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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第十章

 織田家の軍勢の猛烈な進軍の前に長房たちは撤退を余儀なくされた。それでもあきらめない長房だが、ここで悲しい出来事が起きてしまう。

 阿波に帰還した長房はすぐに三好三人衆らと協議し反転攻勢の準備を進めようとした。

「我らの兵力はまだだいぶ残っております。おそらくは織田家も京にとどまり続けることはないでしょう。その機をねらって再度進出すれば盛り返せるはずです。我等阿波の衆の兵力は相当残っております」

 これに対して長逸はこう言った。

「それはこちらも同じだ。もう一度畿内に入り、摂津や河内を支配下に置く。その上で持久戦を取れば我らの有利に転がるだろう」

長房や三人衆の目論見としては信長が領地に引き上げたすきに畿内に侵攻。摂津などを制圧し四国の三好家勢力と連携して対抗するというものであった。大和は現在松永久秀に制圧されつつあるがいまだ反松永の勢力も存在している。また近江の六角家も敗走はしたものの近江に潜伏して再起をうかがっている状況であった。こうした勢力との連携があれば三好家が畿内に返り咲きすることも可能であろう。だがそうなってくると長房や三人衆にとっての懸念事項があった。

「長房殿。義栄様のお体の具合はいかがか」

 三好政勝にそう問われて長房は黙った。その意味を察したのか、長逸はため息とともに言う。

「良くはないようだな。いやむしろもうよくなる見込みもないのか」

「ここでうそをもうしても仕様がありますまい。その通りにござる」

 長房はうなずいた。これに対して友通はいら立ちを交えて長房を問い詰める。

「義昭様が京に入られた以上は対抗する者が必要だ。義栄様なら申し分ないというのに。それがこの重要な時に病だとは」

「病は以前よりのことです。それに義栄様が京に入るのを嫌ったのは貴殿たちでしょう。もっと早く義栄様が京に入って、跡を義助様に譲っていればその不安もなかったのでは? 」

「何を…… 」

「友通、やめよ。今は言い争っている場合ではない」

「左様。篠原殿。貴殿もだぞ」

 長逸と政勝にとがめられて二人は黙った。実際ここにいる三好本家と阿波三好家の首脳で言い争っている場合ではない。長房もそれがよくわかっていたのでこう言った。

「正直義栄様は長くありますまい。そうなれば義昭様は将軍になりましょう」

 これに対して長逸はこう言い放った。

「もうすでに我らは義輝様を討っている。そうなれば何もかも今更だ」

 吐き捨てるようにとんでもないことを言う長逸。これには長房も驚くしかなかった。


 永禄十一年十月の初め、足利義栄はこの世を去った。享年三十歳。父の願いを託され数奇な運命をたどり最期は故郷と言える場所で息を引き取った。その死に顔は安らかなものであったという。

「長治殿や長房殿。阿波の衆の方々には本当に世話になった。ありがとう」

 そう長房たちに言い残したという。短くはあったがその人生に何の悔いもなかったと話していたという。

 義栄の葬儀は三好本家と阿波三好家の総力を挙げて将軍にふさわしい形で執り行われることになった。だが義栄の死から数日後にある報せが長房たちの耳に入る。

「義昭様が将軍になられたのか。いや当然のことか…… 」

 その報せとは義昭の将軍就任の報せであった。朝廷か義昭の家臣か信長の家臣か。誰かは分からないが義栄の死を知ったらしい。最大の障害が亡くなったことで何の憂いもなく義昭は将軍に就任できたようである。ついでに朝廷内で義栄を親しかったものも追放したらしい。義昭は完全に義栄に関わるものを排除した。そして念願の将軍の座についたのである。

 長房はすぐに三好三人衆や康長と会議を開いた。もっとも義昭の将軍就任は予測していた流れなので大した動揺はない。

「果たして諸国の大名は義昭様に素直に従うのかどうか。これがすべてだな」

 康長の言葉に皆一様にうなずく。

「おそらく毛利家は義昭様の将軍就任を歓迎するでしょう。そうすれば我らとの争いも優位に進めると考えるはず」

「義継様に松永、畠山家も義昭様に従うようだ。摂津などの国衆も同様らしい。越前の朝倉家は分からん」

 長房と長逸はそれぞれの観測を口にする。これを受けて康長はこう言った。

「まあ他国の者たちは表向き就任を歓迎するであろうな。しかし実際に命令に従うとは限らぬだろう」

「となると我らの当面の敵は織田家という事になりますね」

 長房の言葉に長逸はうなずいた。

「しかし織田家の本領は尾張と美濃。近江を抑えているようだが、一度本領に戻ればそうやすやすと上洛はできまい」

「今はまだ京にいるようだ。だがずれは出ていくだろう」

「幕府の兵力はまだまだ少ない。そこをねらえばもしやすると義昭様を討てるかもしれぬ」

 長房にとって三人衆の物言いは納得できるものである。とはいえ義昭を討てるかもしれないという物言いには若干の驚きがあった。

「(義輝様に続いて義昭様を討つつもりか。この方方はあくまでも三好本家の天下を目指すのだろうな)」

 現状そこは受け入れられるので長房も納得している。とはいえこの先どうなるか。それは長房にも分からない。


 三好三人衆との会議が終わった長房は、長治と自遁達重臣を集めて今後の方向についての協議を行うことにした。

 まず長治が口を開く。

「我らはまず義栄様の弔いを行う。そして今後も三好本家の方々と共に戦い、天下の静謐を目指していくことにする」

 これはあらかじめ長房が言い含めておいた内容である。長房としてはこの会議は今後の戦いに備えて阿波三好家の内部での役割の割り振りを決めておきたかった。長治にああいわせたのは三好本家との共闘を続けることを既定路線にしておきたかったのである。もっとも別に長治がああ言わなくても誰もがそう考えている、長房はそう思っていた。

ところがここで篠原自遁が進み出てこう言った。

「長治様。義栄様の弔いはもちろん行うとして、その後のことについては考え直すべきかと思います」

 こう言われて長治は固まった。まさか反論されるとは思っていなかったのである。これには長房も驚いたがすかさず反論する。

「阿波の家は本家あってのこと。本家の方々と共に戦わずしてどうする」

「その本家は畿内から追い出されて今や我らの居候だ。もはや敬う必要もあるまい」

 これははっきりと暴言であった。長房はさすがに怒ろうとするがそこでこの場の空気に気づく。

「(なんだ。どうも自遁殿の味方が多いように感じる)」

 少し前までは阿波三好家の重臣での会議は長房の独壇場であった。だれも長房のいう事に逆らわない。だから言って長房は無理やりことを勧めたりはしなかったが。それはおいておくとして今はそうではない。どこか長房への不信や不満が感じられるのである。

「(これは、私の居ぬ間に自遁殿に誑し込まれたか)」

 実際のところ今まで長房の主導してきた軍事行動に疑問を感じている者がいないではなかった。だが今までは勝利を重ねて義栄を将軍に就任させるところまで行った功績もあり誰も疑問視していなかったのである。ところが今回信長率いる上洛軍に敗れ阿波に退却したことでその疑念が表面化し始めたのだ。

 長房はそれをしっかりと感じる。そこで長治に進言する形で自分の意見を言った。

「長治様。義昭様にとっては我らも本家も同じ三好家。手心を加えることはないでしょう。松永殿は以前からの例外で義継様も松永殿の下に入ることで生き残ることが出来たにすぎません。我らが家を守るには本家の方々と共に戦いぬくしかないのです」

「そ、そうだな。長房の言うとおりだ。皆もそのつもりでいるように」

 長治はすぐに長房に同意した。主君がああ言っては自遁も黙るしかない。とはいえかなりあっさりと引き下がったのには長房も気になった。

「(自遁殿は何を考えているのだ)」

 そこに不安を抱く長房。だがその理由はほどなくしてわかることになる。


 一応阿波三好家の今後の方針は決まった。今後も機内への再上陸を目指して三好本家との共闘を進めていくことになる。その上で長房として重要視していたのが義栄の葬儀であった。

「義栄様の弔いを三好家一丸となって行い、我らの結束を高めていきたいと考えている。如何か」

 長房は三好三人衆や康長との会議の場でこう言った。今度は長治も同道している。長房としては義維達との関係の深さから長治に葬儀を主導させたいと考えていた。ただそうなると長治が三好家の中心人物と周囲からみなされる可能性もある。康長はともかく三好三人衆はそれを不快に思うかもしれない。長房はそう考えていた。

 だがこの協議は思いのほかあっさりと落着した。

「葬儀は長治様が中心となって義維様達を支える。それならば構わぬよ」

 長逸はこう言った。ほかの二人も同意見である。康長はもともと長治を中心に据えるつもりでいたので同意見のようであった。これには長房も拍子抜けする。とはいえ三人衆の意図も何となく察せた。

「(やはり血筋的に正当に近い長治様を立てておけばいろいろと便利だと考えているのだろう。長逸殿達からしてみれば実権を握れていればそれでいいのだから)」

 それについては長房も異論はない。別に長房は長治を本家の当主に据えようとは考えていなかったのだから。

 こうして会議は無事終わり、長房は居城の上桜城に帰った。するとそこに赤沢宗伝がやってくる。わずかな供を従えての姿で人目を忍んでいるようであった。長房はその理由は分からないが人目を避ける必要があるのだろうと理解し、一度居留守を使って面会を拒否し、翌日城下の寺でひそかに宗伝と面会する。

「手間をかけさせて悪かったな」

「いえ、お気になさらず。拙者としても内密の話でしたので」

 そういう宗伝の表情は緊張なのか相当青い。相当に不穏な情報を持ってきたようだった。

「いったい何があったのか? 」

 長房の問いに宗伝は一拍間をおいてこう言った。それはあまりにも衝撃的な報せである。

「長房殿。貴殿の命が狙われている」


 後日、阿波三好家の居城である勝瑞城で義栄の葬儀に関する会議が開かれた。これは予定通りのことで長房を含む重臣一同がそろって主席している。

 さてこの時の会議であるが実はいつもと大きく違うところがあった。今までなら会議は長房の主導の下で行われていたが、今回は長治が万事に仕切っているのである。もちろん長治はまだ若く未熟な面もあるので補佐は必要であるが、それは長房ではなく宗伝が務めた。重臣たちは戸惑ったが会議に差しさわりがあったわけではないので万事問題なく進む。

 やがて会議も終わりに近づいた。そんなときに自遁がおもむろに声をあげる。

「此度の取り決め、早く本家の方々にもお伝えすべきでしょう。その役はやはり長房殿に努めてもらうべきかと」

 これは確かにその通りで長房は三好本家との交渉の大半を任されているのでおかしくない話である。ところが長房はこう言った。

「その点について今日のうちに康長様がこちらに参られることになりました。私と宗伝殿、自遁殿はそれを待ち康長様も交えて葬儀のことをまとめてからご本家の方々に伝えるべきかと思います」

 こう言われて自遁の表情に困惑が浮かんだ。さらにどこか落ち着きがなく後ろめたさを感じているようにも見える。だがすぐにそれも消え去って長房の言葉にうなずいた。

「まあそれでよかろう」

 そう言って自遁は気づかれぬように舌打ちする。もっとも長房には見えていたが。

 その後康長が現れて会議は滞りなく終わった。そして会議が言わるや否や長房は挨拶もそこそこに急いで居城の上桜城に帰る。実は昨日の宗伝が知らせてきたのは自遁を含む一部の重臣が長房の暗殺を企んでいるという事であった。その計画も出来上がっていて、長房が三好三人衆との会議に行く道中をねらって行うつもりだったらしい。とはいえ準備も計画も杜撰であったため外部に漏れて宗伝の耳にはいたのだ。

「これよりは阿波の家での身の振り方も慎重にしなければ」

 今回の事態が起きたのは多少自身にもある。長房はそれをしっかりと意識した。

その後義栄の葬儀はしめやかに行われた。その場で当座の方針として義維達には阿波にとどまってもらい三好家が再び畿内を制圧したのちに上洛してもらうという事になった。

「差し当たっては織田家と義昭様をどうにかするという事だ」

 長房だけでなく三好家の首脳一同同じ考えである。そして程なくしてその機会が訪れることになった。

 足利義栄という人物の人生は本当に数奇なものでした。父の義維は将軍を目指すも擁立したものからはしごを外され零落。その先で生まれた義栄は本来なら零落した貴人として保護されたまま、表舞台に立つことのない人生を送るはずでした。しかし思わぬ混沌が義栄表舞台に引きずり出し将軍の座につくところまで行きます。しかしそれもつかの間あっという間に追われて最後は静かに最期を迎える、と言ったものです。あまりスポットライトの当たらない人物ですがその人生の無常さには何とも言えない感慨がありますね。

 さて義栄を失っても長房の戦いはまだ続きます。次回は果たしてどうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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