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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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村上頼勝 動じない男 第一章

村上頼勝は信濃村上家の流れをくむ男である。その人生はなかなかに激動であった。

 戦国時代というのはあちこちに艱難辛苦に満ち溢れていた時代である。成り上がったものが身から出た錆で破滅することもあれば、主君が家臣を殺しその子に討たれることもあった。そして代々その土地を支配してきた一族はよそからやってきたものに敗れて土地を追われるというのもよく起きたことである。信濃(現長野県)の村上家もその一つであった。村上家は侵攻してきた甲斐(現山梨県)の武田信玄に敗れて代々守ってきた土地を追われている。一族も離散して様々な土地に流れていった。

 村上家の分家に生まれた頼勝も信濃を追われた一人である。頼勝は生まれた頃より厳つい顔立ちで実際の年齢よりいくらか老けて見える。体格はそれ程優れておらず小柄であった。だが体は引き締まっていてかつ骨太の頑強な肉体であった。普段から無口で大人しくしていることが多いが何とも言えない存在感を常に放っている。

さて頼勝の家は小さく本家とは雲泥の差であった。それでも頼勝の父は武田家と立派に戦い命を落としている。その時頼勝は母の妙とわずかな家臣と共に屋敷に残っていた。やがて父の死を知らされたが頼勝は全く動じない。

「父上はご立派であった」

 その一言だけをつぶやいた。とても元服前の子供の発言ではない。しかしこれで嘆いていた母やうろたえていた家臣も落ち着きを取り戻す。

「我が子ながらこの落ち着き用。まさしく将の器。これならば旦那様も心穏やかに冥途に行けます。まずは家名を残すためにも生き延びなければなりません」

 落ち着きを取り戻した妙は家臣に指示を出し信濃から脱出することを決めた。そして自分の遠縁である尾張(現愛知県)の戸田家との縁を頼ることにする。

 信濃から尾張はなかなかに距離がある。その上山道であった。敵から逃れるにはもってこいであったが過酷な旅になる。途中家臣が脱落することもあった。しかしそんなときでも頼勝は動じない。何も言わず黙って山道を母の手を取り進む。妙も弱音を吐かずむしろ家臣達を叱咤激励して奮い立たせた。

「これしきの苦難で負ける我々ではありません。皆ほどの忠臣たちであるならばこの困難にも勝てるはずです」

 妙がこういうと決まって頼勝は自ら先頭を進んでいった。自分についてこいと言っているようである。そんな二人の姿に家臣たちは勇み付いていった。

 やがて政之助一行は尾張にたどり着く。家臣は減ったが頼勝も妙も残った家臣たちも皆健勝であった。ここから頼勝の新たな人生が始まることになる。


 無事尾張にたどり着いた頼勝たちであるがここで早速問題が発生した。というのも頼った先の戸田家からとてもではないが養えないと言われたのである。

「我らとしてもお助けしたいところであるが食い扶持は我らの分だけで手いっぱいにござる。申し訳ない」

 そもそも戸田家は尾張の大名の織田信長の家臣の丹羽長秀の家臣である。長秀は信長の股肱の臣で重用されているがそこまで大きい領地はない。ゆえに戸田家の領地も大して大きくないのである。

 それでも最低限の食い扶持ぐらいは用意してくれた。とりあえず糊口はしのげるだろうがそれではどうしようもない。差し当たって食い扶持を減らすために妙は出家することにした。

「頼勝。これよりは其方が主として家臣達を導いていくのですよ」

「わかりました。母上」

 母が出ていくというのに泣き顔すら見せない頼勝。家臣たちはさすがに妙を不憫に思うがむしろ妙は誇らしげであった。

「武士の子が母から離れるからと言って悲しんではなりません。むしろここで動ぜぬ姿を見せぬのことこそ一家の主にふさわしき姿」

 強がりでも何でもない子の妙の言葉にむしろ家臣たちは感じ入るばかりであった。その後妙は尾張の寺に入り尼となる。妙が出ていった後で頼勝はこう言った。

「戦で手柄を挙げて領地を持てば母上を戻すこともできるだろう。皆力を貸してくれ」

 そう言って頼勝は頭を下げる。幼い主君の思わぬ姿に家臣たちも改めて一致団結するのであった。

 

 妙が尼になってからそれほど立たない頃、頼勝たちに好機が訪れた。このころ織田家は隣国である美濃の斎藤家との戦に明け暮れている。無論そこに丹羽長秀も出陣したし戸田家も出陣した。

 そして今回の合戦には戸田家の嫡男である戸田勝成が初陣することになった。するとこんなことを頼勝たちは頼まれる。

「若殿の初陣に万が一のことがあっては戸田家の未来に差し障る。村上の衆も我らと同陣し戦ってはくれぬか」

 この依頼に頼勝の家臣たちは勇躍した。勝成を守って戦い武功を挙げれば戸田家の家臣として取り立てられるかもしれない。そうなれば現状の冷や飯食いの境遇からも脱出できるからである。

 さていざ出陣の日となって家臣たちは驚いた。なんと頼勝も戦支度をしていたのである。

「若。無理をなさってはいけませぬ」

「左様にございます。ここは我らに任せ吉報をお待ちください」

 家臣たちは頼勝を止めたが頼勝は聞かなかった。

「此度の戦が私の家の大事であるのは分かっている。そこに主である私がいなくではいけないのではないか」

 こう言われては家臣達も黙るほかない。こうして頼勝は初陣を飾ることになった。


 合戦の場で家臣たちは頼勝にこう言った。

「戦は我らで行います。若様は控えていてくだされ」

 これに頼勝は黙ってうなずいた。そして勝成ともども後方で待機する。ところが今回の戦は手ごわい敵であった。一進一退の攻防を繰り広げやがて丹羽家の軍勢は追い詰められてしまう。頼勝と勝成が待機している本陣にも敵の手が及んだ。雑兵が陣幕を破り殺到してくる。勝成は動転し震えながらも下がらず槍を取った。一方の頼勝は震えすらせずに槍を取ると無造作に雑兵の一人を突き刺す。当たり所がよかったのか雑兵は血を噴き出して倒れた。

「うむ」

 子供とは思えぬ落ち着きぶりで頼勝は槍を別の雑兵に向けて突く。雑兵はこれをかわそうとするができず足を刺された。すると頼勝は勝成を促す。

「勝成殿。今です」

「お、おう」

 勝成は足を刺された雑兵を突き刺した。槍は見事首に突き刺さりこちらも地を噴き出して倒れる。雑兵たちはあっという間に二人を、しかも子供に倒されて動転して逃げていった。

 それを見送って勝成はその場にへたり込む。一方の頼勝は槍を見てこう言った。

「戦とはこういう事なのか」

 それがどういうことなのか。周りにいた家臣達にも勝成にもよくわからなかった。その後に分けは押し返し、最後は織田家の勝利で合戦は終わる。ともかくこうして頼勝の初陣は終わった。


 合戦が終わると論功行賞が行われる。今回の合戦は丹羽家の活躍が大分評価された。そのため少しばかりではあるが与えられる扶持も増えたようである。長秀も大分にご機嫌で特によく働いた戸田家の面々を褒めた。ただ村上家の人々は頼勝含めて後ろに控えている。正直不服そうな表情をしていた。確かに命がけで戦い戸田家と共に活躍したのにこの扱いなのだ。もっとも頼勝は相変わらず無表情で鎮座している。

 長秀は戸田家の面々を集めてほめたたえた。

「皆の者よくやった。特に戸田家の者共は一度押し込まれたにもかかわらずよく盛り返したものだ。これからも頼むぞ」

 そう言ってから勝成に目をやる。

「其方は初陣であったようだが槍をよく振るい敵を押し返したそうだな。見事だ」

「は、はい。ありがたき幸せにございます」

 緊張しながらも勝成はそう答えた。その初々しい様子に長秀は目を細める。戸田家臣団も若君が褒められて誇らしげである。だが勝成の様子はどこかおかしかった。緊張のせいではなく何か言いたげなのである。長秀はそれに気づいた。

「何か申すことがあるのか」

 こう問われた勝成は勇気を振り絞ってこう言った。

「こ、此度の戦で私よりも堂々と初陣を務めた者がいます」

「ほう、それは誰だ」

「あちらに控える…… 村上頼勝殿です。私の槍働きは頼勝殿の助けがあってのこと。頼勝殿がいなければ私は死んでいました」

 この勝成の発言に戸田家の面々も村上家の家臣たちも驚いた。だが頼勝は動じていない。変わらず鎮座している。

 そんな頼勝を長秀が見た。そして手招きをする。

「こちらにおいで」

 頼勝は立ち上がり一礼すると勝成の右後ろに座った。すると長秀は勝成の隣を指さす。

「そこに来るがよい」

 そこで珍しく頼勝の表情が変わった。戸惑っているようである。

「頼勝殿。こちらに」

 勝成に促されて頼勝は隣に移動した。そして長秀は頼勝に問いかける。

「名は、なんと申す」

「村上頼勝にございます」

「生まれはどこだ」

「信濃の奥深く。主が戦に敗れ父が死にましたので戸田殿を頼り逃げてきました」

「そうか。今は戸田家の厄介になっているのだな」

「はい。今回の戦でわずかでもその恩を返そうと槍を振るいました」

 若い、というよりまだ幼い頼勝の堂々とした受け答えであった。その姿を見て長秀は満足げにうなずく。

「良き若武者だ。おぬしのような者が我が家にいれば百人力よ。これよりは戸田家と並びに分けに尽くしてくれ」

 この発言にどよめきが広がる。頼勝も驚いた様子であった。

「そ、それは…… 」

「其方らに扶持を与えよう戸田家には劣るが十分なものだ」

「あ、ありがとうございます…… 」

 頼勝は額を地面にこすりつけて平伏した。そして号泣する。そしてそんな幼き主君の姿に村上家の家臣たちも号泣した。こうして頼勝は丹羽家の家臣になることが出来たのである。


 頼勝たちは無事丹羽家の家臣になることが出来た。このことに頼勝は先ず勝成に礼を述べる。

「勝成殿の言葉がなければこうなることはありませんでした。これまで我らを養ってくれた上にこの好意、本当にありがとうございます」

「気にすることはありません。むしろあそこで頼勝殿が槍を振るってくれたからこそ私も生き残り手柄をたてることが出来ました。ありがとうございます」

「これよりは同輩としてよろしくお願いします」

「勿論。共に丹羽家を盛り立てていきましょう」

 そう言って二人は固く手を握るのであった。

 頼勝の初陣の戦いの後、織田家は美濃の攻略に本腰を入れて言った。やがては斎藤家を追い出して美濃を制圧する。これにより織田家の戦いもひと段落突いた。そんなとき前将軍の足利義輝の弟義昭が信長に助けを求めてきた。義昭は兄の仇を討ち将軍に就任するために信長に助けを求めてきたのである。信長はこれを了承した。

 信長は義昭を擁して上洛することを決定する。この上洛の軍勢には丹羽家も参加することになった。無論村上家も戸田家も長秀に率いられて出陣する。

「まさか京に向かうことになるとは思いもよりませんでした」

 勝成は心底驚いたように言った。このころには家督を譲られて戸田家の当主となっている。だが頼勝との関係は変わらず仲が良い。

「道中には信長様に仇成すものも多いと聞きますからやすやすとは上洛できないのでしょうな」

 つらつらと話す勝成。それに頼勝は無言で頷く。傍から見れば会話が成り立っているようには見えないが、この二人はそれが成立している。何とも不思議な関係であった。

「殿も柴田殿と共に先陣を仰せ付けられたようです」

「そのようで。しかし我らのやることは変わりません」

 頼勝は力強く言った。これに勝成もうなずく。

「先陣を務める殿の槍として敵を討つ。それだけですな」

「その通り」

 実際に丹羽家は上洛を阻む六角家との戦いで城攻めを申し付けられた。この時長秀は同輩の木下秀吉と共に奮闘し、見事に城を落とす。この時頼勝と勝成が見事な戦いを見せたのは言うまでもない。

 その後信長は六角家を破り見事に上洛を果たした。もっとも洛中に入ったのは長秀ら重臣と信長旗下の直属の将兵たちだけであり頼勝ら陪臣たちは洛外までである。

 頼勝にしてみれば故郷の信濃からは大分遠いところまできた。家臣を守り、家を再興することに精いっぱいであった数年前がはるか昔に思える。

「この後いったいどうなるか」

 内心平穏など来ないという事は理解している頼勝。しかしこの後起きることは頼勝の予想をはるかに超えたすさまじい激動の時代であった。

丹羽長秀は織田家の重臣として知られています。無論その下には名のある侍も多くいたわけですが、今回の頼勝もその一人です。そんな頼勝ですが出自が非常にあいまいで、信濃の村上家の出身であるとは言われていますが本家である村上義清との関係はよくわかりません。また今回出た戸田家との関係も不明なのですが、一説には今回登場した戸田成勝が父親で、母親は義清の娘という説もあります。今回は話の都合上勝成は同輩という事にしました。その点はご容赦を。

 さて信長の上洛により頼勝の人生は更なる激動に入ります。いったい何が待ち受けるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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