表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
386/399

京極高吉 神の国への道行き 第四章

 紆余曲折あり京極家の当主になった高吉。しかし何かできるわけもなく傀儡としての日々を送る。そんな高吉にある出会いが訪れる。

 京極家の当主になった高吉だが実権はない。領地の運営等は基本久政ら浅井家に任せている。高吉自身望んでなった当主の座ではない。浅井家に任せることが領地の安定につながるのならばそれでよいと考えていた。

「多くの国人たちもそれを望んでいる。その方が六角家との関係もよかろう」

 そう言うわけで領地の運営には携わっていなかった高吉であるが、暇というわけでもなかった。というのも時の将軍足利義輝に出仕を求められていたのである。これは京極家が将軍家にも近い家で、高吉が六角家ともかかわりが深く諸々の交渉の窓口を求められていたというのもあった。

 この仕事については高吉もそつなくこなすことが出来た。おかげで義輝からの覚えもめでたい。

「さすがは名家京極の出であるな。これからもよく余に尽くすといい」

 義輝は筋骨隆々の偉丈夫でまさしく武家の大将という姿である。剣術の腕前も相当なものだという。だがどこか血気にはやり浅慮の気がある。また没落した幕府を再び天下の府に押し上げようという強烈な野心も抱えていた。良くも悪くも勇猛で野心にあふれているのは高延に近しいものがある。

「(三好家との関係も複雑らしい。それが災いせねば良いのだが)」

 現在将軍家は管領細川家の家来であった三好家が勢力を拡大させ実質細川家を取り込むほどである。だがこれを義輝は快く思っていないようで内内での争いもあるようだった。

「その争いが大きくならなければよいのだが」

 そんなことをつぶやく高吉。しかしその前に高吉の身に悲劇が起きてしまう。


 その年の正月に久政の息子の猿夜叉が元服する。六角義賢の下で元服の儀は行われ義賢の「賢」の字と浅井家の通り字である「政」を合わせて賢政という名になった。この儀には高吉も参加していた。一応浅井家の主であるからということである。この場で高吉と賢政は初めて顔を合わせた。

「よろしくお願いいたします。高吉様」

 そう恭しく挨拶する齢十五の少年。ただその背丈はかなり大きく体格もがっしりしている。小柄で細身の高吉と並べばどちらが大人かわからない。賢政の顔立ちは整っていてなかなかの美男子である。

 高吉が賢政を一目見て気になったのはその目であった。整った顔についている目は一見温順そうな色をたたえているのだが、その奥には高吉のよく知るものが見える。

「(あれは兄上や義輝様と同じ野心の目だ。おそらくは亮政殿もそのような目をしていたのだろう)」

 実際これはその通りであったようで、亮政の代からの浅井家の家臣たちは皆賢政に亮政の面影を見出しているようである。

「若殿を見ていると在りし日の亮政様を見ているような思いになる」

「全くだ。久政様とはまるで違ういっそこの機に賢政様に家督を譲ってしまえばいいのだ」

「あの時六角家に敗れてから久政様は何をするでもなく、六角家の肥後の下で安穏としておられる。これでよいのか」

 そんな声が上がるほどであった。この声は義賢の下にも届いたのか、はたまたあらかじめ考えていたのかどうかわからないが、賢政に六角家臣の娘を嫁がせた。要するに浅井家は六角家の下であると満天下に示したのである。

ところが賢政元服の翌年、事態は急激に動いた。賢政は家臣と共謀し久政を隠居させると妻を離縁し実家に帰したのである。そして「賢」の字を捨て新たに長政と名乗った。これは完全に六角家に対する宣戦布告である。無論義賢は怒り狂った。

「我らが庇護してやったことの恩義を忘れてこの行い。断じて許さん」

 高吉は京に滞在していたがこの一報を聞き義賢の下に向かった。だが観音寺城に入るとすでに義賢の姿はない。なんでも六角、浅井の領地の境界にいた六角方の国人が浅井家に寝返たったらしい。

「賢政殿…… いや、今は長政殿か。もしやするとあの時から計画していたのだろうか」

 そうとしか思えないほどの迅速な動きである。

 飛び出していった義賢の軍勢は長政率いる浅井家の軍勢と合戦に及んだ。そして大敗する。ボロボロで帰ってきた義賢は高吉にあわずそのまま自分の屋敷に帰っていった。佐和山城も浅井家に奪還されたようで高吉も帰る場所がない。

「こうなれば仕方あるまい。浅井家の下に向かうしかない」

 おそらくとらわれるであろうが殺されることはないだろう。そう考えてのことである。だがこの判断が思いもよらぬ出会いをもたらすことになった。


 浅井家に下った高吉は穏やかに迎え入れられた。

「よくぞ参られました。国主様が居られないのでは国も立ち行かないでしょう」

 この長政の発言が表面上だけのことであるということは高吉も十分に理解している。事実その後高吉は小谷城の一区画に移されてここで暮らすことになった。出入りする者は高吉の世話をするものだけである。国の政に関わる話などはいってこない。

「まあ、こんなものだろう」

 こうなることは十分に予想していた高吉は全く動揺しなかった。だが次に起きたことには大分驚く。

 その日久々に長政がやってきてこう言ったあのである。

「高吉様は一度も妻を娶ったことがないと聞きました。それでは京極の家が途絶えてしまいまする」

「確かにそうだな。ならば誰か養子でも探さぬと」

 長政の言い出したことは確かに事実であった。高延は行方不明でその子らの消息も不明である。高吉はもう五十を超えてしまって当時としては老齢であった。この年まで一度も妻を娶ったことがないのは六角家の厄介になっているうちは妻を娶るべきではないと考えていたのである。

 高吉は長政の考えをこう推測した。

「(どこぞの公家の娘をあてがいその子を擁していよいよ私を用済みに、という事か)」

 こう考える高吉であったが、長政は驚くべきことを言い出した。

「我が姉の鞠を妻にお娶り下さい」

「な?! 」

 なんと長政が高吉の相手に用意したのは自身の姉であった。当然高吉とは大分年が離れている。親子ほどの年齢があるだろう。

「なにを馬鹿なことを…… 」

 この長政の提案に高吉は驚くほかない。しかし長政は悠然と言った。

「姉上もすでに承知しております。婚儀については追って報せます」

 そう言って長政はそそくさと立ち去る。取り残された高吉は唖然とするほかなかった。


 婚礼の日、高吉は初めて鞠と対面した。

「お初お目にかかります。鞠と申します」

 そう恭しく挨拶する鞠。年のころは長政の三つ上だという。美しい黒髪で肌は白い。細面で気の強そうな眼をしている。何より体は大きく高吉より背も高かった。

 挨拶を受けながら高吉は素直に思ったことを口にした。

「父親より年上の男に嫁ぐことに何の疑問も持たぬのか」

 これに対して鞠は微笑んで言った。

「そうしたこともあるというのが武家の娘の習いだと皆から聞いて育ちました。たとえどのような方に嫁ごうともお家の為ならば否応があるわけないと」

「そうか…… 」

「ですがそれだけではありませぬ」

 高吉は鞠のことを一瞬哀れに思った。しかし次に出た言葉を聞いて愕然とする。

「わたくしは高吉様のことをとてもお慕いしております」

 これには高吉も言葉が出ない。そんな高吉に鞠はこう続けた。

「高吉様は戦を起こさぬために己一身で小谷に参られました。そのお姿を見てからお慕いしております」

「…… あれは所詮私にできるたった一つのことをしただけだ」

「はい。ですがそのたった一つのことをできる方が天下にどれほど居りましょうか。高吉様は間違いなく一つの争いを終わらせたのです。それは父上のような方にも、弟のような者にもできませぬ」

 自信満々に言う鞠。これには高吉声も出ない。そんな高吉に鞠は力強く微笑んでこう言ったのである。

「わたくしはそんな高吉様を側でお守りしたく思います」

 鞠はそう言い切った。これに高吉はあっけにとられるが、鞠の強い意志の宿った目を見て言っていることが本気だと理解する。そして笑った。

「そうか。私を守ってくれるか」

「はい。お側で守り続けます」

「うむ。そうだな。ならばよろしく頼む」

 高吉はそう言って鞠に頭を下げた。

「こちらこそ改めてよろしくお願いします」

 鞠も頭を下げる。そして二人同時に顔を上げて笑った。

 こうして戦国の世に一つの夫婦が誕生したのである。そしてこれはこれまで心休まることのない人生を送ってきた高吉にとって大きな」救いとなるのであった。


 夫婦となった高吉と鞠。二人の日々はつつがなく平穏に流れていった。二人は子宝にも恵まれ男児二人と女児二人を授かっている。

「この年で父親になるとは」

 我ながら気恥ずかしくなる高吉。一方の鞠はむしろ自慢げである。

「家を途絶えさせぬためには子がいてくれなければ困ります。高吉様は頑張っておられますよ」

「いや、真に強いのは其方だ。何度も苦しい思いをして子を産んでくれているのには頭が下がる」

「武家の妻として当然のことです。ですがありがとうございます」

 このように二人は仲睦まじく過ごしていたのである。

 だがこれに対して浅井家やそれを取り巻く状況は激しく変じていった。高吉が真理と結婚してから数年後、足利義輝が三好家の攻撃を受けて落命している。この際義輝の弟の義昭が窮地を脱していた。高吉はこれを長政の了承のもと支援している。六角家は三好家に味方する姿勢を見せていたので対抗手段として有用だと考えていたのだろう。やがて義昭は当時の尾張、美濃を支配していた織田信長の下に逃れた。信長は義昭を擁して上洛する。この際長政はこれに協力していた。長政は信長の妹の市を娶っており同盟関係にあったのである。高吉はこの市と会ったことはない。

「長政殿の嫁女はどのような方だ? 」

 ふと気になった高吉は鞠に尋ねる。すると鞠はこう答えた。

「大人しい娘です。線も細いので時折心配になりますが」

「なるほどそうか」

 高吉は「其方とは正反対のようだな」、と考えたが口にはしなかった。

 

 その後義昭は上洛し将軍に就任する。この時高吉は義昭面会し将軍就任を祝った。義昭は義輝に比べると体も小さく線も細い。肉付きはあまりよくなく見た目は全く義輝に似ていない。しかしその目は義輝と同じであった。

「(欲深の、野心家の目だ)」

 高吉の知る限りそうした目をしている者たちはことごとく破滅している。いやな予感を覚えた高吉は長政にこう提案した。

「私は城を出て近江のどこかに隠居しようと思う。もう私の名が必要なことなどないのだろう? 」

江北は浅井家の実効支配が長く続きもはや京極家の名も過去のものとなっている。長政も完全に京極家の存在をなくすいい機会という事か了承した。

やがて義昭は信長と対立し、これに長政も味方する。そして二人とも信長に敗れた。この時高吉は先んじて長男の小法師を信長の下に送っている。恭順を表明するためだ。これが信長に認められたからか高吉の隠居領は認められ、高吉の息子もおいおい取り立てるとのことらしい。

「小法師は信長様に気に入られたということですか? 」

「それは良く分からぬ。京極の家は古い家であるから利用価値があるということなのかもしれぬが」

「何にせよお家の再興がなされそうなのは良いことです」

 喜ぶ鞠。だがその表情は暗い。それも当然のことで信長に逆らった弟たちは皆滅ぼされてしまったからだ。

「無理をするでない。しばらくは休むとよかろう」

「ありがとうございます」

 鞠も弟たちの死はショックだったのだろう。珍しく気落ちしている。そんな妻を高吉は慰めるのであった。


 信長に下った高吉は鞠と共に平穏な日々を送った。ただ戦はまだ続いているので心休まる日々はない。そんな日々を長い年月と過ごしたある吏高吉はある噂を耳にした。そしてそれを鞠に話す。

「南蛮より渡来したキリスト教なるものの僧が説法をしているという」

「キリスト教ですか。うわさには聞いたことがありますが」

「このところ心休まることもない。気晴らしにその説法を聞いてみるのはどうか」

「良いと思います」

 このころの高吉は高齢もあってめっきり体も弱くなった。気も沈んでいるようである。そんな老いた夫の珍しく前向きな提案に鞠は喜んで賛同した。

 二人は供を連れて信長の居城である安土城の城下町に向かう。そこでキリスト教の修道院を見つけた。

「これがキリスト教の寺か」

 修道院に入った高吉と鞠は宣教師たちに快く迎え入れられた。そしてそのまま宣教師たちからキリスト教の説教を聴く。高吉はその教えになぜかとても感じ入った。

「何という心休まる教えだ。できればもっと聞きたいものだ」

「そうですね。宣教師様たちにお願いしてみましょう」

 宣教師たちは高吉夫妻の願いを聞き入れ数日間にわたってキリスト教の説教を行った。高吉はこの宣教を聞き心休まる思いになる。

「私は鞠と過ごす日々以外に心休まることはなかった。それに戦は今でもあちこちで起きて息子たちもいつ命を落とすかわからない。だがキリスト教の教えを聞いて心のざわつきが収まっていくのを感じるのだ」

 高吉と鞠は願い出てキリスト教の洗礼を受けることにした。二人はその場で洗礼を受けて入信する。その後二人そろって洗礼名を授かる予定であったが、ここで高吉の体調が急に悪くなった。

「久々の遠出で気を張りすぎたのかもしれぬ」

「これはいけません。ひとまず帰りましょう」

「いや、其方は名を授かってから戻ってくればよい。私は先に帰ろう」

 高吉は片方の供と共に帰っていった。残された鞠は洗礼名を授かる。洗礼名はマリアであった。

「素晴らしい名です。高吉様もきっと素晴らしい名を授かることでしょう」

 鞠は急いで高吉の下に戻った。ところが高吉の体調は急激に悪化していたのである。もはや動くこともできない有様であった。

「高吉様…… 」

 高吉の顔を心配そうにのぞき込む鞠。そんな鞠に高吉は力なく微笑んだ。

「どうやらここまでのようです」

「そんなことをおっしゃらずに、今少し生きて洗礼名を授かりましょう」

「いやもういかぬよ。だがこれでいい。其方と共に生きてこられただけでなく最期にもう一つ救いが得られたのだ。私のようなものの一生としては幸せすぎるよ」

 そう言って高吉は鞠に微笑んだ。今度の微笑は少し力がある。それが最後の力だというのが真理にはよくわかった。

 高吉は最期に鞠の手を握ってこう告げた。

「子らのことを頼む。今まで私を守ってくれてありがとう」

 そう言って京極高吉はこの世を去った。享年七七歳。当時としては相当の長寿である。

 この後鞠はキリスト教の教えを忠実に守りながら夫の菩提を弔い続けた。最後は次男の領地にやっかいになり、そこで静かに息を引き取ったという。

 京極家は高吉の長男と次男が戦国の乱世を生き残り、明治維新まで家を存続させた。高吉の守った京極家は長きにわたり生き残ることが出来たのである。高吉の人生は無駄ではなかったのだ。


 今回の話で高吉の妻の名を鞠としました。これは洗礼名のマリアからとったものですが、あくまで創作ですのでその点はご容赦を。

 それにしても京極高吉という人物の人生は大分不思議で、正直本人が何か主体的に行動を移したということはあまりありません。そしてそれゆえか長く生きました。ですが最後の最後で主体的に動いて洗礼を受けようと思ったらなくなるという何とも言えない物悲しい人生を送っています。運否天賦に浮き沈み。世の中うまく行かないことだらけですがその象徴と言える人生なのかもしれません。

 さて次の話は畿内の動乱に大きく関わった人物です。いったい誰なのかお楽しみに。それと来週の投稿ですがお休みさせていただきます。ご容赦を。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ