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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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村上頼勝 動じない男 第十三章

 越後に移った頼勝と堀家。しかしひそかに進んでいた謀議により窮地に追い込まれた。なんとか状況に対応する頼勝たちだが更なる苦難が降りかかる。そして新たな戦いも始まるのであった。

 秀吉の死はしばらく秘されていたが、年が明ける前には公表された。そのさい頼勝には左文字の刀が下されている。頼勝は別に秀吉個人との付き合いがあったわけでもない。丹羽家から出てからは主従と言える関係であったがそこまで深い仲でも無かった。それゆえに頼勝も遺品が下げ渡されたのは不思議である。せいぜい思いつくのは長秀が上洛しない理由を申し開きした時の振る舞いが気に入られたことぐらいである。

「あれがそこまで気に入られていたとは。思いもよらぬなぁ」

 そう考えると秀吉に対する印象も若干変わってくる。とは言え言うほど好転したわけではないが。

 さて秀吉の死後はともかく剣呑な雰囲気が流れ始めていた。主な理由は豊臣政権の運営において徳川家康と五奉行の石田三成などが秘かに争い始めたのである。一部の大名たちは家康か三成かどちらかに接近を始めていた。ただ一応五大老の一人である前田利家がうまく間を取り持っていたので決定的な対立には至っていない。

 そんな最中堀家の頭を悩ますことが起きていた。頼勝はそれを知らなかったが、秀勝から事情を教えられる。

「聞いた頼勝よ。上杉家が我らに借米の返済を求めているようだ」

「…… どういうことですかな」

 頼勝は意味が分からなかった。上杉家に年貢を持っていかれているが米を借りた事実はないはずである。

 秀勝は深いため息を吐くと事情を説明し始めた。

「堀家が米を借りた代官の河村彦右衛門という男。とんでもない奴だったようだ」

「というと? 」

「あ奴は上杉家の家老の直江殿と親しかったらしい。此度のことでも裏で通じていたようだ。あ奴は借米の証文を直江殿に渡してしまったのだ」

「何ですと!? つまりこれも直江殿の謀と」

「おそらく直政殿はそう考えているだろう。本当にとんでもないことだ」

 憮然とした表情で秀勝は言った。頼勝も同じく憮然とした表情になる。

「秀吉様が亡くなられるのを待ってこのようなことを…… 奉行の方々はご存じなのか」

「分からぬ。しかし上杉家は奉行の石田殿と親しいのは頼勝も知っているだろう」

「それはもちろん。しかし何ということを」

 頼勝は呆れ果てた。とてもではないが大大名のやることではない。だがさすがにここまでくると別のことも思い浮かぶ。

「ここまでして我らの治世を邪魔するのは、何か他に考えがあるのでは」

「うむ…… それは某も考えていた。直政殿は越後を取り返そうとしているのではないか、とも言っていた」

 これに対して頼勝は「さすがにそれは」と言いかけた。実際そんなことをすれば豊臣政権の決定を武力で覆すことになる。そんなことをすれば上杉家が取り潰されるだけだ。

「(だが、上杉家は奉行の石田殿と親しい。それに秀吉様亡き後のこの振る舞い。あり得ぬ話ではない)」

 俄かに不安を覚える頼勝。しかし情勢は頼勝の想像を超える規模で推移していく。


 秀吉の死から剣呑な空気が流れ続けていた。そんな中慶長四年(一五九九)の三月に五大老の前田利家がこの世を去る。利家は唯一と言っていい家康と三成ら奉行たちの間を取り持てる人物であった。それがこの世を去ったということは更なる政情不安定を招くことになる。

 利家が亡くなった直後、秀吉子飼いの大名であった加藤清正をはじめとした七人の武将が石田三成を襲撃したのである。理由は三成が朝鮮侵攻の際清正達の行動を歪曲して秀吉に伝え、そのため不利益を被ったというものであった。三成は襲撃をうまくかわし名案とか生き延びる。そして家康らが仲裁を行った結果三成は奉行の職を解かれて居城の佐和山城に蟄居となった。この結果ますます家康の発言権は増したのである。

 このように政権中央では波乱の展開が起きているのだが、越後の堀家ものっぴきならない事態に陥っている。堀家が上杉家、というか直江兼続から借米の返済を執拗に迫られているのは記したとおりであるが、それ以前に領民との関係も不安定なものになっていた。そもそも堀家や頼勝、秀勝は転封直後に一斉に検地をおこなっている。これにより石高は上昇したわけであるがそれはつまり税として徴収される米の量が上がったわけでもある。さらに税制も改革し新たに税がかかるものも増ええた。これに不満を持つ領民が多くいたのである。もっともこれらにはちゃんとした理由がある。

「今まで上杉家の行ってきたやり方は、戦場での乱取りでの益があってできたのだ。この太平の世ではそのやり方では家を維持できない。何より上杉家が持っていった年貢米の補填もしなければならぬのだ。だというのに上杉家の時代を懐かしむとは。致し方ないとはいえ虚しいものです」

 直政はそう愚痴をこぼした。これには頼勝も同意していたが、それが別の問題も引き起こしてしまっている。

 そもそも越後は独立性の強い領主が多数いた。それを上杉家先代の上杉謙信は圧倒的な武力が従えていたのである。その意向を当代の上杉景勝も一応引き継いで領主たちを抑えていたが、当然それらの影響力は堀家にはない。さらに越後には河村彦右衛門のように会津に向かわず残留した上杉家の家臣も大勢いた。彼らは領主たちと一緒になって堀家に反発したのである。

 ある時には堀家の居城である春日山城にまで大挙して押しかけ罵声を挙げるという事件も起きるほどであった。

「越後の地侍達は扱い難いと聞いておりましたがこれほどとは」

 直政はいまだ頭を悩ませている。尤もこれは頼勝も同じであった。

「あの者たちは秀吉様の定めた法など知らぬと平然と言いますな」

「はい。そのくせ力で抑えようとすれば天下の法などと言い出します」

「要は自分に都合の良いように進んでほしい。まるで子供ですな」

「ええ。ですが無駄に力は強い」

 ため息を吐く二人。こちらの問題もいまだ解決策は見えない。


 領内の問題で苦労する堀家と与力たち。頼勝もその一人としていろいろと苦慮してきたのだが、ここで別の問題が浮上し始めた。領内で上杉家が軍事力の強化を始めているという噂が入ったのである。頼勝はすぐに直政に報告し、秀治の下堀家重臣と与力一同が集まって会議となった。

 まず直政はこう言い切る。

「上杉家は武器や米を集めて砦を直している。それだけでなく浪人を集め新たに城まで築いているようだ。まさしくこれは戦の準備に取り掛かっているとしか言いようは無い」

 この発言に皆薄い反応であった。上杉家が軍事力を強化しているというのは越後や近隣国で公然の秘密となっている。それはだれしも理解していたのである。

 だが唯一批判的な反応をしたのが直寄であった。

「武門の家ならよき将を抱えいつ起こるか分からぬ戦の準備をするのはおかしいことではないでしょう。ことさら批判することではないと思います。父上」

「それはそうだ。しかしこの豊臣の治世において無断で戦をするなど言語道断。もし豊臣の名において戦をするのならば我らにも報せが届くはずだろう。それがないということは上上杉家の、己一人の野心のために戦をしようとしているのではないか? 」

「それは…… ですが…… 」

「それに秀吉様亡き後にこのようなことを進めるとは尋常ではない。拙者はそう思う」

 ここまで言われて直寄は黙った。納得はしていないようであるが覆すことはできないと判断したのだろう。直寄が沈黙すると次に秀勝が発言した。

「戦の準備をするというのならば相手がいるはず。いったい誰と戦をするつもりなのか」

「それについては分からぬ。だがその目標に我が家も含まれる可能性は大いにあるといってよいだろう」

 これにはその場がどよめいた。その可能性は誰もが考えていたが、まさかはっきりと口に出そうとはだれも思わなかったのである。直寄はこれに反論しようとするが頼勝の発言にさえぎられた。

「このことを秀頼様に報告すべきではないか」

 秀吉亡き後豊臣氏は嫡子の秀頼が継いでいる。もっともまだ幼児なので実権は無く、それゆえに奉行と家康の対立が続いているのだが。

 頼勝の発言に直政はうなずいた。

「頼勝殿の言うこと尤もだ。拙者は家康様に報告すべきだと思っている」

「それはどうかと思います父上。上杉家のことである以上は取次の石田殿に伝えるべきです。それが正道です」

「いや、我らが報告するのだから石田殿である必要はあるまい」

「溝口殿まで何を申されます。まずは石田殿に、でなければ長束殿はどうでしょう。溝口殿も村上殿もお親しいと聞きますが」

 そう言って直寄は頼勝に目をやった。これに対して無表情のまま頼勝はこう答ええる。

「此度の上杉家の行いは天下の政道を乱しかねぬこと。それを個人の縁に頼り申し上げるのは良いことではない。だれに報告するにせよこれを天下に知らしめなければならぬでしょう」

 こう言ってから頼勝は秀治を見た。上座で、沈黙していた秀治ははっきりと宣言する。

「私は徳川殿に申し上げるべきかと思う。そもそも石田殿は蟄居の身。もはや取次の役も解かれている。それを頼るのもおかしい話だ」

 この秀治の発言に直寄は苦虫をかみつぶしたような顔になった。主君である秀治がこういった以上は従うほかない。

「直政よ。徳川殿にこのことを報告せよ」

「承知しました。直ちにかかります」

「我ら与力も秀治様のお考えに従いましょう」

 秀勝のこの発言に頼勝も頷いた。直寄は不服そうであるが黙ったままである。ほかの重臣たちは秀治の言葉にみな納得していた。

 こうして堀家は徳川家康にこのことを報告した。そしてこれが大乱のきっかけとなるのである。


 堀家が上杉家の行状を家康に報告してからしばらく経った。堀家と上杉家を取り巻く状況は驚くほど静かである。ただ上杉家は家康から堀家の報告についての弁明を求められたという話は届いていた。

「果たしてどうなるか」

 頼勝は自領でことの動静を見つめていた。そしてある書状が頼勝の下に届く。それは家康の息子の秀忠からの物であった。頼勝と秀忠は面識がない。ゆえに私的な書状はあり得ない。おそらく家康の意を受けてのものなのであろう。秀忠からの書状は二つあり、一つは添付された書状の概要とこれからの動きに関するものである。そしてもう一つは弁明を求められた上杉家の家老直江兼続が家康に送った書状の写しらしい。その写しを読んだ頼勝は呆れかえった。

「なるほど。上杉家は家康様と戦をするつもりか」

 兼続の書状は弁明という名目であったが、内容はとにかく家康や堀家に対しての非礼なものであった。堀家や家康への侮辱と言っていい文言がならんでいたのである。この書状は堀家にも届いたようですぐに直政からの連絡が来た。

「家康様からの指示に関して話し合いたい」

 頼勝はすぐに準備を整えて春日山城に向かうのであった。


 春日山城の秀治の下に集ったのは直政をはじめとする堀家重臣たちと頼勝ら与力たち。全員がそろうとまず秀治が口を開いた。

「皆も集まったようであるから家康様からの命をまず伝える。この度家康様は上杉家に謀反の兆し有として諸大名を率い上杉家を討伐することにした。堀家、およびその与力たちはすぐに戦の準備をせよ。そして我らとは別に津川口から攻め入る様に、とのことだ」

 これに一同どよめいた。ここにきて五大老同士の軍事的衝突に発展したからである。その中でも頼勝は余り動じていない。

「(これまでのことはこのために。いよいよという事か)」

 頼勝としてはむしろ納得している。これまでの堀家への上杉家の仕打ちが徳川家との戦いの準備の一環であったことを理解したのである。そしてそれと同時にこんなことも考えていた。

「(ここまで露骨なことをすれば豊臣氏の名の下で攻撃される。それを考えなかったのか? )」

 そこは疑問である。実際家康は秀頼からの命令という体裁をとっていた。そうなればどうあがこうが上杉家に大義は無い。しかしそれが想像できない上杉家、特に家老の直江兼続ではないだろうと思ったのである。

 どよめく人々の中で一人思案する頼勝。すると直寄が進み出て秀治に言った。

「此度の戦は徳川様の振る舞いを危ぶんだ上杉様が仕組んだこと。秀吉様に恩義ある我らは上杉家につくべきです」

 この発言に少なくない重臣が同意した。上杉家にされたことはともかく家康の専横にも見える行動に不信を抱くものも居たのであろう。しかしこれを遮ったのが直政である。

「我らが真に恩義を感じるべきは亡き信長様だ。秀吉様だけではない。そこを勘違いすれば道を誤ることになるだろう」

 そう言ってから一拍間を置き、直政は言い切った。

「此度の戦徳川様の勝利は必定です。むしろここで上杉家に勝ちこれまでの雪辱を果たすべきです」

 そう言ってから直政は直寄を見つめた。直寄は動揺したのか目をそらす。おそらく内心ここで上杉家につくべきというのが無理筋であると感じていたのだろう。

 そして秀治は高らかに宣言した。

「我らは家康様の命に従いこれより戦の支度に入る。皆の奮戦を期待しているぞ」

 こうして堀家と与力たちの戦いが始まった。だが事態は思わぬ方向に進んでしまう。


 作中でてきた上杉家から家康への弁明状は世に言う直江状です。内容は弁明という名の挑発であるということはよく知られていますが、この中で堀家に言及する部分も出てきます。その内容はかなり堀家を侮辱する内容で、個人的には直江兼続の傲慢な部分が見えるなぁ、と感じる者でした。

 さていよいよ上杉家との戦いが始まるのですが、その内容は堀家に取って思いもよらぬものとなります。果たして頼勝は勝利することが出来るのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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