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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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畠山義統 義統戦記 第三話

 多くの混乱を生み、多くの命を奪った応仁・文明の乱は終わった。無残な姿となった京で義統はある決意をする。それは義統の新しい戦いの序曲でもあった。

 応仁・文明の乱も終わり義統は今後のことを家臣たちに話した。

「我々はこれより能登に帰国する。もはやこれ以上京にいる理由はない」

 家臣たちはざわめいた。この時代守護は大体京に住んでいて、領国の運営は守護代に任せている。

 驚く家臣たちに義統は続けて言う。

「皆が驚くのは無理もない。しかし我々は本家から分かれてからも能登守護として京に居続けている。しかしそのせいで本家の問題に巻き込まれてしまった。そのため我々は少なくない痛手を被っている。もはや本家の問題に付き合うのは我々にとって不都合なことばかりだ。よって能登に帰り領国を栄えさせるのがこれからの我々の生きる道だと思う」

 義統は高らかに言う。すると家臣の中から一人進み出てくるものがいた。

「まさしく殿の言うとおりであります」

「おお。統頼か」

 進み出てきたのは吉見統頼という男である。吉見家は能登の国人であったが足利幕府に認められ能登の守護になっていた。しかし没落してしまい家の存続の危機に陥ってしまう。そんなとき能登守護になった畠山家に元守護の家である経緯を買われ家臣になった。

 統頼は義統より少し年下である。幼いころから義統に付き従ってきた。そして統頼は体つきも優れ戦場では多くの敵を葬ってきた勇将である。

「今回の長い戦で能登の者たちも疲れております。それを助けるためにも能登に行くべきと私は考えております」

「ああ。統頼の言うとおりだ。今回の戦は本当に長かった。ここにいる皆にも能登の皆にも迷惑をかけてしまった」

「この吉見統頼。殿のお心にいたく感動しました。このうえはどこまでも殿についていくもりです」

「そうかありがとう…… 統頼」

 二人はやや芝居のかかったやり取りをした。もちろんこれは打合せしておいたもので家臣たちに能登行を納得させるための者である。最も疲弊した領国を立て直すためというのは本心であるが。

 家臣たちは二人のやり取りを受け義統の能登行きを受け入れた。芝居に気づいたものもいれば本心から感動したものもいる。ともかく家臣たちに異論はないようだった。

 義統は納得した家臣たちを見回すとこういった。

「そうなれば京に残るものを選ばなければならない。誰かいるか」

 そう言われて家臣たちの顔色が変わった。義統が言っているのは戦火の爪痕が濃く治安もよくない京に残れと言っている訳である。家臣たちもそれは正直避けたかった。

 この時は誰もが口をつぐんだ。これに関しては義統も仕方ないと思っている。しかし誰かに残ってもらわなければならない。

 しばしの沈黙の後、一人の男が進み出てきた。

「せ、拙者が残ります」

 名乗り出てきたのは井上統英という家臣だった。統英は小太りで気弱そうな雰囲気をしている。しかし実直で堅実な仕事ぶりが評判であった。彼もまた義統とは幼いころからの付き合いである。

 今回統英が名乗り出てきたのは芝居ではない。義統もいささか危険な京に残留するものを決めるにあたってだますような真似は流石にしたくはなかった。

 義統は少し驚いた。とりあえず統英に尋ねる。

「京に残るのは…… 少々危険だぞ」

「それは承知の上です。しかしだれかが京に残り情報収集や幕府との連絡を務めなければならないのです。拙者にできるかどうかはわかりませんがやってみようと思います」

 勇気を振り絞り言う統英。そんな姿を見せつけられると義統はこれ以上何も言えなかった。

「わかった。京のことは任せるぞ統英」

「かしこまりました。殿は安心して能登におかえりください」

「ああ。後のことは頼んだ」

 こうして義統の能登への帰還は決まった。そして文明九年の十一月に義統は能登に向けて出発する。この時義統は義就に何も言わなかった。もはや本家とは完全に決別するつもりの義統である。


 京から能登へはいくつかの国を通る。具体的には近江(現滋賀県)、若狭、(現福井県)越前、加賀(現石川県北部)の三つだ。越前は政国が死んだ土地である。

 政国が死んだとき義統のもとに届けられたのは遺髪だけであった。それすらも家臣が死に物狂いで持ってきたものである。当然遺体を回収などできるはずもなかった。

「(亡骸のない弔いだったな)」

 義統は当時を思い出し気落ちする。おそらく政国の遺体は朝倉孝景の手の者に処理されたのだろう。どうなったかは定かではない。

「今更考えてもしようがないか」

 そう割り切ると義統は道を急ぐのであった。

 その後順調に進んで能登に入る。そして七尾府中の守護所に到着すると怜悧な風貌の男が現れた。

「お待ちしておりました。義統様」

 折り目正しく礼をするこの男は守護代の遊佐忠光である。遊佐家はもともと畠山本家に仕える家であった。やがて能登家が分家すると遊佐家も分かれ能登家に仕える。そういうわけで能登家にも本家にも遊佐家は仕えていた。

 忠光は義忠の代から仕えている。年齢は義統と同じくらいだった。

「久しいな。忠光。相変わらず生真面目だな」

「義統様もご健勝で何よりです。しかし生真面目といわれましてもこれが性分です。どうしようもありません」

 忠光がそういうと義統をはじめ皆吹き出してしまった。皆が笑い出している中、義統は周りを見回す。

「そういえば統秀はどうした」

「今は七尾の城におります。義統様の到着が思いのほか早く…… 」

「そうか。ならば待とうか」

 義統がそう言ってからしばらくすると一人の馬に乗った男がやってきた。男は義統を見ると驚いて馬から降りる。

「こ、これは殿! お久しゅうございます」

「おお元気だったか。統秀」

 統秀は忠光の長男である。怜悧冷静な父親に比べると不思議と明るい人柄で弁もたつ。しかしその頭の回転は父同様早い。

 義統は統秀に尋ねた。

「七尾の城はどうだ」

「はい。義忠様の指示に従い補強をしております。もうそろそろ終わりというところです」

「そうか。しかし相変わらず山の中か」

「それは……まあ しかしおかげで頑丈です」

「ならいい。ところで忠光。このところの能登の様子はどうだ」

「はい。特に問題らしいことは起きてはいませんが…… ですが京での戦いの負担は民にのしかかっております」

 それを聞いて義統の表情が変わった。

「その話詳しく聞こう」

 義統は守護所の奥に進もうとする。しかし遊佐親子はそれを引き留めた。

「と、殿。まずは旅の疲れを落とされるべきかと」

「愚息の申す通りです。家臣の皆も疲れています」

 統秀はあわてたように。忠光は冷静に言う。そう言われて義統は考え込んだ。そして遊佐親子に言う。

「統秀は皆の休める場所を手配してくれ。私はここで休む。その間に忠光は現状が分かるような資料を用意しておいてくれ」

「「かしこまりました」」

 遊佐親子はそろって返事をした。急に息の合った二人に義統と家臣たちは吹き出してしまう。その姿に統秀は恥ずかしそうに頬を書き忠光はなぜ笑ったのかわからないと怪訝な顔をしていた。


 能登に落ち着いた義統はさっそく領地の掌握にとりかかる。忠光や統秀は義統を迎え入れてくれたが、すべての畠山家臣や能登の国人たちが義統を迎え入れたわけではない。守護がいない間に自身の勢力を強め、独立的な志向を持つ者もいた。

 義統は忠光からの情報をもとにそうした者たちを時に対し懐柔や恫喝を用いて屈服させる。

「思ったより楽な仕事だったな」

「それも義統様のご威光です」

「いや。忠光の統治がよかったのだろう」

 実際忠光は守護代として能登をよく統治していた。そのうえで野心を持たず畠山家を盛り立てようとしている。そのためか能登内部での反抗勢力は大した抵抗もできず義統のもとに下っていた。

 また義統は能登の統治に関しても色々と手を入れた。今までは遊佐氏が代行して統治していたのがこれからは義統自ら差配することになる。忠光との連携もあってシステムの移行はスムーズに進んだ。

「あとは乱で失った分をもとに戻すだけか」

 能登は応仁・文明の乱で戦場になったわけではない。しかし義統が京で戦い続けたため色々な負担がかかったのも事実であった。

「本当にはた迷惑な戦いだったんだな」

 義統は当面の間は税や労役の軽減を行った。まずは領民たちの生活を立て直すことが先決である。

「とりあえず隣国から攻撃を受けるようなことはないはずだ」

 能登の隣国は越中と加賀である。どちらも自分の国のことで手一杯のようだった。幸いにもこちらが攻撃されるようなことはなさそうである。

 また越後(現新潟県)の上杉房定の娘と嫡男の義元との婚姻を行うなど外交でも色々と手を打った。すべては能登の安定のためである。

 こうした義統の努力もあってか能登は次第に安定してきた。また応仁・文明の乱での損失も元に戻り始めている。

 そうした中で義統は自分のいる能登府中の改造にも取り掛かった。

「余裕も出てきたことだし街並みも整えていきたいと思う。忠光と統秀はどう思うか」

「それはよろしゅうございます。殿の御威光を高めることにもなりましょう」

「父上同様私も賛成です。そうだ。京の井上殿に連絡を取り歌人や絵師たちを呼び寄せてはいかがでしょうか。京の町が荒廃し苦労している方も多いと聞きます」

 統秀の意見に義統は深くうなずいた。

「よく言った統秀。京にいる際にはおじい様ともども世話になった方々も多い。その恩を返す時だ」

 義統は京の井上統英に命じて文化人たちを集めさせた。すでに荒廃した京を後にした人もいたようだがそれでも何人かは集まる。そして護衛をつけて丁重に能登府中に来てもらった。

 文化人たちが府中に到着するころには町割りもきれいに整備されていた。文化人たちは府中を気に入り住むようになる。すると評判を聞きつけた文化人たちも逗留するようになった。

 こうして能登半島に文化の華が開くのであった。


 こうして能登を着実に発展させていく義統。しかし何の問題も生じなかったわけではない。

 問題の一つは後継者問題である。義統には男子が二人いる。長男の義元と次男の慶致だ。二人は仲が良く順調に成長している。

 一見何の問題もなさそうなのだが、一部の家臣は義元より慶致を支持していた。義元は義統の後継者として、何より能登守護として十分な器量を持っている。しかし慶致はそれを上回る器量だというものもいた。その一人が統秀である。

 ある日義統は統秀を呼び出して尋ねた。

「お前は義元より慶致を慕っているようだな」

 こう聞かれて統秀は一瞬気まずそうな顔をした。しかしすぐに取り繕って言う。

「そういうわけではありませぬ。ただ慶致様の器量は相当なもの。いずれは畠山家を支える大樹となりましょう。わたくしもいずれは畠山家を支える身。義元様のためにも慶致様と親密になることがおかしいことではありません」

 統秀の物言いに義統は深くうなずく。そして言った。

「畠山家の家督は義元に継がせるつもりだ」

「それはもちろんです」

「慶致は確かに優れた才を持っている。しかし当主の器ではない」

 この義統の物言いに統秀は絶句してしまう。そんな統秀に義統は諭すように言った。

「これからも畠山家を支えてくれ。頼みにしているぞ」

「は、はは」

 これ以降二人の間でこの話が出ることはなかった。

 さて後継者問題に若干の不安を抱く義統。そんな義統を悩ませているもう一つが一向一揆であった。

 一向一揆は一向宗の信徒が起こす一揆のことである。この一揆の構成員は農民から侍まで多岐にわたった。その動員力から生じる武力は各地の守護や有力者たちでさえも一目置かなければならないほどである。

 最も一向宗のいるところで必ず起こるわけでは亡かった。現に能登にも一向宗の信徒はいるが一揆は起きていない。しかし隣国の加賀と越中は非常に活発な動きをしている。

 加賀の守護の富樫政親はかつて弟との家督争いの際に一向宗の力を利用して勝利した。しかし現在では一向宗の力に脅威を感じ弾圧を加えている。もちろん一向宗はこれに反発した。この動乱は隣の越中(現富山県)の勢力も巻き込んでしまっている。

 幸い影響が能登に及ぶという事態にはなりそうにない。しかし油断はできない。

 義統は国境の守りを統頼に固めさせた。統頼は自ら出向き国境を固める。

「状況はどうだった? 」

「特に変わったことは。しかし土地の者たちの中には戦に誘われるものもいるそうです」

「そうか…… 」

 そう言うと義統は考え込んだ。戦火が国境付近まで及べば能登の一向宗に何らかの動きがあるかもしれない。下手をすれば能登でも一揆がおきる。かといって先手を打って弾圧すれば加賀の二の舞だ。

「結局国をよく治める以外の道はないのか」

「左様です」

 義統の言葉に統頼は深くうなずく。しかしそれ以上は何も言わない。なぜならどこまでも義統についていくつもりの統頼である。義統はそんな統頼を頼もしく思った。

「何かあれば頼む」

「お任せください」

 そんな何かは起きなければいい。義統はそう考えていた。しかし世の中がそううまくはいかないことを義統は知っている。

 こうして能登をしっかりと治める義統。そのおかげで大した混乱は起きなかった。だが世は戦国。このまま何も起こらないということはあり得ないのである。


 前回までの話はいわば京都編ともいうべきものでした。ここからは義統の人生の第二部、能登編の始まりになります。義統も初老といえる年齢になりましたがまだまだ元気に頑張ります。この話では能登の統治は順調そうですがここからいろいろ問題が起きていきます。義統はそれにどう対処して行くのか。お楽しみに

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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