篠原長房 臣の務め 第七章
畿内で起きた三好本家の内紛。これを好機と見た長房は足利義栄を擁して本家の争いに介入する。阿波三好家のため動き続ける長房。その先にあるものは。
三好本家からの援軍要請を受けて長治は阿波だけでなく讃岐の兵も召集して海を渡った。讃岐の兵も動員できたのは今回の出陣が義栄の上洛を行うためのものだとしたからである。兵の動員は義栄の名で行われていた。実質は長房ら阿波三好家が主導したものではあるが。
ともかく義栄の名の下で阿波三好家は軍事行動を開始した。まずは長房が先陣として上陸し、摂津や山城の松永方の城を攻め落としていく。ただでさえ劣勢であった松永方は四国勢の参戦で形勢が完全に決まってしまった。
長房は城攻めの最中で三好三人衆と秘かに面会する。まず三好長逸がにこやかに言った。
「いや、篠原殿のご活躍で三好家に逆らう者どもを打ち破ることが出来ました。感謝いたします」
「いえ、これも天下静謐のため。義栄様上洛の露払いをしたまでです」
この発言に長逸だけでなくほかの二人の表情も若干こわばった。もしかすると長房は義栄のことを棚上げしてくれるのではないかという淡い期待を抱いていたのである。もっとも長房はそんなつもりはない。なので機先を制して釘を刺しておいたのである。
もっともこうした長房の発言は三人衆も予想しいている。ゆえに友通は努めて穏やかにこう言った。
「義栄様の上洛について今しばらくお待ちしていただけないでしょうか。無論我らも義栄様に将軍の座についてもらいたく思っております。しかし朝廷との諸々の折衝がありますので今しばらくお待ちしていただきたい」
この発言を聞いて長房はにやりと笑った。友通と政勝は不審に思ったが、長逸は意図を察した。
「なるほど。つまり本家の方々も義栄様を将軍にするつもりという事ですな」
この発言に友通と政勝は愕然とした。確かに三人衆は援軍の条件として義栄将軍就任の支援を求められると考えていたのである。しかし別に三好本家の方針に義栄の将軍就任はないしそれを表明したこともない。だがここで友通は「我らも義栄様に将軍の座についてもらいたい」と言ってしまった。これはある意味失言である。
長房は友通の発言を受けてたたみかけるように言った。
「これよりは三好本家と阿波三好家が共に義栄様をお助けするという事でよろしいですな」
これに対して長逸はこう答える。
「無論のこと。しからばこの後は阿波三好家も我ら本家に力を貸していただきたい」
要するに義栄将軍就任に力を貸す代わりに阿波三好家も本家に次唐を貸せ、という意味である。これを別に長房は否定するつもりない。
「勿論にござる。それが先代実休様の頃よりの阿波三好家の務めにございます」
「なるほど。それは良い。今後ともよろしくお願いいたしますよ」
長房は一礼した。これに対して長逸ら三人衆も一礼する。両者の間には何とも言えない緊張感が漂っていた。
畿内が一応平定されると義継は長慶の死を公表した。これにより畿内を平定したのは三好義継であると知らしめる意図もある。ともかくこの段階での義継は有頂天であったに違いない。ところが永禄九年(一五六六)九月、足利義栄が義維など家族を連れて摂津の越水城に入った。このころ義維の病状も比較的安定していたようである。入京こそ果たせなかったが阿波からの脱出は義栄にとっても義維にとっても喜ばしいことであっただろう。だが義継には全くうれしくない報せである。
「一体どういうことだ。なぜ阿波に引きこもっていた者たちが我らの城に入るのだ」
義継は呼び出した三好三人衆を怒鳴りつけた。越水城は三好家勢力下の城であるからそこに入るには三好家の許しがいる。ところがそれを義継は知らなかった。だから怒るのは当然のことである。無論三人衆も予測していた。
「阿波三好家より義維様と義栄様が上洛を望んでいるとの知らせが入りました。我らとしても断ることもできず、義継様へのご連絡が遅れました。お許しください」
「阿波の衆は義栄様を擁立すると言ってきませんでしたので、ひとまずそれを聞き入れることとしました。別に我らも本心から義栄様の擁立を望んでいるわけではございませぬ」
「今京は我らの手の内にあります。我らが許さなければ京に入れませぬ。まあ気にすることはないでしょう」
三者三様の発言であるが、実際は皆一様に義継の怒りをどうにかはぐらかそうとしているだけである。正直三人衆としては野心あふれるこの若い当主を見下し軽んじているところもあった。長慶は大人しいが大器であり三人衆だけでなくほかの者たちも自由にその力を生かせた。それがそれぞれの幸福にもつながっている。しかし義継は己の野心のために家臣達を引きまわしていた。それが三人衆を含めた多くの家臣にとって腹立たしいものだったのである。
一方の義継はそんな家臣たちの思惑は知らない。自分が当主なのだから皆自分のいう事を聞くと考えている。このすれ違いはあまりにも大きいものであった。
「ともかく義栄も義維も越水城に留め置け。そうすれば何もできまい。何か妙な動きがあったら必ず俺に連絡するのだ」
そう言って肩を怒らせながら義継は出ていった。その後姿を三人衆は皆冷たい目で見ている。
義栄は越水城に入った後で将軍就任のための準備を着々と進めていった。長房はこれを支援しつつ四国衆を率いて三好本家の畿内制圧を助ける。ここに至るまで万事順調であったが一つだけ気がかりなことがあった。
「長逸殿。松永殿の行方はまだ分からぬのですか」
「うむ。あ奴め逃げたとばかり思っていたが身を隠していろいろと動いているらしい」
長房の気がかりは松永久秀のことであった。久秀自身は長房が上陸する前の戦いで大敗し姿を消している。だがただ姿を消したわけでなく足利義昭支援のために畿内で暗躍しているらしかった。
「松永殿はおそらく義昭様の上洛を機に挙兵するつもりなのでしょう。義昭様は各大名に変わらず支援を頼んでいるようですね」
「ああ、その通りだ。しかし芳しくない様子であるな。だが一たびどこぞの大名が立ち上がり上洛しようとすれば形勢は変わるかもしれん。松永め、本当にやっかいな奴よ」
現状周辺に今の三好家に単独で対抗できそうな大名はそうそういない。しかし義昭の名の下に複数の大名が同盟を汲めば相当やっかいであった。そしてその事態は十分に起こりうる。となると三好家が畿内を完全に掌握しいかなる事態にも対応できるようにしておかなければならなかった。
そうした事態に対応するためにも長房が進めておきたかったのが、義栄の将軍就任であった。義栄が将軍に就任すればそれを支える三好家の戦いは大きな大義を背負うことになる。そうなれば義昭の工作の効果にも陰りが出るはずであった。
長房としては色々と動いているつもりである。しかしあくまで阿波三好家の家臣である長房では限界があった。そこに関しては長逸ら三好三人衆に期待しているところである。
「義栄様の将軍就任についてはどうなっておりますか? 私としては早く入京するべきだと思っているのですが」
この長房の発言に長逸の表情が露骨に曇った。長房はその表情の意図するところを読み解く。
「(義継様が納得されていないのだろう。しかしだとすると義継様は本当に足利家に取って代わろうとしていたのか)」
実際問題義継は義栄の入京に強く反対していた。将軍就任についても無論である。長逸達は何とか説得を試みていたが義継は聞く耳を持たないのである。
一方で長逸としては義栄の将軍就任は悪くない話であった。義栄は義輝以上に軍事的な後ろ盾を持たない。三好家がいなければ何もできない存在である。ならば自分たちの意のままにすることもたやすいはずであった。そもそも義継の暴挙に賛同したのは独自の行動を始めた義輝を排除するためで、正直義継の考えはさほど重視していなかったのである。
「我らもいろいろと動いている。正直拙者としては義栄様を将軍の座につけることには大いに賛同するところだ」
「だが義継様はうなずかない」
「さよう。だがこうなったら多少は強引に事を進めるべきだろう。だがその代わり」
「その代わり? 」
「こうなった以上は貴殿と我らは一蓮托生だと承知してくれ」
長逸は鬼気迫った表情で長房を見た。これに長房は動ぜずうなずく。
「無論のこと。そもそも我等阿波の衆は本家を支えるための家です」
この長房の答えに長逸は満足げにうなずくのであった。
長房と長逸の間で今後の方針の統一がなされたことによって三好本家は積極的に義栄擁立に動くことになる。ここに長慶存命の頃からのパイプが生きてきたわけであった。将軍就任に必要な準備は着々と進んでいく。
尤も問題が無いわけではない。朝廷はこれまでの経緯を考えて義栄就任には正直後ろ向きな姿勢である。とはいえ最大の対抗馬である義昭の上洛が難しそうな現状であった。そのため朝廷としても天下静謐のために新たな将軍を選ぶべきであるという意見も多い。また三好家が京周辺地域の治安の維持を担っている以上は三好家との関係を悪化させるわけにもいかないという事情もあった。このため三好三人衆は近いうちに朝廷も義栄の将軍就任を認めるとか考えている。
こうした状況は長房にとっては万事順調と言ってよい。その日長房は高屋城の康長と今後のことについて話し合っていたが終始上機嫌であった。
「長逸殿達から義栄様の将軍就任について朝廷も前向きになりつつあると報せが入りました。油断はできませぬが現状は大分うまく行っているようです」
普段冷静沈着な長房とは思えぬ明るさである。一方の康長は長房の話にうなずきつつもどこか悩まし気な顔をしていた。それは長房にも見て取れるほどである。
「康長様。何か気になることでも? 」
「うむ。いや、義栄様のことも万事順調に進んでいるのは重畳だ。しかし何か見落としていることはないだろうか」
康長にそう言われて長房は少し考える。その中で思い浮かんだのは久秀のことであった。
「康長様は松永殿の動きが気になるのですか。かの御仁は今もどこかで暗躍している。もしやすると義栄様を害しようとしているとお考えなのですか? 」
これに対して康長は頭を振った。当てが外れて再び思案する長房に康長はこう言った。
「儂が気になるのは義継様のことよ。この前義継様から書状が届いてな。これだ」
康長は義継からの書状を長房に見せた。書状を呼んだ長房の顔が見る見るうちに険しくなる。なぜならその内容は三好三人衆が自分のことを蔑ろにしていることへの不満と、長房ら阿波三好家が三好本家の意思決定に関わっていることへの怒りが書いてあったのだ。これにはさすがの長房も表情を曇らせる。
「おぬしのやろうとしていることは分かる。しかし些か急ぎすぎているのかもしれん。それがこの書状を見ればわかる」
「それは…… 確かにそうかもしれませぬ。しかし我らの行いは三好本家を思ってのことであります」
「それは儂にもわかる。しかし若い義継様にはなかなかに通じぬものよ」
康長の言葉に長房の表情はますます険しくなる。
「おぬしは本当に頭がいい。しかし良すぎるがゆえに思わぬ災いを招くこともある。十分に気を付けるのだぞ」
長房は返す言葉もなかった。ただただ康長の忠告を聞き入れるだけである。だが遅かったかもしれない。この後で康長の言う通り思わぬ災いが起きるのである。
年が明けて永禄十年(一五六七)になった。年始の祝いも滞りなく進み、義栄は朝廷から官位を与えられる。これにより義栄の将軍就任の道は順調に進む。
しかし翌二月にとんでもない事態が起きた。この時長房の耳に入った第一報は松永久秀が発見されたというものである。久秀は堺に姿を現したらしい。堺は武家の支配を受けず商人たちが自治し自ら防衛も担っている自治都市である。一種の中立国のような場所でもあった。そこに久秀が姿を現したのだがその目的は不明である。
「堺の町衆を通じてなにがしかの働きかけをするつもりか。義昭様を上洛させる工作であろうか」
長房は不安に思い三好三人衆と今後の方針について協議しようと考える。そして三人衆の集まっている飯盛山城に向かった。そこには康長の姿もあったが全員そろって暗い顔をしている。長房は何かとてつもない不安を覚えた。
「いったい何があったのですか」
「義継様がどこにもおられぬ。康長殿と出陣してから姿を消してしまったのだ」
長逸の発言に長房は絶句した。さらに康長がこう続ける。
「安見殿が松永方の残党を見つけたと言ってきたのだ。儂は義継様と安見殿と出陣したのだが途中で二人が兵と共に姿を消してしまった。松永方の兵もいなかったらしい」
「そ、それは一体どういうことなのですか」
動揺する長房。安見殿、というのは畠山家臣の安見宗房のことである。畠山家は久秀と手を組んで三好家に対抗していたが、久秀が消息を絶ってからは三好家と和睦していた。
畠山家はそもそも三好家と敵対していた家である。その家臣の安見宗房が三好家の当主とともに姿を消した。さらに久秀も姿を現したという。これらの情報を察するに長房の頭には、いやここにいる全員の頭に細工の事態が思い浮かぶ。つまり久秀と宗房が共謀して義継を暗殺したのではないかという事だ。
沈黙する五人。するとそこに息を切らせた伝令が駆け込んでくる。この伝令が報告で五人が想定していた最悪の事態が起きなかったことが分かった。だが一方で想定外の最悪の事態を知らせるものである。
「松永久秀殿が挙兵いたしました。義継様も共におられるようです! 」
その報せはあまりに衝撃的で三人の理解を拒むものであった。しかしそれは真実である。この時三好義継は松永久秀に迎えられ共に挙兵したのだ。
こうして一度の平穏は破られて新たな混乱に突入する。そしてこの混乱は長房に最悪な形で終息していく。
戦国時代の近畿地方の混乱は様々な段階に分かれています。その段階の一つとして三好家の内紛がありますが義継と三好三人衆の決裂はその最終段階と言っていいと思います。しかしこの当主が出奔してかつて追放した家臣と挙兵するという事態は戦国時代でもあまり見られない事件です。ここに至るまでの混乱は非情に見ごたえがあるので何か映像化でもされないかと期待しています。
さて義継が出奔し長房たちの前途に暗雲が立ち込め始めます。長房はこの事態にいったいどう対応するのか。そしてその先に何が待つのか。お楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では




