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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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村上頼勝 動じない男 第五章

 織田家の主導権を巡る羽柴秀吉と柴田勝家の戦い。頼勝の主君丹羽長秀は秀吉に味方し勝利に貢献した。これで天下は収まるかと思われた矢先、思いもよらぬ事態が丹羽家に起こる。そして頼勝はそこで大きな役割を果たすことになる。

 羽柴秀吉と柴田勝家の戦いは長秀の奮闘もあり秀吉の勝利に終わった。その後滝川一益も秀吉に降伏し信孝も自害する。これにより秀吉は織田家において隔絶した実力者となった。いや、もはや織田家も凌ぐ勢力になったといえる。

 勝利後秀吉は長秀など味方した織田家臣達の領地を加増した。その通達は一方的でもはや家臣に対する振る舞いである。

 長秀は越前一国と加賀(現石川県)の二群を与えられた。代わりに若狭と近江の二群は取り上げられている。長秀も家臣たちも慣れ親しんだ土地であるが、主君以下一同誰も文句も言わずに新領地に移った。もはや秀吉の権勢には逆らえるものではない。むしろ領地が増えているので喜ばしい、そう思わなければやっていられない。

 新たな領地に移る際溝口秀勝も一緒についてきた。長秀の与力という事で加賀の二群のうち江沼郡を任されるようである。そしてもう一つの能美郡には頼勝が入れられることになった。これに頼勝は若干の疑問を感じそれを長秀に尋ねる。

「能美郡を下さるのはうれしいこと。しかし順当に考えれば直政殿が一に、次いで勝茂殿。このお二方を差し置いて領地を賜るのはいささか不思議です」

「お前は本当にはっきりというのだな。それがよいところであるが」

 そう答える長秀は少しやつれている。体が悪いという話は聞かないのでおそらく新郎によるものだろう。そんな主君にいろいろと聞くのは正直気が引けるが、頼勝としては長秀の意図を聞いておきたいところがある。最近の長秀は何か生き急いでいるような感じがするのだ。

「(先の戦でのこと、勝ちにつながったとはいえあまりにも危うい行いであった)」

 そうした懸念からの質問でもある。

 長秀は頼勝のそうした懸念を察したのか観念したように言った。

「正直私も長くないのではないかと思う」

 この発言に頼勝は動じなかった。もしかしたら長秀はそう考えているのではないかという懸念を抱いていたからである。何も言わない頼勝に長秀はこう続けた。

「そうなると鍋丸が跡を継ぐのだが…… まだ幼い」

 鍋丸は長秀の嫡男である。今は十二歳。当然元服前でまだまだ幼い。

「これから先おそらくまだまだ変事は続くであろう。そうなると直政は鍋丸の側に置いておきたい。と、なると要所を任せられるのは勝成かおぬしになる」

 長秀がそこまで行った後で頼勝は平伏した。

「殿のお考え、不詳村上頼勝理解しました。謹んでお受けいたします」

「そうか。頼む」

 その言葉には力があった。長秀の魂を込めたような一言である。まだ大丈夫だ、頼勝はそう信じた。


 天正十一年の夏に越前に入った長秀たちは新たな領地を治めるべく各々の仕事に取り掛かった。頼勝も能美郡に入り領地の掌握に努める。それから月日が経ち冬になった。越前は冬になると雪深くなる。

「柴田殿もこの雪に阻まれ思うように戦えなかったのだろうな」

 頼勝は雪を眺めながらそんなことをつぶやいた。この雪に対しての備えは勝家の時代から整っており頼勝はそれを引き継ぐだけで済む。そして勝家の優秀さに思いを馳せているところである。そんな折、長秀からの伝令がやってきた。伝令は大分青い顔をしている。それが寒さのせいだと思った頼勝は暖かい茶を用意させて伝令に飲ませたが、伝令の顔は青いままであった。いやな予感を覚えた頼勝は伝令に尋ねる。

「殿に何かあったのか」

 これに対して伝令は震えながら言った。

「殿がすぐに村上殿を連れてくるようにと仰せです。大層お怒りの様子で」

「そうか」

 頼勝はそういうとすぐに出立の準備を進めた。その様子に動揺はない。伝令もあっけに取れて顔色が元にもとるほどである。

 翌日頼勝は長秀の居城である北ノ庄城に入った。少数の供を連れての強行軍である。頼勝としては長秀が何に怒っているのかわからない。少なくとも自分の落ち度は思い当たらない。だが主君である長秀が自分を呼び出したのだから急いで向かうのは当然である。そう考えていた。

 城に入ると青い顔を勝成が出迎えに現れた。

「急いできてくれたのか。本当にすまぬ。まずは一休みしてくれ」

「そうはいかぬ。殿が危急に私を呼び出したのだ。早く殿にあわなければ」

「ああ、それは良いのだ。別に頼勝殿を何か責め立てようというわけではない。ただ、その」

 そこで勝成は口ごもった。頼勝は不審に思うも勝成の言葉を待つ。やがて勝成は重苦しく口を開いた。

「少しばかり、いや大分にやっかいなことを頼勝殿に頼まなければならないかもしれん」

「さようか」

 それ以上頼勝は何も言わなかった。なんにせよ長秀にあえばわかることである。


 頼勝は城の一室で一休みしてから長秀と面会することになった。その場には重臣一同顔をそろえている。そして一様に顔を青くしていた。歴戦の勇士である直政もである。肝心の長秀の姿はまだないが、一同の表情を見て改めて何か面倒ごとが起こっていると理解した。

「(勝茂殿の言われていたやっかいなことは、相当なものらしい)」

 やがて長秀が姿を現す。その表情だがなんと笑顔である。そして座るや頼勝にこう言った。

「雪深いというのによく来てくれた。さすが頼勝であるな」

 頼勝は無言で平伏する。そして顔を上げてこう言った。

「して、私は何を成せばよいのでしょうか」

 いちいち話してもしょうがないので確信からはいる頼勝。これに長秀は満足げにうなずくと懐から書状を取り出した。手をたたいた。すると小姓が若い侍を連れてくる。若い侍は頼勝の知らない顔である。そして不遜な態度を隠さずにしていた。少なくとも丹羽家の家中の者ではない。

「おぬしが私に言ったことを頼勝にも聞かせよ」

 長秀に促されて侍は居住まいを正して懐から書状を取り出す。そしてそれを堂々と読み上げた。

「長秀殿はこの秀吉から領地を賜ったにもかかわらず礼もせず、越前に引きこもってしまった。これは真に非礼で不遜である。このような所業は侍の成すことではない。今すぐ上洛して秀吉に頭を下げて謝罪し、改めて領地を賜った礼をすべきである。今すぐに上洛せよ」

 そう言ってから侍は自慢げに言った。

「これが秀吉様のご遺志です」

 要するに秀吉は長秀に上洛して頭を下げろと言っているのであった。確かに領地を与えられたのは事実であるしそれに礼は必要かもしれない。しかしこの秀吉の言いようは名目上の同僚に対するものではない。家臣に対するそれである。

 頼勝は納得した。

「(殿はこれでお怒りになられたのか)」

 納得してから自分が呼び出された理由も何となく理解した。そしてそれが長秀の口から告げられる。

「このように秀吉は申しておる。しかし私は上洛できん。それをわかっていないようだ。悪いがこの者を連れて今すぐに秀吉に申し開きをしてきてくれ」

 この物言いに侍は驚愕していた。それもそうで事実上天下人に一番近い秀吉に大分非礼な物言いである。もっとも先の言上と同じくらいであるが。

 ともかくこの長秀の命に頼勝は即答した。

「承知しました。今すぐに準備を整えて発ちましょう。道案内は貴殿に任せる」

「せ、拙者が?! 拙者は今日来たばかりなので休みたいのだが」

 この発言に勝成が口をはさんだ。

「何をおっしゃる。頼勝殿は申し開きに行くのだから急がねばならぬ。我らの返答を秀吉様もお待ちであろう。貴殿は急いで頼勝殿共に行くべきだ」

 これに丹羽家臣一同雷同した。使者の侍は顔を青くするばかりである。

 一方の頼勝は変わらぬ様子で言った。

「では急ぎ準備を整えます。今日中には出られるでしょう。では」

 そう言って頼勝はその場を去った。長秀はそんな頼勝の背を頼もし気に見つめるのであった。


 雪深い越前を出立した頼勝たちは無事秀吉の居る大阪にたどり着いた。頼勝と供の者は平然としているが秀吉からの使者の若侍はへとへとである。おそらくは秀吉からの使者である自分は北ノ庄でもてなされるだろうとでも思っていたのだろう。それがこの扱いである。もっともそれもすべて彼の態度ゆえのことなのであるが、それをわかっているような男ではない。

「取り次いでまいる。ここで待たれよ」

 そう若侍は言った。声には怒るがにじんでいる。

「(何なら報告せず待たせようか)」

 そんなことも考えていた。もっとも頼勝にはそれはお見通しである。

「戻ってきたのならばすぐ主君に報告すべきだろう。無論我らが来たことも」

「当然だ」

「それをわざと知らせぬようなことは貴殿もせぬだろう。そんなことをして我らをとどめ置けばそれは主君の恥になる。その時貴殿はどのようなことになるか分からぬな」

 若侍の顔は一転して真っ青になった。そして急いで城内に入っていく。その際門番に一言言って頼勝たちを城内の留めの間に入れた。

 それからしばらくして若侍がやってきた。今度は勝ち誇った顔をしている。

「(すぐに顔に出てくる男だ。それではこの先苦労するだろう)」

 思わずそんなことを考えてしまう分かりやすさである。

「秀吉様はお会いになられるようだな」

「なっ! そ、そうだ。参られよ」

 今度は驚愕の表情になる若侍。頼勝はそれに黙ってついていく。ここでいよいよ村上頼勝一世一代の舞台が幕を開けることになる。


 秀吉の下に通された頼勝はゆっくり平伏する。上座でくつろいだ様子の秀吉はにやりと笑ってこう言った。

「よう来たな。して長秀の詫びを聞かせてくれるかのう」

 大阪城の巨大な謁見の間にはおそらく秀吉に挨拶しに来たのであろう諸侯が並んでいた。みな緊張した面持ちで頼勝を見ている。この頼勝の返事如何によって今度は丹羽家が秀吉に攻められることになるであろうからだ。

 諸侯に見つめられて平伏していた面を上げた。その顔を見て少なくない諸侯がうなる。頼勝の表情には一切の怯えも不安も見られなかった。ただまっすぐに秀吉を見つめている。秀吉も驚いていた。

「(ほう。どうやら慌てて儂に詫びをよこしたわけではなさそうだ)」

 秀吉は長秀が詫び言を使者に言わせに来たと聞いていた。だが頼勝のこの様子ではそうではないという事がわかる。

「まず申し上げたいことがございます」

「何だ? 」

「我が主君丹羽長秀様も、我ら丹羽家中の者共も秀吉様に詫びることなどありませぬ」

 これにその場がどよめく。秀吉も予測していたがこうはっきりと言われると思っていなかったので驚いた。そして頼勝はどよめく一同を気にせず一気に述べる。

「我が殿は越前に移って以来新たな領地を治めて民を安寧に導くために専心してまいりました。そのため国務に多忙であります。また今は雪も深く天下に名だたる大名である我が殿が上洛するには困難な状況にあり拙者とわずかな供が参るのでやっと。それに天下は秀吉様がいよいよ手中に収められましたので、安心しておられました。だというのに無理に出てきて礼を述べよというのは無理難題にございます」

 頼勝は表情を変えず、一切の動揺もなく言い切った。この頼勝の物言いに秀吉は何か言おうとするが、これを遮るように頼勝はさらに続けた。

「そもそも先の戦で勝ち秀吉様が天下人になられたのは我が殿の働きがあってのこと。それも同輩であったのを秀吉様が天下人になられる器と信じ御味方して旗下に入った殿の心意気にございます。それを忘れて使者を送り無礼なふるまいをさせて責め立てる。この非道について再びお考え下さい」

 そこまで言い切ると頼勝は再び平伏した。その場の一同誰もうなることも驚くこともなく静寂に包まれる。異常な緊張感がその場を支配した。だがその緊張感を切り裂くような大音声の笑い声がその場に響く。笑っているのは秀吉。

「かっかっかっかっ。まったく見事である。よくぞ申した。いや、まったくおぬしの言うとおりだ。これは儂の非礼であった。いやあ、すまぬすまぬ。長秀殿には全く申し訳ない」

 そう言ってから座りながら頭を下げる。これには一同驚愕する。頼勝以外は。

 頼勝は座りなおすと秀吉に言った。

「いえ、ご理解していただけたのならばそれでよいのです。むしろこのように急に押しかけての物言い。これは拙者の非礼にございます。ご容赦を」

 そう言って頭を下げる頼勝。これを見て秀吉は大いに笑うのであった。

 こうして頼勝の申し開きは無事に終わった。秀吉は長秀の上洛は長秀の好きな時でいいとして頼勝を返す。越前に戻った頼勝は長秀や直政たちに温かく迎え入れられた。

「よくやった。さすがは頼勝だ」

 そう言って頼勝を褒める長秀。直政や勝成たちも口々に頼勝を称賛した。頼勝もおおいに満足である。

「これよりも長秀様の御為に働きまする」

 そう新たに決意する頼勝。しかしその誓いを打ち壊してしまう事態がこの後起きてしまうのであった。


 ぶっちゃけた話ですが村上頼勝の人生において最大の見せ場が秀吉に対する申し開きです。当時の価値観を考えると名誉というのはかなり重要なもので、今回は主君が侮辱されたわけですから頼勝の怒りも相当なものであったと思います。ゆえにあれだけ堂々とした振る舞いができたのではないかとも思いますね。

 さて頼勝のおかげで窮地を乗り越えた丹羽家。しかしこの後一転して悲劇が襲い掛かります。いったい何が起こるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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