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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第六章

 将軍を白昼堂々と討ち取るという事件を引き起こした三好義継は新たな体制を確立するために動き出す。その一方で長房は阿波三好家の未来を見据え行動を開始した。

 永禄の変から一月ほど経った。この間長房ら阿波三好家の人々は合戦への備えを中心に準備を進めている。無論その中で長房の策を行うための準備も進められていた。そしてその策を実現するための重要な仕事をこの日行うことになっている。

 この日長房は長治と共に阿波平島に来ていた。目的は足利義維との面会である。以前の重臣たちの会議で長房が提案した策は足利義維の擁立であった。現在将軍が死亡した以上、将軍の座は空位である。だが義継は新たな将軍を擁立しようという動きをしていない。それどころか義輝の異母弟を排除するありさまである。

「(おそらく義継様は自らが幕府に代わる存在になろうとしているのだ。あの野心にあふれる目。あれこそが義継様の本質なのだろう)」

 長房は義継の動きをそう分析していた。そしてそれをあの場で阿波三好家の重臣たちに披露している。実際状況的にそう考える事態であったので皆一応納得している。

 だが篠原自遁はこう疑問を投げかけた。

「義継様が貴様の考えているような理由で今回の暴挙をしたとして、それで幕府に成り代われるとはとてもではないが思えん。儂もとてもではないが認められん」

 この自遁の疑問を長房は肯定した。

「その通りだ、自遁殿。私も認めるつもりはない」

 まさか全肯定されるとは思っていなかった自遁はそこで押し黙る。一方の長房は自分の考えを続けて述べた。

「おそらくは天下の諸侯も自遁殿と同じように義継様が、三好本家が幕府に成り代わるというのは認めんだろう。ゆえにだれか新たな将軍を擁立しなければならぬと考えるはず」

 これを聞いて宗伝は大きくうなずいた。

「なるほど確かにそうだ。ゆえに我らで義維様を擁立しようという事なのだな」

「左様。おそらく義維様もこれを好機とみるはず」

「そうか…… しかしそれで大丈夫なのだろうか」

 宗伝は珍しく不安げな表情で長房に尋ねた。

「そんなことをすれば我らと本家の間で諍いが生まれないか」

「その疑問はもっともです。しかしこの後で本家は内内で争いあうでしょう。康長様からも本家の内での不和の話が届いております。それについては後々述べますが必ずや我らに利することになります」

「利する、というのもどうであろうか」

「宗伝殿のお考えも分かります。しかし本家がこのような無道を行った以上、正道に直すのも我らの役目と存じます」

 長房が断定的に言うと宗伝も黙った。ほかの重臣たちも同様のようである。この後に重臣たちの同意を取り長房の策が動き出すことになったのであった。


 阿波平島。ここに足利義維とその家族、そして僅かな家臣が住み暮らしている。長房は阿波三好家と義維達の関係上何度か面会に来たことがあった。一方長治は二回目である。一度目は実休死亡後に家督を継承した事の伝えるためであったが、その時は幼かったしほとんどの対応を長房に任せていたのであまり記憶にない。実質初対面であるという事で、大分に緊張していた。そんな長治に長房はこう声をかける。

「何も心配することはありません。義維様は穏やかな方ですし、我らの忠義を理解しておられます」

「そ、そうか。ならばよい」

 緊張で思わず強い口調になってしまう長治であった。

 長房は緊張しっぱなしの長治を伴って義維と面会に臨む。そしていよいよ対面となったが現れた義維を見て驚いた。

「(病だと聞いていたがここまで衰えていたとは)」

 長房はここ一年義維とあっていない。ただ最近は病がちだとは聞いている。そしてまさしく現れた義維の顔は土気色で大分悪く、服の上からでも簡単にわかるほどやせ細っていた。長治も義維が病だとは聞いていたがここまでとは思っていなかったようで唖然としている。

 尤もたとえ落ちぶれている病人でも貴人は貴人。それを前にいつまでも驚いているのは失礼である。早期を取り直した長房は長治に促す。

「(長治様。頭を)」

 長房に促された長治は慌てて平伏する。長房もそれに合わせて平伏した。

「三好長治にございます」

「篠原長房です。お久しゅうございます」

 二人の挨拶を受けて義維はせき込みながらこう答えた。

「うむ、久しいな。表を挙げよ」

 その声は見た目より力のあるものであった。とはいえ掠れてはいる。

 長治と長房は顔を上げた。そして長治は口を開く。

「先だってお送りした書状の通り、義継様が義輝様を討たれました。これで将軍の座は空きましております。こうなれば我らは義維様を奉じすぐにでも上洛したいと考えております」

 緊張した面持ちで言い切る長治。これは長房に考えてもらったものをそのまま言上したのだ。とはいえ緊張しながらも一字一句間違わずに言えるのは大したものである。当主としての役もしっかりと果たしたと言えた。

 長房はそんな長治の姿を満足げに見ていた。あの幼かった長治がここまで言えるようになっているのは感動も一入である。

 そんな二人に対して義維は黙っていた。沈黙は思いのほか長く長治の表情に不安がよぎる。一方で長房は黙っている義維の表情にどこか悲し気なものが感じられた。

「(まさかあきらめてしまっているのか)」

 長房がそう思うのも無理はない。夢破れて阿波に逼塞してから三十近くたっている。今や昔日の勢いなどなく阿波三好家からの扶持で何とか食っていけている。その上本人は病の身となれば心が折れてしまうのも無理はなかった。

 義維は黙っていた、だがそこで悲しげな表情から一転強い決意のかんじられる表情になる。そしてこう言った。

「もはや儂はこのような体。阿波から出られるとは思えぬ」

 この発言に長治と長房に緊張が走った。だが次に出た言葉を聞いて驚きつつも安堵する。

「儂は将軍になれるとは思えん。しかし儂の子は別だ。来るのだ、義栄」

 義維がそういうと奥から線の細い、気弱そうな青年が現れた。顔立ちは義維に似ている。

「これは儂の息子の義栄だ。長治、長房。儂ではなくこの義栄を将軍にしてやってほしい」

 そう言って義維と義栄は頭を下げた。まさかお願いにきて逆に頭を下げられるとは思っていなかった二人は思わず動揺する。しかしすぐに気を取り直してこう答えた。

「お任せください。長治様の下、阿波三好家が必ずや義栄様を将軍にして見せます」

「な、長房の言う通り。お任せください」

 二人がこういうと義栄が口を開いた。

「お頼みします。どうか父上の望みを果たしてくだされ」

 か細い声であった。何とも不安になるがしようがない。こうして阿波三好家は足利義栄を擁して行動していくことになる。


 義維の願いを受けて阿波三好家は義栄擁立のために動き始める。だがこれは三好本家に内密のことであった。三好家を中心とした新たな体制を目指す義継にとって阿波三好家の行動は背信行為と言える。長房らもそれは理解していたのでいろいろ準備を勧めつつ機会を待った。

「とはいえその好機はいつ来るのだ? 」

 長治はそんなことを長房に尋ねた。これに対して長房はこう答える。

「まもなくでしょう。おそらく本家の動きにそろそろ乱れが見え始めるはず」

 この長房の見通しは予想とは違う形で当たった。永禄の変から二か月後、松永久秀に保護されていた覚慶が大和を脱出してしまったのである。そして名を義昭と改めて各地の大名に上洛の支援を求めたのだ。これには長房も焦る。

「まさか久秀殿がこのような失態をするとは。こうなると次の本家の動きはどうなるか」

 長房が予想していたのは長逸らが義継中心の体制を急いで確立しようとするのに対し、久秀が義昭をひとまず擁立して緩やかに三好家中心の体制を作ろうとするのだろうと読んでいた。それにより三好本家では対立が生じる。それが軍事的衝突に至るのならばその時阿波三好家は時機を見てどちらかに手を貸して恩を売りつければいい。そう考えていた。だが義昭がいなくなるとそうした方針は取れなくなるだろう。

 永禄の変以後の三好本家の動静は康長からつぶさに知らされてきた。義昭脱出後の久秀は立場を失い孤立しつつあるようだ。そしてついにこんな報せが届く。

「長逸が久秀を追い落とそうと画策している。儂にも手を貸せと連絡があった。如何するか? 」

 康長の連絡に阿波三好家は急いで今後の対応を会議した。とはいえ取れる選択肢はそう無い。その中で阿波三好家の利になりそうなのは一つであった。

「長逸殿に同心しましょう」

 この長房の決定に異を挟む者はいない。現実問題久秀の失態は重大なものである。それを庇う事や中立の態度など見せても何の得もなかった。

「我らが考えるべきは久秀殿が追われた後のことです。おそらくは義昭様を擁するものと三好家の戦となりましょう。その時に我らが義栄様を擁すれば大義名分が立ちます」

「確かにその通りだ。しかし本家の方々が承知するか」

 宗伝の疑問に自遁も同意した。

「向こうが乗らぬという事もあり得よう。その時はまさか本家と戦でもするつもりか」

「そのようなつもりはありませぬ。ですが本家の方々も我らの力は承知しているはず。今は必ず自分たちに付いてくると過信しているだけですから。それが過ちと分かればこちらの話を聞くはず。その時が勝負です」

「ならば我らは畿内の戦をしばらく眺めていればよいという事か? 」

 今度は長治が長房に尋ねた。これに長房はうなずく。こうしてとりあえずの方針は決まった。ところがこの先ふたたび長房の思いもよらぬ方向に事態は進み始める。


 義昭の脱出から三か月後、三好長逸、三好政勝、岩成友通の三名は三好義継に松永久秀の追放を訴えた。これに康長も阿波三好家の代表として賛同を表明している。義継はこれを受け入れて久秀を三好家から追放した。名目は義昭を脱出させた不手際であるが、実際は長逸達と久秀の権力争いの果てのことである。

もっとも久秀は大和に領国を抱えていたから無力化には至らなかった。久秀もこの義継の判断を不服とし三好本家と争う姿勢を見せる。そして三好家と対立していた畠山家と手を組んだ。さらに畠山家は義昭を擁立する姿勢を見せていたので久秀もこれに賛同した形になる。

この久秀の動きは義栄を擁立する阿波三好家と敵対する形になった。これらの情報を知った長治は長房にこう訴えた。

「松永が義昭様を擁立して三好家に歯向かいとなれば、我らも早く義栄様を掲げて軍勢を動かすべきではないか」

 これに対して長房は首を横に振った。

「まだ機ではありませぬ。義栄様の擁立を本家の方々に認めさせるためにはまだ少しはようございます」

この長房の発言に長治は不満であったが、長房のこれまでの功績と実力を考えると黙らざる負えない。

 さて長房はまだ機ではないと考えていた。しかしその機は意外なほど早く訪れる。というのも久秀の勢力が三好本家の人々の考えていた以上に大きくなったのだ。

 久秀は前述の通りに畠山家と手を組んだ。だがそれだけでなく少なくない領主たちが久秀に味方したのである。主に摂津や山城の勢力が久秀の味方であった。一方和泉や河内は三好本家方である。戦力は若干三好本家が優勢であったが、畠山家は紀伊の根来衆などの勢力ともつながっていて侮れない。

 実際の戦いは三好本家方が優勢であったが、松永方を追い込むほどの勝利は得られなかった。久秀に勝っても久秀に味方する勢力を鎮圧するに至らなかったのである。これに焦りを募らせたのは三好義継と三好長逸ら三好三人衆であった。


「このまま畿内を治められなければ俺の器量を疑われる。なんとしてでも歯向かう者たちを降伏させなければ」

 焦る義継であるが妙案はない。一方の長逸は阿波三好家に助力を求めることを秘かに決断していた。そしてそれを同士である政勝と友通に話す。

「このうえは阿波の衆の力を借りるしかあるまい。義継様は己の力のみでどうにかしようとしているがそれは無理だ。ともかく今は義継様の下で畿内を平定することで三好家の力を示せる」

「同感だ。すぐに康長殿に頼んで阿波から援軍を送ってもらおう」

 長逸の考えに政勝はすぐに同意した。しかし友通は難しい顔をしている。そんな友通に政勝は尋ねた。

「何故そんな顔をしているのだ。何も迷う心配などないだろう」

「いや、阿波の衆の力を借りなければならぬというのは拙者も分かる。しかし聞くところによると阿波の衆は義維様のご子息の義栄様を将軍にしようとしているらしい。それが本当ならば援軍の見返りに義栄様擁立に手を貸すことになる。義継様がそれを承知するとは思えん」

「むう…… 確かにそうだが」

 友通の言葉に政勝も黙った。一方長逸はすでに覚悟を決めているようである。

「友通の懸念はもっとも。しかし今は松永を追い落とし畿内を制圧することが先決。そのためには阿波の衆の力が必要だ。その見返りに義栄様の話が出れば受け入れるしかあるまい」

「しかし、義継様は怒るぞ」

「それも仕方ない。まあ、うまく丸め込めるだろう」

 こうして三好三人衆は阿波三好家に援軍を求めることを決めた。そしてこれを義継に上奏し了承される。援軍の要請は康長を通じて阿波三好家に届いた。

「ついに好機が来ました長治様」

「そうか。よし長房よ、万事うまくやれ」

「承知しました」

 こうして阿波三好家は畿内の戦いに参戦することになった。これが結果的にさらなる混乱を引き起こすことになる。


 戦国時代の様々な事件の中には動機が不明なものが多くあります。その一つが今回の永禄の変です。従来は義継が邪魔な義輝を討って都合のいい義栄を擁立するために行ったとされていましたが、どうも義継が義栄擁立の動きを見せていていないのではないかという研究が出てきています。となると何故義継は義輝を討ったのか。本気で幕府に成り代わるつもりでいたのかなど色々と研究が行われています。なんにせよ永禄の変で戦国時代の混沌はさらに進むことになります。長房もいよいよその混沌に飛び込むわけですがその先に待ち受けるのは何か。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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