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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第十三章

 ついに反撃に出る三好家。しかし阿波三好家に漂う不穏な空気のせいで長房は動けなかった。しかしやってきた好機を逃すわけにはいかない。長房は主君長治のをなんとか変心させようと奮闘する。

 元亀元年七月畿内に上陸した長逸達は摂津の野田・福島に城を築き前線とした。これに対して足利義昭は迎撃のために松永久秀や三好義継を差し向ける。再び三好家同士の戦いとなったがここは長逸達の勝利で終った。しかしこの敗戦を受けて信長は急いで出陣し長逸達の討伐に向かう。

 この動きは長逸達三好本家の人々にも長房にも予想通りの物であった。信長出陣の報を聞いた長逸は緊張した面持ちでつぶやく。

「こうなれば浅井、朝倉の動きに望みをかけるしかない。この好機を逃すようなことはしないはずだが」

 長逸達三好本家は浅井、朝倉家と一応同盟を結んでいる。今回の上陸の件も連絡していた。しかし出陣の確約はなかったので多少の不安があったのである。

 一抹の不安を感じている長逸。そんな長逸の下に康長がやってきた。康長は長阿波三好家の軍勢を率いてやってきたのである。

「信長が出陣したようだな」

「ああ。奴らの強さは身に染みている。警戒はせぬと」

「まったくだのう。儂の連れてきた援軍だけでは足りぬかもしれぬな」

「それでも兵力が増えるのはありがたいことだ。其れより長房はまだ動けぬのか」

「うむ。しかしもう少しでいい報せが入るとも言っていた」

 康長の言葉に長逸はなおも不安そうである。現状不確定要素が多すぎる。

「ともかく我らだけで織田家と互角に戦えなければ勝機は薄いな」

 そんなことをつぶやく長逸。実際ここであっさりと長逸達がやられては浅井家も朝倉家も動かないだろうし長房の行っている工作も無意味になる。

「ともかく初戦の勝利か。まあそれはどの戦でも変わらん。幸い野田と福島の城は攻めがたいから早々に負けるようなことはないだろうて」

 そう言って長逸を励ます康長。ところが織田家の軍勢が到着すると状況が一変する。なんと三好方の武将の数名が織田家に投降してしまったのだ。信長の迅速な対応に恐れをなしたのかもしれない。浅井、朝倉家がなかなか動きを見せないのも影響しているだろう。

 この事態を受けて長逸、友通、康長は今後の対応を話し合った。ここで和睦案を出したのは友通である。

「家中から離反者が出ては戦いようもない。ここは一度和睦をして被害を最小限にすべきだ」

 これに対して長逸は反論した。

「何を言うのだ。確かに不利であるがこの機を逃しては再起することなど出来ないだろう。ここは徹底的に抗戦すべきだ」

 苛立つ長逸。だが友通の言っていることはもっともであった。友通が弱気になっていることを差し引いても和睦をすべき状況ではある。

 両者の意見を聞いていた康長は別の心配があった。

「もし和睦を申し出たとしてあちらが承知するのかどうか。それがわからぬ」

 康長の言う通りこの状況で信長が和睦を承知するとは考えにくかった。信長としてもここで三好三人衆を討伐して畿内の情勢を安定させたいとも考えているかもしれない。

 三人は話し合った結果ひとまず和睦を申し込むことにした。だが拒否された場合は徹底抗戦、といった具合である。

 結局和睦は拒否された。長逸達は野田・福島城の堅牢さを信じ持久戦に移ることにする。長房からの良い報せはまだ来ない。


 長逸達は野田、福島で何とか織田家の攻撃を凌いでいた。しかし少しずつであるが織田家と義昭達に周辺地域を制圧されつつある。そして九月十二日いよいよ野田・福島への直接お攻撃が始まった。そしてこの日の夜半に戦況を一変させる出来事が起きる。

 その夜突如として戦場に鐘が鳴り響いた。三好家の物でもなければ織田家の物でもない。

「いったい何の音だ」

 長逸が事態を確認させると驚くべき報告が入った。

「本願寺の兵が織田家に攻めかかったようです」

「何だと?! 」

 長逸は仰天した。まさかここで本願寺が参戦するとは思ってもいなかったからである。ゆえに嬉しさよりも驚きの方が勝ったのだ。

 一方同じ報告を聞いた康長は満足げであった。

「長房がやってくれたようだな」

康長はそう確信していた。このこの後本願寺の活躍もあり織田家の進軍は押し戻される。さらに長逸達を喜ばせる事態が起きた。

「長逸よ。浅井、朝倉が出陣したようだ」

「本当か友通。ああ、これで流れは我らの物となった」

 友通からの報せは浅井・朝倉が兵をあげて京に向かっているという連絡であった。長逸達は以前より両家に出兵を促していたがいよいよ腰を上げたらしい。ともかくこれで戦況は一変したのである。

 長房は阿波で一連の動きの報告を受け取っていた。そして満足気に微笑む。

「顕如殿もいよいよ覚悟を決めてくれたか。なんにせよこの好機を逃すわけにはいかぬ」

 そういうや長房は急ぎ勝瑞城に向かった。そして自遁や宗伝などの重臣を集めて畿内の情勢を伝える。

「本願寺は我らに味方し浅井、朝倉の両家は京に向かっております。我らは敵方を挟み撃ちにする形となり圧倒的に有利です。このうえは長治様にご出陣していただければ勝利は確実なものとなりましょう」

 長房はたたみかけるように言った。そしてそれを聞く長治の様子は不安と戸惑いが入り混じったようである。それを見透かしたのか自遁がこう言った。

「そこまで有利なら何も長治様が出張ることもあるまい。お前だけがいけばいい」

 これに宗伝は怒る。

「何を馬鹿なことを。ここで長治様が出て阿波三好家の武威を天下に見せるのです。さすれば長治様の下で争いも収まるでしょう」

 この宗伝の発言に多くの重臣が賛成した。しかし自遁は納得しておらず同様の重臣も多い。そして長治は不安げな様子であったがおずおずと口を開く。

「長房よ…… 本当に勝てるのか。まさか父上のようなことにはならぬだろうな」

 この発言に自遁も含めた重臣たちが驚いた。じつは自遁と自遁に近しい重臣たちは長治に戦を避けさせるために実休の死についていろいろと吹き込んでいたのである。だがここで言及するとは思っていなかった。

 長房は長治の発言を聞き一瞬自遁の方を睨みつけた。だがすぐに長治の方を向いてはっきりという。

「必ずや勝てます。もし負けるようなことがあれば私は腹を切りましょう」

 その場がざわついた。長治も驚いている。しかし長房に一切の迷いはない。迷いなくさらに言った。

「此度の戦に出陣し長治様の勇姿を見せつければ、その武名は実休様を越えましょう」

 これを聞いて長治の目の色が変わった。明らかに興奮している。

「ち、父上を越えられるか」

 長房は無言で頷く。それを見て長治は立ち上がった。

「今すぐ出陣の準備をせよ! 長房。其方に先鋒は任せるぞ」

「承知しました」

 平伏する長房。ここで宗伝たちから歓声が上がった。一方自遁達は不満そうである。しかし何も言わなかった。

 ともかくこうして長治の出陣は決まったのであった。


 長治と長房率いる阿波三好家の軍勢は堂々と畿内に上陸した。長房はこれを機に織田家との決着を付けたいとも考えている。

「織田家は本国との連絡が絶たれている。その上周囲は敵だらけだ。一気呵成に攻めれば必ずや勝利できよう」

 阿波三好家の軍勢は摂津に上陸し瓦林城を攻め落とした。戦いは阿波三好家の圧勝である。これには長治も随分と気をよくした。

「我らに敵う者など居るまいよ。なあ、長房」

「その通りにございます。これで長治様の武名は高まりましょう」

「そうかそうか。まったく。私は何を恐れて阿波に引きこもっていたのだ」

 正直長治は調子に乗っていた。長房もそれは気づいているが指摘はしない。今は調子に乗ってもらっていた方がいい。

「(このまま長治様が上機嫌なうちに織田家と戦おう。今のこの状況なら必ずや勝てる。さすれば畿内の将の中から我らに降るものも出てくるかもしれん)」

 長房は織田家との決戦を行うべく野田・福島城の長逸達との合流に向かった。ところがここで思いもよらぬ報告を受ける。

「長房よ。信長は引き返してしまった」

「何ですと? 」

 驚く長房。じつは長房たちが海を渡っているころに信長は撤退してしまったというのだ。理由は明白で攻め寄せてきた浅井・朝倉連合軍に対処するためである。

「浅井朝倉の軍勢が京に迫っている。信長めはそちらの対処を優先したらしい」

「なるほど。確かにそちらを優先するのも当然か」

 長房としては納得するしかなかった。信長は京を三好家から奪い返し幕府を立て直したことで権威を得たのだ。ゆえにここで京を奪われるようなことになればその権威は失墜する。その上義 昭まで奪われれば大変であった。だからこそ三好本家の対処は後回しにして引き返したのだろう。

「今信長殿は、織田家の軍勢はどこにいるのだ」

「近江の志賀だ。挟み撃ちにするにはいささか遠い」

「確かに。だがこうなれば我らが京に向かって打って出るしかない」

「その通りだ。友通や康長殿が準備をしている。ただ寝返ったものも出た上に我らも痛手をうけていてな」

 長逸は悔しげに言った。彼もこれが最大の好機であることは理解している。だというのに動けないという状況には歯噛みするしかなかった。

「浅井と朝倉の状況は」

「どうも延暦寺を味方につけたらしい。比叡山に籠ってにらみ合っておる」

「合戦する気はないのか。自分たちだけでは勝つ自信がないという事だろう」

「いかさま。しかしならばなおのこと我らが打って出なければいかん」

 長房と長逸はうなずきあった。これで当座の方針は決まる。ここが勝負どころであるというのはこの二人が誰よりも理解しているのである。


 野田福島城に入った長房は長逸らと共に畿内の諸将の調略を始めた。そしてそれと並行して義昭支配下の城の攻撃を行っている。兵力を考えれば三好三人衆及び阿波三好家の軍事力が優勢であったのでさほど苦労せず進軍できるだろうと長房は考えていた。

 ところが現実は甘くなかった。義昭旗下の諸将、特に摂津高槻城を預かる和田惟政が奮戦し三好方の攻撃を阻んだのである。これには長房も感嘆するしかない。

「敵ながら和田殿の戦ぶりの見事なことか。しかしこれでは京に進めん」

 困る長房。これは長逸や康長にしてみても同様である。またここにきて別の問題が浮上してきた。将兵の士気の低下である。特に長逸と友通と康長は七月に野田城と福島城を築城してからすでに三か月経過している。兵糧は何とか持っているが長期の在陣による士気の低下が無視できないものになっていた。さらにここで長房にとっては頭の痛い問題が浮上した。長治が阿波に帰りたいと言い始めたのである。

「もはや織田の者共はいない。戦も我らが優勢だ。これ以上ここにとどまっている必要はあるのか」

 これに対して長房は何とか説得を試みる。

「もう少しで京までの道が開けます。その上は長治様を先頭に上洛すれば天下の万民が長治様にひれ伏しましょう。もう少しの辛抱です」

「そのもう少しがどれほどなのだ。長房」

 これに長房も返す言葉がなかった。実際長房にしてみてもこの先の見通しが立たない状況であったのである。浅井、朝倉の両家と連絡は緊密にとっているがあちらも動く気配はない。本願寺は各地の一向宗門徒に檄を飛ばし一揆を起こさせているが織田家を苦しめてはいても決定打にはなりそうにもない。六角家に至っては和睦を模索しているという噂もあった。こうなるともう戦いを続けられる気がしなくなってくる。

 長房は長逸、友通、康長との会議の場で絞り出すように言った。

「もうこれ以上の戦いは無理だろう。ならばこの有利な状況のうちに和睦するしかないと思う。どうか」

 この問いにほかの三人は無言で頷いた。全員全く同じ気持ちのようである。

 こうして織田家や義昭との和睦をすることにした三好三人衆と阿波三好家。とりあえず織田家に和睦の提案でもしようかと思った矢先、長房の下に驚くべき来客があった。やってきたのはなんと松永久秀である。どうやったか不明であるが秘密裏に供の物を一人連れて長房を訪ねてきたのだ。長房は動揺を抑えつつ久秀に尋ねる。

「いったい何の御用かな」

 これに対して久秀は平伏して言った。

「信長様は和睦を望んでおられます。儂はその仲立ちに参りました。どうかその願いお聞き届けませんでしょうか」

 口上を述べた久秀を長房は胡乱な目で見る。恐ろしいほど絶妙なタイミングでの提案であった。

「それは本当に信長殿のお考えなのでしょうな」

「ええ、もちろん」

 久秀は薄ら笑いを浮かべて自信満々に言う。もっともこの問いの答えを知る方法などない。そして久秀はこれが嘘でも微塵もそれを表に出さず言い切れる男であった。

 長房はため息を吐きながらこう言った。

「仲立ちお願いいたす。それと一つよろしいか」

「なにか? 」

「和睦なら長逸殿にまず提案すべきでは? 」

 これは長房の素朴な疑問である。一応織田家との争いの当事者は長逸達であった。ならば先にそこに尋ねるのが筋であろう。

 久秀は長房の問いに笑いながら答えた。

「長逸殿に直接お会いなどしたら問答無用で斬られましょう。しかし長房殿は利を見定めて話をお聞きになられる」

 長房は空いた口がふさがらなかった。そして改めて目の前の男の底のなさに驚嘆する。

 この後久秀の仲介で織田家と三好家の和睦が成立した。長逸達は畿内にとどまり長房は上機嫌の長治と共に阿波に戻る。訪れた好機を逃した後悔を抱えながら。

 野田・福島の戦いは戦国後期の合戦の中でも重大な出来事をはらんだ戦いです。その重大な出来事というのは本願寺の本格的な参戦でこれを機に織田家と本願寺は果てしない抗争を繰り広げていきます。また野田・福島の戦いはこの後生じるいわゆる信長包囲網の第一段階ともいえる存在でそういう意味でも重要な出来事であります。

 さて絶好の機会を逃してしまった長房。この後に思いもよらぬ展開が待ち受けています。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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