には壊れかけてるんだよ。
自分でも何でか解んないけど、不思議とそう思う。
壊れるなら、壊れてしまえホトトギス。
そんな俳句は無かったような気がする。
「壊れてしまうって、どういう感じなのか解る?耕太郎!」
おい、早く答えろよ。耕太郎のバ〜カ!
壊れる感じを味わった事の無いアンタには解らないかもね。
死にたいと思ったこと無のいアンタには解らないかもね。
今のアタシには、こんなアタシ自身が意味が無い生き物なの。
「壊れるってさあ。悲しい事だよ。奈津美は、そう思わない?」
はあ?アンタ答えになってないじゃん。
アンタは18年間、”死んでしまいたい”と思った事ってある?
アンタは18年間、悩んで眠れなかった夜ってある?
アンタは18年間、自分の存在を完全に否定した事ってある?
「そんなに悲しい事なの?壊れたほうが美しいものもあるよ。耕太郎」
悲しい結末の映画が、心に残るように。
過ぎていった過去が、美しいように。
無くなってしまう何かが、愛おしいように。
壊れたモノの方が、美しいかもしれないよ。
「耕太郎!アタシ壊れる事って、案外好きかもよ」
誰かの醜い心の中も見なくていいし。
誰かの成功にジェラシーする事もないし。
誰かの裏切りに涙する事も無いし。
そんな事考えているアタシは、やっぱ出来の悪い女だよね。
「奈津美。オマエが壊れたら、どうなるの?」
アタシが壊れたら、冷たくなるだけだよ。
アタシが壊れたら、居なくなるだけだよ。
アタシが壊れたら、アンタと逢えなくなるだけだよ。
でも、今より歳を取らないアタシが永遠に残るかも。
「アタシが壊れたら?チャリに乗せてもらえなくなるね」
たぶん、チャリには乗れないだろう。
その時のアタシは、チャリに乗らなくても移動できるかも。
自由に空間を移動出来るかもね。
でも、そんな事は死んだ事無いから、アタシは解らないけどね。
「あははは・・・奈津美!オマエって本当にバカだよな」
はあ?アンタにバカ呼ばわりされたくないし。
ってか、アタシよりアンタの方がバカっぽいじゃん。
バカは死ななきゃ治らないって言うけど。
悪いけど、アンタは死んでも治らないと思うよ。
「アタシの何処がバカだと言うのよ耕太郎!」
アンタ程でも無いとは、アタシは自信を持ってるんだけどね。
アンタの意見も聞いておかないと失礼でしょ。
長い間、幼馴染みをやってる親しい関係だからね。
早く言ってみなさいよ耕太郎のバーカ!
「でもな。オレさあ。そんなバカな奈津美が好きかも」
はあ?何を言ってるのか意味不明じゃん。
好きだって、どういう意味さ?
好きにも色々有るってことを、解って言ってるの?
ちなみにアタシは、マンゴープリンは好きだけどさ。
「バカって言わないでよ。耕太郎こそ、バカじゃない!」
チャリは夕焼け色の、川の土手道で止まったみたい。
どうして急に、チャリを止めたのよ。
こんな所には、コンビニは無いけどね。
夕陽を見るような、ロマンティックな場所でも無いでしょ。
「奈津美!とっととチャリ降りろ!」
あら?バカってアタシが言ったから怒っちゃったの?
そんな事で怒るなんて、心が小さいぞ耕太郎。
幼馴染みの分際で、命令口調で言うなよな。
それも、こんな可愛い乙女に向かって・・・
「何よ!怒ること無いじゃない耕太郎!」
ここから歩いて帰らせるなんて、ヒドイじゃない。
バカと言った事は謝るけど、先にバカと言ったのはアンタじゃん。
あ〜あ。いつまで経ってもアンタとアタシは平行線ね。
何処まで行っても交差しない、バカ男とバカ女。
「奈津美。今までさあ。誰かを好きになった事ある?」
はあ?やっぱり、アンタはバカだよね。
うら若き乙女が、恋をしない訳が無いでしょう。
そんな事も知らずに、18年間呼吸していた訳?
そんな事も知らずに、アタシと幼馴染やってきた訳?
「耕太郎は失礼ね。人並みにアタシだって恋はするっしょ!」
仏様のように無欲で生きていた訳じゃないしさ。
そうそう、言っときますけどアタシだってね。
男の子から、コクられた事だって、数回有るんだよ。
ホントに失礼こいちゃうわ、耕太郎。
「そうなんだ。奈津美も好きなヤツ居たんだ・・・」
当たり前でしょ、そんな事言う為にチャリ止めたの?
世界不思議発見じゃ有るまいし、ビックリする事じゃ無いわよ。
はあ?ちょっと待ってよ耕太郎。
”好きなヤツ居たんだ”って過去形に何故するかなあ。
「ソイツのことは、今でもアタシ好きなんだと思うよ」
ってか、何でアタシの個人情報を告白しなきゃいけないの。
法律で保護されるべき事じゃないの?
何か、バリ恥ずかしいじゃん。
顔が何だか、熱くなって来ちゃったじゃん。
「へえ!そうなんだ。奈津美はソイツの事、今も好きなんだ・・・」
ピンポーン!当たり前でしょう。
アタシは、アンタが思うより浮気っぽくないんだよ。
だから、そんなアタシは、こんなアタシが好きなんだ。
恋愛ってね。好きな人に恋する、自分の姿が好きなんだよ。
「ほっといてよ!アンタに関係ないでしょ!アタシの事なんだから!」
ん?・・・関係無いことは、無いかもね。
だって、ずっと好きなのは、耕太郎、アンタだしね。
それに気づかないバカは、アンタの事だよ。
小学6年から、好きだったんだよ。知らなかっただろ、バ〜カ!
「奈津美って、恋とかしない人種だと思ってたよ」
ナヌッ?どんな人種でも恋はするっしょ?
白人だって、黒人だって・・・犬だって猫だって。
アタシだって、平々凡々な女の子ですからね。
平々凡々な、アンタに恋した訳ですよ。
「そんならさあ。耕太郎は今、誰かに恋してる訳?」
どうせ、ロクデモない女を好きになってるんでしょ?
そんな話を、アタシにしても恋愛のアドバイスはやらないよ。
不器用なアンタの書いたラブレターなんて、相手に通じないよ。
ってか、アンタの文才の程度は知らないけどね。
「俺か?・・・それが恋してるんだなあ。ビックリだろ奈津美?」
おや、本当にビックリだよ耕太郎。
アンタが秘かに恋する、トボケタ女を知りたいよ。
やっとアンタも、一人前の恋する男の子だね。
ヨッ!カッコいいね耕太郎。
「でも、耕太郎の好きな女って、変わり者じゃないの?」
どうせ、変てこな考え方の女に決まってるし。
アンタには、お似合いのカノジョかもね。
とっとと、コクって振られたらいいのにね。
”残念会”くらいは付き合ってあげてもいいよ耕太郎。
「あははは・・・そう来ると思ったよ。でも、それって当たりかもな」
だろう・・・だろう・・・当たりでしょう。
それを自分で解ってるんだったら、まだ救いは有るよ耕太郎。
アンタと付き合うコツを伝授してあげようか。アタシがカノジョに。
結構、難しいんだよ。アンタに合わすのは。
「そうでしょう?絶対その子は変わってる女だと、アタシは思うよ」
何なら太鼓判おして、保証書つけてあげてもいいわよ。
アンタが好きになるタイプは解ってるんだから。
ン?・・・ちょっと待って、アタシはアンタの好み知らないかも。
まあ、どうでも良いけどね。アタシにとっては。
「そこまで、無茶苦茶言わなくてもいいだろう?奈津美!」
それくらい言わせて貰っても、いいでしょう耕太郎。
だって、アタシは6年間もアンタのこと、思ってるんだもの。
それぐらいは言わせてくれなきゃね。幼馴染みでもあるし。
悔しかったら、私のビックリするような女と付き合えよ。バーカ!
「で、誰なの?アンタの好きな彼女って?」
アタシが笑うような名前を出したら、アタシはコケちゃうぞ。
やっぱり、アンタらしい女を好きになってるねって言いたいね。
で、誰なんだよ。はやく白状しろって耕太郎。
絶対、アタシは大声で笑わってやるからね。
「それは、奈津美だよ!」
ほら、そうでしょう。そうでしょう・・・
エッ?・・・今、アンタ何て言った?耕太郎。
”ナツミ”って、この高校にアタシ以外に居たっけ?
それとも・・・”ナツミ”って、アタシの事?
「それって、アタシの事?耕太郎・・・」
それって、マジでアンタは言ってるの?
でも、ひょっとしたら、アタシの聞き間違い?
アンタね。悪い冗談言ってると、後でぶっ飛ばすけどいい?
それとも・・・耕太郎。マジのマジでアタシなの?
「そうだよ、奈津美。オマエが好きなんだオレは。ズーッと前から」
ウソ?マジで?アンタは冗談言えるタイプの男じゃないよね?
全く不器用で、ぶっきら棒で、無頓着で、鈍感だよね?
アンタ、頭おかしくなったんじゃ無いよね?
それこそアンタ、壊れちゃったんじゃ無いよね?
夕陽が綺麗で涙を溜めているじゃないよ。
悲しくなって泣いてしまったんじゃないよ。
死にたくなって頬を濡らしているんじゃないよ。
今日から生きる価値を、見つけたような気がするよ。
生きて来た中で、一番素敵な日のような気がするよ。
アンタのその言葉をずっと前から、アタシは待っていたような気がするよ。
有難うございました。誰もが、こんな時期が有りましたね。