森可成 侍の矜持 後編
城持ちになり出世した可成。子供も多くまさしく順風満帆な人生を送っていた。しかし、そんな可成に命を賭ける時が来る。
戦国武将、森可成最後の戦いがいよいよ始まる。
元亀元年(1570)は可成の主君、信長にとって最も苦しい年となった。
そもそものきっかけは信長が四月に行った朝倉攻めである。この途中、織田家と婚姻関係にある浅井家が裏切り朝倉家についた。これにより信長の本拠地のある美濃と京都の通行に支障が出るようになってしまう。その後六月に姉川で織田家と徳川家(織田家と同盟関係にある)の連合軍と浅井、朝倉連合軍との戦いがあった。信長率いる連合軍はこの戦いに勝利するも浅井家を滅亡させるには至らなかった。そのため浅井家は今だ一定の勢力を維持している。また、このころ京の周辺では反織田家の勢力の活動が活発化しており信長はその対処にも追われていた。
このころ可成は近江(現在の滋賀県)の宇佐山城にいた。このころの信長にとっては生命線の一つともいえる重要な城である。
そして宇佐山城にいる可成のもとに驚くべき知らせが届く。
「浅井と朝倉が動いただと…… 」
それは浅井・朝倉の連合軍が三万の大軍を率いて京に向かっているという知らせであった。
「こんな時に…… いや、こんな時だからこそか」
可成は苦々しげにつぶやいた。その表情には焦りの色が濃く出ている。
現在信長は摂津の方面で城攻めを行っていた。だが敵の抵抗が強くなかなか決着がつかないでいる。
このタイミングでの京を制圧されれば信長は背後を抑えられることになる。何より京を奪われる政治的ダメージは計り知れなかった。もし浅井・朝倉軍が京に入れば信長の、織田家の命運は尽きたといってもよい。
「出陣するぞ」
可成は迷い無く言った。その眼には強い決意が浮かんでいる。だが家臣たちは動揺していた。その内の道家清十郎がためらいながら声を出す。
「しかし、わが方は手勢が千いるかいないかです」
現在宇佐山城が抱える兵力は千にも満たない数だった。これで三万の大軍に挑んでも一蹴されるのが落ちである。そんな清十郎をはじめとする家臣たちの不安を察したのか可成は優しく言った。
「別に我々だけで事に当たろうとは思っていないさ。それにあくまで進軍を阻むのが目的であって正面から打ち破る必要なない」
「確かに。その通りです」
「とりあえず近くの城ですぐに動けそうなところに使者を送ってくれ」
「かしこまりました」
「ああ。あと坂本で合流しようと伝えてくれ」
「坂本で? 」
「三万の大軍なら確実にあそこを通るだろう。我々は先行して抑えておく。街道を封鎖しておけば奴らの進軍も阻めるはずだ」
「なるほど、承知しました」
そういうと家臣の一人は部屋を出ていった。可成は残った家臣たちと一緒に立ち上がる。
「我々も出陣するぞ。浅井・朝倉どもに一泡吹かせてやる」
「おお! 」
可成と家臣たちは意気揚々と出陣した。
近江、坂本。浅井、朝倉に先んじて入った可成たちは街道を封鎖する。これにより浅井朝倉軍の侵攻を一応は阻める。また可成は少ない兵を各所に分散して配置した。
「大丈夫なのですか? 」
「全員で一緒に正面から挑むのは無謀だ。だが小勢を潜ませて攻撃すればかく乱はできる。幸い奴らが北側からくるのはわかっているから仕掛けるのはこっちの都合でできるしな」
「なるほど」
「あとは援軍と合流して奴らを待つだけだ」
可成は北の方を睨みつけた。もちろん可成の目に浅井朝倉軍は見えない。だが可成は確かにこの方角からくる巨大な圧力を感じていた。
浅井・朝倉の軍勢三万は近江の北部から琵琶湖に沿って南下していく。近江の南部は織田家の支配下にあり越前(現、福井)に拠点を置く朝倉が京に向かおうとすると必然このルートになる。
先ごろ起きた姉川の戦いでは浅井・朝倉共に大きな損害を受けた。だがいまだ勢力は衰えていない。この機に織田家に痛手を与えられればここからの巻き返しもあり得るだろう。そのためには迅速に京を制圧し摂津の信長の背後をつく必要がある。浅井朝倉双方ともに当主自ら出陣し覚悟を決めての行軍だった。その覚悟は兵たちにも伝わっているが、いささか気負いすぎにもみられた。
大軍は縦列に進んでいく。比叡山と琵琶湖に挟まれたこの土地を大軍で進もうとすれば、こうなってしまうのは当然と言える。
狭い道を進む将兵の頭にはとにかく急ごうという気持ちが大きかった。この戦いの如何で自分たちの行く末が大きく変わるからである。将兵は織田家の城があるのは知っていたが、織田家の主力は摂津にいるのも知っている。そして道中遭遇する城にいる兵力が少数なのも知っていた。この大軍に対して打って出てくることはないと皆考えている。それゆえか警戒も甘くなった。だがその考えが甘かったことを思い知ることになる。
浅井・朝倉の先鋒は坂本にいたる街道を進んでいた。本来は交通の便がいいはずのこの街道だがこの日は非常に歩きづらかった。もちろんそれは可成たちの妨害によるものだしそれは先鋒の彼らにもわかっていた。
「急ぎ道を開くのだ」
こうした障害を何とかするのも先鋒の仕事であった。それを統率する将もそれはわかっている。障害は進むにつれて多くなっていった。それもわかり切ったことである。だが障害の撤去に集中する先鋒隊は周りに潜む伏兵の存在はわからなかった。
「よし、行くぞ」
障害を撤去しいざ行軍を再開しようとしたその時、
「かかれぇぇぇ! 」
その大声と共に伏兵が飛び出してきた。
「なんだと?! 」
予想外の攻撃に驚く先鋒隊の将。もちろん兵たちも慌てふためく。
慌てる浅井朝倉軍の兵たちを可成の兵は打ち取っていった。その中には先鋒隊を指揮していた将も含まれている。
「よし、引くぞ! 」
ひとしきり暴れまわった可成の兵たちは頃合いを見計らって撤退していく。浅井朝倉の後続が追いついたときその場に残っているのはわずかな兵と無数の死体だけであった。
日も暮れ始めた坂本の地。ここにある本陣で可成は各部隊からの報告を聞いていた。伝令たちが意気揚々と語る内容はどれも奇襲が成功したというものである。
「うまくいっているようだな」
「そのようです」
隣で一緒に報告を聞いていた清十郎は報告を満足そうに聞いている。だが可成の表情は険しい。その表情が気になったのか清十郎は可成に声をかける。
「可成様? 」
「まだ油断するなよ。俺たちが仕留めたのはあくまで敵の一部だ。まだ後ろに本体が控えている」
静かに、だが強い口調で可成は言った。それを聞いた清十郎の顔は再び引き締まった。そんな清十郎に可成は次々と尋ねる。
「援軍はあとどれくらいで来る? 」
「先ほど来た伝令の話だともう間もなくかと」
「そうか。敵の動きは」
「進軍速度はあまり変わっていません。ですが我々が仕掛けた障害にも限りがありますのでこれ以上遅くなることは…… 」
「そうだな」
可成は目の前に広がる地図を睨む。実は可成には気になっていることがあった。それは坂本を見下ろす比叡山に本拠を構える延暦寺の事である。
この時代の延暦寺は一種の独立国と言っても過言ではないほどの勢力を有している。そして仏教の権威と武装を武器に様々な無理難題をし通していた。そんな延暦寺の存在を信長はあまり快く思っていなかったのを可成は知っている。もっともそれを延暦寺側が知っているかはわからない。
「(まさか浅井・朝倉につくとは思えないが)」
現在織田家と延暦寺は表立って敵対しているわけではない。だがこの時代は誰がいつ的になるかもわからない時代である。その強大な武力からどうしても気になる存在であった。
一人考え込む可成。そんな可成を清十郎は不安そうに見ていた。
しばらくすると伝令が本陣に入ってきた。清十郎は伝令から話を聞くと可成に声をかける。
「可成様」
「ん、なんだ」
「援軍が参られました」
「分かった。行こう」
可成は頭の中の不安を振り切って立ち上がる。実際ここで悩んでいても仕方がない。
「(今、自分のできることを、信長様のために命を懸けてやるだけだ)」
この日合流したのは信長の弟の信治と近江の国人青地茂綱。そして二人が率いる兵、約二千。敵の三万には遠く及ばないがこれでできることも増えそうだった。
「やってやるさ」
可成はやってきた援軍を前に強く決意を固めた。だがここから事態は最悪の方向へ推移していくのである。そして可成に最後の時が近づいてきていた。
可成のもとに援軍が合流して二日経った。幸いにも防衛線は破られておらずいまだ敵の足止めは出来ている。
とはいえ与えられた損害は千ほどで三万の大軍は微塵も揺らいではいない。また地の利を生かしているとはいえ、少数で大軍を相手にしているのはさすがに可成たちも消耗していた。
本陣では可成、信治、茂綱の三人と家臣たちが軍議を行っている。中心になっているのは可成で、厳しい表情でどんどん指示を出していく。
「しかし、可成殿の采配は見事でござるな」
ふと茂綱がそんなことを言い出した。それに信治もうなずく。
「確かに。さすが兄上が若年のころから仕えた譜代の臣。兄上は本当に素晴らしい方と出会われた」
そんなふうに言われて可成の表情も少し和らいだ。
「いえいえ。むしろ私の方こそ素晴らしい主君に出会えたと思っています。上様に見いだされなければどうなっていたかと今でも思いますよ」
照れくさそうに可成は言った。そんな可成の様子に信治も茂綱も微笑む。
三人のやり取りで本陣の空気も少し和らいだ。だがその和らいだ空気を切り裂くように伝令が駆け込んできた。
「一大事にござります! 」
動揺している伝令は息を切らせて叫んだ。さっきまで和らいでいた可成たちの表情が一気に厳しくなる。
「何事だ? 落ち着いて話せ」
可成はあえて静かに問いかけた。その言葉に伝令も落ち着きを取り戻す。そして言った。
「延暦寺が挙兵しました。敵方についたようです」
「なんだと…… 」
信治は顔を青くしてい言った。茂綱にいたっては絶句している。だが可成は落ち着いた様子で伝令に尋ねる。
「延暦寺の兵はいつ比叡山を経ったかわかるか」
「もうすでに坂本に向かってきているようです」
「そうか。わかった」
可成はそういうと本陣の外に出た。そこに別の伝令が駆け込んでくる。
「可成様! 」
「なんだ」
「敵方が動き出しました! どうやら総がかりで攻めてくるようです」
「来たか…… 」
どうやら敵方は数に任せて突破してくるつもりらしい。そしてこのタイミングでの動きは明らかに延暦寺の挙兵と連動している。
「延暦寺の坊主どもめ…… 」
可成は憎々しげに比叡山の方を睨んだ。だがすぐに目をそらし本陣に戻っていく。
「(今やるべきことは…… )」
可成は唇をかんだこの絶望的な状況でできることはほとんどない。だがそれでも何もせずに終わるつもりはない。
「奴らに目に物見せてやる」
そう言った可成の表情はかつて稲生の戦いで見せたような獰猛なものだった。
可成たちは帰還してきた伏兵たちと合流し坂本で迎撃の体勢を取った。しかしこちらは二千と少しの兵に対し敵方は浅井、朝倉の三万に延暦寺の僧兵も加わっている。もとよりかなうはずのない戦いであった。
可成はここが己の死に場所だと定めた。城には信頼できる家臣を残してあるのでそこは心配していなかった。あとは残される家族だがまだ父も健在だし妻もしっかりしている。子供たちも大丈夫だろう。
「士は己を知る者のために死す、か」
ふと可成はつぶやいた。そしてまさしく今の自分の心はその通りであると受け入れる。ここで戦い敵を足止めできれば必ず信長様は道を切り開く、そういうお方だ、と可成は確信していた。
「(俺はいい主君に仕えられた。俺を認めて引き立ててここまで引き上げてくれた。本当に満足だ)」
齢三十一で仕えそれからおよそ十七年。常に信長の下で戦い続ける人生であった。その人生に悔いはなく、あるのは自分を引き立ててくれた主君への感謝のみである。
「可成様! 敵が! 」
「分かった」
可成は槍を取った。そして眼前に迫る大軍を睨みつける。その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。
可成は一歩前に出て叫ぶ。
「命が惜しいものは立ち去っても構わん! だがともに戦わんとするものはついてこい! 」
可成は後ろを見ない。だが家臣たちも自分と同じように笑っているのはわかった。
「おおおおおおおおおおおお」
可成の叫びに呼応するように叫ぶ兵たち。その叫びは坂本一帯に響き、さらに信治や茂綱の部隊にまで波及していく。
可成はさらに一歩出て地面を踏みしめた。そして槍を握る手に力を込める。
「では行くぞ! 」
駆け出す可成。そんな可成と共に走り出す兵たち。可成率いる一団は雄叫びと共に眼前の敵軍に突撃してく。先陣を切る可成はどこまでも笑っていた。
可成最後の戦いとなった坂本の攻防戦で可成を始め織田信治、青地茂綱を含む織田方の将はことごとく討ち死にした。可成の軍勢は敵方の先鋒を押し戻し敵方の首を千取ったという。だがそこに加わった敵本隊の攻撃を受け討ち死にした。
可成は戦死したもののこれまでの戦いで敵の足止めには成功した。この足止めの間に信長に手を打つ時間を与える。また浅井、朝倉軍は京に入ることができず信長の背後をつくこともできなかった。可成の奮戦は無駄にはならなかったのである。
この後、信長は敵対した比叡山を攻撃し焼打ちした。だが比叡山の東麓にある聖衆来迎寺だけは戦火を逃れる。これは戦死した可成を弔って墓も立てたからだという。
可成の子供たちは成長してから信長に仕えるようになった。信長も可成の子共たちを重用した。そのうちの一人が信長と最後を共にした森蘭丸である。
可成の血筋は六男忠政の家系が江戸時代を通じて家名を残し、明治維新まで残っている。
これで森可成の物語は終わりです。最後にも書きましたが信長は可成の子を大事に扱いました。それほど大事な家臣だったと思います。もし可成がここで戦死せず生き残ったら秀吉などと並ぶ織田家の重臣になったのかもしれません。
さて次に取り上げる武将は関東の人です。名前は聞いたことのある人はいるかもしれませんが、知名度は低いと思います。
最後の、誤字脱字などがありましたらお知らせしていただけるとありがたいです。では。