第二章(信玄誕生)‐三
晴信が法体となり信玄を名乗るようになって日が浅い頃、尾張の僧が甲斐国内を通行すると聞いた信玄は、この僧を府第(躑躅ヶ崎館)に招いた。
僧は何故甲斐国主信玄の元に招かれたものか、心当たりはなかったが、通行するにあたり国主に挨拶をしておくことが道理であろうと考えて躑躅ヶ崎館へ赴いた。
僧は頭を丸めたばかりの信玄に謁して
「甲斐の武田晴信公が入道なされたとは知りませんでした」
と言うと信玄は
「かねてからの望みであったのだが発心してこのように丸めた」
と言った後、
「ところで貴僧は尾張を発して諸国を経巡っておると聞き及んでいるが、織田信長公と会って話をしたことはあるか」
と訊ねた。
「ございます」
僧がこたえると、信玄は満足そうな表情を浮かべた。
「信長公の人と形を有り体に教えて欲しい」
「人と形でございますか。
左様、背は御屋形様より三寸ほど高い五尺五寸(約一六五センチメートル)ほどでございましょうか。痩身でお髭は薄く、甲高い声の持ち主でございます」
「どのような物を好まれるか」
「それは、食べ物のことでございましょうか」
「何でも良い」
「御酒はお召しになりません。赤味噌の濃い味付けを好まれます」
「他にないか」
「そうですな・・・・・・」
僧は少し考えた。言おうか言うまいか迷ったものであった。
「遠慮召されるな」
信玄が促したので僧は意を決して言った。
「幸若舞を好まれ、ことあるごとに舞われます。しかしその他は舞うことがありません」
「幸若舞? 曲舞のか」
「左様でございます」
「信長公はどのように舞われるのか。やって見せて欲しい」
信玄に言われると、僧は困惑した。
(やはり黙っておくべきであった)
僧はこのような展開になることをおそれて幸若舞のことを口篭もったのであった。
「いや、拙僧はそのようなものを舞ったこともなく・・・・・・」
一度は断ったが、信玄はなおも
「見たことがあるのであろう。貴僧の舞の上手下手を云々しようというのではない。是非やって見せて欲しい」
と強いて勧めるので、遂に僧は諦めてすっくと立ち上がった。恥じて耳まで真っ赤に染まっていることが自覚できた。
人間五十年 下天の内を比ぶれば 夢幻の如くなり 一度生を享け 滅せぬ者のあるべきか
僧は見よう見まねのぎこちない所作で舞って見せた。
なにやらよじよじと身をくねらせながら唸るように舞うので信玄の傍らに近侍する近習からくすくすと笑い声が漏れたが、信玄の表情は真剣そのものであった。信玄は笑い声を上げた近習を窘めるように振り返った。近習はまずい、というような表情をして黙り込み、姿勢を正した。
「かように舞われます」
舞を終えた僧は再び座した。
「ふむ・・・・・・。妙な舞を舞われるのだな」
信玄に他意はなかったが、僧は強いられていやいやながら披露した舞のまねごとを妙な舞だと揶揄されたように聞いて恥じ入り、俯き押し黙ってしまった。
「いや、申したように貴僧の舞の上手い下手を論ずるつもりはない。信長公のことを申したのだ。
慣れぬことを強いた。大義であった」
退出する僧を見送った信玄は、織田信長という人物を想った。
その人物はどのような考え方を有し、何を思って幸若舞を好むのか。
信玄は僧が舞って見せた様をよく覚えておこうと思った。そうすることが将来何かの役に立つのではないかと考えたからである。信玄が「全てを知っておきたい」と考えた人物は、長尾景虎に次いで二人目であった。