表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
84/399

龍造寺政家 籠の鳥 中編

 次々と進んでいく隆信の覇道。政家はそんな父の下で無力さを感じていた。

 そんなあるとき龍造寺家に大変な事態が起きる。政家はいかに立ち向かうのか。

 蒲池氏を滅ぼした後も隆信の侵攻は止まらなかった。蒲池氏を滅ぼした天正九年(一五八一)には肥後(現熊本県)にも侵攻している。この時の総大将は政家であった。

「所詮私はお飾りだ」

 政家はそう考えていた。またこのころ直茂は蒲池鎮漣死後の柳川城に入って政家の下を離れている。そうしたこともあってかこの頃の政家は孤独を感じるようになっていた。

 それはともかく政家を主将とした肥後侵攻は順調に進み多くの武将が龍造寺家の傘下に入った。戦国時代、小勢力は大きな勢力の傘下に入らなければ生きていけない。そんな小領主の中に赤星統家という人物がいた。

 実は統家の娘は鎮漣の妻の一人であった。玉鶴姫とも面識がある。そう言う理由もあり政家は統家が下ったことに驚いた。

「統家殿も苦しいのだな」

 統家は龍造寺家に下る際に息子を二人とも人質として差し出している。これに政家は同情した。

「娘婿を奪われただけでなく子を二人も質に出すとは。何とも哀れな」

 そう思う政家だが何かできるわけではない。隆信の指示に従って行動するしかなかった。

 こうして傘下に加わった統家だが龍造寺家に従順というわけではなかった。表だって反攻こそしなかったものの、命令をうまく断るということを何度か行っている。政家も統家の思いを汲んでうまくとりなしてきた。実際敵対するわけでもないので政家も問題視しなかったのである。だが天正十一年(一五八三)ついに隆信の怒りが爆発した。

「赤星統家は我らに疑心がある。したがって人質を殺す」

 隆信のこの宣言に龍造寺家中は騒然となった。そもそも明確に裏切った訳でもない家の人質を殺すなど前代未聞である。

 政家はさすがに隆信に抗議した。

「統家殿の子息を処刑するのはやめていただけませんか」

 しかし隆信は聞き入れない。

「奴は確実に裏切る。我らをたばかるもがどうなるか見せつけるのだ」

 隆信はこういうが実際の所人質というのは生きているからこそ意味があるのである。隆信の考えはまるで理屈が通らなかった。

 結局統家の子供二人は処刑された。これに統家は怒り完全に反龍造寺の立場をとる。

 一方で龍造寺家中でも今回の隆信の行動は問題視された。

「さすがに疑心ありとみなしただけで処刑するとはあんまりではないか」

「そうだ。いくら何でも大殿は猜疑心が強すぎる」

 また政家にも疑心が募るようになった。

「殿ももう少ししっかりしてくれればいいのだが」

「そうだ。鍋島殿が柳川に行ってからは大殿の言いなりではないか」

 こうした家中の意見を政家は知っている。しかし政家はどうすることもできないと感じていた。


 こうした隆信への不信が芽生える中で天正十二年(一五八四)に肥前島原の有馬晴信が離反するという事態が起きた。当然隆信は激怒する。

「有馬の者どもを一人残らず攻め滅ぼしてくれる」

 隆信は政家を総大将として送り込もうとした。しかし政家はこれを拒否する。実は政家の妻は有馬家の出身で晴信の姉妹であった。

「今度は妻の実家も滅ぼせというのですか。それだけは絶対にお断りします」

 政家はきっぱりと断った。政家が隆信に強硬に反対したのはこの時ぐらいである。隆信はこの政家の反応に怒り狂った。

「あの腑抜けめが。そんなことを考えるようでは生き残れんぞ」

 怒りが収まらない隆信だが政家の決意は固かった。結局隆信自ら出陣することにする。ところが今度は直茂がこれを諌めた。

「どうやら島津の者どもが有馬殿に援軍を送るようです。また今家中は少し乱れています。この有様で勝てるかどうかは分かりませぬ」

 実際息子の嫁の実家に攻め入るという行為に龍造寺家の内部でもいささか異議が噴出していた。このところの隆信の容赦のなさもこれに拍車をかけている。

 しかし隆信は直茂の諫言を無視した。そして大軍で島原に侵攻する。直茂もしぶしぶ同行した。

 政家はこれを見て肩を落とした。

「晴信殿も父上を裏切ればどうなるかわかっていようものを」

 もはや有馬家は滅ぶ。政家はそう考えていた。そんな時直茂から書状が届いく。

「いったいなんだ? 」

 いぶかしげに直茂からの書状を読む政家。そこには現在の龍造寺家や有馬家、島津家の動きに関する情報が記してあった。そしてこうも記されている。

「この度の戦はいささか不穏な気配がありまする。不測の事態も考えられますので、何かあれば慶誾尼様(隆信の生母。直茂の継母)と御相談のうえで対処されるように」

 この記述に政家は首をかしげた。

「(不測の事態とは一体…… )」

 政家はとりあえずこの書状を慶誾尼に見せた。

「おばあさまはどう思われますか」

 慶誾尼は齢七十を超える老婆である。しかし現在も矍鑠としていて政家の政務を助けることもあった。

 政家は書状を黙々と読む祖母の前で委縮していた。身体は小さくてもどこか威厳のあるこの人物を政家は苦手としている。出来るだけ関わりたくはなかった。

 やがて書状を読みえた慶誾尼は一言言った。

「隆信の身に何か起こるかもしれぬ」

 政家はその言葉の意味が分からなかった。だから正直に尋ねる。

「それはどういうことですか」

「今の隆信には驕りがある。戦場で驕りは一番の大敵。倅は負けるかもしれん」

 慶誾尼は断定するように言った。しかし政家にはピンとこない。

「しかし父上が負けるとは。それに相当の大軍で向かっているはずです」

「戦は数だけで決まるわけではない。ともかくそなたは万が一の備えをしておくように」

「は、はあ」

 政家は今だ慶誾尼の言っていることが分からなかった。

「(父上が負ける? そんなことあるはずが)」

 実の子である自分も恐れる父の隆信が負ける。政家はとてもではないが信じられなかった。しかし事態は政家の、いや直茂や慶誾尼らも想像もしなかった最悪の方向へ向かっていく。


 天正十二年島原の沖田畷で龍造寺軍と島津・有馬連合軍が激突した。のちに言う沖田畷の戦いである。隆信率いる龍造寺軍は圧倒的な兵力で島津・有馬連合軍に襲い掛かった。しかし戦地となった沖田畷は沼地である上道が狭い。これでは大軍の利は生かせない。

 直茂はこのことも知っていたから隆信に無理な攻めはしないようにと諫言していた。しかしそれを素直に聞き入れる隆信ではない。

「小勢を恐れてどうする。ひねりつぶしてくれる」

 そう勢い込んで攻め入る。しかしこの展開は連合軍の望んだシナリオだった。

 龍造寺軍は連合軍に沼地に引き込まれた。そして満足に動けなくなったところを攻撃される。これでは大軍も意味をなさず次々と討ち取られていく。

「何故だ…… なぜこんなことに」

 この有様に隆信は絶句するしかなかった。そして島津家の将に打ち取られその激動の生涯を閉じる。享年五十六歳であった。

 政家は慶誾尼と共に龍造寺軍の大敗と隆信の戦死を知った。

「父上が…… 死んだ? 」

 あまりの衝撃的な事態に政家の思考は停止してしまう。一方の慶誾尼は感情を押し殺し政家に言った。

「政家よ。すぐさま一族の者と宿老を集めよ」

 しかし政家はすぐに反応できなかった。今だ呆然としている。そんな不甲斐ない孫を慶誾尼は一喝した。

「しっかりせぬか! ここからはそなたが龍造寺の家を盛り立てなければいかぬのだぞ! 」

「は、はい」

 慶誾尼の一喝に政家はやっと自分を取り戻す。そしてすぐさま龍造寺一族の者と宿老たちを集めた。

 こうして政家の新体制がスタートした。しかし政家に求心力がない上に沖田畷の戦いで龍造寺四天王をはじめとする多くの有力な家臣も死んでいる。さらに勢いづいた島津家の圧力も強くなっていった。

「いったいどうすればいいのだ」

 政家は頭を抱える。隆信が死んで間もないうちに龍造寺家は崩壊しつつあった。

「しっかりするのだ政家よ」

 苦悩する政家を支えるのは叔父の信周である。慶誾尼も政家を助けた。しかし龍造寺家中の動揺は収まらない。

「おばあ様。叔父上。何か名案はありませぬか」

 このところ政家はこんなことばかり言っている。これには信周も慶誾尼も呆れてしまっていた。

 そんな中である一報が届いた。なんと直茂が生きていて柳川に帰還しているという。これに政家たちは喜ぶ。

「すぐさま直茂を呼び戻すのだ」

 この政家の提案に信周も慶誾尼も同意した。

 こうして直茂は政家の下に召喚される。直茂はまず政家に謝罪した。

「この度は隆信さまを失いおめおめと生き残ってしまいました。これも私の不徳の致すところ。この上は腹を切ってお詫びしたいと…… 」

 直茂は涙を流していた。実際隆信を止められなかったことを悔やんでいるようである。

 そんな直茂に政家は優しく言った。

「此度のことは直茂のせいではあるまい。諫言を聞き入れなかった父上は悪いのだ」

「政家様の言う通り。貴殿が死ぬのは間違っている」

「直茂。あなたはまだやらなくてはいけないことがあるはずですよ」

 政家に続き信周も慶誾尼も直茂を慰めた。

「これよりはかつてのように私を助けてほしい。龍造寺にはそなたが必要だ」

「政家様…… かしこまりました。これよりこの直茂粉骨砕身し龍造寺家を助けて見せます」

 直茂は涙をぬぐい改めて平伏する。政家はそんな直茂の手を取り言った。

「これよりは直茂が私の父だ」

「なんと…… もったいなきお言葉」

 再び直茂は泣いた。政家も泣いている。その様子を眺める信周と慶誾尼は何かを考えているようだった。


 復帰した直茂は早速龍造寺家の立て直しを図る。もともと隆信に信頼され恐れず諫言し続けた直茂の龍造寺家中での人望は相当のものだった。

「鍋島殿が戻ってこられたのか。これで安心だ」

「全くだ。これで龍造寺家も建て直せる」

 家臣たちは口々に言う。もっとも一番安心しているのは政家であったが。

「直茂の力があればなんとかなるだろう」

 そう考えている政家であった。それは他力本願の情けない考えなのだがそれを気に病むような政家ではない。

 さて直茂のおかげで龍造寺家は立て直された。しかし勢いに乗った島津家の侵攻はとどまることを知らない。もはや九州全土を制圧しつつあった。政家は直茂や慶誾尼、信周と話し合い島津家へ降伏することを決める。

「父上は怒るだろうな」

「仕方ありませぬ。これも龍造寺家のため」

 この判断は家臣一同にも支持された。もっともこれは直茂たちが支持しているからという事である。

 そんな時島津家から隆信の首の返還が持ち掛けられる。政家はこれを受け入れるつもりであった。

「父上を弔うにも首が無ければしようがない」

 しかし直茂は反対した。

「私は反対です。負けた上に借りまで作ろうものなら龍造寺家の立場はますます怪しくなりましょう」

「しかし父上の首をそのままにしておいては武門の名が廃るのではないか」

「敵の施しを受ける方が恥です」

 そうはっきりと言われては政家もうなずくしかなかった。

 こうして龍造寺家は隆信の首を拒否した。その後に島津家へ降伏する。すると島津家は降伏した龍造寺家に対し厳しい条件を出さなかった。これに政家は驚く。

「いったい何故だ」

 直茂は政家に言った。

「島津家は九州の制圧を急いでおります。そんな状況では有利とは言え我らが抵抗し続けるのは面白くないでしょう。ならば懐柔してしまおうと考えてもおかしくはありません」

「なるほど。さすが直茂」

 政家は素直に感心するのであった。

 こうして島津家に下った龍造寺家。しかし直茂は水面下で動き始める。

「殿は羽柴秀吉殿をご存知ですか」

 いきなり知らない名前を出されて政家は困惑した。

「誰だ? その者は」

「今畿内において飛ぶ鳥を落とす勢いの御仁です。中国の毛利を従え四国を攻め落とした猛者にございます」

「その御仁がどうした? 」

「話に聞くところによると島津殿を攻めるおつもりのようです。そこで私は内々に羽柴殿と誼を通じようと考えております」

 そう胸を張って言う直茂。しかし政家には直茂の言っていることの意味がよくわからなかった。

「直茂よ。その御仁は畿内にいるのだろう」

「その通りです」

「そんな御仁がなぜ九州までくる」

 政家の疑問もある意味もっともである。この時代せいぜい自分のいる地域が世界のすべてといっても過言ではない。ただし九州のほかの大大名たちは早くから畿内を抑える勢力と交誼を結んでいる。そう言う感覚の有無が戦国時代で生き残れるかどうかを決めたと言えた。

 直茂は胡乱な目をしている政家に言った。

「羽柴殿はこの日本すべてを治めるおつもりでいる御仁です」

「日本すべてを? 」

「はい。そしてそれを実現できる方です。ならばその方に早く従っておけば龍造寺家も安泰といえましょう」

 政家は直茂がここまで言う理由が分からなかった。しかし政家の答えは決まっている。

「まあいいか。直茂に任せる」

「かしこまりました」

 結局政家は直茂にすべてをゆだねるしかない。そして政家もそれを疑問に思っていなかった。

 こうして龍造寺家、というより直茂は秀吉との接触を始める。そしてこれが政家の運命を決めることになるとは政家も直茂も思っていなかった。


 龍造寺隆信という人物はある種の傑物であったと言えます。確かに冷酷な面もあったようですが風前の灯であった龍造寺家を再興させたのは見事なものでした。

 しかし急速に勢力を広げたことで隆信の死後龍造寺家は動揺が起きます。これが政家の命運を決めることにも繋がります。親の因果が子に影響を与えるというのは道理ではあるのでしょうが理不尽にも感じますね。次話では因果の末路が描かれます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ