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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第十四章 

 本願寺の挙兵という好機に一気に決着を付けようと考える長房。しかし事はうまく行かず和睦という形での決着となった。不満を抱えつつもひとまず阿波に帰る長房だが、次なる戦いが待ち受けていた。

 元亀二年(一五七一)一月、長治と長房は信長と和睦し阿波に帰った。

「これで私の武名を知らしめることが出来た。これで我が家は安泰だ」

 阿波に向かう船上で長治は建前上信長に頭を下げさせ和睦させたことに上機嫌である。一方長房は全くそうではない。信長に大打撃を与え、打ち倒せるかもしれない可能性をみすみす逃したのである。その一因に自分たちの力不足があったとはいえ正直不満ではあった。

 尤も長治はそんなことには気づかない。上機嫌で長房に問いかける。

「これで織田家の者共も大きい顔はしないだろう」

「ならばよいのですが。しかしこの和睦の機に力を蓄えるかもしれません」

「その時はその時だ。また私が出張れば問題なかろう」

 この自意識過剰な発言に長房も閉口した。とはいえ武将として自信を持ち戦いに臨むことに前向きになったのは良いことでもある。長房は黙った。

 やがて船が港につくと赤沢宗伝が迎えに来ていた。

「おお、宗伝。ご苦労であった」

 重臣自らの出迎えにますます上機嫌の長治。一方長房は逆に重臣である宗伝自らやってきたことに不安を覚えた。

「(まさか何か良からぬことでも起きたのか)」

 そんな長房の不安を感じ取ったのか宗伝は緊張した面持ちで口を開いた。

「児島の衆が浦上家に降ったようです」

 児島は備前(現岡山県)にある半島で讃岐に近い。本土と四国をつなぐ役目を持っていて阿波三好家にも重要な土地であった。そしてここを巡って中国地方の雄である毛利家と備前や備中(現岡山県)を支配している浦上家が争っている。

 阿波三好家や三好本家は浦上家と結んでいる。従ってこの報告は吉報のようにも聞こえた。実際長治はそう受け取っているのか上機嫌なのは変わらない。しかし長房と宗伝は違う。

「そうなれば…… 毛利家も動くか」

「左様で」

 毛利家にしてみれば児島を抑えれば浦上家と阿波三好家の連絡を断つことが出来る。加えて瀬戸内海の要所でもあるから何が何でも押さえておきたい位置にあった。と、すればこの事態を受けての毛利家の動きは容易く予想できる。長房はそれを察して長治に進言した。

「長治様。おそらくは遠からぬうちに毛利家が動くでしょう。我らも万一の事態に備えて兵を動かしておくべきかと」

「拙者も同じ考えにございます」

 宗伝も長房に同意する。しかし長治の反応は鈍かった。

「また戦か。私は疲れているのだ」

 さっきまでの上機嫌がうそのように消え去った。もっとも長治の言は戦国大名としては正直自覚のない発言である。これに宗伝は驚くが長房は予測で来ていた。

「(この場合長治様が居らぬ方がやりやすいか)」

 今回の戦は大国の毛利家が相手になる可能性が高い。そうなると調子に乗っている長治の存在はかえって枷になるかもしれなかった。

 長房はその内心を隠して長治に進言する。

「此度は私だけで行きましょう。そして必ずや戦勝の報告を長治様にいたします」

「そうか。なら任せた。私は船旅で疲れた」

 そう言って長治は去っていく。その姿に宗伝は呆然としていたが気を取り直して長房に尋ねた。

「長治様のあの様子。大丈夫なのか」

「心配はいるまい。若いうちは多少調子に乗った方がいい。その上で我らが支えるのだ」

 長房はそう言ったが宗伝は不安であった。

 

 長房と宗伝の読み通り毛利家が動いた。予め情報をつかんでいたのか迅速な軍事行動で四月には児島を制圧する。この事態に浦上家は阿波三好家に援軍を要請。長房はすぐに動いた。阿波と讃岐の軍勢を動員して児島に攻め込んだのである。

「この一戦に勝利すれば瀬戸内海の情勢は我らの有利に傾く。必ずや勝利を手にして見せよう」

 戦闘は長房の奮闘もあり児島での合戦は浦上家と阿波三好家の勝利に終わった。長房たちは勝利するとすぐに領国に引き返した。さすがにこれ以上の連戦は将兵の負担となる。翌月には毛利家の当主である毛利元就が死去したため、毛利家の軍事行動は一時鎮静化した。

 さて戦いを終えて勝瑞城に戻った長房は戦勝の報告を長治に行う。これに長治は上機嫌であった。

「我ら阿波三好家の武名がますます高まるな。今の日の下に我らほどの武士はおらんだろう。よくやったぞ、長房」

「ありがたきお言葉にございます」

 恭しく礼をする長房。ともかくこれでとりあえずいろいろな問題が片付き一安心であった。ところがこの翌日信じられない報せが長房たちの耳に入る。

 報せは三好三人衆と共に畿内にとどまっていた康長からの物であった。康長からの手紙には驚くべきことが書いてある。

「この手紙が届く頃にはおそらく我らは畠山秋高殿の高屋城を攻めているはず。これより以前には松永が畠山方の交野城に攻め込んだ。これから分かる通り我らは義継や松永と和睦し盟を結んでいる。報告が遅れたのは謝るがこれは三好家を再興し勢力を取り戻すための最良の策だと儂は思っておる。阿波の家もできれば我らと同じ道を歩んでもらいたい」

 畠山秋高は義昭の将軍就任を早いうちから支援していた人物で、畿内の義昭旗下の勢力の一人である。その上実休が戦死した時の敵でもあった。そんな畠山家と戦うのは何の問題はない。だが義継や久秀と和睦して再合流するとなれば話は大分違う。

 この手紙は長治の前で読み上げられたが、長治はことのほか怒った。

「このような大事を私に知らせず進めるとはどうしたことだ。我らを見くびっているのではないか」

 怒る長治。しかし長房には報告が遅れた理由がよく分かった。

「(久秀殿が再び手を組もうと言い出したところで信じられるものではない。まして義継様は今や義昭様の妹婿。とてもではないが手を組める相手ではない)」

 そう思ったが現実には手を結んでいる。それは久秀や義継が義昭の下から離反するのに納得のいく材料があったのであろう。実際のところこのころ義昭は大和の筒井順慶を支援していた。それは久秀の利益を犯す行為である。ゆえに久秀は離反し、久秀と行動を共にする義継も離反したのだ。もっともそれはまだこの時分からなかったが。

「(康長様はなにがしか松永殿や義継様がこちらに寝返ることを確信する情報を持っていたのだろう。ゆえに再び手を組んだという事か)」

 ともかく長房はある程度納得できた。しかし長治の怒りは収まらずなんと矛先は長房に向かった。

「長房よ。本家との連絡はお前が行っていたはずだ。となればこの不義はお前のしくじりにあたるのではないか」

 ほとんど八つ当たりの発言である。これには長房も宗伝もあきれ返る。ところがこの言に賛同する者がいた。

「まったくその通りでございます。長房、これは貴様の不始末であるぞ」

「おお、自遁。よく言った」

 賛同したのはこの機に長房の力を弱めたいと考えていた篠原自遁であった。そして重臣である自遁がこの発言をしたために少なくない家臣が賛同しているようである。

 これに対し長房は何も言わなかった。そんな長房に長治は八つ当たりの言葉を投げつけ自遁は嘲りの言葉を向ける。だが長房は黙っている。下手に反論しても長治の怒りが増すばかりだと考えていたのだ。

 結局この日は長治が怒り狂うだけの日に終わってしまった。


 翌日、改めて勝瑞城で会議が行われた。日をまたいだので長治は不機嫌ではあるが一応落ち着いている。

 この日初めに発言したのは宗伝であった。

「先日の康長様からのご報告の件。拙者としては報告の遅れはあれど内容は納得できるものであったと思います。もう一度三好家の力を結集して事に当たれば昔日の勢いも取り戻せるかと」

 これに複数の家臣が頷く。長房は動かなかったが内心は同様であった。というかこの宗伝の発言が長房の内心を慮ったものである。

 これに対して自遁は何も言わない。昨日饒舌であったのは長房の上げ足をとれるいい機会だったからである。自遁も三好家勢力の再集結自体はそこまで否定していない。

 だが長治は違った。長治は三好家の勢力が再集結することで起きるあることに不満と不安があったのである。

「(今三好家を代表するのは私だ。しかし義継殿が戻れば私はその下に入らなければならなくなる。それは嫌だ)」

 長治は血統上や現在の三好家の当主と言える立場である。だがそれは当主であった義継が出奔するという緊急事態を受けて名代として祭り上げられたにすぎないものであった。ゆえに今義継が合流すると以前の阿波三好家の当主、つまり分家の代表に過ぎないという元の立場に戻ってしまうのである。長治はそれを恐れていた。

「(ここで義継殿が戻れば私の武名も隠れてしまう。それは嫌だ)」

 要するに己の面子のみを考えているのだ。むろんそれは長治の虚栄である。第一長治の考える「武名」とやらも周りが祭り上げたから転がり込んできたものに過ぎない。もっともそれを理解していないのであるが。

 とはいえ同盟が成立した以上はそれを覆すことなど早々できない。実際阿波三好家にはメリットしかないことなのだから。長治もそれを理解していたから黙っていた。なにも決めさせないために。

 不機嫌なまま黙る長治。宗伝は二の句が継げず自遁は素知らぬ顔をしている。そんな中で長房は進み出て平伏して言った。

「此度の仕儀は私の不徳の致すところにございます。それゆえに長治様や皆の衆に不快を抱かせて本当に申し訳なく思います。しかし此度のことは阿波三好家に取ってよき話にございます。ここは私や康長様の顔を立てていただきたく思います」

 長房は額を畳にこすりつけながら言った。これに一同瞠目する。もっとも自遁だけはその様子をにやにやしながら眺めていたが。

 やがて長治は不機嫌そうに口を開いた。

「此度は義継殿や康長殿の顔を立ててやろう」

 尊大な物言いである。とはいえ三好家勢力の再集結を認めるという言質でもあった。ともかくこれで一応阿波三好家も三好家勢力の再集結を認めたのである。


 長房は長治が三好家勢力の再集結を受け入れたことを書状に記し、康長に送った。それと同時に阿波、讃岐の軍勢を率いて畿内に上陸することになる。現在でも畠山家との戦いは続いておりこれの支援のための出陣であった。また三好家が再び一体となったことへのアピールでもある。

「この機に三好家の勢力を回復できればいいのだが」

 今回の戦いは阿波三好家が主体ではない。ゆえにそこまで明確な目標もなく乗り気でもないのだがこれを好機ととらえているのも事実である。

 そんな長房であるが、上陸すると意外な人物が出迎えに現れた。

「いやはや。久方ぶりですなぁ。篠原殿」

「松永殿か…… 」

 現れたのは松永久秀であった。現在久秀の軍勢は大和で筒井家と戦闘しているはずである。その松永家の総大将がここにいるのは違和感のある事態であった。

 尤も長房は気にしていない。

「(松永殿のことだ。何か妙なことを考えているのだろう)」

 長房はそう考えていた。久秀もそんな長房の心中を見透かしているのかいきなりこの場に現れた理由を告げる。

「いや、実は摂津の方で動きがありましてな。荒木殿が和田殿を攻めるようだ。我らも援軍に向おうと思うのだが筒井の者共が思いのほか強く痛手を受けた。ここは篠原殿達阿波の衆の手を貸してもらいたい」

「和田殿をか。大和の方は良いのか」

「まあ筒井だけでは緒戦で勝ててもそれまでだ。今大和は我らに不利。ゆえに無理をすることもあるまい」

「ほかで勝てば形勢もひっくり返ると、そういう事か」

 この長房の発言に久秀は何も言わなかった。ただにやりと笑うだけである。まさしくその通り、そう言っているようであった。

「(やはり油断できぬ男よ)」

 長房は改めて久秀の底知れなさを感じる。とは言え今は味方である。久秀は広く世を見渡し情勢を見極めている。そんな久秀が後ろ盾ともいえる義昭から離反したのは阿波三好家を含む三好家系勢力の力をあてにしているという事であった。

「承知した松永殿。それで我らはどこ行けばよいのだ」

「和田殿の高槻城を攻めましょう。荒木殿なら和田殿に勝てるはず。その上で城を囲めば程なくして攻め落とせるでしょう」

 実際荒木村重は和田惟政との合戦に勝利し惟政を討ち取った。和田惟政は義昭を支え闘い続けた忠臣であり。先の戦いでも長逸や康長の進軍を押しとどめる活躍を見せていた。その惟政が討ち死にしたというのは義昭にとって大きな打撃である。

「これは松永殿の考えている通りになるか」

 長房はそう思ったが高槻城は惟政の息子の惟長がよく守り持ちこたえた。さらに織田家が和睦を取り持とうとする。当初はこれに長房は反対した。

「この好機を逃すのはどうだ」

 一方の久秀は和睦に前向きである。

「当初の予定では戦をせずに城を落とせたはず。それが出来ぬのならば無理に戦をしても仕様がありませぬ」

 結局久秀の意見が通り和睦は成立した。久秀の思い通りに推移したわけであるがなるほど確かに阿波三好家の軍勢全く痛手はない。すぐにでもほかの地域で戦える状態である。

「松永殿は我らをうまく使うつもりか」

 そういう風に久秀の思惑を図る長房。とはいえそれを拒否することもできないし拒否するつもりもない。長房はこの機に何とか形勢を逆転させたいと考えている。


戦国時代、特に後期の大勢力の大名たちが割拠し争っていたころは各地での戦いが連動していました。今回取り上げた児島での毛利家と三好、浦上家との争いは畿内での戦いと連動していましたし、一方で毛利家と対立していた九州の大友家もこれを好機として蠢動していました。それがさらに九州での争いにも干渉し……と言った具合で連鎖的な情勢の変化が起きるのです。そしてそうしたダイナミズムの果てにあったのが天下統一という結果なのではないかと私は考えています。

 さて再び織田家との戦いに臨む長房。今度こそ勝利をつかむことが出来るのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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