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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第十一章

 畿内から撤退した長房は逆襲を誓うが阿波三好家での権威に若干の陰りが出てきた。そして義栄の死。これで三好家の畿内進出の機運は完全に消えたかに見えた。

 激動の永禄十一年も終わりに近づいてきた。三好三人衆と阿波三好家は畿内への復帰をねらい好機をうかがっている。するとまたとない情報が入ってきた。長逸はその情報を聞きとして長房に伝える。

「松永が年の瀬に岐阜に向かうらしい。織田信長に年始の挨拶をしに行くつもりのようだ」

 信長は義昭が将軍に就任したのを見届けると京を離れ本拠地の岐阜城に帰っていた。義昭に周辺に家臣や兵を残していったようだがそれも僅かな数である。つまり京周辺は比較的手薄であるという事であった。

「松永殿が大和を出ているのなら筒井殿に挙兵を促してみるのもよいかもしれぬ」

「確かにそうだ。大和が筒井殿の手に落ちれば我らの勢力を回復する一助になるだろう」

 筒井というのは大和の武将で久秀と抗争を続けている家である。義昭上洛以後は勢力を衰えさせているがまだしぶとく抵抗をしていた。以前は三好三人衆や阿波三好家とも同盟を組んでいたので交渉の可能性は十分にある。

「この状況はかなりの好機だな。我らの兵はまだまだ残っている。ここで迅速に動けば織田家の者たちが上洛する前に京を攻め落とせるかもしれん」

「康長殿の言うとおりだ。ここは我らの全力を以て挑むべきだろう」

 康長の言葉に長逸は同意した。それは長房も同様であるが今は気がかりなことがある。

「今回私は阿波に残ります。阿波の衆は康長様にお任せしましょう」

「何だ。この好機に貴様が出てこなくてどうする」

 長房の言葉に怒る長逸。一方康長は何となく事情を察していた。

「噂には聞いている。いささか内内でもめているだろう? 」

 康長の言葉に長房はうなずいた。

「長逸殿の言っていることはまさしくその通りだ。しかし家のことを治めなければこの先に差しさわりが出かねない」

「むう、そうか。まあならば仕方あるまい」

 長逸は一応納得してくれたようだった。とはいえ阿波三好家の意思統一に若干の揺らぎが出ているのも事実である。それを思うと長房は暗澹な気分になるのであった。


 永禄十一年の年の瀬、三好三人衆と康長は堺付近に上陸し周辺地域を制圧した。ここでは特に戦闘も起きていない。堺の町衆は降伏こそしなかったものの不干渉の姿勢を見せた。三人衆としても無駄な争いは避けて早く上洛したかったので堺は放置して侵攻する。

 この間に年も明けて永禄十二年(一五六九)になった。このころには三好家の軍勢は京周辺をある程度制圧している。もはやあとは義昭の居る本圀寺に攻め入るだけである。

「本圀寺はある程度の兵がいるようであるが我らの方が優勢だ。一気に力攻めで攻め落としてしまおう」

 長逸の言葉に三好政勝、岩成友通もうなずいた。彼らに将軍に攻めかかることへの気後れはない。

「(すでに一度はしでかしている、という事なのだろうな)」

 康長は感心と呆れが入り混じった目で三人衆を見た。ここまでなりふり構わず己の権威を打ち立てようとする姿勢はすさまじいものである。もっとも康長としてもここでの勝利が自分の人生に大きく関わることは理解していたので気合も入っていた。

「義昭様には悪いが義輝様の後を追ってもらおうか」

「その通りだ康長殿。必ずや勝とう」

 こちらも気合を入れる友通。一方政勝の顔色は悪い。なんでも最近病がちらしい。それでも出陣したのは政勝もこの一戦で自分の行く先が大きく変わるからという事である。全員先の敗戦を挽回するにはここでの勝利が必定であると理解しているのだ。そのためか他の将兵の士気も高い。

「必ずや勝つ。そして三好家の天下を取り戻すのだ」

 改めて気合を入れる長逸。それに従う将兵たち。こうして三好家の軍勢は義昭の籠る本圀寺に攻め入った。本圀寺の将兵は数こそ三好家の軍勢に負けていたが士気は高い。この一戦に人生がかかっているのはこちらも同様なのだ。特にかつて義輝に仕えていた幕臣たちの士気は高い。

「もう二度とあのようなことは興すわけにはいかぬ。今度こそ将軍様をお守りするのだ」

 ある幕臣は義輝の無念を晴らすため。あるものは義昭が死ねば再び苦境に陥る、それを防ぐため。ともかく皆必死だったのだ。

 そうした気迫がすさまじかったからかわからないが本圀寺の将兵たちは奮戦し本圀寺を守り切った。それはつまり三好家の軍勢が本圀寺を攻め落とせなかったという事でもある。この事態に三好三人衆と康長は頭を抱えた。

「まさか耐えきるとは。それにこちらも思ったより損害を受けている」

「だが敵も傷付いた。もう一度攻めれば勝機はあるぞ」

「だが敵の援軍が来たらどうする? 」

「松永はいないようだが義継様や摂津の国衆などが援軍に来るかもしれぬな」

 この予想外の事態を受けて方針は容易に定まらなかった。だがこれが致命的な事態を招く。実はこの時三好義継や幕臣の細川藤孝、幕府に降伏していた摂津の国集などがすでに援軍として京に向かっていたのである。果たして本圀寺攻撃の翌日には京周辺に到着し三好家の軍勢に攻めかかってきた。こうなれば逃げるほかない。

「この好機を生かせずむしろ痛手を負うとは…… 」

 嘆く長逸。だがもはやどうしようもない。今できるのは何とか逃げ延びることだけである。

 結局三好家の軍勢は義昭を討つどころか手痛い損害を出してしまうのであった。長房はこれを知って嘆くしかない。

「嗚呼、この好機を逃すとは」

 そう言って嘆く長房。こちらも嘆くしかない。


 先の本圀寺の戦いにおける敗戦は三好三人衆にも阿波三好家にも衝撃的なものである。最高の機会を逃しただけでなく手痛い目にもあったのだから当然のことだが。ともかくこれからの戦略の立て直しに迫られることになった。そこで長房、康長、三好三人衆で今後の方針を協議することにする。ただ政勝は病のため参加できていない。

 まず康長はため息交じりに言った。

「此度本圀寺に駆け付けた援軍には義継もいたようだ。あの様子ではもう完全に幕府の臣として生きるつもりのようだな」

「そうですか。先ほど報せが入りましたが。義継様は義昭様の妹君を娶るようです」

 この長房の発言にその場のだれもが動揺した。もはやそこまで行けば義継は将軍家の御一門と言っていい。

「義継様もいよいよ現実を受け入れたという事か。自分が天下の主の器でないという事を要約に理解したらしい。見事なものよ」

 長逸は皮肉交じりに言った。そもそも義継は自分が天下を差配するために義輝を討ったのである。長逸ら三好三人衆はそれに自分たちの利を見出して協力して、のちに決裂して今に至った。その決裂も三人衆が義継を粗略に扱ったからである。そしてそれが天下の主になりたかった義継のプライドを傷つけたのが原因だ。だがこうして義昭の軍門に完全に下ってはもはやそのプライドを捨てたも同義であろう。

「しかし義昭様の考えもあり得ぬ。自分の兄の仇に妹を嫁がせるとは」

 友通は怒りを通り越して呆れているようであった。もっとも義昭は義輝の敵討は掲げていない。頭にあるのは自分が将軍の座につきそれを維持するという事だけなのかもしれない。だとすれば今回の行いも納得できる話ではある。

「義昭様は義継様と松永殿を完全に取り込むつもりなのでしょう。そのためなら過去のことなど気にしない。それはまあ良い考えではあります」

「確かにそうだ。正直あちらの内輪もめを期待もしていたがこうなるとそれもあり得ぬ」

 長房や康長から見てみれば義昭と義継が組むというのは呉越同舟に見えるものであった。たとえ松永久秀の仲介があったとしても簡単に手を組める関係性ではなく、それがこちらの付け入るすきになるかもしれないとも思えたのである。だが今回の婚姻でその当ても完全に外れたことになった。ならば別の手立てを考えなければならない。そしてそのために何を成さねばならぬかという事でもあった。

「行く末のことを考えれば織田家をどうにかしなければなるまいな」

「さよう。織田家が幕府の武の要になっているのならばそれをどうにかせぬと始まらぬ」

 長逸の言葉に同意する友通。これには長房も康長も同意である。

「つまるところあの迅速な上洛で我らは逃げなければならなくなった。それ支えたのは織田家の兵力」

「逆を言えばそれをどうにかすれば、どうにかしなけれなりませぬな」

 それは誰もが考え付くことである。しかしどうにかする方法がまるで思い浮かばないのであった。

 結局この会議は何か新しい案が出るわけでもなく、今後の協力関係の強化の確認ぐらいで終るのであった。


 本圀寺での戦いから四ヶ月後、三好政勝がこの世を去った。三好三人衆の一角がいなくなったわけであるが、政勝の弟が跡を継いだので差し当たっての問題はない。とはいえ状況はいまだ苦しく好転の兆しも見えないでいる。

 一方で阿波三好家としては織田家との戦い以外に毛利家との戦いも抱えていた。もっともこちらは毛利家と敵対する勢力と協調して行っており情勢は比較的優勢である。とはいえ予断のならない状況であるが。

 永禄十二年は本圀寺での戦い以外は膠着状態と言えた。そんな中で九月に思いもよらぬことが起きる。淡路水軍を率いている安宅信康が離反して織田家と幕府に降伏したのだ。もっとも信康の父の冬康は長慶に誅殺されている。その点を鑑みれば無理のない話ではあった。しかし三好本家と阿波三好家に取っては重大な事態である。阿波から畿内に上陸する際には水軍の力が必要だし、そもそもその海路に淡路島があるわけであるからこのまま安宅家を放置するわけにはいかなかった。三好本家と阿波三好家は淡路島に軍勢を送り攻撃する。攻め落とすことはできなかったがある程度の痛手は与えられた。とりあえず畿内に上陸する際に妨害をされることはなさそうである。

 こうして情勢が少しずつ変じていく中で康長はある二つの情報を長房に伝えた。一つは織田家の動きである。

「どうも織田家は越前(現福井県)の朝倉家に攻め込もうとしているようだ」

「朝倉家に? いったいどうして」

「織田家は義昭様の威光を利用して他の大名を従えようとしているらしい。それが気に食わんという事なのだろう」

「なるほど」

 康長の説明は分かりやすいものであった。もっとも幕府の威光を利用して他の勢力の上に立とうというのは歴史上多くの者たちが行ってきたことである。其れへの反発も同様であった。なるほど全く納得のいくものである。

 康長が伝えたもう一つの情報も織田家にかかわりのあるものであった。それは長房の興味を強く引くものである。

「先だっての淡路攻めの時ほれ、一向宗の門徒が加勢してくれたであろう。それについて本願寺が織田家に指示はしていないと弁明したようだ」

「ほう、それは気になりますね」

「うむ。どうも織田家と本願寺の関係は微妙であるからな」

 本願寺は各地の一向宗門徒を統率する存在である。一向宗の門徒は数も多く一揆を起こせば大名たちを苦しめる存在であった。

「なるほど、それはそれは」

 長房は笑った。何か思いついたようである。そんな長房を見て康長は心配そうに言った。

「何か良い策が思い浮かんだようだが、あまり足元をおろそかにするでないぞ」

 康長の心配は阿波三好家内部での長房の立場である。現状は長房に反対する勢力の勢いは下火であった。だがこの先どうなるかは分からない。

 長房も康長の懸念を察した。だが今更止まる友利もない長房である。

「三好本家を支えることが阿波の家の務め。それを果たすだけです。それは長治様も阿波の家の皆も分かっていること」

 自信満々に言う長房。だが康長には言い知れぬ不安がよぎるのであった。

 おそらく一般的な織田信長の覇道の印象だと義昭を伴った上洛の際に畿内は完全に平定されたと考えている人が多いように感じます。しかし実態としては本圀寺の変を始まりとして三好三人衆や阿波三好家との戦いは続いていきます。篠原長房の人生もここからが本番ともいえるかもしれません。

 本圀寺への襲撃は失敗し好機を逃したかに見える長房たち。しかしここからが戦いの本番となっていきます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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