5.就業条件
「やー、安生君、キミ才能ある!」
須賀さんは上機嫌だ。
家電量販の仕事に例えるなら、本稼動前なのにクレーマートラブルをなだめて気に入られて逆に100万の家電を買わせて、そのお礼に店長に権限をもらったみたいな感じだ。俺偉い。
「須賀さん、戻ったら降りてもいいって言いましたよね?」
「あ・・・。そうよね・・・なんだかんだで命の危険とかもあったもんね・・・。今日は無理いってごめんね・・・。」
案外殊勝なところもあるな。
ここは新宿の、御苑とあの二丁目に挟まれたところにある雑居ビル。コンクリート剥き出しの、精々10畳程度のオフィスに、三畳くらいの別室が2つのこじんまりしたフロア。そう、須賀さんの会社であり俺が登録しに来たところだ。(登録前にいきなり転移させられてしまったのだが。)
あの後、魔女は俺の条件なら、と譲歩した。王も魔女は信用出来ないが真相を冷静に判断するのは賛成、というスタンスで魔女担当官としての地位を約束してくれ、俺は無事帰還した。
「いや、やってもいいですよ」
「まじ!?」
「まず、きちんと説明してください。俺仕切りで。あと仕事っていう以上は条件次第です。」
五時間近くいたつもりがあまり時間が経っていなかったり、能力も含めわからないことだらけだ。正直達成感も感じたし、あのまま投げ出すのも後味が悪い。
でも、それとこれとは話が別だ。
須賀さんが俺を半ば騙すように巻き込んだのは事実だし、仕事として受ける以上、条件と内容を明示して貰わないとこれ以上受ける訳にはいかない。
「要素を整理して説明してください。項目は俺が決めるんで。・・・そこのボールペン借りていいですか?」
コピー機から紙を一枚借りて、説明項目を書き出して渡す。
「なになに、①安全基準、②就業場所・・・③世界観と文化レベル④システム⑤能力⑥就業条件⑦会社概要と須賀さん・・・・安生くん、なんかむっちゃ冷静で細かくてキモいんですけど」
「仕事の話なんで今はそのモードやめてもらえます?俺オタクですけど語尾にニャーとかうーとかつけるの萌えないタイプなんで」
「うぅ〜。わかったのニャ〜」
基本煽りの人なのだろう。負けませんけどね。
「俺、無茶振り受けてあげて、顔合わせ以上の成果出しましたよね?パライフェル(笑)さん?」
「ウッ」
「俺じゃなきゃとは言いませんけど、ある程度交渉力と洞察力、統率力ないと出来ないポジションにハードル上げましたけど大丈夫ですか?すぐに代わり見つかります? ・・・ちなみに俺、回線系の店舗リーダー経験者で、レアスキル5個持ち、今回の現場もある程度把握しましたけど、クソビッチさん」
「元・ややビッチ程度なのでクソビッチは勘弁してください・・・」
本気でクソビッチがこたえているみたいだ。須賀さんもそれなりに触れられたくない過去があるらしい。
「わかったわよ。でも答えられない事もあるわよ」
「仕事的なとこは全部答えてもらいます。それ以外も、わからない、とか何系の理由で言えない、くらいはハッキリ言ってもらいます。答えたくないは却下です。」
「ハァ・・・」
溜息から説明が始まった。
今回は準備が無かったが、スヴァン・フィンから召喚要望の大魔法陣が開いている限りは、比較的簡単な魔法陣で送り迎え行出来るらしい。次からはすぐに転移できるよう、転移中は魔法陣に張り付きで待機してくれることになった。
自分自身で移動出来ないのか尋ねると、「基本使わないで欲しいんだけど」、と念押ししながらネックレスを渡された。世界を渡る力があるらしいのだが、不安定な上に二回しか使えないのだそうだ。
「②の就業場所ってどういうこと?」
「ああそれ、この世界との位置関係というか・・・まさか雲の上とか実は地球上とかじゃないでしょ?」
「そういうことか。スヴァン・フィンは仮想空間のゲームでも、本の中とか誰かの夢でもないわ。れっきとした無数にある並行世界の一つで、ちょっとした縁でこの世界に繋がってるわ。」
「時間の流れはこっちと違う?」
「あ、それ?本来時間そのもの、は同じよ?」
「はい?」
「召喚に付随する力で、転移者の主観時間での調整が出来るの。安生くんの時間対比を不在側1に対して主観存在側12にしてあるから」
「えっと・・・そしたら八時間労働で四日滞在ってことですか?」
「そうなるわね。逆に、戻った時は二連休取っても向こうじゃ四時間しか経ってないって事。」
「あー、そりゃ便利ですね・・・」
「普通に週休二日取ってもらいたいし、無駄に歳とっても困るでしょ?。あ、その間のこっちの肉体年齢は進まないから安心して。実質寿命延びて長生きできちゃう。ウフ」
世界観は、地球でいうなら中世ヨーロッパと、おとぎ話の融合といった方が近いだろうか。異能バトルみたいに訓練なしに激しい攻撃が出たり、ゲームのようなエンドユーザーにわかり易い仕組みの魔法は基本ない。
一般レベルで地球なら民間伝承やオカルトで伝えられるようなまじないや怪異がダイレクトな影響力で存在する一方、強力な魔法は国家レベルの機関や魔女のような存在が巨大な設備や生まれ持った体質、魔法陣などを利用しエレメントにアクセスし力を引き出す。
やはり北の魔女はかなり高度な魔法使いだということになる。
ステータスウインドウは異邦騎士の仕様の一部。スキルはあくまであの世界の魔法のルールに則っていて、分類と指針を作ることで魔法に縁のない現代人でもイメージし易く、使い易いようにしてあるだけらしい。
別世界の要素がスヴァン・フィンへ入ると、見た目は変わらないが、本質的には不安定なまぼろしみたいなものになり、放っておくと消滅してしまう。モララ王女とキスをさせられたのは世界の中の存在に縁を結んで世界に受け入れさせる、みたいな儀式なんだそうだ。
俺としてはウルルみたいな素直な子が好きなんだけど、・・・それにしてもモララ王女柔らかくていい匂いしたなぁ。
「・・・①から⑤まではわかりました。で、ビジネスの話をする前に、実際の職場環境と言うか・・・内情とか法律、常識なんかを確認したいんですけど。」
「そうね、大事なとこはやっときましょうか。君も疲れてるだろうから細かいとこは追々ね」
俺のせいにしてるが、須賀さん自体が面倒になって来ているみたいで箇条書きで喋り出した。正直その方が分かり易いので、俺もツッコミは入れずに話を聞くことにした。
・あの国、ダルハデルリの規模はイングランドくらいのサイズ感。完全に男社会の王政だが、女性蔑視、奴隷や人種差別などはない。公共のマナーなどは基本現代日本の通りやっていればそこまで困らない。ガス、電気はないが、水インフラはある。消えた奴よりもっと前の異邦騎士が魔法と力学を組み合わせて作ったらしく、トイレも水洗。よかった・・・。
・星自体が地球より小さく、統一国とか国連、世界を繋ぐようなネットワークはなし。
・『魔』と呼ばれている存在は、スヴァン・フィンの人なら大体名前くらいは知っている常識だが、襲来のスパンが数十年〜数百年の時もあり、被害範囲も時によるので、一般の若い世代はこっちでいうところの「戦争をしらない世代」みたいな感じ。
俺、ぶっちゃけ聞き上手なのでだんだん須賀さんのテンションが上がって来て話したがっていたが、俺が本当に疲れてきたので遮った。
「わかりました。あとは追々聞きます。仕事としての条件だけ納得できたらやります。」
「うふふ。正直そう言うと思ってたわ」
言いながら就業条件一覧と雇用契約書を出してきた。
「印鑑と通帳のコピー持ってきたわよね?」
「はい。」
「モーカル自体はれっきとした普通の派遣会社よ。正確には、静岡本社はカヌー用品の会社なんだけど、社長が人付き合いでなんちゃって派遣を作ったときに、アタシがちゃんと儲けを出すから、って言って東京支社を作ってもらったの。」
「社長の女・・・やっばビッ・・・」
「シャラップ!基本は大手の隙間を縫ってちゃんと派遣会社やってるから。今クライアント4つでスタッフも君で10人目だから」
「ってかこの派遣先『須賀駄菓子店』って何です?」
「アタシのおばあちゃん家よ。さすがに『異世界の王国がクライアントです!』とか社長にも行政にも言えないじゃん」
「確かに・・・わかりました。会社についてはOKです。あとは須賀さんのことと待遇だけ」
「アタシの事はいわないわよー?『言いたくない』ですぅ」
喰い気味に言って来やがった。話してる内にペースを取り戻したのか、完全に元の須賀さんだ。
「ハイ?話がちがうんですけ」
「安生君さ、君、そんだけ優秀なのに」
また喰い気味に、これは、いや、違う。
この須賀さんは魔女が現れた時以上に真剣で、ここまでではじめてマウントを取りに来ている。
「クビになったんでしょ?それ、今説明できる?」
不覚だった。
「・・・・・・言いたくありません・・・」
「でしょう?それだけ実績出してるあなたが間を空けずに次を探しているのは、お金も困ってるんじゃないの?」
「・・・・・・。」
まさかの、まったく予想外で無関係な所で無防備な感情を打ち抜かれてしまった。一瞬で負の感情を剥き出しに、全身を震わせてしまったことに気づいたが、俺はそれを止められなかった。
「ぶっちゃけそんなので貴方の評価は下げないわ。それでも今言いたくはないでしょう?大人の貴方をアタシももう評価してるし、正直人としても嫌いじゃないから誤解しないでね。今貴方が踏み込もうとしたのはそういうこと。『あの世界とのつながり』も『クソビッチな過去』もね。」
言葉が出てこない。感情がコントロールできない。
こんなになってしまったのは多分十何年ぶりだ。
と、突然俺が泣き出しそうになる二歩くらい手前の絶妙なタイミングでボディブローを入れてくる。マジでちょっと痛いくらいのやつで、一瞬本気で戸惑ってしまったたところを、すかさず握手を求めて来た。見ると、菅さんはキャラや嫌味のない、優しい笑みで俺を見ている。
気付くと震えは止まっていた。
「アタシも言い過ぎたわ。よろしくね。ビジネスパートナーとして認め合えるようになったら、お互い過去の話もしましょ」
悔しいが、おちゃらけていてもこの人は人の本質を観れる賢い人だ。
「・・・なんかすみません・・・」
「調子狂うわねー。待遇なんだけど、週休二日、もし半年以上かかったら有給も十日つけます。転移はここからになるので、ここまでの交通費は出すわ。バスと駐車場も計上OK。社保は安生君の好きなほうで。給料は週払いも出来るわよ」
「ありがとうございます」
「滞在中に寝たり遊んだからって給料減らしたりしないから安心して。販売員じゃなくてどっちかっていうと営業だから、実績さえ出してくれればいいわ。」
茶々を入れる元気はまだないので真面目な顔で聞く。悪くはないが、ここまでは普通だ。
「身に付けたものは一緒に転移できるから、備品は月2万まで領収書切っていいわ。・・・ひまつぶしのゲームとかはダメよ。時給はなんと・・・二千五百円!残業はさせないけど、しちゃったら三十分単位で三割り増し出すわ」
「やらせていただきます!」
俺は上機嫌でガッチリシェイクハンドした。俺の変わりっぷりに思わず二人とも爆笑してしまう。
「ま、楽しくやりましょ。君のスキルで組織作りして、万一最終的に『魔』と正面対決になっても指揮執るだけでいいから。」
「ラジャー!」
サインをし、印鑑を押して帰り支度をしながらからある事に気付く。
「・・・あのー、時給ってどっちの・・・」
「ん?こっちの時間にきまってるじゃーん!」
「おーい!日給5125円じゃねーか!!」
「食べ物とか貴金属とか持って帰れるからセコセコがんばってね☆貧乏人!」
「こンのクソビッチが!」
言ってから、お互い顔を見合わせて大爆笑した。
* * *
やー、今日は本当に疲れた。帰宅するなりベッドに倒れ込み、何もする気が起きなくなった。
(ウルルかわいかったなー。モララもありかもしれない。あんな良いキスもう何年も・・・ってかキス自体しばらくしてないなー・・・魔女・・・イヤイヤイヤ。須賀さんも根っこはちょっといい人だったな・・・)
ウトウトしかけたところで彼女からメッセージが来ていることに気付く。
『ちょっと!たまには連絡しなさいよ!』
(そういやこいつにもしばらく会ってないな・・・ってか前回既読スルーしたのお前じゃん・・・。)
面倒臭くなって、俺はそのまま眠りに落ちた。
長くなってしまいましたが、説明回や地上編でズルズル引き伸ばしたくなかったので一話分としました。
予定より早かったのでどうかご勘弁を!
これでも長いのですが、実は無くても物語上困らないな、と割愛した設定説明などがあるので、多分6話より後になりますが5.1話としてTIPSなんかを書ければと思っています。
家電店のメーカー派遣業界のことについてなんかもそのうち書けたらいいなぁ。




