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ツルギの剣  作者: 稲枝遊士
第一章 復讐の悪道野球編
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第六話

  第六話




 血塗れになって倒れた剣は、真希が部室へと運び込み、応急処置を施す。血塗れのまま寝かせておくのは、あまりにも酷い。

 攻守が交代し、超野球少女軍の攻撃。バッターは日佳留。打席に立ち、ピッチャーを睨む。

「死球でも敬遠でも何でもいいッ! 塁上に出せ! そうすれば私が直接手を下してやる!」

 元部長が、ファーストの守備位置に入って叫ぶ。投手は部長の方を見て――首を横に振る。

「……出来ないです」

「何を、ふざけてるのか!? お前だって奴らに復讐してやりたいだろ! 今さらいい子ぶるんじゃないぞ!」

 怒りを露わに。喉が破れるのかというぐらいの叫び声で元部長は言う。だが、それでも投手は頷かない。

「部長こそ、目を覚ましてください! もう、誰もあいつらを恨んだりしていない。あそこまで野球に全てを懸ける人を見て、まだ憎いなんて言えるはずがないですよ!」

 言って、投手は部室の方をグローブを付けた手で指す。

「私は勝負しますよ。誰が何と言おうと。正道の野球で超野球少女に勝ってこそ、初めて野球部を取り戻せるってもんです。今までみたいに暴力で奴らを倒したところで、そんなものは勝利じゃない! 私たちの野球部は帰ってこないんですよ!」

 言い切ると、投手は打者の日佳留へと向き直る。日佳留は笑った。爽やかに。不敵に。

「いいよ。勝負しよう。絶対に打って、絶対に点を取る。剣にもう投げさせられないもん。アタシは必ずホームを踏むッ!」

 日佳留の言葉に、投手は全力投球で返す。魂の入った一球。無礼にならぬよう、日佳留は全力のスイングで返した。ヒット。打球はショート頭上を超えるライナーとなり、左中間を破ってワンバウンド。簡易フェンスを跳ね返り、これを左翼手が捕球。日佳留は二塁を蹴るところ。左翼手は急いで送球するも、三塁に間に合わず。日佳留の滑り込む方が早い。セーフ、三塁打となる。

「おい、サード! 私と守備位置を変われ!」

 元部長が怒鳴る。だが、やはり。三塁手も首を横に振った。

「嫌だよ。ここは私のポジションだ」

 言い切った。そして、次の守備に備えて身構える。まるで元部長の存在など取るに足らない、と告げるかのよう。無下にされ、怒りながらも、何一つ出来ずにいる元部長。

 続く打席。前打席で本塁打を放ったラブ将軍。負傷ももはや意味を持たない。剣の投球を見ておきながら、この程度で膝をつく訳にはいかない。バットを構え、二本の足で突っ立つ。

 息が荒い。負傷が身体の負担となっているのか、息苦しそうな表情のラブ将軍。守備で立ち続けていた分もあり、消耗は相当なもの。

「……倒れるわけにはいかぬ。剣君が生命を賭して戦ったのだ。この程度の怪我で引くことは出来ぬ!」

 宣言。そして、投球される。ラブ将軍のスイングは、惜しくもボールを捉えられず。空振り、空を切る。スイングの勢いで膝が負け、倒れそうになる。だが、ラブ将軍は踏ん張る。大股開きの姿勢で、どうにか堪える。

「ぐぅ……ッ! こんなもの苦しくはない。苦しみと呼べるかこの程度で! 剣君の味わった痛みと比べれば、私の怪我なんぞ鼻で笑えるわッ!」

 言って、姿勢を正す。第二球。投手は一切手を抜かず、全力のストレート。ラブ将軍はこれを辛うじて捉える。セカンドの頭上をギリギリ超える。ライト前ヒット。日佳留は難なくホームへ帰還。ラブ将軍は必死に走りぬけ、一塁を踏む。

 これを好機、と元部長は声を張り上げる。

「おい、牽制しろ! 一塁側だ!」

 だが、投手は見向きもしない。次の投球に備え、マウンドの土を足で整える。

 そして、続く打者は真希。部室で剣への応急処置を終え、バッターボックスに立つ。既に緑の闘気が立ち上がり、戦う意思がはっきりと見て取れる。

「ほんじゃあ、勝負や! ウチも一番の打法でお前を迎え撃ったる! お前も一番の球でウチを仕留めに来い!」

 言って、真希の闘志が、風がバットに集まる。渦の形は風神打法。投手は頷き、放球。速く鋭く動くスライダー。キレの良い変化球。並みの野球少女なら手も出ないだろう。だが相手は真希。超野球少女の前で常識は通用しない。容易く変化に対応し、ジャストミート。

「吹っ飛べえエェッ!」

 白球は緑の風に運ばれながら、大きく飛んで行く。引っ張り気味、レフト方向への大飛球。文句なしのホームラン。そのまま白球はグラウンド外へと姿を消した。

 ラブ将軍、真希が帰ってきて二点。これで合計九点。あと一点でコールドゲームが成立する。



 続く打者は剣。だが、現在は部室で寝ているはず。

 ダイヤモンドを回り終え、ベンチで三人と相談する真希。

「剣は打席に立てるような状態やない。ここはバッターアウトっちゅうことで、剣の打順は飛ばしてもらおうや」

 提案に、一同が頷く。これを確認してから、真希はベンチを離れ、グラウンド上へと宣言する。

「剣は今打席に立つことが出来へんのや! ここはバッターアウトで、次の打順に回させてもらおうで!」

 元野球部員のほぼ全員が頷く。元部長だけが答えず歯ぎしりするのみ。了解を得て、真希は次の打者、ナイルへと視線を送る。

「任せてくれ。僕でこの試合は終わりにして見せるさ」

 言いながら、バットを持ってバッターボックスへ。いよいよ日も沈む。グラウンドを照明が照らし始める。これで最後と理解した投手は、一球を躊躇う。得体の知れない感覚。恐怖でも高揚でもなく。白球を手放し難い感情で一杯だった。

 と、その時。不意に、部室の扉が開く。身体中に包帯を巻いた、痛々しい姿の剣が姿を現す。足をずりずりと引きずりながら、バッターボックスへと向かう。

「剣サン! 君は休んでいてくれ!」

 ナイルは驚きながらも、剣を声で制止した。だが、剣は言うことを聞かない。

「ナイルさん、退いて。私の打順です」

 言い返す剣。見ると、傷からの血で包帯も所々が赤く滲んでいる。こんな状態で打席に立たせるのは無理というもの。ナイルは剣とバッターボックスの間に立ち塞がり言う。

「通さない! 剣サンは、もう十分戦った。だから、後は僕達にまかせてくれ」

 頼み込むナイル。声色も必死の様相。しかしやはり剣は聞かず。ナイルの肩に手を置くと、どうにか退いてもらおうと押しながら語る。

「ナイルさん……大丈夫ですよ。みんなを信じていないわけじゃない。任せるつもりですよ。私がこの打席、アウトに倒れたら。後はナイルさんが打って終わりにしてくれるって。信じているから安心して打席に立てるんです」

「だったら何故! 剣サンはもう限界だ。無理に打席に立たなくとも、ここはアウトということにして休んでほしい」

「いいえ。私は限界でも休みませんよ。ようやく始まったんですから。私はまた、野球道を走っていける。最初の一歩は、今以外はありえない」

 剣はナイルを押し退け、バッターボックスへと入る。何を言っても聞かないだろう。ナイルは諦め、バットを剣に渡す。

「剣サン、気を付けて」

 せめて剣が無事に打席を終えるよう祈り、ベンチへと戻っていく。

 いよいよ勝負が始まる。投手は手加減なし。まずは鋭いストレート。剣は負傷故、スイングもままならず。金属バットは空を切る音も立てず、ふらふら宙を泳ぐ。ボールはとっくにミットの中。まるで焦点の合わないスイング。

「剣! どうせやるんやったらでっかいのぶっ放せ!」

 ベンチから真希の声援。剣は頷く。もちろん最初からそのつもりだよ、と。だが、腕が追いつかない。怪我で力が入らず、バットを持ち上げることも難しい。そんな状態で、どうやってホームランを打てようか。いいや、そもそもボールにバットを当てることさえ難しい状況。超野球少女と言えども限界がある。今の剣の身体能力は、並みの野球少女より劣る。負傷故に満足なプレイが許されない。

 しかし、問題はそこではない。身体が動かないなら動かないで構わない。どうやって打つのか。そこが重要だ。剣は考える。身体が言うことを聞かなくとも打つ為にはどうすれば良いのか。どのような策であれば、バットはボールへ当たるのか。

 答えは無い。考えるほどに、剣には不可能だと理解できた。今の状態で出来る策など存在しないと。阿呆でも分かる結論を、しっかりと頭の中に覚え留める。

 第二球。投手は、再びストレート。剣は先程よりはタイミングを合わせてスイング。だが、まだ遅れている。それに白球を捉える気配も無い。

 剣は考えるのをやめた。残る力の全てで、本能で白球を捉える。他の方法は無いように思えた。実際に打つ手なし。情けなくとも、バットを振るしか無いのだ。

 第三球。タイミングを外す緩いカーブ。危うく手を出すところだったが、剣は見逃す。ボール球。続く第四球はインコースを突くストレート。詰まりながらも剣のスイングは白球を捉える。フェアゾーンへ飛ぶことはなく、ファール。カウントは変わらず。

 剣は集中する。青い闘気が滲み出る。全力でなければいけない、という観念が、剣に身体の限界を忘れさせる。今の状態で超野球少女の力の負担を受けるのは危険だ。にも関わらず、剣は闘志を燃やす。青の炎がちりちりと舞う。

 第五球。投手、渾身の高速スライダー。剣は必死に腕を振った。どうにか振り絞った力で白球を捉える。だが、それでも絶好と呼ぶには程遠い。詰まった打球。レフト方向へふわりと上がり、外野が少し前進して捕球。ワンアウト。

 剣は項垂れ、ゆっくりとバッターボックスから離れる。己の新たな野球人生。一歩目は敗北からのスタート。それも悪くないかな、と考え剣は顔を上げた。ナイルが居た。そして剣の肩を軽く叩く。

「任せてくれ。必ず次で終わらせる」

 剣は頷き、ベンチへと引き返す。ベンチでは、仲間が出迎えてくれた。よくやった、後は任せろ。大丈夫か、という声が飛び交う。

 一方で、バッターボックスのナイル。銀色の闘気を巻き上げ、構える。

「さあ来い! これが最後の勝負だッ!」

 宣言。投手も頷き、放球。最初から、渾身の高速スライダー。だが、これをナイルは打ち砕く。容易くバットが白球を捉え、まるで弾丸のような勢いで弾き飛ばす。弾道は比較的低く、ライナーともフライとも区別を付け難い軌道。そのまま外野の頭も超えて、フェンスギリギリを超えてのホームラン。

 試合終了。十点差によるコールドゲームの成立だった。



 二つのチームがグラウンドに整列し、礼をする。戦いは終わった。超野球少女の五人は見事勝利した。加えて勝負の中で、邪道邪悪の野球に堕ちた元野球部を正気に戻した。

 だが――未だに、元部長だけは納得していなかった。列に加わりこそすれども、頭は下げずにいた。超野球少女憎し、と顔で語っていた。礼が終わると、元部長は拳を振り上げて駆け出す。

 慌てて元野球部員達が取り押さえる。数人に押さえつけられても、まだ暴れるのを辞めない。

「お前ら離せ! 止めるなよ!」

「いい加減にしてください、部長! もうどうにもなりませんよ!」

「そうだよ。もう野球部は帰ってこないのに、こんなことをする意味はないだろ!」

 取り押さえる者達が説得するも、無駄に終わる。元部長は暴れ続ける。例え拘束が解けないのだとしても。

「……どうしてでしょうか」

 不意に、剣が口を開く。

「どうして、そこまでするんですか? 自分の野球部を奪われたから、ってだけじゃないように思えるんですが」

 言いながら、剣は元部長の方へと近寄っていく。

「当たり前だろうが! お前らは私だけじゃない。私ら全員の野球部を奪ったんだよ!」

 叫ぶ。涙を滲ませ、顔を歪め、憎しみのままに。理解できず、剣はさらに問いかける。

「他の部員の分も貴女が怒ると言うんですか?」

「違う! 部員だけじゃない、今まで野球部に青春を懸けた全ての人の分だよ……」

 言って、藻掻くことを諦める元部長。力なく項垂れ、思いを吐き出す。

「確かに私ら一人一人は、たった三年の青春しか懸けていない。あんたらの言うとおりだ。一つごとを見れば、大した重さじゃない。けどな。私らの三年目は、ただの三年目じゃない。今までの野球部が積み重ねてきた、何十年、何百人分の青春なんだよ!」

 その言葉を受けても、剣は態度を変えなかった。動じない。戦うということはこういうことなのだ。何か大きなものを切り捨てていく。恨み憎しみ、そして悲しみ。全てを背負うことになる。だから、静かに聞き続ける。元部長の悲痛な声を。

「返せよッ!」

 元部長は叫んだ。暴れようとはしないものの、超野球少女への憎しみは消えない。

「私らの青春を返せ! みんなの……先輩たちの野球部を返せよォッ!」

「すみません、無理です。勝ったのは私達ですから」

 生温い温情など無用。剣ははっきりと否定する。でなければ、相手は敗者にもなれない。勝利出来ず、敗者となって戦いを終わらせることも出来ず。ただ呆然と結果を受け入れられずにいるよりはよっぽど良いだろう。と、考えた。

「――ほざくなよ」

 不意に、元部長へ言い返す声。真希だった。

「例えお前が何百何千人分の青春を背負っとろうが、敗北者に語る資格は無い。お前が弱いからこうなったんや。悔しけりゃあホンマに地力で勝負に勝つしか無いんや。それが出来もせえへん奴らがほざくな」

 言い切り、真希はその場を離れる。部室へと戻っていく。どこか様子がおかしい、と気付いたのは剣だけだった。

「待って、真希!」

 呼びかけながら、剣も真希を追って部室へと向かう。



 部室では、真希が椅子に座り込んでいた。苦悶の表情を浮かべ、項垂れている。

「真希……」

 剣は、どう言ってよいか迷う。だが、続きの言葉より先に真希の返事がくる。

「すまんな、剣」

「謝ることないよ」

 言いながら、剣は真希の隣に座る。そのまましばらく両者共に黙っていたが、徐ろに真希が口を開く。

「本当はな。ウチ、ああいうの苦手なんや」

「ああいうの?」

「ほら、元部長さんに暴言吐いたやろ」

 苦手、という表現は意外だった。剣は驚き、それを見た真希は苦笑。

「まあ、散々暴言吐き散らす奴が何を言うとるんや、って思うやろな。しゃあない。でも、ホンマなんや。誰かに乱暴な態度取ること自体、そもそも苦手やねん。元々小心者やからな」

「真希が小心者って、信じられない」

 剣にとって、真希は最初から大柄な人間だった。思い返しても、小心者と言えるような記憶一つ無い。

「剣やったら、分かるんやないか?」

 だが、真希は不思議な問いかけをする。

「命張って勝負するぐらいの気持ちがあるんやったら、分かるやろ。弱さは罪や。本心がどうであろうと、気張りまくって、自分を騙してでも強い人間気取らなあかん。自分の行動の隅々まで、信念通わさなあかん。せやないと隙が生まれる。弱さになる」

「……うん。それなら分かるよ」

 説明されると理解できた。確かに、剣も同じ気持ちだった。だからこそ、死に物狂いで魔球を投げ続けたのだ。自分の罪の意識を、脳裏から一切全て追い出す為。真っ白な状態で勝負に全てを懸ける為。真希も同じだというのだ。

「ホンマ言うたら、あいつらに野球部返してやりたいわ。もっとなんか、上手いこと出来る方法は無かったんかな、って。考えるんや。でもな、あかんねん。ウチが踏み潰してきたのはあいつらだけやないんや。勝負に生きる限り、こんくらいのことはいくらでもある。誰一人、勝ち負けからは逃れられへん。これからもウチはああいう奴らを潰していく。今こんなところで後悔しとるようじゃあ、この先戦っていけへん気がするんや」

「うん。私も……同じだよ。自分が勝つために、戦い続けるために。――ううん、違うかな。自分が踏み潰していく全てのものを、ただ無残に死んでいくだけで終わらせない為に。私達は真っ白な戦いで勝ち続けなきゃいけない。その為には、残酷でなきゃいけない。少しでも、弱い自分が存在してはいけない」

「せやな。剣の言うとおりや」

 真希は剣に同意した。二人は同じ考えだった。戦いというものにおいて、二人の心は完全に同調していた。

「――ホンマ、最高やで剣。アンタの女房役やれてウチは幸せや。お前みたいな奴、今まで見たこと無かった。初めてや。こんなに本物の感情晒して話せるやつ、おらんかったわ。ありがとうな、剣。野球をやってくれて。愛しとるで」

 言って、真希は剣の手を取る。きゅっ、と弱く握る。剣も握り返す。戦いを終え、怪我と疲れもあって、淡い眠気のような感覚が押し寄せてくる。互いに目を閉じた。確かに、これまでに無い穏やかな心地だった。剣は真希のことを特別だと思った。他の誰でも満たすことの出来ない孤独。戦いに生きる故の痛みが、真希のお陰で少しは癒える。

 今にも眠ってしまいそうだった。剣は意識が遠のくのを感じた。真希は、次第に寄りかかる体重が増えるのを感じて、小さく言う。寝てええで、と。言葉に安心した剣は、そのまま眠りに落ちていく。

 ――だが。その時だった。

「大変だよ、二人とも!」

 部室の扉を勢い良く開き、日佳留が突入してくる。突然のことに驚き、剣も目を覚ます。

「ど、どうしたのっ?」

 つい隠すように、剣は真希と繋いだ手を離した。日佳留の側からは、ちょうど真希の姿で隠れて見えない位置。

「なんか、変な人たちが来たんだよ! それで『深水剣を連れて来なさい!』って言ってて」

「誰や、剣は今ボロボロなんや、帰らせりゃええやんけ!」

「それができたらやってますよーだっ! なんか、剣に会うまでは絶対に帰らないんだって。剣、知ってる? 夜なのに日傘差してて、ふりふりの服着た、金髪縦ロールで『ですわ』口調の女の人」

「濃ゆいなそいつ! そんな変なのがおるんかい!」

「だから変って言ってるじゃん!」

 日佳留と真希の言い合いも他所に、剣は深刻な表情をしていた。そして一言零す。

「……ジュンだ」

 立ち上がる剣。この拍子にふらついたところを、日佳留が肩を貸して支える。

「ごめん、日佳留。その人、私の知り合いだよ」

「本当?」

「うん。でも、どうしてジュンがここに――」

 言いかけた剣の言葉は途切れる。部室にゆっくり、優雅に歩いて進入する人物の姿を見た瞬間だった。その人物は日傘を差し、フリルをあしらったドレスに身を包んだ少女。

「――お久しぶりですわね、剣」

「ジュン……」

 二人は顔を見合わせる。剣はばつの悪そうな表情で、ジュンは笑顔。しかし、どこか不気味なものが裏にあるように見える。この笑顔に日佳留と真希はぞっとする。

「そこのお二人にも、自己紹介をさせて頂きますわ。わたくし、一週間後に深水女子高等学校野球部との練習試合を控えております、聖凰高校野球部二軍主将、ホムラジュンと申します。ホムラは火に群がると書いて火群。ジュンは盾と書いてジュンと読みますわ。以後、お見知り置きを」

 優雅にジュンは――火群盾は礼をした。釣られて首だけのお辞儀を返す真希と日佳留。

「あの、剣とはどういう関係なんですか……?」

「世間的には幼なじみ、と言えば宜しいのかしら。幼少の頃より、共に野球を続けてきた仲間でもありました。……そう、中学一年のあの日までは」

 あの日、というものに言及した瞬間。盾の眼光が鋭くなる。標的は無論、剣。

「ねえ剣。貴女はあの日から野球をやらない、と言っていましたわよね?」

「――うん。そうだね」

「何故、今日野球をしていたのですか?」

「やりたかったから。やっぱり、私は野球を辞められない人間だったよ」

「ふざけないでッ!」

 盾は怒りを露わにし、怒鳴りつけた。威圧的な態度に肩を竦め怯える日佳留。だが、剣は微動だにしない。

「貴女は自分の犯した罪を忘れたとでも言うのかしら。貴女は野球をやっていい人間ではない。あの日、貴女は邪悪となったのです。汚れた腕で白球を投げることは、わたくしと、わたくしの姉が許しませんわ」

「うん、分かってる。でも、許されなくてもやるよ。私は野球が好きだから」

「関係あるものですか。例えどれだけ野球を愛していようとも、貴女は汚れているのです。貴女が野球に関わることだけは、私は何があっても許しません」

 二人の会話は押し問答となる。互いに譲らない。様子を見かねた真希が口を挟む。

「許さへんっちゅうても、あんた。剣は野球やめへんで。そんなしょうもないこと言いに来たんかいな」

「……そうですわね。わたくしとしたことが、本題に入るのが遅れました。今日は皆様に申し込みに来たのです」

「何をや」

「決闘ですわ」

 盾は言うと、ぱちん、と指を鳴らす。これを合図に、新たに二人が部室へと入ってくる。

「吾輩の名はアバドン。聖凰野球部二軍でセンターを守っているのである」

 一人が名乗る。黒髪、褐色の肌のアジア系外国人。続いて、金髪碧眼のヨーロッパ系外国人が名乗る。

「ミーはステラ。聖凰のショートだよ~」

「そしてわたくし、火群盾はピッチャー。以上三人が、聖凰高校野球部二軍に所属する超野球少女全員の顔ぶれです」

「なんや、メンツ揃えて。どういうつもりやねん」

「ですから、決闘と言ったでしょう? 正式に、顔を合わせて申し込みに来たのですよ」

 盾は言って、人差し指を立て、剣の方をぴんと指す。

「わたくしたちと貴女たちで、来週の練習試合で決着を付けましょう。わたくしたちが勝てば、剣はもう二度と野球をやらない。負ければ、剣はこれからも野球をして良い」

「はぁ!? そんなアホな要求飲めるか!」

「そうよそうよ! アタシら、っていうか剣に良いことが何にもないじゃん!」

 真希と日佳留が猛反対。しかし剣は――。

「いいよ。その勝負、受ける」

 要求を飲んだ。

「おいおい、剣! どうしたんや。こんな勝負受ける必要あらへんやろ!」

「そうだよ剣。こんなの、剣が損するだけだよ!」

 日佳留と真希に捲し立てられても、剣は考えを変えない。

「ううん。この勝負は、受けなきゃいけないんだ。私は、それだけ酷いことをしたから」

 言って剣はなだめる。日佳留と真希はまるで納得していなかったが、剣自身が言うなら、と仕方なしに折れる。

「せやけど……なんで、ここまでせなあかんねん。お前の言う、業ってもんは何なんや。昔どんなことやらかしたっちゅうんや」

 真希は尋ねる。だが、剣は答えない。これを見た盾が、小さく鼻で笑ってから言う。

「それならわたくしが教えて差し上げますわ」

 すると、盾は不意に剣へ近づく。そして剣の胸ぐらを掴み、威圧する格好で告げる。


「剣は――こいつは、人殺しなのです。わたくしの双子の姉は、あの日、こいつの手で殺されたのです」


 人殺し、という言葉。想像もしない表現に驚愕する日佳留と真希。

「……嘘、だよね?」

 日佳留は思わず剣の顔を見て訊き直す。だが、剣は視線を外して言う。

「ごめんね、日佳留。本当だよ」

 信じられない。日佳留の心のどこかに、まだ疑う気持ちがあった。だが、それでも剣自身が肯定したのは重い。ショックから無意識のうちに手を離す。剣に貸していた肩も外して、よろよろと後退りする。真希も気まずそうに顔を顰め、剣のことを直視出来ないでいる。

「――では、ごきげんよう皆さん。来週の決闘、楽しみにしておりますわ」

 盾は剣を突き飛ばす。支えも失い、負傷でふらつく剣は体勢を保てない。ずたり、と重い音を立てて床に倒れる。そのまま起き上がることは無い。既に気を失っていた。

第一章、復讐の悪道野球編、これにて完結です。

ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございます。

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