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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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龍造寺政家 籠の鳥 前編

 肥前の武将、龍造寺政家の話。

 肥前の熊龍造寺隆信を父に持つ龍造寺政家。戦いに明け暮れる父の背中を見て育った政家にいかなる運命が待ち受けるのか。

 龍造寺家は肥前(現佐賀県及び長崎県)の大名であった。しかし江戸時代で肥前を支配していた佐賀藩の大名は鍋島家である。この龍造寺家と鍋島家は何とも複雑な縁があった。

 そもそも龍造寺家は肥前守護の少弐家の家臣であり、鍋島家は龍造寺家の家臣であった。だが享禄三年(一五三〇)に起きた田手畷の戦いで活躍した鍋島清房に、当時の龍造寺家兼が孫娘を嫁がせたことで縁戚関係となる。

 さてその後の龍造寺家兼だが主君の少弐冬尚と不仲になり、子や孫を尽く殺され領地を失うという悲劇にあった。それでも家兼は柳川城の蒲池鑑盛の援助を受けて領地を取り戻す。そしてひ孫の隆信に跡を継がせ死んでいった。

 家兼の跡を継いだ隆信は戦いに明け暮れた。旧主である少弐冬尚と戦い、時には反発する同族とも戦った。こうした戦いの日々の中で生まれたのが政家である。

 政家は幼いころから戦いに明け暮れる父を間近で見ていた。ある時は西に、ある時は東にと隆信は戦いに出る。

「俺の邪魔をするものはすべて打ち倒して見せようぞ」

 堅肥りで体格のいい隆信は髭をはじめとする体毛も濃い。まるで熊だと皆から呼ばれている。そしてその強さも熊並みであると言えた。出陣する戦いには尽く勝つ。

「政家よ。お主も俺のような力強い男になるのだぞ」

「は、はい。父上」

 政家は母親に似て線の細い体つきをしていた。隆信と並ぶととても親子には見えない。しかしそんなか細い政家だからこそ力強い父に憧れた。

「いつかは父上のような力強い姿になりたいな」

 そんな政家だが成長するにつれて父親の別の側面も見るようになった。

 隆信は一族に敵も多く居城を追われるようなこともあった。それゆえ時折ひどく冷徹で陰惨な面も見せる。

 ある時隆信に降伏してきた領主がいた。この時代降伏を受け入れたらむやみやたらに命は奪わないものである。

 しかし隆信は違った。

「降伏してきた領主とその息子を殺せ。いつ裏切るかわからん」

 家臣たちは反対したがそれでも強行した。こういう時の隆信は恐ろしく冷たい雰囲気になる。政家もそれを感じるほどであった。

「父上は恐ろしいお人だ…… 」

 政家は隆信のこうした面を心底恐れるのであった。

 こうして政家は隆信の背中を見て育つ。隆信の背中を見る政家の目には恐れと羨望の入り混じった複雑なものであった。ともかく政家は父親に忠実に従い成長していった。


 さて隆信はその勇猛さと非情さで領土を広げていった。そんな隆信を支えたのが鍋島直茂だ。

 直茂は龍造寺家兼の孫娘を娶った鍋島清房の息子である。つまりは隆信とは親政関係にあった。さらに弘治二年(一五五六)に妻を失った清房に隆信の母が嫁ぐという驚くべき事態が起きる。これは有力な家臣の鍋島家との繫がり維持するための隆信の母の策であった。ともかくこれにより直茂は隆信と義兄弟の間柄になる。

 政家は直茂に良くなついた。直茂に暇があると進んで会いに行く。

「叔父上。戦や政の話を聞かせていただけませんか」

「もちろんです政家様」

「ありがとう叔父上」

「何の。龍造寺の家を背負って立つお方のためならこれくらいの労はといませぬ」

 直茂は穏やかで理知的な性格をしている。政家もそういう面を持っているので二人は馬が合ったと言えた。

 また直茂は隆信からの信任も厚い。隆信には龍造寺四天王と呼ばれる家臣たちが武の面で隆信を支えていた。一方で直茂は知の面から隆信を支えたと言える。

 そんな直茂だが隆信に諫言することもあった。隆信は酒好きであるがその癖はいいものではない。そういう時に直茂はこういった。

「隆信さま。このところはいささかご行状が良からぬようですね」

「何を言うか。酒は武士のたしなみだ」

「確かにその通りです。しかしそれで乱行を成されてはむしろ武士の恥かと。お母上様もお怒りになられています」

「ぬう……そうか。 分かった酒は控える」

 隆信は母親に頭があがらなかったのでこうしたことも言ったりした。

 政家は人々を畏怖させる隆信に恐れず諫言する直茂の姿がまぶしかった。

「叔父上は本当に勇気がある。私もかくありたいものだ」

「何の。これもすべて龍造寺の家のため」

 直茂はそう謙遜する。そんな姿も政家にとってはまぶしいものだった。

 こうして無邪気に直茂を慕う政家。しかし政家は知らない。龍造寺家が行った謀略には直茂が関わっていることを。


 政家は父と直茂の背中を見て育った。その結果出来上がったのは父親とは似ても似つかない穏やかな青年である。もっとも臆病ということは無く戦になれば勇猛に戦った。しかし父に比べて線が細いと思われているのも事実である。

「政家様はいささか頼りないようにも見える」

「その通りだ。殿は恐ろしいお方だが覇気はある。しかし政家様はどうも…… 」

 こうした家中の声は政家にも届いている。当然傷つく。

「私は頼りないと思われているのか…… 」

 そんなふうに政家は傷心するのであった。

 それはともかく龍造寺家は破竹の勢いで勢力を広げる。肥前にはいくつか隆信に反抗的な勢力がいたがそれらを打ち破り、肥前を完全に掌握した。

 そして天正八年(一五八〇)、政家に驚くべきことが起こった。

「私に家督を譲ると!? 」

 なんと隆信は政家に家督を譲り隠居すると言い出した。これには家臣だけでなく当の政家も驚嘆する。

「いったいなぜですか。父上はまだまだお元気でしょう」

「俺ももう五十を過ぎた。いい年だ。それに肥前も統一したことだしちょうどいい」

「ですが…… 」

 政家は正直不安であった。自分が家中でどう思われているかは知っている。また良くも悪くも隆信のようにふるまえるかも不安であった。

 しかし隆信は無情に言った。

「兎も角龍造寺家はお前が継げ。これはもう決めたことだ」

「しかし父上」

「なんだ。文句があるのか」

 そう言って隆信は政家を睨みつけた。その視線は人を殺せそうなほど鋭い。こうなればもはや政家もうなずくしかなかった。

 そんな政家を見て隆信は満足げにうなずいた。

「やっとその気になったか」

「は、はい」

「まあ安心しろ。直茂をお前の後見に付ける」

「本当ですか…… 」

 それを聞いてやっと政家の顔色は良くなるのであった。

 こうして政家は家督をついだ。隆信は別の城に移り隠居する。しかし実権はいまだ隆信にあった。

「父上は何といっているのだ」

「今度は筑前に攻め入れと」

「そうか…… 」

 直茂の返答に政家は大きなため息をつく。

「(これでは何も変わらないな)」

 結局龍造寺家は隆信の思い通りに動いている。家臣たちもそれをわかっているから実情は以前と変わらない。

「叔父上だけが私の味方だ」

 政家は溜息まじりに言った。実際に直茂は政家を良く支えている。

「ありがたき幸せ。しかし政家様ももう少し自信を持たれてもよろしいのですよ」

「いや私はだめだ。お飾りの当主ですら叔父上に支えられて何とかやっていけている」

「そんなことはありませんよ」

 そう言って直茂は政家を慰める。しかしそんな直茂の顔色も悪い。そんな直茂に政家は尋ねた。

「父上はほかに何か言っていたか」

「とくには。指示が終わればまた酒色に夢中なようで」

「そうか…… 」

 政家は頭を抱えた。話に聞くところ隆信は隠居先で酒色におぼれた生活を行っているらしい。しかもその上で権力まで握っているのだから政家の頭も痛い。

「龍造寺の家はどうなるのか」

 そう憂う政家。もっともそこをどうにかするのが政家の役目といえるのだが、何かできるほど政家に覇気も才も無かった。

 こうして龍造寺家はいささか不幸な転換を迎えた。そしてこの直後、政家を震撼させる出来事が起きるのである。


 政家が家督をついだ年、隆信は築後(現福岡県南部)柳川の蒲池鎮漣を攻めた。これには政家は驚いた。

「鎮漣殿は恩義のある蒲池鑑盛殿の息子。しかも妹も嫁いでいるではないか」

 そう鎮漣は龍造寺家が何度も世話になった蒲池鑑盛の息子である。さらに鎮漣には政家の妹の玉鶴姫も嫁いでいた。そんな深いつながりのある家に隆信は攻め入ったのである。

 これには政家も怒り直茂に行った。

「父上は何を考えているのだ。直茂。父上を止めてくれ」

 しかし直茂はこれを拒否した。

「鎮漣殿はこのところ島津の者たちと会っているようです。これは見過ごせません」

「しかし柳川には妹も」

「姫様も覚悟しているはずです。これも仕方のないこと。政家様もよく理解してください」

 直茂はそう言って話を終わらせた。その態度はいつになく強硬な感じである。政家も驚いた。

「(直茂がここまで言うとは。どうにもならないのか)」

 信を置く直茂にここまで言われてしまえばどうしようもない。政家はあきらめるしかなかった。

 さてこうして始まった戦だが鎮漣の居城、柳川城は堅城をして名高かった。そのためなかなか落城せず一年が経過する。その結果攻める側も防ぐ側も疲弊した。そう言うわけで和睦の機運も高まる。幸い鎮漣の叔父の田尻鑑植が仲介し龍造寺家と蒲池家の間で和睦が成立した。

 これには政家も喜んだ。

「よかった。鎮漣殿も死なずに済んだ」

 喜ぶ政家の下にさらに嬉しい知らせが届いた。知らせを届けたのは直茂である。

「この度の和睦を祝い鎮漣殿を招いて宴を催したいと考えております」

「そうかそれはいいな。だが父上は何といっている」

「もともと隆信さまのご提案です。何も心配はいりません」

「そうか。ならば話を進めてくれ」

「かしこまりました」

 それからしばらく経った。なかなか鎮漣はやって来ない。政家は直茂に尋ねる。

「件の宴の件はどうなった」

「それが…… 鎮漣殿がなかなか首を縦に振らず」

「それは父上を恐れているからか」

 政家は鎮漣が隆信に謀殺されることを恐れているからだと思った。確かに隆信ならやりかねないとも政家は思う。

「宴は私が主だってやると言えば鎮漣殿も安心するかな」

「それはよろしゅうございます」

「ならばその旨を鎮漣殿に伝えてくれ」

「承知しました」

 直茂はこの後も鎮漣の説得を重ね、政家もそれを後押しした。その結果鎮漣はついに首を縦に振る。これには政家も喜んだ。

「よし。鎮漣殿をしっかりともてなすのだ」

 喜び勇んで宴の準備を進める政家。だが直茂が隆信と秘密裏に連絡を取り合っていることを政家は知らない。


 こうして鎮漣は佐賀にやってきた。政家は鎮漣を歓待する。

「よくぞいらした。自分の城だと思ってごくつろぎください」

 政家は心の底から鎮漣をもてなす。その姿に始めは警戒していた鎮漣や同行してきた家臣たちも警戒心を解いていった。

 鎮漣は言う。

「政家殿は良いお方だ。これからは力を合わせていきましょう」

 政家も応える。

「何を言われるか。貴殿は私とは義兄弟の間柄。力を合わせるのは当然のこと」

 こうして意気投合した結果鎮漣は佐賀で一泊した。

 翌日、鎮漣は帰ることになった。

「妹によろしく」

「ああ。承知した」

 政家に見送られ鎮漣は帰っていった。政家は何事も起こらず一安心する。

「まずは喜んでいただけたようだ。手を尽くしてもてなした甲斐がある」

 しかし暫くして信じられない知らせが届いた。なんと鎮漣と同行した家臣たちが一人残らず討ち取られたという。しかもやったのは龍造寺家の者だという。

 政家は直茂を問い詰めた。

「どういうことだ! いったいなぜ鎮漣殿を殺す必要がある! 」

 いつになく怒った様子で政家は言った。しかし直茂は冷然と言った。

「鎮漣殿は島津とつながっておりました。ゆえに成敗いたした次第」

「なんだと…… だがなぜそれを私に知らせなかった」

「なにぶん急なことでしたので。知らせるのが遅れました。申し訳ありません」

 政家も理解できている。直茂は始めから隆信と共謀して鎮漣を殺すつもりだったのだろう。だからといって当主の自分までだます必要はあったのだろうか。そう考えると政家気落ちして何も言えなくなった。

「これもすべて龍造寺の家のため。それをご理解ください」

「ああ…… 分かった」

 直茂の言葉に力なくうなずく政家であった。

 この後直茂の督戦のもと田尻鑑種を始めとした龍造寺軍が柳川に攻め込んだ。そして隆信の意を受けて鎮漣の一族を皆殺しにする。

「そこまでやる必要があるのか…… 」

 政家は絶句した。ここまでやって果たして龍造寺のためになるのか。それが政家にはわからない。

 実際この行為に龍造寺家の内部からも疑問が噴出した。龍造寺四天王の一人百武賢兼は出陣もしなかったという。

 鎮漣の妻で政家の妹の玉鶴姫は夫の後を追って自害する。これを聞いた政家は絶句するしかできなかった。


 龍造寺家といえば肥前の熊龍造寺隆信や「五人そろって四天王」の龍造寺四天王などが有名です。一方今回の主人公の政家はその人生からある意味有名な人物です。戦国時代にはいろいろな人生がありますが政家のものはあまり類を見ないものだと思います。それらを描く今後の展開をお楽しみください。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では


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