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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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赤沢朝経 戦人 第二話

 明応の政変で細川政元は幕府の実権を握る。だがそれは乱世の序章にすぎなかった。

 始まった乱世は朝経を表舞台に立たせる。そして表舞台に立った朝経は乱世をさらに激化させていく。

 明応の政変の後、政元は幕府の実権を握った。しかしそれで万事問題ないなしというわけではない。

 近畿にはまだまだ政元に反抗的な勢力も多く存在した。それらを滅ぼすべく政元は積極的に兵を出す。そして朝経もたびたび出陣した。

「これはいい。手柄を立て放題じゃ」

 朝経は兵を自在に操り時には自ら前線に立ち奮戦した。そしてそのたびに勝利する。

「もはや俺に敵はいない」

 近畿中を暴れまわり勝利する朝経。その暴れぶりを政元は称賛した。

「全く見事なものじゃ。素晴らしい」

「いえ、これも殿の御威光のおかげ」

 このころになると朝経は心にもないことを言えるくらいに口が達者になっていた。

「(すべてはこの俺の力よ)」

 そんな朝経の本心を政元が知っていたかどうかはわからない。しかし朝経の働きにはしっかりと答えた。

 例えば山城(現京都府)の半分の守護代の職や、寺社領や公家領の代官などに朝経を任じた。それほど政元は朝経を評価していたのである。

 これには朝経も上機嫌になる。

「もはや細川家のうちで俺にかなうものおるまい」

 そうして朝経は得意げになっていった。そうなればもちろん周囲のやっかみも買う。

「このところ赤沢殿は調子に乗りすぎではないのか」

「全くだ。新参のくせに」

「戦しか能のないのに半国の守護代など務まるのか」

 こうした声が内衆の中からも上がっていた。さらに不満は徐々に政元にも向いていく。

「そもそも殿は新参をかわいがりすぎなのだ」

「その通り。代々細川を支えてきた我々の苦労も知らず」

 そういう不満が譜代の者から出る一方で新参の者からは

「殿は少し譜代のいうことを聞きすぎだ」

「左様。あのような古臭い者どもはかえって邪魔になる」

と言った具合であった。

 こうした譜代と新参の内衆、さらには政元との軋轢は日に日に増していく。例えば明応の政変で畠山政長討伐に功のあった上原元秀は同じ年のうちに他の内衆と喧嘩沙汰を起こし、その傷がもとで死んでいる。

 もともと血の気の多い朝経もやはりいざこざを起こした。

「俺に文句があるならかかって来い」

 そう言って睨みを利かす朝経。しかし朝経の武力を知っているほかの内衆たちが挑むはずもない。代わりに政元に讒言されてしまう。

「このところの赤沢殿の驕りは大変なものです」

「ふむ。少し調子に乗っているようだな。これはいかん」

 政元がこういうとどこをどう辿ったか朝経にも届いた。

「殿がお怒りだと…… 」

 さすがに政元が怒っているとなれば朝経もあわてる。朝経はすぐに剃髪し高野山に逃げた。そして政元に陳謝する。明応五年(一四九六)の事であった。

「この度は申し訳ありません。今後は心を入れ替えて殿に尽くします」

 朝経から送られてきた陳謝の手紙を見て政元はほくそ笑む。

「ならば許そう」

 政元はそう言って朝経を許す。朝経は喜んで政元の所に戻るのであった。傍から見れば朝経は政元の掌で踊った形である。結局のところ朝経は政元あっての存在であった。


 さて細川家は内部の問題を抱えながらも少しずつ勢力を広げていった。その一方で政元の脳裏に浮かぶのは前将軍義材、このころは名を変えて義尹と名乗っていた、の存在である。義尹が生きている限り政元の政権は盤石とは言えなかった。

 そんな中で明応六年(一四九七)に畠山政長の息子の尚順が挙兵した。目標は政元と手を組んで父を殺した畠山基家である。

 この尚順の挙兵に対し政元は同盟者である基家を支援した。しかし尚順の軍勢は手強く劣勢に追い込まれる。そしてついに明応八年(一四九九)に基家は追い詰められ切腹した。これにより畠山領国である和泉、河内、大和は政元に敵対する勢力になる。

 基家の息子の義英は政元に助けを求めた。政元も劣勢を挽回すべく本腰を入れて対応しようと考える。しかしここで政元の恐れていた事態がおこった。それは足利義尹の挙兵である。

 義尹は越前(現福井県)の朝倉氏の力を借りて挙兵した。そして京に向かって南下していく。さらに尚順は大和から北上する準備を始めた。両者は政元のいる京を挟撃するつもりである。

 どんどん追い込まれる政元だが更なる問題が発生する。それは比叡山延暦寺が義尹に協力する動きを見せていることだった。

「延暦寺の坊主どもめ」

 この知らせを聞き政元は忌々しげにつぶやいた。

 延暦寺はその宗教的な権威に加え強大な武力も保持していた。これにより朝廷も幕府も手を出せない一種の聖域と言える勢力である。一方で自分たちの要求を様々な手段を使って押し通そうとしているので反感を抱くものも多くいた。政元もその一人である。

「おとなしく経を読んでいればいいものを図に乗りおって」

「し、しかし実際の所彼らの武力は侮れません。それに延暦寺と敵対しては殿の面目にもかかわります。今の状況では和議も考えるべきかと」

 いらだつ政元を安富元家がなだめた。実際この窮地に強敵が増えたわけである。対応は難しい。一応政元に友好的な武田家などの兵力もあるが危機的状況なのには変わりない。

 内衆たちはああでもないこうでもないと様々な議論をした。しかしなかなか有効な策は思い浮かばない。やがてその議論にも苛立ったのか政元が立ち上がった。

「もはやこれ以上話し合ってもらちが明かん。この上は延暦寺の者どもを攻め滅ぼす! 」

 政元はそう高らかに宣言した。その宣言に内衆のほとんどの者が絶句する。しかし一人同調するものがいた。朝経である。

「その通りでございます殿! 」

「ほう、そなたもそう思うか」

「はい。本来は護国の祈りをささげるべき僧でありながら、俗世の事柄に首を突っ込み暴れまわるなど言語道断。もはや容赦するべきではありません」

 朝経は意気揚々と言った。その表情はまた戦場で手柄を立てられるという嬉しさでいっぱいである。

 そんなふうに息をあげる朝経に政元は笑みを見せた。

「ならばこれより兵を連れ、坊主どもの寺に火を放つのだ! 」

「御意に」

「跡形も残すのではないぞ。全て焼き払うのだ」

「ははっ」

 そう言って朝経は立ち上がるとその場を後にした。

 朝経はすぐに兵をまとめると比叡山に向かう。そしていざ比叡山に入ろうというところで僧兵たちが立ちふさがった。

 僧兵たちは朝経に刃を向けて睨みつけた。

「何の用ですか」

 その問いかけに朝経は答えなかった。代わりに槍で僧兵を一人突き殺す。そして言った。

「戦をしに来たものに何の用とはばかげている」

 そう言ってさらに今度は弓を出すと僧兵を一人射殺した。

 朝経の凶行に色めき立つ僧兵たち。それを見て朝経は叫んだ。

「敵は怯えているぞ! 一気に仕留めろ! 」

「おおおおおおおおおお! 」

 兵たちは獣のような叫びをあげながら突撃する。僧兵たちはまさか自分たちが本気で攻撃されるなど考えていなかったからか色を失った。そんなところに攻めかかられるのだからひとたまりもない。

 朝経は先陣を切って比叡山を攻め上った。やがて延暦寺の建物が姿を現す。

「よし。火を放て」

 そう言うと兵たちは火矢を放ち始める。するとたちまち延暦寺は炎に包まれていった。燃え上がる延暦寺から僧たちが逃げ出していく。朝経は逃げる僧たちを放っておいた。

「坊主の首など手柄にならん。それよりもっと寺を燃やすんだ」

 朝経の指示に従いさらに火矢が撃ち込まれていった。延暦寺は燃え続け主要な施設はことごとく灰燼に帰する。その無残な姿に満足したのか朝経は引き上げていった。

「これでもう戦えまい」

 延暦寺は一応存続したもののとても兵を出せる状況ではなかった。これが響いたのか義尹の軍勢は京の目前まで迫るも敗退する。敗北した義尹は再起をかけ周防(現山口県)の大内氏の下に逃げ延びるのであった。


 延暦寺を焼き尽くした朝経は堂々と政元の下に帰還する。

「延暦寺の坊主どもに思い知らせてやりました」

「よくやったのう。朝経」

「何のこれしき」

 胸を張って威張る朝経。そんな朝経に政元は言った。

「済まぬがまた出張ってもらおうか」

「かしこまりました。次は何処に? 」

「うむ。こちらに向かっている畠山尚順を打ち倒すのだ」

「たやすきことです」

 そう言って朝経はすぐに出陣した。

 尚順は父の仇の基家を打ち破った勢いをそのままに京に向けて進軍する。朝経はその勢い付く尚順たちに正面から挑んだ。

「この赤沢朝経がいる限り細川の家は負けん」

 その宣言通り朝経は尚順の軍勢を打ち破った。この時の戦いで朝経は一人で九つの首を挙げたという。

敗れた尚順は大和に撤退した。朝経は尚順を追って大和に侵入する。大和は寺社の勢力が強く一定の軍事力を持っていた。

「ここでも坊主どもがのさばっているのか」

 この現状に朝経は不快感を覚えた。さらにあるものを見つける。

「何? 『赤沢朝経の首を求む』だと! 」

 見つけたのは朝経の首を求める高札であった。延暦寺を焼打ちした悪名は早くも大和まで響いているのである。この高札に朝経はもちろん激怒した。

「そんなに俺の首が欲しいのならこっちから出向いてやる」

 朝経は大和の寺々を襲っていく。寺側も総力を挙げて抵抗するが無残に打ち破られた。そして朝経は延暦寺のごとく寺に火を放つ。

「燃やせ燃やせ。くそ坊主どもの住処など焼き尽くしてしまえ」

 さらに朝経は寺社の領地で略奪もした。

「我らに逆らうものがどうなるか教えてやれ」

 意気揚々と略奪を始める朝経。さらにその兵たちも一緒に略奪を行う。

 この朝経の蛮行により大和は荒廃した。だが結果的にそれは大和で細川家に反抗的な勢力の力を削ぐことにつながる。

 そういう事もあって政元は朝経を基本野放しにしていた。

「あれはこうして暴れさせておけばよい。けだもののような男であるが一応、知恵はある。我らの害になるような暴れ方はせん」

 政元は朝経の性質を見抜いていた。だからこそこうして暴れさせているのである。

 結局朝経の大暴れもあり大和における尚順の勢力は大幅に減退した。さらに基家の遺児である義英が政元の支援を受けて出陣。尚順と合戦に及んだ。

 この戦いに朝経も参加した。朝経は一際暴れて手柄を立てる。

「俺にかなうものはおらん。悔しかったらかかって来い」

 この朝経の大暴れもあって政元・義英連合軍は大勝した。そして尚順は紀伊に逃れる。再び大和と河内は政元方の支配下に納まった。

 だがあきらめない尚順は翌年の明応九年に再び挙兵し義英を攻撃する。この事態に再び朝経は出陣した。

「こりん奴だ。何度来ようとも無駄だというに」

 朝経は再び尚順と戦い勝利した。さらに大和にも出陣して寺社や敵対する勢力ににらみを利かせる。

「俺に逆らおうなどとは思わないことだ」

 朝経は自分の力を誇示するのが楽しかった。さらに皆が朝経を恐れて従う姿を見るのが面白くてたまらない。

「戦でのし上がったこの俺に皆ひれ伏す。この俺の力に」

 だがこんな傲慢な行動に不満を覚えるものも多い。奈良の興福寺は朝廷に働きかけて朝経の撤兵を要求させた。しかし

「俺に不満があるのなら力づくでどうにかして見せろ」

そう言って聞き入れなかった。


 ともあれ朝経はその力で管領細川家の軍事力の中心となっていたのである。こうなってくるとその朝経の存在は内衆の中でも大きくなってくる。

 朝経は内衆の合議にはあまり参加しなかった。朝経に興味があるのは戦う事と手柄を立てること、そして自分の地位を上げることだけである。

 そうなってくると朝経は自分の立場に不満を感じないでもなかった。今回の諸々の合戦で手に入れたのは大和で奪い取った所領ぐらいである。主君の政元から何か別に褒美が与えられるということも無い。

「殿は俺をないがしろにしているのではないか」

 朝経は政元への不満を口にするようになっていった。

 一方その政元であるが非常に有能であると同時に大きな問題も抱えていた。

 細川政元という人物は前にも記した通り非常に修験道に凝っていた。これはただの趣味というレベルを超えていて、空を飛ぶための修業に熱中したり突然諸国を放浪する旅に出たりした。

 また修験道に凝るあまり妻帯してなかった。当然であるが子供はいない。つまり細川家を継ぐ後継者がいなかった。そのため文亀二年(一五〇二)に摂関家の九条政基の次男九朗を養子にして澄之と名乗らせた。しかし摂関家の子供を後継者にすることに反発する内衆もいた。その中には薬師寺元一もいる。

「細川本家を継ぐのです。しからば同じ一族から養子をとるべきかと」

「ふむ、そうか」

 政元はこの元一の進言を聞き入れ一族から細川澄元を養子として迎え入れた。さらに別の一族からも細川高国を養子として迎え入れる。

 こうして細川家は養子が三人立ち並ぶという事態に陥った。こうなれば後々災いを招くのも目に見えている。

 こんな状況では政元への不満も募る。

「もう殿の気まぐれにはうんざりだ」

「さよう。あの癖はどうにかならんのか」

朝経の耳にはそんな声が聞こえてきた。すると朝経はこんなことを考え始めていた。

「細川家はこのままで大丈夫なのか? 」

 ここに至って朝経はそんなことを考えるようになるのであった。


 今回の話の年代は朝経の全盛期と言っても過言ではないでしょう。比叡山の焼打ちや畠山尚順との戦い。大和での乱暴狼藉など赤沢朝経の主な所業はこのあたりで行われています。大体が事実と言われているものではあるのですが凄まじい暴れぶりですね。現在次の話で最後の予定ですがこの暴れん坊がどんな末路を迎えるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡ください。では

 

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