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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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篠原長房 臣の務め 第三章

 久米寺の戦いで長房は主君の実休を失った。悲しみをこらえて長房は戦場から撤退する。大敗を喫し主君も失った長房はどうするのか。

久米寺の戦いは畠山方の勝利で終った。三好方を追い払った畠山高政は岸和城を攻め落とすと、三好は方のいなくなった高屋城と入城する。

 一方の三好方であるが被害を出したものの、長房やほかの将たちの素早い判断もあって何とか壊滅せずには済んでいる。

残存した三好方の軍勢はひとまず阿波に撤退することにする。

「冬康が船を用意してくれた。ひとまずは阿波に戻ろう」

 康長の言葉に皆うなずき準備を進める。そんな中で長房は一人無言であった。そんな長房に康長は優しく声をかける。

「おぬしの素早い判断のおかげで損害を最小限できた。助かったぞ」

 長房は沈んだ表情のままぽつりとつぶやく。

「戦って死ぬというのはそうやすやすとできないものなのですね」

 消え入りそうな声で長房は言った。殿になったのもあそこで戦って死ぬためである。だというのに気残ってしまった。

 放っておけばこのまま切腹しそうな雰囲気である。そんな長房に康長はこう言った。

「何はともあれおぬしは生き残った。それはまだここで死ぬ定めにないという事だ」

「主君をみすみす死なせたものに何が出来ましょうか」

「おぬしはこれまで実休の下で働いてきた。これから阿波の三好家を導けるのはお前しかいないのではないか? 」

「しかし…… 」

「幼い主君の後継ぎを残して死ぬ気か? おぬしは」

 そう言われて長房ははっとした。確かに実休は戦死したが息子の千鶴丸は健在である。主君を失った以上、幼い後継ぎを盛り立てるのは生き残った家臣の務めである。

 長房はやっとそこで自分を取り戻した。

「申し訳ありません康長様。私は家臣にあるまじき考えでした」

「やっと戻ったか。ならばいい」

 この期長房も阿波に戻った。その表情にはやっと生気が戻ってきている。


 阿波に帰国した長房たちは今後の方針を話し合う。現状畿内での戦況は三好家の圧倒的に不利であった。

 この時真っ先に発言したのが長房である。

「康長様や盛政殿は先ず所領に帰り兵を休めてください。政勝殿の兵は私の領地で休んでください。我等は畿内の動きによっては長慶様から出陣を命じられるでしょう。確実に」

「あい分かった。儂と盛政はすぐに発とう。政勝もそれでよいな」

「承知した。実休殿のこともあろうに世話になってすまぬ」

 そう言って政勝は長房に頭を下げた。これに対して長房はこう返す。

「あの戦の責は私にあります。むざむざ生き残った以上は三好家のために働くのみです」

「ああ、そうだな。かつて敵であった俺を迎え入れてくれたのだ。そのご恩は果たすさ」

 政勝は長慶の仇敵三好政長の息子である。政長の死後も長慶と争っていたがついには降伏。その後は三好家の戦力として一翼を担っている。

「かつては争ったが今は長慶様には心服している。次の戦では必ずや働いて見せる」

 息を挙げる政勝。ともかく会議は終わり各自散っていった。

 残された長房は実休家臣である篠原自遁と赤沢宗伝を呼んだ。

 長房の前に現れた自遁は開口一番長房を怒鳴りつけた。

「主君を失いおめおめと生きて帰ってくるとは何事だ。貴様も侍ならば今すぐ腹を切れ! 拙者が介錯してやろう」

 自遁は篠原家の分家の生まれである。若いころから何かと長房を敵視して実休に媚を売っていた。無能ではないがそうした振る舞いを実休に疎んじられていて、重臣であるものの重要な仕事は任されていない。そうした境遇や長房への悪感情もありこうした物言いになっているのである。

「何を言うのですか自遁殿。長房殿は兵やほかの方々をここまでうまく逃がしたのです。あそこで総崩れとなっては三好家の危機。それを防ぎ帰還した長房殿こそ真の侍でしょう」

 そう言うのはもう一人の重臣の赤沢宗伝であった。赤沢家は細川家に仕える身であったが、宗伝の一族は三好家に鞍替えしている。まだ若いが物の分別もつく優秀な人物であった。

 二人は今にも言い争いをしそうな雰囲気である。しかしそれを制する様に長房はこう言った。

「まず我らがやるべきは三つ。千鶴丸様をお守りする体制を作ること。実休様の弔いをすること。そして今も続く畿内での戦をお助けすること。この三つ」

 断定するような物言いであった。宗伝は無言で頷き自遁も思わず黙る。そして改めて長房はこう言った。

「それでよろしいな」

 そう言った長房の目には強い決意がともっている。それを見て改めて頷く宗伝と思わずうなずく自遁であった。


 長房ら三人は今後の基本方針として実休の遺児である千鶴丸を盛り立てていくこと。そして長慶たち三好家本家を支えていくことで同意した。その上で実休の弔いとして三人そろって剃髪している。

 それから千鶴丸の家督継承に関わる様々な仕事をこなしていった。一方で淡路の冬康からは畿内の情勢が伝えられる。

「京が奪われたらしい。義輝様は逃すことが出来たようだが、今京を治めているのは六角義賢殿のようだ。長慶様は飯盛山城に籠られているらしい。畠山方は飯盛山城を包囲するつもりのようだ」

 冬康からの情報は畿内での不利な戦況を伝えるものであった。そしてその状況を打破するために阿波の軍勢の出陣をさせるようにという命も同時に降っている。

「幸いすでに軍勢の再編成は終わっている。康長様の指揮下に入り上陸して冬康様と合流しろとの命だ」

「それは…… 京は放棄してまずは畠山家を討つという事ですかな」

「そういう事だろう」

 宗伝の質問にうなずく長房。ひとまず将軍は確保しているがこれまで制圧していた京を放棄するというのはかなり大胆な決断であった。

「京の方面に出でいた義興様や松永殿の軍勢も合流する用だ。三好家の軍勢を結集すればこちらの勝利は必定と考えられているのだろう。とりあえず私が阿波の軍勢を率いて出陣する。その上で康長様の指揮に入るつもりだ」

 長房がそう言うと自遁が噛みついてきた。

「貴様は先だっての戦で敗れているのだろう。そのようなものに貴重な兵を任せられるものか。儂を出せ」

 こうはいっているが自遁の目的は別にある。自遁からしてみれば今回の戦はほぼ勝利が決まっているようにも見えた。ゆえに阿波三好家の名代として参戦し箔をつけたいと考えているのである。もっとも実休が討たれたように不測の事態というのは戦場ではいくらでもあり得た。自遁の考えは真に楽観的で思慮の浅いものである。

 尤も長房はそんな自遁の考えなどお見通しである。その上で自遁をとどめたまま納得させる方法も考えていた。

「まだ千鶴丸様が家督を継いでから日は浅い。戦は何があるかは分からぬ。もしかすると私も死ぬかもしれん。ここは自遁殿と宗伝殿には残っていただき千鶴丸様を支えていただきたい」

「むう。だが貴様が我らの名代として相応しいのか? 」

「阿波の軍勢を率いるのは康長様です。私は阿波の兵を二手に分け、一つの大将を私。もう一つは長秀殿にお願いしたい」

 長秀というのは自遁の息子である。長房の言い分は阿波の軍勢の総大将は康長であり同格の二人の将として自分と自遁の息子に努めさせるという事であった。自遁としては面目も立つ悪くない提案である。

「ふむ。まあそれならばよい」

 自遁は長房の提案を受け入れた。こうして阿波の軍勢は康長に率いられて再び海を渡るのである。


 久米寺の戦いから二か月ほど経った。現在三好長慶の籠る飯盛山城は畠山家の重臣安見宗房と湯川直光の軍勢に包囲されている。ここに根来衆も参陣しており久米寺の戦いに参加していた畠山家のほとんどの戦力が集結していた。一方阿波から渡海した三好方は安宅冬康の淡路衆と合流し摂津の尼崎に着陣する。ここに長慶嫡男の三好義興を大将とする畿内の三好方の軍勢が合流した。義興旗下には一族の重鎮である三好長逸や長恵に抜擢された重臣である松永久秀などがいる。

 合流したところでまずは阿波勢と畿内勢の双方の諸将を集めて軍議となった。阿波勢の代表は康長、畿内勢の代表は義興である。

 軍議が始まるとまず義興は康長に頭を下げた。

「大叔父上、この度はご足労まことに感謝いたします。我等だけでは父上をお助けするのは如何とも難しく、阿波の方々のご助力を得なければいかぬと考えました」

「何を気にするな義興よ。儂も三好一門。一族の主が危機とあれば何を押してでも馳せ参じるのは当然であろう。気にするな」

 康長は笑ってそう答えた。すると義興もほほえみをかえす。これで場の空気は大分和やかになった。

 長房にとって成人した義興を見るのは初めての機会である。その所作や立ち振る舞いを見て内心素直に感心していた。

「(なるほど偉ぶったと事のない謙虚なお方のようだ。京の戦線は義興様が指揮されていたというが、退きはしたものの合戦で敗れてはいない。しかも撤退も損害を出さずに成し遂げたらしい。これほどのお方とは思いもしなかったな)」

 義興は三好家の時代の当主。それにふさわしい振る舞いと素養を持っていると長房は感じていた。

 それから軍議は順調に進んだ。もっともこちらの取れる戦い方は限られている。今六角家は京に軍勢を置いているが動きを見せていない。その理由は不明であるが三好家に取ってはありがたい話である。だがいつ動きだすともわからない以上は時間をかけている暇はない。全軍で畠山方の籠る教興寺に向けて進軍、攻撃を仕掛けることに決まった。

 この軍議の間、基本的に長房は発言していない。せいぜい長房と長秀の率いている阿波三好家の軍勢の状況の説明ぐらいである。それゆえほかの諸将のやり取りを眺めている時間が多かったが、そこで気づくことがあった。

「(義興様は松永殿を大分頼りにしておられるようだな)」

 軍議の間義興は何かにつけて久秀の補佐を受けていた。その補佐はまだ若い義興の不足を埋めるちょうどよいものであるが、補佐している久秀が義興を軽んじている空気もない。良い主従関係に見える。

 だがそれをどこか不機嫌そうに見ていたのが三好長逸であった。長逸は康長に次ぐ三好一門の重鎮である。そんな長逸が次期当主と重臣の息の合ったやり取りを気に入らなそうに眺めているのは正直不審なものである。もっともそれに関しては長房にも心当たりはあった。

「(一門の方々は松永殿のことを疎んでおられると聞いている。まさしくその通りのようだな。これが後に妙な事態を引き起こさなければよいのだが)」

 長房がそんなことを考えていると軍議は終わった。全軍で畠山方の軍勢が着陣している教興寺に向かうという事に決定したのである。長房を含む全員は出陣の準備のために三々五々分かれていった。長房も頭を切り替えてさっきまでのことは忘れようとする。しかしなぜか頭の隅にさっきの懸念がこびりついて離れなかった。


 義興率いる三好家の軍勢は軍議の通り翌日か教興寺の畠山方の軍勢に向けて出陣した。そして五月二十日戦端が開かれる。両軍は双方正面から攻めあい主導権を争う。

 長房は自ら敵陣に切り込み奮戦した。

「皆のもの! 実休様の仇を討つ機会はここに置いてほかにない。力の限り闘うのだ! 」

 そう叫びながら突撃する長房。それに率いられて阿波三好家の将兵たちも続く。もっとも長房だけでなく三好家の各将も手勢と共に奮戦した。この一戦が三好家の興亡に関わる重大な戦なのだと誰もが理解していたからである。

 やがて畠山方の軍勢が押され始めた。すると畠山家の陣所から火の手が上がる。失火のようであったが思わぬ事態に畠山方に動揺が広がった。そしてここで飯盛山城から三好長慶が自ら兵を率いて出陣する。この時畠山方の軍勢は攻めてきた義興達三好家の軍勢への対応のため飯盛山城に背を向ける形になっていた。そこに長慶の軍勢が背後から攻め込んできたのである。挟み撃ちになりさらなる混乱に陥る畠山方。進退極り討たれるもの、とにもかくにも逃げ出そうとするもの、味方を守って討たれるものも居れば裏切って逃げるものなど様々であった。

 やがて畠山方は総崩れとなり湯川直光は戦死した。軍勢も散り散りとなり安見直房は何とか大阪に逃れて身を潜める。

 この敗戦の報は高屋城の畠山高政の耳にも入った。

「ああ、せっかく復帰できたというのに。悔しや」

 高政はすぐに城を出た。奪還できた城から逃れるのは無念であるがこのまま籠城しても勝ち目がないのは高政も理解している。ならば無様でも悔しくても生き残ることが最善であった。高政はそうしたことをちゃんと理解している。

 合戦は三好家の大勝で終った。長房は実休の眠る阿波の方に手を合わせてこうつぶやく。

「実休様。三好家は一丸となってこの危機を乗り越えました。これで三好家の天下は盤石でしょう。これもすべて皆様方が一丸となって戦ったゆえのことにございます。まさしく三好家の力を示したでしょう。これで実休様もご安心してお眠りできると思います」

 そう言って長房は改めて合掌したのであった。

 こうして三好家は最大の危機を乗り越えた。それはまさしく長房の言う通り三好家が一丸となった結束の結果である。だがこの後にこの結束ははかなくも断ち切られてしまうのである。


 教興寺の戦いの直前は当時の三好家最大の危機と言っていい状況でした。それを打破したのは三好家家中の結束だったわけですが、その後のことを考えると正直虚しさを感じてしまう所でもあります。

 さて教興寺の戦いで勝利した三好家は戦後新たな体制を打ち立てていきます。しかしその矢先に起きた悲劇が三好家を揺るがすことになります。長房は果たしてどうするのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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