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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第十五章

 三好三人衆と松永久秀の和睦。この思いもよらぬ事態にさしもの長房も困惑した。だがこれが好機なのは言うまでもない。長房はこの機を逃すまいと働くが思いもよらぬところから窮地に追い込まれる。

 元亀二年も終りが近づく中、長房は畿内を転戦することになる。情勢的は三好家の有利であり織田家も思うようには動けないようだった。これは好機である。しかし長房にはどうしても気になることがあった。それは少し前に久秀にこんなことを言われたからである。

「このところ義昭様と信長殿の仲が大分に悪いようです」

 久秀はそう薄ら笑いを浮かべながら言った。長房としては真意が測りかねる。

「それは我らにとって良い話。しかしなぜその話を今するのです? 」

「いえなに。ことによれば我らにとって都合の良いように動くかもしれぬという事です」

 そう言われて長房は胡乱な顔をした。長房にしてみれば義昭も信長も敵である。仲たがいの隙をつくならわかるが久秀の言おうとしていることはそうでないように思えたからだ。

「久秀殿。何を考えている? 」

「私が常に考えているのは我が家と、三好家が末永く続くことのみですよ」

 そうにやりと笑って久秀は言った。その言葉に嘘はないように聞こえる。しかしその中に何がしかの企みがあるというのも感じ取れた。

 長房は念を押すように久秀に言う。

「久秀殿のその言葉に嘘はないように私は思っている。しかし何かたくらみがあるのならば私や康長様にお話をしていただきたい」

「それそうですな。しかし何分少し前まで道をたがえていた者同士。急に通じるようになっても快く思わぬ方が居られましょうて」

 快く思わない方、それが誰を指すのかよく分かった。

「(久秀殿はまだ長逸殿を嫌っているのか。まあそれは当然のことであるしお互いさまでもあるしな)」

 長房は上陸してから長逸供面会している。その時長逸はこう言った。

「義継様はともかく松永と手を組むのは正直腹立たしい。だが義継様は松永をかなり信頼していてな。松永を重く用いぬのなら手は組めぬと言っている。まったく、いったいどうやってあそこまで義継様を篭絡したのか。まあいい。ともかくこうなれば松永も利用し戦で勝ち抜くのだ。そうすれば奴も抑えられる」

 長逸は憤懣を隠さずに言い切った。まったく久秀を信頼していないようである。まさしくお互いさまであった。

「(松永殿はおそらく義昭様と通じているのだろう。それなのに我らと手を組んだ。まさか三好家を義昭様の下に置くつもりか? )」

 長房の内心には久秀への不信が渦巻いている。少し前まで敵対していたのだから当然と言えるが。


 長房は畿内に駐留したまま年を越した。そして年明け早々畠山秋高が三好家に通じた家臣に暗殺されかけるという事態が起きる。その後も三好家と畠山家との戦いは継続し、長房は主にその後方支援に動いていた。だがこの状況に不満を抱くものがいる。長房の息子の長重だ。

「父上。畠山家との戦は本家の方々や松永殿だけで充分なのでは。摂津の衆も我らの味方であるし。我らが畿内に残らなければならぬ理由もありませぬ」

 長重は三年前に元服した若武者である。長房に似て聡明で勇猛な若者であった。ゆえにこの現状に対して疑問を抱き、恐れることなく父にぶつけることが出来たのである。

 長房はこの長重のまっすぐな姿勢を内心喜びつつもこう反論した。

「我らは現状義昭様とも敵対している。織田家が近江の攻略に専念しているとはいえ援軍を送らないとは言い切れない。我らは不測の事態に備え、にらみを利かせる役目があるのだ。それはいつか我らの勝利につながることでもあるのだ」

 この理屈で長重は納得すると長房は考えていた。実際に長重は長房の言葉に深くうなずいている。しかし神妙そうな顔でこう言った。

「父上の申すことはまったく正しいと思います。しかし阿波では畿内に残り続けることに異議を唱える方がいると聞きます」

「…… それは誰が申したのだ」

「一部の将が申しておりました。父上のお耳に入れるべきことではないと思いましたが、率いる方々の声も知っておくことがよき将の証とも思いまして」

「いらぬことを心配する出ない。京はもう休んで明日に備えよ」

「承知しました」

 長重は素直に立ち去っていった。しかし秋保殿長重の言葉には真心と心配がこもっている。それはとても理解できたし父としては相当にうれしいものだ。。しかし出てきた言葉はむしろ長房にとってはあまり聞きたくないものである。

「(長重の耳にまでそうした噂が入るか。となると阿波では自遁殿が幅を利かせているという事か)」

 長房もそういう懸念を抱かないこともなかった。これまでの経緯で長治からの信頼を失っているというのも自覚している。しかしこの軍事行動が阿波三好家の利につながるというのは自遁も理解していると思っていた。だから後ろから撃つようなことはしないだろうと海を渡ったのである。

「(宗伝殿では自遁殿を抑えられぬのか。いや、それとももっと別のことが動いているのか)」

 一人頭を悩ませる長房。実際長房にとっては喜ばしくない、そして思いもよらぬ事態が阿波では進んでいたのである。


 長重の言葉に不安を覚えた長房は阿波に戻ることにした。とはいえ兵を退くわけではない。軍勢の大半は長重に預け康長に後見を頼む。

「長重はまだ若輩。康長様が頼りです」

「案ずるな。それにおぬしの息子は聡明そうだ。心配はいらぬだろう」

「いえいえ、まだまだ若造です。長重も康長様に従うと申しておりました。そこは心配いりますまい」

 長房は重ねて長重の貢献を康長に頼んだ。康長もこれを快く引き受けてくれている。

 さらに長房は長重にもこう言った。

「建前上はお前が大将であるが指揮は康長様に任せるのだ。この際だから康長様の手腕を学ぶとよい」

「承知しました。此度は康長様の下で勉強させていただきます」

「それでよい。もし何か危急のことがあったら私に報せよ」

「無論のこと。お任せください」

 こうして事後のことを頼んだ長房は阿波に帰った。そして勝瑞城に入り戦況などを長治に報告する。そばには自遁が控えてふんぞり返っていたがそこは気にしない。

「現在畿内は我らの有利に事が進んでおります。いずれは長治様にもご出陣していただき本家の方々と合力すれば我らの勝利は確実なものとなりましょう」

 恭しく述べる長房。だがここで長治は驚くべきことを言った。

「私は海を渡るつもりはないぞ」

「何ですと…… 」

 そう言って長房は絶句した。驚愕の表情で長治を見つめる。長治は冷たい表情で長房を見下ろしていた。

「(いったいどうしたというのだ。確かに不興を買っていたかもしれんがこのような目で見られるほどではなかったはず)」

 驚嘆する長房であったがすぐに気を取り直して長治を問いただそうとした。

「長治様。先ほどのお言葉はどのようなおつもりなのですか」

 そう問いただすが長治は答えずその場を去る。愕然とする長房を自遁は鼻で笑った。そしてこう告げる。

「長治様はお忙しいのだ。貴様などに関わっている暇はない」

 そう吐き捨てるように言うとその場を去った。

 あまりの出来事の驚愕する長房は宗伝の屋敷に向かった。そして宗伝の部屋に通されて向かい合うや否や宗伝は平伏した。

「申し訳ありませぬ長房殿。このような有様になったことなんと申し開きしたらよいか」

「宗伝よ。正直私も何が起きたかわからぬ。長治様はなぜあのような態度をとられたのか。それと自遁殿なぜあのように尊大にふるまっているのだ」

「は、はい。じつはとんでもないことがわかりまして」

「とんでもないこと? 」

「自遁殿は大形殿と通じております」

「な、なんだと」

 宗伝の報告に長房は絶句した。大形殿とは長治の母のことである。名を小少将と言った。小少将はそもそも細川氏之の妻であった女性である。だが氏之が実休に討たれるとなんと実休の妻となり長治を生んだ。今は大形殿と称されて勝瑞城で暮らしている。無論この母に長治は頭がまったく上がらない。そんな人物と重臣である自遁が密通しているというのだ。

「それは本当なのか」

「誰かがしかと見たというわけではありませぬ。長房殿が畿内に出ていった後で自遁殿が城に出入りすることが多くなりました。そうしているうちに自遁殿は城内を我が物顔で歩くようになり、それに意見する者は廃されていき、長治様もそれを認められていたのです」

「それは自遁殿が大形様と通じて長治様を抱きこんだという事か」

「おそらくは」

 長房は空いた口がふさがらなかった。主君の母と重臣が密通するなど言語道断である。しかしそれを主君が黙認しているのだ。こうなれば自遁の権力は増大するし歯向かえるものはいないに決まっている。長房に冷たいのも自遁の意向であろう。

ともかく今阿波三好家が絶望的な状況に置かれているという事は理解できた長房であった。

 

 阿波に帰った長房であるが畿内にいた頃とは打って変わって何のやりがいもない状態が続いた。登城して長治と重臣を交えた会議を行っても自遁の意見が通るばかりである。長治は長房だけでなく宗伝の話も聞かず重臣の半分ほどは自遁のいう事に賛同した。反対する者の意見は長治自身がことごとく退けている。

「自遁こそ真の忠臣。それに異を唱える者たちは家臣の自覚が足りぬ」

 そう言い捨てる日もあるほどであった。そうなると一部の重臣たちは登城するのをやめてしまう。長房ですらあの調子で意見を退けられてしまうのだから当然のことと言えた。

 それでも長房は登城しいろいろと意見を言ったがそれらもことごとく退けられる。

「長房は本家のことばかり考えている。それでも阿波家の家臣か! 」

「長治様の言うとおりにございます。そもそも長治様の兵を勝手に使い畿内で戦をしている貴様は何様のつもりだ」

 会議の場でそう言われるのも多々あった。それでも長房は耐えていた。

「(いずれ畿内の情勢が我らの有利に傾く。そうなれば長治様のお考えも変わるはず)」

 畿内の情勢が優勢になれば長治の目も変わるかもしれない。そうすれば自分との関係も元に戻るだろうと長房は考えていた。実際そうした希望を抱ける情報も入ってきている。長房はそれを宗伝にひそかに伝えた。

「驚くべきことだが松永殿と義継様は義昭様を味方に引き込もうとしているらしい」

「そんなことが出来るのですか」

「甲斐(現山梨県)の武田殿は天下に知られる名将であるが、その武田殿が織田家に代わり義昭様を支えると言っているそうだ。このところ義昭様と織田家はうまくいっていないらしいから、そうなれば我らと和睦することもやぶさかではないと言っているようだ」

「なるほど…… 」

 実際長房が話した通りこの時義昭と三好家の和睦は順調に進んでいた。そして元亀三年十月に武田家は織田家の同盟者である徳川家に大勝する。これを受けて年が明けての元亀四年(一五七三)一月に義昭は織田家との関係を破棄し挙兵した。無論三好家とは和睦してのことである。

「おお、これを待っていたのだ。こうなれば織田家の味方はいない」

 大喜びする長房。ところが二か月後に織田信長は京に向けて出陣、さらに荒木村重や細川藤孝などが信長に味方した。この時三好家は各地に展開していたため義昭の救援に向えず、結局義昭と信長は講和する。この急転直下の事態に長房は絶望するしかなかった。

「ああ、もはや何をやってもうまく行かぬ」

 この義昭の敗北を受けて阿波三好家は畿内に派遣していた軍勢の撤退を決定。長重も帰ってきた。軍勢を迎える長房はすっかり気落ちした様子で海の向こうを眺めていた。


 畿内の戦国時代はその初めのころから混沌に満ちた様相を示していました。そもそもは三好家の主家である細川家の内紛でしたが、三好家もそれに習うかのように内紛を始めたのは皮肉としか言いようがありません。しかしその後織田信長や足利義昭などの共通の敵ができると再合流する姿は柔軟というか節操がないというか、ある意味で強かだなあと思います。

 さて次はいよいよ長房の話も大詰めに入りました。一縷の望みも絶たれ阿波三好家での立場も失いつつある長房に待ち受けるのはいったいどのような運命か。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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