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前編

   

「ねえ、菅野かんのくん。あそこのお店、ちょっと寄ってみてもいいかしら?」

 いつもの口調で、次の目的地を指し示す透子とうこさん。

 最初の頃、俺は「なんで彼女は、許可を求めるような言い方をするのだろう?」と不思議に感じていた。

 あらかじめ今日の計画がガッチリ決まっているわけでもないし、俺が彼女の買物に金を出すわけでもないのだから、どこへ行くにせよ、俺の許可なんて必要ないだろうに。

 ぶらぶらとウィンドウショッピングを楽しんでいるのだから「次はあそこへ行きましょう」でいいではないか。二人対等に遊んでいるのだから「Let’s do it !」的な言葉遣いの方が自然ではないか……。

 でも、すっかり今では慣れてしまった。おそらく女の子というものは、こういう言い方をする生き物なのだろう。少なくとも、これが透子さんの喋り方なのだ。

 俺は、そう思っていた。


 俺と透子さんが知り合ったのは、大学時代のサークル。クラシック音楽のサークルだったから、チャラチャラした軽いノリではなく、イメージとしてはサークルというより同好会という感じだったかもしれない。

 ただし俺の通う大学は男女比が偏っていたため、女性は主に近くの女子大の生徒だった。いわゆるインカレサークルというやつだ。

 透子さんも、私立の女子大から来ている一人だった。もともと俺は関東出身なので京都の大学事情には詳しくないのだが、彼女の学校は、お嬢様大学として有名なところらしい。

 そんな彼女と親しくなったのは、何がきっかけだったのだろう。正直よくわからないのだが、いつのまにか……。

 二人で一緒に、お茶したり、食事したり、雑貨屋や洋服屋を見て回ったり。そんな仲になっていた。


 別に、付き合っているわけではなかった。こういう関係を異性の友人とか、友達以上恋人未満とか呼ぶのだと思う。二人で一緒に遊ぶにしても、三条や四条の繁華街をぶらぶらしたり、北山通りの小洒落たお店を見て回ったりするだけ。

 もしも高校生の頃の俺が――男子校に通っていた当時の俺が――、今の俺を見たら「羨ましい! デートだ!」と思ったかもしれない。だが、現実の俺にしてみれば「これはデートではないよな?」と感じるのだった。

 二人で遊園地に行くとか、映画を観に行くとか、そういう「いかにも」なデートスポットで遊んだことは一度もないのだから。まあ北山通りには京都府立植物園という広い公園があるので、その中を散策したことは何度もあるのだが……。あれだって若い恋人同士のデートスポットというより、家族連れの遊び場だろうから、デートとは程遠い気がする。


 惚れっぽい俺にしては珍しく、透子さんと一緒にいても、恋人にしたいという感情は湧いてこなかった。外見的にはルックスもスタイルも、むしろ好みのタイプであり、十分魅力的だと思う。だが恋をしている時のドキドキとかトキメキとか、そういう気持ちとは全く違うのだった。

 一緒にいて居心地がいい、という意味では、俺が人生で知り合った女性の中でも一番であり、その意味では、俺だって「付き合いたい」と思っていたのかもしれない。実際、それとなく素直な気持ちを口にしたことはある。

 だが、透子さんは否定的だった。

「菅野くんって、あんまり『男の子』って感じがしないのよね。だからこそ一緒にいて楽しいし、そういう菅野くんのこと、私は好きなのだけど……。お付き合いの相手としては、ちょっと考えられないわ」

 これは一応「フラれた」ことになるのだろうから、本来ならば、俺はショックを受けるはずだが……。

 不思議と、胸が痛くならなかった。これもまた、俺が「ああ、透子さんに対する気持ちって、恋心とは違うのだな」と感じる理由の一つになった。


 一緒にいて楽しい。これが、互いの共通認識だったから……。

「十年後、二十年後、三十年後……。二人とも独身だったら、一緒になるのもいいかもね。菅野くんとだったら、二人で縁側に並んでズズッとお茶をすする……。そういう茶飲み友達みたいな老後、想像できるわ」

 透子さんの方から、そんなことを言い出したこともある。

 漠然と、結婚とか老後とかを想像した場合。

 俺は真っ先に新婚初夜やら夫婦の夜の営みやらを思い浮かべてしまうが、おそらく透子さんの頭からは、そうした部分はスッポリ抜け落ちているのだろう。透子さんは、そういう女性だった。

 もしも透子さんと結婚したとして、性的な行為が一切抜きというのは――彼女が異性としても魅力的である以上――、ちょっと勿体ない話なのだが……。透子さんが相手ならば、それでも十分、幸せに過ごせるだろうし、それで構わないとさえ思えた。

 だから。

「そうだね。俺も同じ考えだよ」

 その時は、そう答えたのだった。

   

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