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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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森可成 侍の矜持 中編

 無事信長の家臣になった可成。だが信長の周りは敵だらけであった。可成は自分の見込んだ主君のため奮戦する。そしてその力を思う存分ふるい出世していく。

 可成が仕えるようになった当時、信長の周りは敵だらけであった。それらはもともと敵対していた大名だけではなく信長の一族もいる。この時代はたとえ一族でも敵対することがある時代であった。そういうわけで幸か不幸か可成は自慢の武勇を振るう機会にはとても恵まれていた。

 信長は大小さまざまな戦いに自ら出向き前線に立った。可成はそのそばで思う存分槍を振るう。特に信長と弟の信行が尾張の稲生で行った合戦では可成の武勇が光った。

 この稲生の戦いと呼ばれる合戦でで信長の軍勢はおよそ七百。対する信行の軍勢はおよそ千七百と倍以上の差があった。しかも信行軍の軍勢千を率いるのは内外に名の知れた猛将、柴田勝家である。この勝家の指揮で数に勝る信行軍は信長軍を追い詰めていく。この窮地のとき可成は信長の本陣を守っていた。

 本陣から少し離れた場所に可成はいる。可成は本陣を背にして座り込んでいた。横には旗下の足軽たちが並んでいる。眼前の戦場を睨む可成の姿とそれに従う足軽たちの姿は一種異様でもあった。

「森殿? 」

 本陣から出てきた同輩の侍が可成に声をかけた。可成はそれに答えず戦場を睨み続けている。侍は不思議に思いながら可成の見つめる先を見てみる。だがそこには何もない。

 侍は怪訝な顔をして可成を見た。すると可成が口を開いた。

「聞こえるな」

「? 何がですか」

「敵が来るぞ」

「え? 」

 可成は笑い、侍の方を見て言う。

「早く皆に伝えるんだ」

「な、何を」

「敵が来る、ってな」

 そう言われて侍は戦場の方を見た。すると明らかにこちらに向かって来る一団がある。そしてその一団が掲げる旗印を見て絶句する。

「し、柴田殿! 」

 こちらに向かって来るのは猛将、柴田勝家であった。

「柴田勝家。打ち取ったら大手柄だな」

 可成は嬉しそうに笑った。どこか新しいおもちゃをもらった子供のような、それでいて獰猛な野獣のような笑みである。

 一方隣の侍は顔を青くして震えている。

「森殿…… 」

 侍は震えてそんなことしか言えなかった。そんな侍に可成は笑って言った。

「早く報告に行くんだ。お互いここで死ぬわけにはいかんだろ」

「しょ、承知した! 」

 侍は本陣に駆けていった。可成が槍を構えると配下の足軽たちも集まり槍を構える。その時もうすでに勝家は単騎でこちらに迫ってきている。

 迫ってくる勝家に対し足軽たちは襲い掛かろうとする。だが可成はそれを制した。

「まだ、待ってろ」

 勝家は可成にまっすぐに向かってきた。そして馬上から槍を振りかぶる。可成も槍を勝家の方に向けた。槍を構える可成の顔には獰猛な笑みが浮かぶ。足軽たちは固唾をのんでそれを見守っている。

「来い…… 」

 ついに勝家は可成の目前に迫った。そして可成を間合いに入れると槍を振り下ろす。可成もそれに対して槍を振り上げた。

 ガキィィン

 穂と穂がぶつかり合い、激しい金属音があたりに響いた。馬上から見下ろす勝家と見上げる可成の目線が交差する。

 見下ろされる可成は不敵な笑みをうかべていた。一方の見下ろす勝家は興味深げな視線で見下ろしている。

「(こんな奴がいるとはな)」

 勝家は感嘆の声を上げそうになるのをこらえた。そして馬を大きく旋回させ後方の足軽たちの所に帰還する。その時の顔はどこか嬉しそうであった。

 可成は再び向かって来る敵軍を見た。その顔は相変わらず笑っている。すると本陣の方からほら貝の音が鳴った。

「ようし、ここからだ」

 可成は石突を地面につきたてた。そして叫ぶ。

「お前たち! ここからが本番だ! 」

 そして後ろの足軽たちを見て笑った。

「あいつら追い払えば褒美はたんともらえるぞ! 」

 それを聞いた足軽たちも獰猛な笑みを浮かべた。そして可成は再度迫りくる勝家たちの方を向く。

「手柄を立てに行くぞ! 」

「オオオオオオオオオオオ 」

 可成と足軽たちは気合の叫びと共に突撃していった。迎え撃つは柴田勝家率いる精鋭たち。両者の激しい戦いが始まった。

 

 可成と勝家の部隊が交戦状態になったころ信長が本陣から出てきた。そして馬上で戦闘の状況を確認する。

「やるではないか。三左」

 信長は満足げに笑う。このころは信長も可成を三左と呼んでいた。それだけ可成と信長の仲が近くなったという事である。

 信長の目に映るのは自ら切り込み部下を鼓舞する可成の姿であった。その奮戦はすさまじく数で勝る勝家の部隊と互角の戦いを繰り広げている。

「われらも行くぞ! 三左を死なせるな! 」

「「はっ! 」」

 信長は号令をかけるとともに馬を走らせた。それに兵たちも続いていく。

 戦場を駆け抜ける信長はいち早く可成のもとにたどり着く。いきなり戦場に飛び込んできた信長に敵味方共に驚いた。もちろん敵方の勝家も驚いている。

「(単騎で飛び込んでくるとは。やはり信長様はうつけなのか? )」

 颯爽と飛び込んできた信長を見て、勝家の脳裏にはそんなことが思い浮かんだ。兵たちも口々に思いついたことを言う。

「殿? 」

「大将自らここに? 」

「なんと無謀な…… 」

 そんな声が敵味方問わず聞こえた。だが信長はそんな声を気にせず叫ぶ。

「三左! ずいぶんと剛毅だな! 」

 その声は暴れまわる可成にも聞こえた。可成は笑って返す。

「殿こそ! 大将自ら飛び込まれるとは! 」

「ふん! ここまで押し込まれていて大将も何もあるか」

 そう言うと信長は周りを睨みまわした。信行軍の兵たちは本来主君でもあったはずの信長に攻撃しようか迷っている。勝家も例外ではなかった。そんな信行軍の兵の迷いに気付いたのか信長は叫んだ。

「この信長に刃を向ける以上は死をも覚悟しているのだろう。だがもしその覚悟無きものがこの場にいるのなら早く消え失せろ! 」

 それはこの稲生の戦場に響き渡るような大音声だった。その大声に敵味方問わず手を止める。

 信長の声が響き渡った後で稲生の地は一時静まり返った。そんな中、可成だけは笑っている。

「すごい声だな」

 静まり返った戦場で誰も動かない。やがて信行軍の兵の一人が思い出したかのように逃げ出していく。すると堰を切ったように信行軍の兵たちが逃げ出し始めた。

「貴様ら…… 」

 勝家は逃げ出す兵たちを引き留めようとする。だがそこに槍が突き出された。間一髪それを交わして槍を突き出した者を見る。可成だった。

「よそ見している場合か? 」

「くっ」

 可成は不敵な笑みを浮かべて再び槍を突き出した。勝家はそれを払うと退却しようとする。

「逃げるのか」

「致し方あるまい。さらばだ! 」

「ああ、また会おう」

 可成がからかうと勝家は律儀に答えた。もっともこの状況では勝家がまともに戦えないことは可成にもわかる。

 兵をまとめ上げ颯爽と去っていく勝家。それを可成と信長は見送った。可成の部隊は数を減らしたがまだ健在ではある。

「まだやれるな」

「もちろんです」

 不敵に笑いあう信長と可成。するとそこに信長の本陣の兵たちが合流した。

「では行くぞ! 」

「応! 」

 信長の掛け声とともに可成たち信長軍は一気に駆け出した。

 この後、勢いに乗る信長軍は数で勝る信行軍を蹴散らしていった。

 稲生の戦いに勝利した信長は織田家中を完全に掌握した。可成もまた信長の有力な家臣の一人として頭角を現していく。

 

 織田家を掌握した信長だがあくまでその領地は尾張の半分であった。残りの半分は同族の織田信賢が治めている。また駿河の今川、美濃の斎藤など他国に敵を抱えていた。

 信長はこれらの勢力との戦いに勝利していった。そして領土を拡大していく。

 可成は信長の下で戦いその勝利に貢献していった。駿河の今川との戦いでは一か八かの突撃を共にし奇跡的な大勝を手にする。そして古巣である斎藤家との戦いでも可成は功績を上げた。そしてついに城を拝領することになる。

 可成がもらったのは烏峰城という城だった。

「これで貴様も城持ちか」

「はい」

「もうこれ以上は仕方ない、か」

 可成が烏峰城を拝領した時に信長はこんなことを言った。しかし可成にはその意味が分からない。

「どういうことですか? 」

 訳も分からず可成は信長に尋ねた。すると信長は笑って言う。

「常々お前の功に答えたいと思っていた。だが余はお前を手元に置いておきたかったのだ」

「それは、もったいなきことで」

「しかしお前の功は十分すぎるほどある。余のわがままで貴様を軽卒の身においておくわけにはいくまい。そういうわけで城を渡したのだ」

 信長は可成に笑いかける。可成はただただ感動するしかなかった。

「(上様はそれほどまで私を評価してくれていたのか…… )」

 この時拝領した金山城は可成の子の代まで森家の居城となる。


 斎藤家を滅ぼし美濃を制圧した信長の次なる目標は京であった。これは信長のもとに前将軍の弟、足利義昭が逃げ込んできたからである。信長は義昭という大義名分得て、軍勢を率いて上洛することになった。

 可成は上洛の軍勢の先鋒を務めることになった。共に先鋒を務めるのは可成と槍を交えた柴田勝家である。これには双方苦笑いした。

「此度の先鋒を柴田殿と務めるとは。いやはや因縁ですな」

「全くだ。しかし、あの時貴殿に打ち取られていてはこうはいかなかった。逃げて正解であったな」

「全く良い判断ですな」

 こんな冗談を交わす二人であった。

 二人を先頭にした信長の軍勢は大した障害もなく京に入る。この時代、京の地を確保するということは非常に大きな意味を持った。それは朝廷や幕府の権力を利用することができるからである。

 こうして織田家はほかの大名家と比べて一歩抜きんでた立場になった。そんな織田家の中で可成は京都の行政にも携わった。また近江の宇佐山城も任せられる。京への要所にあるこの城を任されたのはそれだけ可成が信頼されているという証であった。

「本当にいい主に仕えられたものだ」

 このころの可成はそんなことを良くつぶやいていた。また子沢山であった可成は子供たちにこうも言った。

「士は己を知る者のために死す。これが森家に代々伝わる侍の生きざまだ。私は幸運にも私を知る主に仕えることができた。お前たちもそんな主に出会いお役に立てるよう研鑽を積むのだぞ」

「「ハイ! 」」

 そう元気よく答える子供たち。その様子をやさしく見守る妻と両親。本当に可成にとっての最高の時間が流れていた。

 だが、そんな時間も長くは続かなかった。そして可成が己の命を懸ける時がやってくるのである。



 というわけで森可成の中編でした。合戦のシーンは前の話では描かなかったのでうまくいっているか心配でしょうがありません。

 このころの信長の状況というのは四面楚歌ともいうべき状況で、生き残れたのが不思議なくらいです。そんな信長を可成を始め様々な武将が助けやがては天下への道を歩むわけですが、こうした繫がりの強さというのが信長が飛躍することができた理由なのかもしれませんね。

 いよいよ可成は城主になりました。しかし後編では可成が命を賭ける事態が起きます。可成がどういう結末を迎えるか楽しみにしていてください。

 最後に、誤字脱字がありましたら連絡していただけるとありがたいです。では。

 

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