土居清良 銃と鍬 第一話
伊予の武将。土居清良の話。
伊予の土居家に生まれた虎松ことのちの土居清良。虎松は祖父と父、そして領民に愛され成長していく。しかしある日虎松に悲劇が訪れる。
伊予(現愛媛県)は宇和群。この地域を治めるのは西園寺氏である。しかし実態としては小領主が乱立していた。その一つに土居家がある。
土居家の当代は清宗である。その子は清貞と言った。そして清宗の孫は虎松と言いのちに清良と名乗るようになる。
虎松は活発で城どころか領内を駆けまわって遊ぶような子供であった。そんな虎松を両親や祖父、さらには領民たちも可愛がる。そして虎松も領民たちになついた。
また土居一族は親子仲が良く当主である清宗を息子の清貞が良く支え、領地の大森を支配している。
その日虎松は領地を見て回る清貞に同行する。清貞は温順な性格で領民一人一人に話しかけて回り相談を聞くほどやさしい人柄であった。
巡察の最中で清貞は虎松に言った。
「いいか虎松よ。我らが飯を食えるのは百姓が田畑を耕してくれるからだ。ゆえに我々は百姓に生かされているのだ」
「はい」
虎松は素直にうなずいた。正直意味は分かってはいないがなんとなく父親が重要なことを言っていることはわかる。
清貞は虎松が頷くのを見てさらに続ける。
「ゆえにわれらは百姓たちを慈しみ守らなければならない。それが我ら侍の役目なのだそれをゆめゆめ忘れるんじゃないぞ」
「はい! 」
「そうか。いい子だ」
そう言って清貞は虎松の頭をなでた。すると虎松嬉しそうにはにかむ。虎松は父の大きい掌に撫でられるのが好きだった。そしてこんな時間がいつまでも続けばいいと思っていた。
さて虎松の祖父の清宗は優れた領主であると同時に優れた武将でもあった。その剛勇さはそれなりに周りに知られている。
清宗は西園寺氏に従っていた。当主の西園寺実充からも信頼されていて数々の戦いで功績を残している。清宗の嫁、つまり清貞の妻で虎松の母親は実充の娘であり縁戚関係でもあった。
現在西園寺氏は土佐(現高知県)の一条家と豊後(現大分県)の大友家と争っていた。この両家は婚姻関係にあり協力して宇和を狙っている。特に大友家は九州でも指折りの大名であった。海を隔てているので頻繁にはやってこないがその武力は強大である。そしてその大友家の助力を受ける一条家も難敵であった。
この両家との戦いで清宗は活躍した。土居家の兵は敵に比べて少ない。しかしその差を清宗の指揮で埋めた。
ある時清宗は虎松に言った。
「戦において兵の数はとても重要だ」
さすがにそんなことは虎松にもわかる。だから虎松は少し不満そうな顔をした。それを見て清宗はにやりと笑う。
「しかしいつでも敵より多くの兵が集められるわけではない。ゆえに数の差を埋めるものが必要だ。それが何かわかるか虎松? 」
清宗の質問に虎松は少し考え込んから言った。
「凄く強い人がいればいい」
虎松の答えを聞いて清宗は笑った。笑われた虎松はほおを膨らませる。それをみて清宗は笑いを抑えつつ言った。
「ある意味間違いではない。だが一人強いものがいても仕様がない。それにいくら強くてもそれだけでは勝てんのだ」
「じゃあどうすればいいの? 」
「ふむ。まずは一人一人の兵を強くする。これは強い武器であり兵を指揮する将の用兵の事だ」
「武器と用兵? 」
「そうだ。それに何より重要なのは情報、つまり知ることだ」
「知ること? 」
「そうだ。多くを知れば戦い以外の者に生かせる。敵を知ればその動きを読みことができ、土地を知ればこちらがうまく動ける。そして世の中の動きを知れば戦の準備もしやすくなるという事だ」
そう言って清宗はにやりと笑った。一方の虎松はわかっているのかわかっていないのかそんな感じの顔をしている。
混乱しているような虎松に清宗は言った。
「まあ今はわからなくていい。お前も大きくなればいろいろと知ることができるようになる」
「はい! 」
そこでやっと虎松は元気よく返事をした。そんな虎松を清宗は優しく見つめている。
こうして虎松は父と祖父から様々なことを教えられ成長していくのであった。
すくすくと成長していった虎松は十五歳になった。まだ幼さないが将来を期待させる雰囲気をしている。
虎松ももう元服していい年ごろであった。勿論家族や周囲も待望している。しかしこのところ大友家の活動が活発化して予断を許さない状況が続いていた。
「何とか虎松の元服だけは済ませたいのですが」
清貞はため息まじりに言った。それを聞いた清宗は無言でうなずく。現状二人が得ている情報によれば近いうちに大友家が攻め込んでくるという。二人は大友家への対策に忙殺されている。
そんな状況であったので虎松の元服はなかなか行えなかった。そして永禄三年(一五六〇)ついに大友家が攻め込んでくる。その兵力は今までとは比べ物にならない規模であった。
その圧倒的な軍勢を前に西園寺家の家臣も土居家の家臣も戦慄する。虎松も怯えている。しかし清貞と清宗は違った。
「伊予の小者にこれだけの軍勢とは。いやはや買いかぶられたものです」
「ふん。まあそれだけわしらが恐ろしいのだろう」
二人は不敵に笑っていた。虎松は信じられないようなものを見ている気分になる。
「二人は怖くないのですか」
清貞は虎松に応える
「怖いよ。だが自分のなすべきことが見えているば立ち向かえる」
「なすべきこと? 」
「そうだ。虎松もいずれ分る」
「は、はい! 」
「いい返事だ。ならば城の奥にいる者たちと一緒に行動するのだ」
「はい! 」
そう言って虎松は駆けていった。それを見送った二人は頷きあう。
「全くいい孫に恵まれたものだ」
「本当です。しかし私の息子とは思えないくらい利発です」
「そうでもないさ」
清貞と清宗は何かを決意していたようだった。そして大きく息を吸うと城に迫る大友軍を睨む。
「虎松だけは何としてでも」
「ああ。あいつが生きれば俺たちの家は消えない」
「はい」
「そうか。ならば行くぞ」
こうして戦いは始まった。清貞と清宗は奮戦するが所詮多勢に無勢であり敵わない。しかしあきらめなかった。
「虎松が城を落ちのびるまで持ちこたえるのだ! 」
二人は家臣に頼み虎松を城から脱出させていた。虎松だけは生かそう。そう決意して戦いに臨んだのである。
「大友の雑兵ども。この土居清宗の首はやすやすとやれんぞ」
「私の首が欲しければかかってくるが良い。だが自分の首が先に無くなるかもしれんがな」
奮戦する清定と清宗。だが力及ばず戦死してしまう。
この戦いで土居一族の多くが戦死した。しかし痛手を受けた大友軍は九州に戻っていく。
生き残った虎松は涙をこらえて歩いていくのであった。
命からがら逃げのびた虎松はわずかな家臣と共に歩いている。肩を落とし悲壮な顔で歩く姿は痛々しい。
「私も父上やお爺様と共に戦う」
虎松はそう叫んでいたが家臣たちが無理やり連れてきた。そして清貞と清宗二人が戦死したことを知らされると
「わたしだけが生き延びても意味はないじゃないか! 」
そう叫んで自害しようとした。しかしこれも家臣たちに止められている。
家臣の一人の但馬弥兵衛はこう言った。弥兵衛は実直そうな青年である。虎松より五つほど年上であった。
「殿と大殿が若様を逃がしたことには意味がります」
「意味? それは何だ? 」
「若様が生き残れば土居の家は滅びません。そして若様が殿と大殿の教えを生かすことができれば大森の民も喜びましょう」
そう言われて虎松は故郷の民の顔を思い出す。父と共に領地を見て回る自分に皆優しくしてくれた。
虎松は弥兵衛をじっと見た。
「私が生きれば民は喜ぶのだな」
「はい。必ずや」
弥兵衛は強くうなずいた。すると虎松は堂々と再び歩き出す。その姿にはさっきまでの悲壮感は感じられない。それを見て弥兵衛をはじめとする家臣たちは胸をなでおろすのであった。
さて城を失った虎松たちが始め目指したのは西園寺氏の黒瀬城であった。前にも記した通り虎松の母は西園寺家当主の実充の娘である。この縁を頼りに土居家復興を果たそうと考えていた。だが大友家は引き上げたものの情勢が不安定で黒瀬城にたどり着くのは難しい。
しかし道中意外なところから助け船が来た。
虎松たちが廃寺で一休みしているときのことである。
「私に会いたいものがいる、と? 」
首をかしげながら虎松は弥兵衛に尋ねた。弥兵衛はためらいがちに頷く。
「左様です」
「いったい何者か」
「それが一条家中の者とか」
「一条殿だと」
弥兵衛の言葉を聞いて一同色めき立った。一条家と言えば伊予侵攻を企み幾度となく清貞、清宗と矛を交えた間柄である。その一条家の家来が訪ねてくるというのだから当然皆警戒した。
一方の虎松は少し考えていった。
「わかった。会おう」
その言葉に弥兵衛をはじめとした家臣たちは驚いた。
「危険すぎます」
「いかにも。これを機に仇敵の忘れ形見である若様を亡きものにせんと考えているのかも」
「同感です。まずはここを離れるべきです」
家臣たちは口々に言った。廃寺の中がにわかに騒がしくなる中で弥兵衛は虎松に尋ねる。
「本当にお会いになられるのですか」
「ああ」
「正直私も危ういと感じます」
心配そうに言う弥兵衛。それに対し虎松は堂々と言った。
「もし私を亡きものにするのならこの廃寺ごと襲えばいいだけの事。それをしないということは理由があるのだろう」
若干十五歳とは思えない発言である。家臣たちも息をのんだ。
「その者を連れてまいれ」
「ははっ」
虎松がそう言うと雰囲気にのまれる形で弥兵衛は一条家臣の男を連れてきた。
一条家臣の男は虎松を見ると恭しく礼をした。
「初にお目にかかります。拙者一条家臣と言いましたが正しくは土佐土居家に仕える者です名は大崎十四郎と申します」
その言葉に虎松は驚いた。確かに一条家臣にも土居家はある。
「土佐土居家…… 確か当主は宗珊殿だったか」
「左様です」
「それで我々に何用ですかな」
弥兵衛は警戒をしながら訊ねる。しかし十四郎はそれに怯まず言った。
「わが主宗珊はこの度の清貞殿、清宗殿の事を知り深く悲しんでおります」
「悲しむ? 」
「はい。敵方ではあれど同族。そして何よりあれほどの将が失われたということは非常に残念だと申しておりました」
「なるほど」
「そんな折、清貞殿の遺児である虎松殿が生き延びておられることを知りたいそう喜ばれました。そこで何とか力になれないかと考え私をこの地に送り込んだという事です」
十四郎がそう言うのを聞いて弥兵衛達家臣一同顔を見合わせた。一体どうするべきか、そう言った雰囲気である。
一方の虎松はしばらく黙っていた。そして意を決したように言う。
「宗珊殿のお気遣いありがたく思います…… 大崎殿」
「はい」
「信じてよろしいのですか」
虎松は鋭い眼光で十四郎を睨んだ。十四郎は少し怯みそうになるも堂々と言い返す。
「無論です。この十四郎、そして主は武士の道に反するようなことは致しません」
「わかりました。よろしくお願いします」
虎松は頭を下げた。十四郎も床に額をつけて返礼する。弥兵衛たちは驚いていたが虎松の決定を受け入れるようだった。
こうして虎松たちは十四郎の案内で土佐を目指すことになった。
十四郎に案内され虎松一行は土佐にたどり着いた。もっとも土佐と言っても伊予との国境に程違い場所である。そこで虎松を出迎えたのは十四郎の主君、土居宗珊その人であった。
「よくぞ生き残られた。これなら清貞殿や清宗殿の喜んでおいででしょう」
「はい…… 」
虎松の手を取って宗珊は言った。その言葉に虎松も思わず涙ぐむ。
土居宗珊は実直さと穏やかさを併せ持つ初老の男である。しかし政治と戦のどちらの手腕も相当なものだと虎松は聞いていた。
宗珊は虎松に言った。
「家臣の方々共々いずれは身を起こせるよう力を尽くしましょう。それまでは私が虎松殿と家臣の方々を預かります」
真摯な目で言う宗珊。虎松はその言葉に嘘はないと感じた。
「ありがとうございます。これより家臣ともどもお世話になります」
「何のこれも処世のうち。名高き家の落胤を放っておけばそれこそ武名に傷がつきます」
宗珊は朗らかに笑った。それつられて虎松も笑う。家臣たちもそこでやっと胸をなでおろした。
こうして宗珊と合流した虎松たちは土佐の中村に向かった。ここには一条家の居城、中村城がある。ここで虎松は宗珊の引き合わせで一条家当主の一条兼定と対面した。
一条家は元々応仁の乱の戦火を逃れてきた関白の息子が大名化したという特殊な家である。当代の兼定は五代目に当たる。兼定に至るまでの歴代当主は夭折したり不審な死を遂げたりしていて一条家の支配は不安定であった。
兼定は虎松より三歳ほど年長に当たる。優しげな風貌であるが大名の当主としてはいささか頼りない感じがした。
「宗珊から話は聞いている。気の毒な事であったな…… 」
兼定は心の底から同情しているようだった。しかし一方で他人事のような物言いでもある。それについて虎松は少し苛立った。
「(もとはと言えば大友家は一条家を助けるために伊予に侵攻してきたのではないか)」
かくいう兼定の妻は大友家の出である。兼定にとって清貞と清宗の死は他人事ではない。
兼定はそんな虎松の苛立ちに気付かないようだった。
「あとのことは宗珊に任せる。まずはゆるりと休むがいい」
そう言って兼定は立ち去っていった。残された虎松その後姿を苛立ちまじりに見送る。すると
「申し訳ない。虎松殿」
宗珊が謝ってきた。虎松はあわてて宗珊に向き直る。
「いえ。宗珊殿が謝ることではありません」
「しかしあの物言いでは虎松殿の気に障っただろう。本当に済まない」
「いいのです。むしろ心は昂りました」
虎松はそう言って兼定の立ち去っていった方を見た。
「今の私は宗珊殿に守られる身。ですが必ず伊予に帰って見せます。あのような方の下で働き続けるつもりはありません」
「なんと…… 」
堂々と言い放つ虎松。それに宗珊は感嘆した。
「(いずれ敵になると言い放つとは。面白い)」
宗珊は虎松の不敵な横顔を面白そうに眺めていた。
こうして虎松は一条家の下で暮らすことになった。表向きは従順に、しかし内心では巣立つことを望んで。そして二年後の永禄五年(一五六二)いよいよ巣立ちの時が来るのであった。
前の話で節目の五十話目となりました。これからも精進していきますので応援よろしくお願いします。
さて今回の主人公は土居清良です。この話ではまだ幼名の虎松ですが。この土居清良という人物は四国の大名とは言えないほどの小領主です。しかし後年子孫が清良記という本を記しています。この話でも登場しますが清良記には面白い記述がありそれを参考にした部分も出てきます。お楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では