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筋肉少女と軟弱王子様   作者: サーモン横山
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出会い

 てりゃ! 変化球!

 


 薄暗く湿った空気が漂う森のなかを一人の少年がおっかなびっくりに足を進めていた。三歩進んでは周りを見渡し、また三歩進んでは後ろを見る。彼の歩みはまるで亀のようだった。


「ひぃ! な、なんで僕がこんな事」


 怯えながら進むのはこの国の王子候補である。正式に王子として認めて貰うための試練に今彼は挑んでいた。


 生来の臆病さから周りから馬鹿にされ、決して王子になどなれないと護衛の兵士すら仕事放棄して彼はただ一人である。体を動かすより本を読むのが好きな彼はこの試練など始めからどうでもよかった。しかし拒むことができずに今の状況に至る。


 時おり魔光が煌めき、蒼白く周囲を照らす。茂みがその度に複雑な模様を見せる。魔の森と呼ばれるこの場所で魔物を倒してその証拠を持ち帰る。それが試練の内容だったが王子の外見は戦いに向いているとは言えないものだった


 成人前の細く華奢な体と眼鏡を掛けた知性的な目は明らかに戦闘に適していない。しかし彼の腰には体格に応じた細剣を差していて頼りがいのないその細さに王子の不安は増していくばかりであった。


「はぁ、もう帰りたい。僕を見捨てて逃げたあいつらなんて知るもんか」


 愚痴りながらも、森の中に造られた道をビクビクと歩いて行く。


 少し先の茂みが動く。王子はまだ気付かない。


 茂みが大きく揺れはじめてようやく王子が異変に気付いて足を止める。異臭が鼻に届き顔をしかめるが、それが何なのかを思い出して震え始める。腰の細剣に手を伸ばすが震える手には上手く掴めない。


 そして茂みから醜い顔をした小鬼の魔物、ゴブリンが這い出してきた。背丈は小さな子供ぐらいだが獰猛で人間を集団で襲って食べる魔物である。普通の兵士なら一人でも四、五匹は簡単に倒せる弱い魔物であるが生まれてこの方喧嘩すらしたことの無い王子には自分に襲いかかる姿しか想像できなかった。


 ゴブリンは鼻を鳴らして何かを探している。その様子に逃げる事を考えた王子が震える足を後ろに引く。だが微かに地面に出ていた木の根に当りバランスを崩して後ろに転んでしまう。


「ゲギャ?」


 ゴブリンから声が上がる。転んで動転している王子が必死にゴブリンから離れようと後ろに這いずり音を立てる。


 ゴブリンが音のする方を向き、王子の目とゴブリンの濁った紅い目が合ってしまう。


「ゲギャギャ!」


 獲物を見つけて喜びの声を上げるゴブリンに恐怖で動けない王子。ゴブリンが醜い顔をより醜悪に変える。


 笑っている。王子がそれに気付いた時にはもう手が届くほどの目の前にゴブリンが立っていた。


「う、うわぁ! く、くるな、来るなー!」


 目の前の恐怖に体が反射的に動く。倒れたまま地面に着いた手で砂や小石を手当たり次第に掴んでゴブリンに投げつける。錯乱していてまともに当たらない事に更に笑顔が増していくゴブリン。


「来るな、来るな、くるなー!」


 王子が腰の細剣を掴み投げる。


「ゲギャァ!」


 偶然にも細剣がゴブリンの顔に当たる。


「や、やった」


 王子が喜ぶがゴブリンに傷は無く怒りを与えるだけだった。


「ゲギャギャ!」


 ゴブリンが叫び王子に飛び掛かろうとしたその時、空から何かが降ってきた。


「うるぁ! お小遣いげっと!」


 空から現れたそれは何かを喋っていたが轟音に消されて王子の耳には届かなかった。王子は吹き飛ばされて地面に転がり木にぶつかってようやく止まった。眼鏡は何処かに飛んでいった。


 王子がぼんやりと見えたのは地面に突き刺さる巨大な人型とその足の下に潰れて原型が分からなくなったゴブリンの残骸が散らばる光景だった。


「ん? なんかいる? げっ! まさか巻き込んだ?」


 巨大な人型がドシン、ドシンと王子に近付いて行く。


 王子は筋肉に覆われた巨漢が自分を覗きこむ姿を見て遂に気を失った。


「えっ! ちょっと! 死なないでよ! 私、人殺しになりたくないー!」


 巨漢の叫びは王子には届かない。




「うっ、……あれ、夢?」


 木にもたれ掛かる王子が目を覚まし周りを見渡すが眼鏡がないので全てがぼやけて見えている。


「はぁー、良かった、死んでない。おっと、ゴホン!」


 王子が声のする方に顔を向けるとそこに何か巨大なモノがある。


「おい、お前、何しにこの森に来た」


 巨大なモノが喋りだした。王子がよく見るとそれは人の形に見えてきた。すごく大きくて見上げる程に。


「聞こえてる? あ、いや、聞いているのか!」


 大きな何かは語気を強めて聞いてきた。反射的に答えようとするが上手く声が出せずにむせてしまう。


「ごふっ、けふ、こふ、はい、こふっ、聞いています」


 咳き込みながら何とか返事をした王子は疑問に思う。何故此処に人がいるのか。魔の森と呼ばれる場所に何故と。


「そうか! えーと、体はどうだ!」


 恐らくは人であると思い、助けられたことを思い出す。


「は、い。ごほっ、だ、大丈夫、です。はぁ、それよりも有り難うございました」


 座ったままではあるが頭を下げる王子。


「ほえ! えっ、えっとー、う、うむ! 是非もなし!」


 助けてくれた恩人が変な人だと思いつつ王子が立ち上がる。木に手をつけてゆっくりと立つ。痛みに顔をしかめながら体の調子を確認する。何処にも骨折が無いことに驚きつつ命の恩人に声を掛ける。


「すいませんが僕の眼鏡は知りませんか?」


 掛けていないとよく見えない上に落ち着かない。


「め、眼鏡? えっとー、うむ! 知らん!」


「そう、ですか」


 落ち込む王子だがすぐに思い直す。命があるなら眼鏡くらい安いものだと。


「う、うむ! それで、お、お前はここで何をしに来たぞ?」


「ここには……魔物退治に来ました。何でもいいから倒してその証拠を持ち帰らねばなりません」


 ゴブリン一匹に醜態をさらした自分が急に恥ずかしくなる。王子は自分の顔が火照るのを感じた。


「へー、大変、んんっ、大変だな!」


 ぼやけて細かくは分からないが恩人は男性らしい。野太い声で恐らく凄まじいまでに鍛えられた筋肉を持つブロンドの、多分、裸の男性、と王子は思った。腰には茶色い何かがあるのに他は肌色一色なので、そう見えただけかもしれない。王子にはそんなことよりも大切なことがあった。


「恥を忍んでお願い申し上げます。どうか、力を貸しては貰えないでしょうか? 僕の持ち物くらいしかお礼に差し上げられませんけど、どうか!」


 王子は自分の事をよく分かっていた。もし次にゴブリンに遭遇したら間違いなく殺されて餌になると。さりとて、このまま帰る訳にもいかない。もう何処にも王子の居場所は無かった。王宮にも、母親の元にも。魔物を討伐し、証拠を持ち帰ることが出来なければこの森で死ぬしかない。


 ゴブリンをあっさり殺したこの人となら何とか出来るかもしれない。微かな望みが生まれたことに王子は賭けてみようと思った。どうせ死ぬならせめて男らしく死にたい。だれかに見てもらって。今まで考えもしなかった考えが死を間近に経験した王子に生まれていた。


「お礼! それは、つまり、お金?」


 命の恩人が喜んでいるような声を出す。しかし、


「すいません、現金の持ち合わせは、これしかなくて」


 王子が胸の内側のポケットから小さな袋を取り出す。その小さな袋を見て命の恩人がため息を吐く音が聞こえる。


「銀貨が三枚程です。討伐が終わったら僕の細剣も差し上げます。あれなら銀貨十枚ぐらいにはなるはずです。……申し訳ありません、本来ならもっとお支払するべきなのでしょうが」


「へ? 銀貨? え、マジ? つまり三枚と十枚? えっ、マジで?」


 必死に頭を下げる王子には恩人が呟く声が聞こえない。


「おう! やったるで!」


 王子が聞いたのは命の恩人が快諾する返事だった。


「有り難うございます! あの、御名前をお聞きしてもいいでしょうか? あっ、僕はセ……セバスチャン、そう、セバスチャンと申します」


 ぼやけて見えている恩人に王子が自己紹介するが王子であることは言えなかった。まだ王子になれるか分からなかったから。


「へ? 名前? 私はフェリシ、グホン! ゲホン! フェリー、フェリーだ!」


「フェリーさんですね、宜しくお願いします」


 こうして二人は出会った。お互いに自分を偽って。それが二人の最初の出会い。

 なんか書きたくなったのです。

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