細川氏綱 解呪 第三章
晴国の死後も潜伏を強いられる氏綱。しかしその心はおれていない。いつか来る機会を待ち氏綱は潜み続ける。
晴国の死後も氏綱は長教の下に留め置かれていた。長教の用意した屋敷に軟禁されていた形であるが当時の情勢を考えるとむしろ庇護に近い状態であったといえる。外部とも完全に遮断されていたわけでもなく長教達の監視の下であるが外部の人間とも接触することが出来た。
「これもまた機を待つという事か。もう構わぬ。隠れて待つことなどもう十分に慣れた」
不思議なものでこのころ氏綱は体に肉がついてきて貫録が出てきた。言動も落ち着いている。
「最早じたばたしてもどうしようもない。長教殿が我らを利用しようというのならそれに乗ろう。我らも長教殿を利用する。しかし長教殿が我らを見限るのならその時は皆で一丸となって立ち向かおう」
氏綱は家臣達にこう言った。家臣たちもこれをしっかりと受け入れている。
このころの氏綱を支えているのはかつて実父と養父に言われたことである。管領になり高国の系統をその座に据える。そしてそれを永遠に長らえさせるというものだ。特に晴国が死んでからはますますその考えにのめりこんでいる。
「管領になるのならば学は必要だ。書物を集め読むことぐらい長教殿も気にしないだろう」
氏綱は可能な限り書物を集め軍事政治だけでなく有識故実も学んだ。というかこの状況でできることはそれぐらいしかない。ただその必死で学ぶ姿はどこか暗いものを感じさせている。今日も氏綱は自分の部屋で血走った目で書物を読み漁るのであった。
和泉に潜み続ける氏綱。一方では反晴元の動きはいまだ消えていない。その日人目を忍んで氏綱に接触してきた僧侶がいた。その僧侶は人払いをすると氏綱にこう告げる。
「拙僧は細川国慶様の使いにございます」
「国慶殿の。これは驚きました」
細川国慶とはその名の通り細川一族の者である。幼くして父を失うが祖父に育てられ、高国に仕えていた。高国の死後は潜伏し晴国の挙兵を助けたと氏綱は聞いている。ゆえにその国慶からの使者ならば用向きは一つであった。
「晴国殿が亡くなられたので次は私を担ごうというわけですか」
「いかにも。晴国様亡き後は氏綱様しかそのあとを継ぐ者はおらぬと申されております」
この発言に氏綱の内心は複雑であった。この言い方では晴国が死んだから氏綱を選んだということに見える。尤もこれも仕方のないことだとも思った。
「(晴国殿は養父上の実弟。あちらが優先されるのも仕方ないことか)」
ひとまず氏綱はそう言うのも飲み込んで僧侶の話を聞く。すると国慶は丹波の守護代である内藤国貞と共に挙兵するつもりのようだった。そこで氏綱にも挙兵してもらい反晴元方を糾合して戦おうということらしい。
氏綱は国慶の提案を受け入れることにした。
「晴国殿が破れて間もないこの時期に立ち上がってこそ晴元殿を揺さぶれるはずだ」
別にこの一回で晴元を倒そうなどとは考えていない。あくまでは反晴元の灯を消さないための挙兵である。
僧侶は氏綱の返答を聞き満足気に帰っていった。氏綱は家臣達に今回のことを打ち明ける。皆驚いているが意気は高い。しかし懸念もあった。
「遊佐殿がこれを見逃しましょうか」
家臣一同の一番の懸念はそこである。あの切れ者がこれを見逃すかということであった。だがこれに関して氏綱は心配していない。
「おそらく畠山家に類が及ばぬようなやり方をすれば問題あるまい」
「そうでしょうか」
「あの僧侶がどこからきて誰とつながりがあるのか。それが分からぬ長教殿ではないだろう。おそらくこの屋敷も出られるはずよ」
氏綱は平然と言った。これには家臣たちも開いた口が塞がらない。実際これはその通りで夜陰に紛れ屋敷から出る氏綱たちを誰も追わなかった。
天文七年(一五三八)晴国の死のおよそ二年後のことであるが、氏綱は和泉で挙兵した。これに呼応する形で細川国慶は山城の宇治で、内藤国貞は丹波で挙兵した。
「我らが正式な管領を継ぐべき家の者である。晴元殿は道を外れ天道に背きもの。そもそもわが父高国が死に晴元殿の世になってから乱れ放題ではないか。必ずや晴元殿を討ち、管領になって世を正して見せよう」
氏綱は居並ぶ家臣達にこう宣言した。これは前々から考えてきた口上である。これが言えただけでも氏綱としては挙兵した価値がある。
さて挙兵した氏綱は和泉を中心に転戦した。氏綱には対しては晴元方の攻撃は不思議と大人しい。妙に感じる氏綱であるが調べてみると周辺地域の晴元方の勢力が見な消極的である。
「皆晴元様に愛想が尽きているのでしょう」
家臣の一人が満面の笑みでこう言った。だがこれを氏綱は否定する。
「先年の戦の傷が皆いえていないのだ。それなのに我らと戦ってますます疲弊するようなことはしたくないのだろう。ことが収まり始めれば皆敵に回るぞ」
実際この見立ては的中していた。氏綱たちの挙兵から一か月後、晴元の軍勢に攻められ国貞が居城から追われたのである。晴元はすぐに矛先を宇治の国慶に向けた。この兵力差が明らかな戦いに国慶に味方する者はほとんどいない。また氏綱の周辺でも徐々に攻撃が激しくなりつつあった。
「もうこれまでのようだな」
氏綱は抗戦をあきらめ再び潜伏を試みる。差し当たって和泉を出て紀伊に向おうと考えた。紀伊の植国との合流を考えたのである。それと同時に国慶にも撤退を進めた。国慶も不利を悟ったのか戦いをやめ逃亡する。
国慶の撤退を見届けた後で氏綱は和泉からの離脱を試みる。しかしここで長教に捕捉された。長教は自ら姿を現してこう氏綱に告げる。
「ひとまずはこれまでということで。まあ、またの機会がありましょう」
「長教殿は晴元殿と敵対した我らを再び手元に置こうということですかな」
「もう手元に置こうなどとは考えておりませぬよ。しかしあなた方には生きてもらった方が私にはいろいろとありがたい」
「そうか。ならば信じさせていただこう」
氏綱は再び潜伏した。長教はこれを秘かに支援する形をとる。この後氏綱は何度か挙兵した。そのたびに敗れ撤退しているが、その存在感を維持し続けたのである。
和泉で挙兵と潜伏を繰り返す氏綱。その意気はいまだ軒昂であるが他の反晴元勢力の動きが沈静化しているのでなかなか現状は好転しない。
そんなとき氏綱が考えたのは紀伊にいる稙長との連携であった。
「稙長殿は紀伊をうまく治めているらしい。我らと連携してもらえれば心強いのだが」
稙長は長く高国を支えてきたから反晴元勢力にとっては重要な存在である。しかし現状河内は長教と長政が支配している状態なので稙長が紀伊の兵を率いてやってきたとて拠点がないのだから行動は大分に制限されてしまう。
「こればかりは私の力だけではどうしようもないな」
現状氏綱と長教は水面下での協力関係にある。そして長教との関係は氏綱にとって命綱であったのでこれを破壊するようなことはできない。
ところがここで思いもがけぬ誘いが長教からあった。
「急で申し訳ないのですが、稙長様にこの書状を送っていただきたい」
長教はわずかな供を連れての隠密行動でやってきた。その姿は河内半国守護代で実質的な権力を握っている男の姿ではない。
氏綱は当然戸惑った。あまりにもいきなりな予想外の要請であったからである。
「いったい何事ですか」
「木沢殿がいよいよやらかしましてな。もうこれ以上あの御仁と付き合うのは危なかろうと思いまして」
長教が言うには長政は幕府からの討伐令が出た塩川国満の援軍に向かったのだという。
「木沢が塩川殿の? いったいどういうことですか」
塩川国満はかつて高国に味方していた有力な武将である。現在は反晴元派に味方しない一方で晴元に従ってもいないという微妙な立場であった。幕府から討伐令が出たのは晴元が今のうちに国満を打っておきたいという考えなのだろう。なのだがそんな国満の肩を木沢長政が持ったというのだ。
これについては長教も状況を把握していた。
「塩川殿の援軍に向かった者たちから援軍を頼まれたようです。まあここで戦に勝って晴元様に自分の力を見せつけるつもりなのでしょうが、そううまくはいかないでしょう」
分かり切ったように言う長教。ここで氏綱は気づいた。
「長教殿はかねてから木沢を排するつもりでしたか」
長教はにやりと笑って頷いた。
「氏綱様も長経様のことは聞いておりましょう? 」
長経とは稙長が追われた後で長政と長教が擁立した新たな尾州畠山家の当主である。しかし先年急死していた。これについては長政が暗殺したという噂が流れている。
「あの噂は真なのですか」
「証はありません。まあ欲深いあの男ならやるでしょう。しかし些か欲が深すぎた。これ以上はもはや毒にしかなりませぬ」
そう言って長教は氏綱に書状を渡した。
「私の使いの者より氏綱様の使いの者が渡した方がよかろうと思います」
「承知した。だが、稙長殿が戻った後のことは」
「ええ。わかっておりますよ」
「ならばよいのです。あとはお任せを」
氏綱は信頼出来て体の頑強なものを選び稙長への使者として出発させた。
「(稙長殿が戻られればいよいよだな)」
稙長からの返事はすぐ来た。紀伊から兵を連れて戻るとのことである。
「いよいよ運が向いてきた」
これから起こることに期待を馳せる氏綱であった。
氏綱が使者を出してからしばらく経つと稙長からの返事が来た。
「氏綱殿よりの使者ならば信頼できるだろう。拙者は紀伊の者たちと共に河内に向かう。長教にはもし裏切るのならば承知せぬと伝ええておいてくれ」
この稙長からの返事をそのままに長教に伝えた。
「稙長様は大層自信があるようだ。まあ私もむやみやたらに事を荒立てようなどとはしないさ」
長教は稙長の帰還に備えて内部工作を始めた。尤も長政の振る舞いは畠山家の家臣達からは大いに反感を買っていたのでこの工作も何も問題なく進んだ。
氏綱はこれからの行動について長教に尋ねる。
「稙長殿が戻ってすぐに晴元殿と争うわけにもいきますまい」
「左様で。ひとまず木沢をどうにかして畠山家を稙長様の下で一つにします」
「まずはそれからということですか」
「まあ晴元様の専横もこれ以上続きますまい。もうしばらく潜伏してくだされ」
「承知した」
そおう言うと氏綱はすぐに身を隠した。これまで同じようなことをやってきたので慣れたものである。ただ今回は今までとは違うことが一つあった。
「稙長殿が戻られ畠山家が一つになれば我らの大きな助けとなる。必ずや私を助けてくれるはずだ」
稙長が帰還すれば必ず反晴元の動きをするだろう。それは必ずや氏綱の助けとなる。
「ついに機が巡ってきたという事か。私が管領になる日も近い。父上も養父上も墓下で喜んでくれるだろう」
そう言って氏綱はひとまず潜伏するのであった。
その後長教の見立てた通り長政と晴元の関係が手切れとなった。晴元は幕府からの正式な長政の追討令を出し討伐軍を差し向ける。この中核をなしたのが元服した三好仙熊改め利長であった。利長からしてみれば長政は父の仇と言える。そのため戦意も高い。
「必ずや木沢を討ち父上の無念を晴らす」
一方追討されることになった長政は居城の信貴山城に逃れて再起を図る。そして畠山家からの援軍を引き出そうとした。しかしこの時すでに長教の手が伸びており長政に近しい者たちは皆粛清されている。さらに稙長が紀伊から兵を引き連れて帰還したのだが、その引き連れてきた兵数はおよそ三万の大軍勢である。これには長教も驚いた。
「稙長様の自身はここからか。いやはやさすがでありますな」
大軍を率いた稙長は堂々と高屋城に入城した。そんな威風堂々たる稙長の眼前に長教は首を差し出す。これを見て稙長は苦笑した。
「良い覚悟だ。ならこの先は死んだつもりで尽くせ」
これに対して長教は平然と笑みを浮かべて言った。
「承知しました。ではこれより木沢を討ちに行ってまいります」
こうして稙長は復帰し畠山家は一応稙長の下で統一されることになる。
長政は稙長の軍勢を見て絶望した。もはや生きる望みはない。
「こうなれば晴元様の軍勢に勝つしかない。それしかないのだ」
絶望的な戦いに身を投じる木沢長政。しかし兵力差は歴然であった。長政の軍勢は利長率いる晴元の軍勢に敗れさらに長教の軍勢からも攻撃を受けて討ち死にする。一度は権勢を誇った者のあっけない最期であった。
木沢長政という人物は陪臣の身でありながら権勢を誇った人物です。立場はそのままに人脈と策謀、そしてきわどい動きでその権勢を手に入れたわけですが、その最期はすさまじい勢いで転落していった形になります。ある意味戦国時代の闇の象徴ともいえるような人物ですね。
さて次の話からはいよいよ氏綱の本格的な戦いが始まります。ここから先もまさしく波乱万丈の展開が待ち受けますのでお楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では




