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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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伊丹親興 暗中模索 第五章

 不幸に見舞われ続けた三好家は衰退の兆しを見せる。絶対的強者の衰退はそれに依存する者たちの人生も左右する。無論親興も例外ではない。

 永禄七年(一五六四)三好長慶がこの世を去った。最愛の息子の義興がこの世を去ってから一年ほど経ってからのことである。晩年の長慶は常に疲れ切っているようでかつての聡明さも失い後継者問題で弟の安宅冬康を自害に追い込んでしまう有様であったという。父を失いそこから這い上がって当代随一の権力者になった人物とは思えぬ様子であった。

 晩年はともかく三好長慶という人物は間違いなく傑物であった。そんな当主を失った武家が迷走し始めるのは不思議ではない。しかも長慶の養子として跡を継いだ三好義継は元服したばかりの少年と言っていい若者である。とてもではないが主体的に三好家という大きな家を取り仕切れるはずもない。

 こうした状況下でいろいろと不穏な話が親興の耳にも入ってくる。特に心配なのが二つあった。

 一つは三好家内での対立である。

「松永殿と長逸殿の仲がますます悪くなっているようだ。長慶様がご存命の際は二方とも表立って争っていなかったが長慶様が亡くなられて誰も止められないようだ」

 もともと久秀と三好一族の仲は悪かった。また近年は長慶が久秀を重く用いていたためそれがかえって久秀への反発にもつながっているらしい。冬康が自害した件も久秀の讒言によるものだという風評まで出ていた。

「こうなるともうどうしようもないかもしれぬ。どちらにつくかを考えなければ。それにしてもこんな時にも義輝様はお元気だ」

 親興のもう一つの懸念が義輝の積極的な行動であった。近年義輝は大名同士の戦いの調停を積極的に行っている。ほかにも将軍の権威を生かしての様々な活動をしていた。しかし三好家の一部の人間にとってそれらが目障りだという風聞を親興は聞いている。

「このままならば再び乱世に逆戻りか。ならば身の振り方を考えておかねばなぁ」

 ため息を吐く親興。実際この懸念は当たりため息をついている場合ではなくなってしまう。


 長慶死去の翌年、天下を揺るがす大事件が起きた。その事件の報告を聞いた親興はあまりの衝撃に気を失いかけるほどである。

「公方様を討ったというのか。それがどれほどの大逆かわからぬはずもあるまい。それでも討ったというのか。なんということを…… 」

 その大事件とは将軍足利義輝の御所が攻撃され、義輝と数多くの幕臣が討たれたという。そしてそれを実行したのは三好義継率いる三好家の軍勢だというのだ。

「義継様はその場には居られたのだろう。しかしこのような大事を起こすのならば義継様だけの御意志ではあるまい。一門か重臣の誰かの意思によるものだろうが」

 のちに入った続報で御所襲撃には三好長逸がいたという。ほかにいたのは岩成友通。かつて義輝を護衛した三好家の重臣である。さらに松永久秀の息子の松永久通。

 これらに加えてもう一人三好一族の人間がいた。それは三好政勝。三好政長の息子であり長慶と矛を交えた男である。長慶と義輝が対立していたころにいつの間にやら長慶の家臣になっていたのだ。今では三好一族としてそれなりの立場にいる。

「そろいもそろってなんということだ。しかし久通殿がいたという事は松永久秀殿もこの件に関わっているのだろうか」

 もしそうだとしたらこの件は三好家の総意ともいえる。実際義継は義輝を排除し自分が頂点に立とうと考えていた。長逸達は邪魔な義輝と排除するために義継をそそのかしたのである。なんにせよとんでもない話であるが。だが翌日にひそかに久秀の書状が届いた。内容は

「此度の一件は私にも寝耳に水の話だ。息子がこのような大事に加わっていたこともしならなかった。信じてはもらえぬだろうが本当なのだ。この件はおそらくは長逸殿が画策した事だろう。ともかく私は義輝様の弟君を保護している。ゆくゆくは貴殿の力を借りることになるだろうからその時はよろしく頼む」

といった内容である。親興はひとまず久秀を信じることにした。

「久秀殿は思慮深いお方だ。このようなことに関わるとは思えぬ」

 実際のところは久秀の言う通りで久通は巻き込まれただけのようであった。ともかくこの大事件は畿内を再び混乱に陥れることになる。


 義輝殺害の二か月後、久秀に保護されていた義輝の弟の足利義昭が大和を脱出した。この件は久秀のかかわりのないことであったようである。

「義昭様は久秀殿を信じなかったのだろう。当然のことだろうが」

 義昭の選択は親興にとっても納得しかない。久秀の息子の久通が義輝殺害に加わっているのだから当然である。そしてこの出来事は松永久秀を快く思わない人々にとってはまたとない機会であった。

 義昭の脱出から数か月後、若き三好家当主三好義継は松永久秀の排除を決定する。これを推し進めたのは三好長逸と三好政勝、そして岩成友通であった。彼らは今後三人一体となって行動し、「三好三人衆」と言われるようになる。

 三好三人衆は義輝殺害にも強く関わっておりもともと三好家内部での権力争いで久秀とも敵対していた。そこで義昭の脱出を口実に久秀の排除に動いたわけである。義継もこれを了承した結果久秀は三好家での立場を失った。

 だが久秀はまだ大和に勢力を保っている。また親興をはじめとする摂津の国人たちはこうした三好三人衆の動きに不信を持っていた。

「公方様を殺害するという大逆をしでかした連中だ。まったく信用ならん」

「あの三人の中には三好政長の子がいる。きっと我らを苦しめるに違いない」

 こうした意見が多く聞かれたのである。親興もおおよそ同調している。また久秀がかつて摂津の担当であったころは非常に平穏であったのもあって久秀への個人的な行為もあった。

「私は久秀殿に味方しよう。おそらくはほかの摂津の衆も同じようにするはずだ」

 親興はいち早く久秀への助力を公言し、他に摂津の国人たちも同調する。結果畿内での三好家の勢力は松永久秀方と三好三人衆方に二分された。こうして三好家の内部争いが激化していくのである。


 久秀に味方することにした親興たち摂津の国人たち。これに加えて久秀が同盟を汲むことにした相手が畠山高政であった。政国はいまだ紀伊で潜伏しながら河内への復帰を狙っている。このころ難を逃れた足利義昭が各地の大名に京への帰還を支援する要請をしているが高政もその一人であった。要は義昭の支援をしてその見返りとして河内への復帰を果たそうとしたのである。

 高政にとって久秀は自分を追いやった仇敵長慶の重臣だった男である。とはいえ三好家を追われた後の久秀はひそかに義昭方に付いて行動しようとしていた。高政もそれは把握していたので同じ勢力にいると理解していたのである。

「この際は先ず河内に復帰することが第一だ。まあ三好家から追い出された松永なら手を組んでもよかろう」

 そう考えた高政は久秀との同盟を選んだのである。

 こうして永禄九年(一五六六)の初旬に三好三人衆に対抗する体制は固まった。とはいえ三好家は強大な勢力である。畿内では現状比較的久秀に利がある様に見えるが、四国の三好家の人々は三人衆を支持する姿勢を見せていた。その点を考えればできるだけ早く畿内だけでも久秀の勢力下に収めたいところである。そこで久秀がまず目指したのが堺の制圧であった。堺は港湾都市として栄え、経済軍事両面においての要所である。三好家は早いうちから堺を支配下に置いていて自治を認める代わりに強大な支援を受けていた。この堺を抑えるという事は畿内制圧に欠かせない大事なのである。

「まずは堺を手に入れるという事か。ならば私もできる限り助力せねば」

 この堺制圧作戦には親興も摂津の国人たちと共に出陣した。それだけでなく高政の軍勢も合流し久秀も自ら出陣している。

「いや、まさかこのようなことになるとは。だが親興殿の御助力を得られてまことにありがたいことです」

「何の。あの書状を戴いたときから久秀殿に味方しようという考えでした。ともに戦いましょう」

 久秀は親興の行動に素直な感謝を見せた。三好家から見限られて相当心細かったらしい。ともかくこうして久秀たちは堺の制圧に向けて出陣した。もっとも堺を治める会合衆は抵抗せずにあっさりと降伏する。無駄に戦って街を焼くようなことはしないという商人らしい合理的な判断であった。

「幸先良いな。このままうまく行けばいいのだが」

 そんなことを考える親興だがこれは全く甘い見通しであった。この久秀の動きに三好三人衆は機敏に反応する。彼らも堺の重要性を理解していたのだから当然であった。三人衆は安宅冬康の息子の信康率いる淡路水軍に援軍を要請。これと合流し堺を包囲した。兵力は久秀方の軍勢の倍以上である。これが城攻めであったら何とかなる兵力差であったが堺は城ではない。堀はめぐらされているがあくまで都市である。

「これでは戦えぬ」

 久秀は迅速に決断した。会合衆に仲介を頼んで自ら敗北を認めて停戦したのである。これには親興も驚いた。

「な、なんという御仁だ。いやまっとうな判断だというのは分かるが」

 無駄に戦うより敗北を認めて戦力を温存した方がいい。また戦いになって堺を焼いて恨まれるより逃げ出した方がましだ。そういう事なのだろう。

 こうして堺は三好三人衆に奪還された。ここから久秀方の苦闘が始まるのである。


 堺で大敗を喫した親興たち。だがここで予想だにしない事態が起きる。

「久秀殿がいなくなった? どういうことだ」

 なんと和睦が成立し堺から脱出した久秀の行方が分からなくなったという。現在久秀の居城である多聞山城は息子の久通が守っている。久通からの連絡でも周囲に流れる風聞でも久秀が討ち取られたという話は聞かないので無事なはずであった。とはいえなんにせよ総大将がいない状態では士気も下がるというものである。

「久秀殿のことだから身を隠して何か画策しているのかもしれない。だがそれにしても負けた後ですぐさま姿を消すというのはどうなのだ」

 親興は久秀の狐のような風貌を思い出した。常に何か先のことを考えているような人物である。おそらくは何か逆転の一手を討とうとしているのだろうが、何も言わずに消えるというのは正直味方の志気にもかかわりがある。だったら親興を含む誰か有力な摂津の国人に真意を継げるとか同盟相手である高政の下に身を隠すとかそういう風にしてもらいたいものであった。

 そんなことを考える親興であったがなんと久秀から書状が来た。その内容は驚くべきものである。

「堺を奪われた以上正面切っての戦いはいささか不利だ。私はこれから身を隠しながら義昭様と連絡を取る。義昭様は諸国の大名に助力を頼んでいるらしい。それがうまく行けば強力な援軍になる。我等も義昭様の先鋒に加わるつもりだ。しかし長逸達が手を拱いていることもないだろう。おそらく四国の衆と手を組んで畿内を手に入れようとするはず。その時は無理をせず降伏してくれていい。貴殿らが義昭様を奉じる考えだというのは私から伝えておく。なおこのことは高政殿にも知らせてあるからご心配なく」

 手紙を読み終えて親興はうなった。何とも老獪な男である。

「いつ援軍が来るかはわからない。できるだけ粘るか」

 こうなった以上は仕方ない。親興は覚悟を決めるのであった。


 覚悟を決めた親興はともに久秀に味方する摂津の国人たちと共に三好三人衆に対して抗戦の姿勢を見せた。一方久秀を打ち破った三好三人衆は四国にいる三好家の戦力を呼び寄せて畿内の制圧を試みる。

 だがここで四国の三好家は一つ条件を出してきた。四国三好家の重臣である篠原長房が要求したのは阿波で保護している足利義栄の将軍就任である。

「公方様が居られぬのは論外だ。だが義昭様を招くわけにもいくまい。ならば我らの手元にいる義栄様を新たな公方様として奉るべきではないか」

 足利義栄は義輝、義昭兄弟の従姉妹にあたる。義栄の父の義維は義輝、義昭兄弟の父である義晴の弟であった。だが後継者争いに敗れ阿波に逃れていたのである。この時義維は存命であったが病に倒れていた。そこで義維の息子の義栄を擁立しようという事であった。

 そもそも義維を擁立しようとしていたのは長慶の父の元長である。その点を考えると義維の血筋の将軍を誕生させるというのは三好家の悲願と言えた。長房の主張も真っ当である。

 ところがこれに反発したのがほかならぬ三好家の当主である義継である。義継は義輝を排除し自分が天下人になるつもりであった。それなのに義栄を擁立したら本末転倒である。

「長房の物言いは聞き入れられぬ。このうえは我等だけで久秀に味方する者を倒してしまおう」

 義継はこう言ったが長逸達はこれを無視した。彼らからしてみれば義輝の行動が邪魔であったわけで傀儡にできそうな義栄ならばたいした問題ではないと考えたのである。

 こうして義継の意思は無視されて四国三好家からの援軍が決まった。これにより三好三人衆方の戦力は大幅に増強される。覚悟を決めた親興であるがこれはどうしようもなかった。

「できるだけ粘るがどうしようもなくなったときは久秀殿のお言葉に甘えよう」

 親興も一度は敵方の猛攻に耐えたが二回目の攻撃の時にはあえなく敗れ降伏した。ほかの摂津の国人たちも同様である。畠山高政も久秀が不在という事もあり三好三人衆と和睦した。こうして畿内は再び三好家の下での平穏に落ち着いたかに見えた。だが火種はまだまだくすぶっている。


 近畿地方に限ったことではないのですが、戦国時代は各地で混乱と戦乱に見舞われています。それでも畿内は長慶という存在で安定しかけたところで今回の事態です。この時代のこととを調べると本当にいろんな思惑が見受けられて混沌そのものとしか言いようがありません。親興は比較的有力な国人であったのである程度自分の進む道も選べたのでしょうが巻き込まれる人々にとってはたまったものではないでしょう。今の時代の平穏のありがたみをかみしめる今日この頃です。

 さて三好三人衆の下で畿内は平穏になったかに見えました。ですがそううまく行かないのが戦国時代。これからさらに急展開を見せます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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