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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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土居清良 銃と鍬 第三話

 土佐から故郷に帰った清良は領民を守るために様々な手を打つ。一方で伊予は風雲急を告げるのであった。

 清良が復帰した大森は伊予に属しているというのはこれまでにも話してある。この伊予のはいろいろ複雑な土地であった。

 まず清良の土居家が従っているのは西園寺氏である。しかしこの西園寺氏が支配している地域は伊予の南部の一部でしかない。伊予南部ではほかにも宇都宮氏や大野氏、黒川氏などが割拠している。さらに伊予の守護は河野氏であり彼らは伊予の中央部を抑えていた。これらの勢力はそれぞれ自分の領地を守るため時に敵対し、時に手を組んだりしている。そういうわけで非常に利害関係が複雑であった。

 清良は大森城で弥兵衛から伊予の現状について報告を受けていた。この頃弥兵衛は正式に土居家の諜報部門の長となっている。

「一条殿は宇都宮殿に接近しているようですな」

「我々への対抗という事か」

 現在宇都宮氏は西園寺家と対立関係にあった。一条家と組んでいるのはその関係である。

 清良は弥兵衛に尋ねた。

「河野殿はどうだ」

「このところはあまりこちらに干渉しようとはしていないようです。友好関係を保とうとしているようで」

「なるほどな。しかし何故だ? 」

「どうやら河野殿の家中でいざこざがあったようで。その対応に忙殺されているようです」

「そうか。それで大友家の動向はどうだ」

 次に清良が気になったのは大友家の動向であった。大友家は一条家の最大の支援者である。土居家としては最大の敵ともいえる存在であった。

「このところは周防、長門(現山口県)を抑える毛利氏との戦いに集中しているようです」

「毛利殿か。してどちらが優勢か」

「ほぼ互角かと。それと近いうちに和平をするのではないかとも言われています」

「なるほどな。そう言えば河野殿は毛利殿と親しいと聞いたが」

「はい。かねてより懇意の中とか」

「そうか。ありがとう。下がってよいぞ」

「かしこまりました」

 そう言って弥兵衛はその場を去った。残された清良は手元の伊予の地図を睨みつける。

「(もし大友殿と毛利殿が和平すれば矛先がこちらにも向きかねんな。一条殿は相変わらずこちらを窺っているようであるし)」

 一息つくと清良は立ち上がると部屋の外に出た。目の前には庭が広がり空には青空が広がっている。

「(今後戦は激しくなろう。この地を守るためにもいろいろと手を尽くさねばならんな)」

 青空を眺めて清良は思った。せっかく帰った先祖代々の地である。清良はこの地を守るために帰ってきたようなものだ。

 早速清良は来るべき戦いに備えて考えを巡らせる。 


 清良が着目したのは鉄砲であった。外国からやってきたこの兵器は日本で独自に生産、販売されるようになっている。日本各地の大名も実戦配備し始めていた。特に生産地がある近畿や鉄砲が初めて伝来してきた地域である九州の大名は積極的に取り入れている。

 一方四国での鉄砲の配備状況はそこまで進んでいなかった。これは鉄砲そのものや弾丸や火薬などの入手が困難であることなどが理由である。

 清良はあらゆる伝手を駆使して鉄砲を数丁手に入れた。そして手に入れた鉄砲を家臣たちに見せる。

 家臣たちは初めて見る鉄砲に不審な目を向ける。特に一朗太は気に入らないようだった。

「この数丁を揃えるだけでもだいぶかかりました」

「そうだな。だがきっと我らの力になる」

「本当ですかな…… 」

 自信満々に言う清良。だが一朗太の疑念はまだ消えていないようだった。

 清良は家臣の一人、高場大五郎を呼びつける。

「大五郎よ」

「ははっ」

「この鉄砲をお前に預ける。研究し我らの戦いに生かすのだ」

「かしこまりました」

 そう言って大五郎は去っていった。

 その後大五郎は鉄砲の研究や操作方法の習熟に努めた。これにも堺から大金を払って人を雇っている。こういうことに使う金には清良は糸目をつけなかった。これも祖父の代からの教えである。

「殿」

「なんだ一朗太」

「このところ殿や我々の着物や食事が少しみすぼらしいですな」

「まあ、気にするな」

 費用は清良たちの生活経費を削減して捻出している。

 こうした清良たちの努力もあって大五郎とその家臣たちは鉄砲の操作を習得する。それと同じぐらいの頃、一条家が小規模な侵攻を仕掛けてきた。

「早速出番だな。大五郎、頼むぞ」

「かしこまりました。お任せください」

 清良は大五郎の部隊を伴って出陣した。そしてうまく身を隠しながら一条軍に接近する。清良たちは前もって得ていた情報と地形などから一条家の行軍ルートを探り当てた。その結果待ち伏せすることに成功する。

「よし。仕掛けるぞ。」

 そう言って清良は大五郎に合図を送る。そして悠々と気付かずに進む一条軍に向けて大五郎の部隊が鉄砲を放った。弾丸は一条家の武将に命中し、武将は馬上から落下した。さらに突如聞こえた大音声に一条軍は恐慌状態に陥る。

「今だ! 全軍突っ込め! 」

清良の号令と共に土居家の兵たちが突撃した。一条軍はさらに混乱し大した反撃もできず討たれていく。そしてそのまま敗走していった。一方清良たちの損害はほとんどない。

 ほぼ無傷で帰ってきた清良たちを見て一朗太は嘆息した。

「これでは認めないわけにはいきませんな」

「ああ。わかってくれたか」

「はい」

 穏やかな顔で首を垂れる一朗太。それを見て清良は言った。

「ならばさらに鉄砲を集めよう」

 その発言を聞いた瞬間一朗太の顔色が変わった。

「そ、それは。さすがに…… 」

「大丈夫だ。我々の服も食もまだまだ切り詰められる。何なら城の奥にある茶器を売ってもいい」

 そう言って清良は悠々と城に帰っていった。

「清良さま…… 全くしょうがない方だ」

「そう言う問題ではありませんぞ弥兵衛殿」

 笑いながら清良を見送る弥兵衛。その横で大きくため息をつく一朗太。そんな二人を尻目に大五郎は自分の鉄砲の手入れをするのであった。

 この後清良は鉄砲をさらに入手し旗下の兵士たちすべてに装備させた。その結果清良の軍は小規模ながら四国でも指折りのものとなる。


 こうして軍備の増強にいそしむ清良だがもちろん内政にも力を入れている。

「まずは民の暮らしを良くしなければならん。特にすべての土台となる農業は一番大切だ」

 そう意気込む清良だが具体案があるわけでもない。

「どうしたものか…… 」

 清良はともかく悩んだ。そんな折、弥兵衛が気になる情報を持ってきた。

「領内に松浦宗案と名乗るものがおります」

「何ものだ」

「元は侍ですが今は農民に農業を指導しているそうです」

「農業を? 」

「はい。一朗太殿の話では松浦殿のいる村の作物の出来は他よりいいとか」

「それは興味深いな」

 弥兵衛の話に興味を持った清良は永禄七年(一五六四)の一月に松浦宗案を呼び出した。大森の城の一部屋で清良だけでなく一朗太をはじめとする家臣たちも揃っている。

 宗案は少しみすぼらしい風体であった。しかし威厳のある顔立ちで堂々としている。

「(なるほど。これは相当の人物だ)」

 清良は一目で宗案を気に入った。

「よく来てくれた。私が土居清良だ」

 そう清良が挨拶すると宗案はこう答えた。

「松浦宗案と申す。ちょうど作物の刈り取りも終わり暇を持て余しておりました。お気になさらず」

 その返答を聞いて家臣たちはどよめいた。この言い方だと暇だから来たと言っているようなものである。領主に対して正直失礼な物言いだった。だが清良は気にしない。

「なるほどそうですか。それで今回の収穫は如何でしたかな」

「大変良い出来でした。この大森では随一でしょう」

「なるほど。それで前もって書いておいていただいた答申書は何処に」

「ここにあります」

 そう言って宗案は答申書を差し出す。清良は小姓を経由して答申書を受け取ると読み始めた。そこには清良の疑問の答申だけでなく、清良の農政に対しての様々な指摘や農民たちの意見や願いなども書かれている。

 清良は答申書を丹念に眺める。そこには清良の知らない領民たちの考えや願いも書かれていた。

「(私はよく領地を見て回っていたつもりだったのだがな…… )」

 清良はかつて父が行っていたのと同様に領地の巡察を良く行っていた。そうすることで領民のことを理解することができていたつもりだったが、それが思い上がりであることを思い知らされる。

「(私もまだまだだな)」

 思わず苦笑してしまう清良。それを見て家臣たちが少しざわめく。一方で宗案は相変わらず堂々としていた。

 清良は答申書を読み終えると宗案と相対した。

「松浦殿…… いや松浦先生」

 すると家臣たちはどよめく。また宗案も驚いているようだった。それを尻目に清良は深々と頭を下げる。

「このような貴重な意見。まことにありがたく思います」

「な、何の」

「ついでに色々と質問させていただいてよろしいか」

 そう言うと清良は農政について宗案に色々質問した。始め宗案は淡々と答えていたが清良の熱意に引きずられ次第に熱くなっていく。

「なるほど。だがそれをすべての領民に教えるのは難しいと? 」

「左様。ゆえにそれを成すのが殿のお役目と思います」

「そうか。それとここにある肥料についての記述だが…… 」

 二人の問答に家臣たちは圧倒されて眺めているしかなかった。結局二人の問答は日が沈むころに一朗太に止められた。

「もう夕暮れです」

「だが一朗太」

「まだ私に話すべきことがあります。それを止めろなど…… 」

「兎も角! 今日はこれまでです! 」

 二人はしぶしぶといった雰囲気で問答を止めるのであった。

 この後、宗案は話せなかった部分を意見書としてまとめ清良に提出した。清良はそれを読むと返答をまとめ宗案に送る。こうして二人は手紙のやり取りをして意見を交換し合った。

 清良は宗案の意見をもとに大森領の農政を見直した。そして宗案の農法を領民たちに伝えていく。その結果大森の収穫は増加するのであった。

「全く。いい経験なりました宗案先生。良ければ城で私を助けてくれませんか」

 深く感謝した清良は宗案を召し抱えようとした。しかし

「ありがとうございます。しかし私は村で暮らす方が性に合っています」

と、断った。

 その後清良と宗案はこんな話をした。

「そうですか。しかし民と共に暮らすというのもいいものかもしれませんな」

「はは。全くです」

 何とも他愛のない話である。


 こうして清良は軍備、内政の両方の発展に努めた。その結果清良は旗下に三百丁の鉄砲を備え、大森の地は伊予の中でも特に作物の取れる地となる。

「とりあえずここまで来たか」

 清良は領地を見回りその発展を眺めていく。領民たちは皆生き生きとしていた。それを見て清良はこの地を守ろうと再び決意するのであった。

 さて一条家は相変わらず伊予への侵攻を繰り返している。またこのところ伊予の諸勢力との連携を強め始めた。言うまでも無く大規模な侵攻の準備である。この情報は清良の耳にも入った。永禄十年(一五六七)の事である。

 清良はこの情報を持ち西園寺家の本拠地である黒瀬城に向かう。清良を迎え入れたのは実充の養子の西園寺公広である。公広は養父の跡を継いで西園寺氏当主となっていた。

 公広は少し線が細いが意志の強そうな風貌である。そして好戦的な面も持っていた。

「いよいよ一条の者どもが攻めかかってくるか」

「そのようです。宇都宮殿や法華津殿と誼を通じていることを鑑みると相当な規模で侵攻してくるかもしれません。警戒を強めるべきかと」

「うむ。そうだな。ああそうだ」

 すると公広は何か思い出したようだった。気になった清良は公広に尋ねる。

「どうしましたか」

「ああ、一条の動きは河野殿も察知しているようでな。それでこちらに軍勢を派遣するつもりらしい」

「河野殿が? 」

 それは気になる情報だった。現在河野家と西園寺氏は友好的な関係にある。しかし河野氏は伊予の守護としての矜持もあった。

「(これをきっかけに何か言い出さないとも限らないか)」

 清良はそれを懸念したが口にはしなかった。あくまで今回の河野家の動きは一条家対策だと判断している。

 その後清良と公広は今後の動きを話し合う。そして清良は大森に帰っていった。

 大森に帰還した清良は主だった家臣たちを集めた。

「近いうちに一条家の大規模な侵攻が考えられる。皆準備をしておいてくれ」

「「はっ! 」」

 清良の呼びかけに家臣たちは勢い良くうなずいた。清良はそれをみて満足そうにうなずくと家臣たちに指示を出す。

「弥兵衛は今まで通り情報を集めてくれ。ただ遠方の情報は絞って近隣の情報の収集に集中してくれ」

「かしこまりました」

「大五郎。兵たちへの鉄砲の手ほどきはどうだ」

「万事抜かりなく」

「そうか。それと一朗太。もし出陣となったときは留守を頼む」

「無論、心得ております」

「皆この戦いは相当なものになる。だが勝てば流れは我々に傾くだろう。頼んだぞ」

「「ははっ! 」」

 こうして指示を受けた家臣たちは各自行動を開始した。清良もそれらを指揮して来るべき戦いに備える。

 その最中で気になる情報が舞い込んできた。

「毛利殿が? 」

「はい。河野殿に援軍を出すとか」

「そうか…… 」

 弥兵衛がもたらした情報は毛利家が河野家に援軍を出すという事だった。

「それが事実なら我らは勝利に近づく、が」

「油断は出来ない」

「その通りだ。弥兵衛。悪いがその情報の裏取りも進めてくれ」

「かしこまりました」

 そう言って弥兵衛は立ち去った。

 伊予の地は風雲急を告げる。そしていよいよ一条家の大軍が侵攻してくるのであった。


 襲来した一条軍は順調に北上していく。また河野氏は一条家に付いた宇都宮氏への対応に苦慮している。なお、この時の一条軍に土居宗珊は同行していなかった。主君の兼定に疎まれていた宗珊は中村で留守居を強いられている。

 これを知った清良は少し安堵した。

「一条に宗珊殿以上の将はいまい」

 とはいえ河野家が釘付けになっている以上西園寺氏単独で一条家に対応しなければならなかった。

清良は自ら出陣し、一条軍に痛打を与えるとすぐに撤退するということを繰り返した。西園寺氏だけで今回の一条軍には勝てない。そこで清良がとった戦略は損害を与えつつ時間稼ぎをするというものであった。

「弥兵衛の得た情報によれば毛利殿が援軍を送るというのは真のようだ」

 清良は自分の得た情報に確信を持っていた。それだけ弥兵衛を信頼していることである。

 しばらくして清良の読み通り毛利軍がやってきた。率いるのは毛利元就の三男の知将小早川隆景である。隆景率いる毛利軍の力を得た河野軍は一気に反撃に出る。

 この機会を清良が見逃すはずもない。

「この機を逃してはならない」

 清良はすぐに河野、毛利連合軍に合流した。公広も一緒である。清良たち連合軍は一条軍と合戦に及んだ。

 この戦いで清良は奮戦した。その姿を小早川隆景は見ていた。

「あの御仁は誰です? 」

「西園寺旗下の土居清良殿です」

「ああ、確か聞いたことがありますね。しかし小勢とは言え自分の兵のすべてに鉄砲を装備させるとは…… 面白い」

 戦いは連合軍の勝利で終わった。一条家はこの敗北を機に衰退していく。

 清良は戦いの後隆景に呼び出された。

「小早川隆景です」

「土居清良と申します。して何か御用ですか」

 挨拶もそこそこに清良は質問した。正直呼び出される理由が思い浮かばない。

 隆景は朗らかに笑って言った。

「いえ伊予の衆の中でも土居殿の戦いは見事なものでした」

「それは…… ありがとうございます」

「ゆえに今後もよろしくとでも言っておこうかと」

 この発言に清良は驚いた。隆景は西国の大大名毛利家の三男で優れた将でもある。そんな人物に目をかけられるとは思っていなかった。

「なんと。もったいなきお言葉です」

 清良は素直に感謝した。それを見た隆景は

「(なるほど。純朴な御仁だ)」

と、清良を気に入るのであった。この二人の関係は今後も続いていく。

 それはともかく清良と西園寺氏の危機は去った。だがこの戦いを機に伊予、いや四国は新しい時代を迎える。その新しい時代の激動に清良はさらされるのであった。



 今回清良は三百丁もの鉄砲を揃えました。この数字は長篠の合戦の時の武田家が配備した鉄砲と同じ数です。伊予の小勢力と言える土居家が保持しているのは驚異的と言ってもいいでしょう。また領内の農政課に意見を聞くという展開もありました。この点について真偽のほどは定かではないのですが清良が農政に力を入れたというのは事実のようです。

 さて一条家を撃退した清良たちですが今度は新たな戦いが待ち受けています。その果てに清良はどうなるのか。ご期待ください。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡。では

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