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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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村上頼勝 動じない男 第三章

 丹羽長秀の下で働く頼勝と同輩や後輩たち。そしてそれを見守る先達たち。鋼の結束で乱世を歩む丹羽家であるがある時代の大事件にかかわることとなる。それが丹羽家に何をもたらすのか。

 信長の上洛以後織田家は勢力を拡大していきやがては室町幕府を滅ぼすに至った。そして新たに天下を統べる勢力になるため、天下統一を目指し敵対する大名との戦いに明け暮れる。その過程で信長は組織の再編を何度か行っていた。

 天正九年(一五八一)のある日、溝口秀勝が難しい顔をしているのを頼勝は見た。頼勝が話しかけようとすると長秀が現れる。二人は少し話すと緊張した面持ちで部屋に入っていった。頼勝はその場に立ち尽くして秀勝を待っているわけにはいかないのでその場を去る。だが秀勝の難しい表情が忘れられない。

「(何やら秀勝殿の身か丹羽家に大事が起こったのではないか)」

  心配する頼勝だが確かめるすべがないのである。そういうわけだからとりあえず忘れようと考えた。ところがその理由は秀勝自身の口からきくことになる。

 それから数日後、頼勝は秀勝に呼び出された。二人きりで話したいとのことである。以前のこともあったから少し不安を覚える頼勝。実際対面した秀勝は前と同じ難しい顔をしていた。だが呼び出し建前黙っているわけにもいかないという事か、ゆっくりと口を開く。

「急に呼び出して悪かった。本当は直政殿や勝成にも話しておこうと思ったのだが忙しそうでな。急ぐ話であったのでこうなった。すまん」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。そしてこう言った。

「某は信長様の直臣になることになった」

 こう言われて頼勝は動じなかった。むしろ秀勝が難しい顔をしていたのは何か不幸な出来事でも起きたかと思っていたのである。だが秀勝の言っていることを素直に理解すれば単純な出世である。

「それはめでたきことで」

 素直にこう返されて秀勝は面食らったようであった。だがすぐに苦笑してこう言い返す。

「確かにめでたいことではあるな。だがまあいろいろと事情がある。ゆえに難しく考えていたのだが、おぬしの前では形無しだな」

「秀勝殿の御出世なら丹羽家の家中で喜ばぬものはいないでしょう。しかし秀勝殿は快く思っていないのでしょうか」

 頼勝の問いに秀勝は少し考えてから言った。

「まあ出世ならば喜ばしいことである。しかし長秀様の下から離れるとなると正直不安が勝っていてな」

「長秀様はなんと申されたのですか」

「喜んでおられたよ。だがどうも任される仕事が某には面白くなくてなぁ」

「任される仕事? 」

「某は信長様の直臣となり長秀様の与力になる。となれば長秀様のことをいろいろと信長様に報告せなければならぬ」

「なるほど…… 」

 新たな仕事でかつて自分が仕えていた主君のことを監視する。確かに面白くないことではあるだろう。

「此度のことも急に決まったのだ。信長様は英明であらされるがいささか決断が急すぎると思うときがある。長秀様やほかの方々も大変であろうな」

 秀勝はなんとなしにつぶやいた。頼勝も確かにそうかもしれないとうなずく。二人とももしかし付いていけなくなる人も出てくるかもしれないと考えた。とは言え大それたことをするものなどいないだろうとも考えている。このまま織田家の天下が確立するだろう。そう頼勝も秀勝も考えていた。


 天正十年(一五八二)長秀は四国征伐軍の副将の役目を与えられた。この四国征伐軍は信長に従わない長宗我部元親を攻めるためのもので主将は信長三男の信孝である。信孝は若く四国の大半を制圧した名将の元親を相手取るには信長も不安であったのだろう。そこで歴戦の勇士であり信頼もしている長秀に信孝の補佐を任せたのである。

 この際に長秀は自分の兵をあまり連れていかないことにした。主な兵は信孝の領地や近隣の領主から集めるらしい。さらにそこに長秀のほか複数の将が加わり軍勢を編成するようであった。此度の大将は信孝であるためあまり丹羽勢が目立ってもよくなかろうと言う長秀の配慮である。

「長宗我部の兵は精強らしい。しかし我らも負けてはいない。必ずや勝って見せる」

 そう言って長秀は出陣していった。そして若狭に残ったのは坂井直政をはじめとした重臣たちと長束新三郎、江口伝次郎などの若者たち。無論頼勝も勝成も残っている。なお新三郎と伝次郎は元服しそれぞれ長束正家、江口正吉と名乗っている。以後はそれで通していきたい。

 さて居残り組となった面々であるが考えていることは各々違った。正吉は分かりやすく不満を述べている。

「殿のおっしゃられることはもっともであるが、槍働きの機会が奪われたのはいささか悔しくあるな」

 これをなだめたのは勝成である。

「まあそういうな。此度の戦は信孝様の戦。殿の役目はそれを支えることなのだ。我らが手柄をたてるわけにもいかぬまい」

「勝茂の言うとおりであるな。儂は正家を連れていくものかと思ったが違ったな」

「私ですか? 直政様」

 直政の物言いに驚く正家。それに対して正吉は不満顔で言った。

「こ奴を連れていったところで戦の役に立ちません。まあ兵糧がどれくらい必要かとかそういう勘定なら多少は役に立つのでしょうが」

「ならばお前以上に役に立つという事だな。お前も最近は頭を使うようになったが猪なの

は変わらんからな」

「何だと…… 」

「これこれやめぬか」

 喧嘩しそうになる二人をなだめる勝成。一方頼勝は直政に尋ねた。

「何故正家が連れていかれると思ったのですか? 」

「ああいう大戦だ。正吉の言う通り兵糧の計算などが重要になる。正家はそこに優れているからな」

「左様ですか。おい正吉。お前の見立て通りだぞ」

「だからやめぬか。おぬしたち」

 長秀の留守中こうしたやり取りは何度もあった。それがなんとも頼勝には心地よい。

「(このまま長秀様の下でこうして肩を並べていられれば良いが)」

 そんなことを考える頼勝。じつはその内には言い知れぬ不安がある。だがそれに気づかぬ頼勝であった。

 長秀不ともかく長秀不在の間も留守をしっかり勤め上げる固い頼勝たち。だがこの直ぐ後に大事件が起き頼勝たちの人生も狂わせていくことになる。


 その報せを持ってきたのは溝口秀勝である。秀勝は応対に出た頼勝に焦りを抑えながらこう言った。

「すまぬ。直政殿達たち主だった重臣を集めてくれ」

秀勝来訪の前には若狭全体に不穏な気配が流れていたのを頼勝は感じ取っている。そして秀勝が自らやってきたことで何か異常な事態が起きたのだと理解した。

「(まさか長秀様の身に何か…… )」

 頼勝は長秀の身に何かあったのではないかと不安になる。だが何があったにせよ秀勝の言う通り重臣を集めなければならない。頼勝は一切の動揺を表に出さず迅速に直政などの主だった家臣達を呼び出した。そして皆がそろうと秀勝はゆっくりと口を開く。

「急に皆を集めて申し訳ない。だがこのことをまず皆に知らせなければ長秀様への不義理になると考えてな」

「それはありがたい。して何があった」

 緊張した面持ちで直政が尋ねる。それに対して秀勝ははっきりとこう言った。

「京、本能寺で信長様が討たれた。ご嫡男の信忠様も二条御所で討ち死にされた。下手人は、明智光秀殿。つまり光秀殿の謀反だ」

 秀勝が言い終わる前にその場は騒然となっていた。長秀の主君である織田信長が討たれた。それだけでなく嫡男である信忠も討たれ、挙句重臣であり信長の信任も厚かった明智光秀が謀反を起こしたというのである。簡単に飲み込めるものではない。直政も勝成も絶句していた。

 頼勝も内心動揺していたがそれを必死に抑えて秀勝に尋ねる。

「秀勝殿を疑うわけではないのですが、それは真のことですか」

「頼勝のいう事ももっともだ。だがこれは真のことだ。拙者は信長様の直臣になってから京に連絡役を置いていたのだが、その者が某に報せに来てくれたのだ。まず間違いないとみてよかろう」

「長秀様のことは何も分からぬのですか」

 秀勝は答えずに首を縦に振った。おそらく京の情報を得るのに必死だったのだろう。今長秀は四国にわたるために和泉(現大阪府)で準備をしていたはずだ。若狭と和泉は京を挟んで代々反対の位置にある。そこの情報を得てからここに来たのでは遅いと判断したのだろう。ともかく分かっているのは信長、信忠親子が死んだことと光秀が謀反を起こしたことのみである。

 ここでさっきまで絶句していた直政が口を開いた。

「秀勝よ。このことはほかの重臣の方々には報せたのか」

「いや、この報せを届けた某の家臣は朽木谷を抜けてきたらしい。とりあえず羽柴殿の長浜には報せようと考えているが羽柴殿は中国で戦っているからな」

 この時羽柴秀吉は中国地方で戦闘していた。ほかの重臣だと柴田勝家がいるが、勝家も越後(現新潟県)に向けて侵攻しているところである。

 直政はしばし考えてから秀勝に言った。

「とりあえずこのことを柴田殿に伝えるべきだ。もうすでにほかの者が向かっているかもしれないが念のためだ」

「心得た。それに関しては某が引き受けよう」

「ならば我らのやることは変わらず殿の留守を務めることですな」

 勝成も冷静さを取り戻したのかそう言った。これに頼勝もうなずく。信長の死亡という大事件の情報が広まれば若狭含む織田家の領国で不測の事態が起きかねない。

「長秀様のことは…… ひとまず無事を信じるしかないか」

 ぽつりと頼勝は言った。これに皆沈痛そうな顔で頷く。実際現状和泉まで行って長秀の無事を確かめる余裕はない。

 ともかく今は長秀不在の若狭を守り抜くこと。それが頼勝たち丹羽家臣の役目である。


 勝家への連絡を秀勝に任せた頼勝たちはほかの家臣達にも現状を伝えた。そして直正と勝成は正吉を連れて若狭周辺の防備を固める。現状京は明智光秀に制圧されていて近江の情勢も不安定であった。近江には長秀の領地があり佐和山城を中心に守っている。しかしそちらには主だった家臣はおらずいささか防備に不安があった。

「俺だけでも佐和山城に向かうべきではないでしょうか」

 正吉はそう訴えたがこれは直政に却下されている。

「明智の軍勢が近江に向かっていると聞く。佐和山城の衆には危険と感じたら城を捨てで出て構わぬと儂が命を出した。今は若狭を固め柴田殿の来援を待つべきだ。長秀様もそれは分かってくださるはず」

 直政にそう言われたら正吉も受け入れるしかない。

 さて直政と勝成、正吉が周辺の警備に向かっているころ頼勝は正家を呼び出した。

「お前の知恵を借りたい」

「頼勝様の頼みなら何なりと。して、借りたい知恵とは? 」

「若狭衆の動きを悟られずつかみたい」

「なるほど」

 頼勝が警戒していたのは丹羽家臣団のうちにいる若狭衆、つまりもともと若狭にいた武将たちであった。彼らの大半はもともと若狭守護であった武田元明の家臣である。しかし武田家は朝倉家に敗れ支配下に入り、その後朝倉家が織田家に滅ぼされるとその支配下に入った。そして今は丹羽家の家臣という扱いになっている。だがこの扱いを元明が不満に思っているという話を頼勝は聞いていた。

「武田家と言えば源氏の名門。しかしよくよく縁のある名だ」

 その昔に頼勝が故郷の信濃を追われたのは甲斐の武田家に攻め込まれたのである。今はその武田家とは別の武田家の上に立っているというのは何とも不思議な状況であった。

 それはさておき頼勝は元明がこの機に動くのではないかと睨んでいた。光秀は織田家に謀反を起こした以上味方を欲しがるはずである。そこで元明を味方につけ若狭で挙兵させることは戦略的に在りえた。

 頼勝や直政、勝成はそれを見越してあえてこの事態を元明含む皆に打ち明けたのである。これに対する元明の反応や配下の若狭衆の動きを見て行動するつもりであった。

 こうした計算を正家はすぐに見抜いた。

「すぐに探りましょう」

 正家の調査は迅速に終わった。それによると元明はすでに光秀からの使者と面会したようである。その内容は不明であったがおそらくは挙兵をそそのかされたのだろう。そして若狭衆と密に連絡を取っているようである。だがこれがあだとなった。

「頼勝殿。粟屋殿や熊谷殿が屋敷に籠ってしまいました」

「なるほど。元明殿の味方はせぬが敵もせぬという事か」

 そう言ってから頼勝は少し思案する。

「こうなれば元明殿の謀反の企みは明白だな。こうなれば捕らえてしまうか」

「それがよいと思います。ことは迅速に運ぶべきかと」

「そうだな」

 頼勝は決心した。そしてすぐに自らの家臣と兵を集めて正家と共に元明の屋敷に向かったのである。ところがここで思いもよらぬ事態が起きた。武田元明はすでに一族郎党を連れて若狭から出ていってしまっていたのである。それには元明に味方するつもりだった若狭衆も同行しているようだった。

「いったいどこに向かうのでしょうか」

 訝しがる正家。だが頼勝にはわかった。そして苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

「おそらく佐和山城だろう。明智殿の近江の足掛かりを作りに行ったのだ」

 これはまさしくその通りで佐和山城は元明率いる若狭衆の攻撃で落城してしまった。ところがこの直後信じられない報せが秀勝から頼勝たちの下に入る。

「元明殿が佐和山城を捨てて逃げていったそうです」

「なに? いったいなぜだ」

 直政が代表していった疑問に秀勝はこう答えた。

「どうも明智殿が討たれたようです」

 この答えに一同絶句した。ともかく頼勝たちの訳の分からぬまま明智光秀の謀反は終わったのである。


 戦国塵芥武将伝も長く続けてきましたが本能寺の変はともかくよく出る事件です。それは多くの人々の人生に関わり大きく変えていったわけですから当然と言えますが、特に丹羽家に関しては長秀以下大半の人々の人生を大きく変える事件でもあります。それについては次回以降となりますのでお楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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