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武田信玄諸戦録  作者: pip-erekiban
第四章
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第四章(三増峠の戦い)‐二

「武蔵の城を、一つ頂戴いたします」

 北条家の本拠地小田原城は、単に城そのものが堅固であるにとどまらなかった。小田原城を中心に支城群を補給線で結び、国中に堅固な防御網を敷く、その中心であった。

 永禄四年、当時長尾景虎を名乗っていた輝虎が、関東の反北条諸将を糾合して十一万と号する大軍を以て小田原城を囲んで以来、北条父子は小田原本城の普請を絶やさぬにとどまらず、その周辺に網の目のような拠点網を敷いて外寇に備えていた。

 そのうちの一つ、例えば鉢形城や滝山城を抜いて武田領国に組み込み、小田原に匕首を突き付ければ、これが重圧となり駿豆国境における北条家の鋭鋒は鈍るであろう。そして圧迫に耐えかねた北条方に対し、時期を見て有利な条件での和約を持ちかければよい、というのが信種の意見であった。

 確かに信種の言うとおりに事が運べば、駿豆国境における北条勢の動きは幾分鈍り、駿河攻略の軍も起こしやすくなるであろう。なによりも、武田家にとってより有利な和約の成立に含みを残す案であった。

「傾聴に値する。信種の意見に対して何かないか」

 信玄は諸将に促した。

「源左衛門尉、ないか」

 瞑目していた信玄の目はいつしか開かれていた。その目は工藤源左衛門尉昌秀を見据えていた。昌秀はもともと源左衛門尉祐長(すけなが)を称していたが、近年名を「昌秀」と改めていた。信玄がこの場にて特に昌秀を指名したのは、昌秀が曾て、信虎の勘気を蒙り甲斐放逐の憂き目を見て関東を流浪していたという経歴を踏まえてのことだった。

「恐れながら申し上げます。淺利殿の御意見、逐一ごもっともなれど・・・・・・」

 信種への遠慮からか些か言いよどんだ後、昌秀は言った。

「小田原は首筋に突き付けられた刃を除くために、我等に対し無二の一戦を挑んでくるでありましょうな」

 昌秀の意見はこうである。

 鉢形城なり滝山城を武田領国に編入するということは、その城に分国から選抜された在番衆を置かなければならない。もしそれらが小田原勢に包囲されたら、武田家としては分国の軍役衆に対し威信を保つ必要からこれに後詰を送らないわけにはいかない。翻って小田原勢にとっては、武田本隊の後詰が領国内に侵入してくることは小田原本城に対する脅威に他ならないから、武田の籠城衆を、後詰もろとも押し返そうと大軍で押し寄せてくるに違いない。武蔵の小城ひとつを巡って大戦おおいくさに発展するであろう、というのである。

 そして一旦そうなってしまえば、和約の締結どころか駿河攻略という目標自体が危うくなる。国力と戦力を関東方面で磨り潰し、延いては上洛の望みすら捨てなければならなくなる恐れがあった。そうなってしまっては本末転倒である。

「続けよ」

 それではどうすればよいか。その先を信玄は聞きたかった。

「北条は先年、輝虎の小田原攻めの際に籠城策を採用してこれを切り抜けましたが、よほどこの籠城戦がこたえたのか、氏康公は今日に至るまで飽くことなく小田原の城普請を続けていると聞いております。したがって我等が関東に寄せれば、北条方は必ずや各拠点に固く籠もって守りに徹するでしょう。これを何とかして野戦に引き摺り込み叩くのです。それも、通り一遍の勝ちようでは意味がありません。徹底的に叩くのです。小城一つ取ることなく、武田強しとの印象を深く北条に刻みつけるのです。そのような勝ち方でなければなりません」

 昌秀の意見に満座が沈黙した。

 関東に出兵したとして、籠城策を採られてしまっては各城郭の包囲攻略に相当の期間を要するであろうし、城を取ってしまえば昌秀の言うとおりその城を巡って北条方と大戦を戦うことを覚悟しなければならない。だからと言って北条領内を行軍するだけなら物見遊山と変わらない。野戦に引き摺り出せと言うが、言うは易し、行うは難しである。最初から籠城戦を決意している相手を野戦に引き摺り出すことほど難しいことはなかった。目論見どおりに引き摺り出せたとしても、必ず勝てるという確信があるわけでもない。しかも通り一遍の勝ちようでは不足だというのだ。

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