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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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金森長近 のっそり長近 第十一章

 天下統一を目指す豊臣秀吉に降った長近。一方秀吉にいまだ反攻を続ける佐々成政。いよいよ秀吉が成政の討伐に乗り出そうとしたとき、長近は思いもよらぬ仕事を任されることになる。

 天正十三年八月。豊臣秀吉はいよいよ佐々成政の征伐に乗り出した。そしてその総大将に織田信雄を据える。そして先導役は前田利家で丹羽長秀の息子の丹羽長重も出陣した。そして越前の領主であった長近も出陣することとなる。

「織田家の家臣であった者の討伐に向かうのは織田家の者ばかりか」

 この時越後から上杉家も越中に向けて出陣していたが攻撃を加える様子はなかった。上杉家は豊臣家に臣従する姿勢を見せていたが、かつては敵だったこともありまだ警戒しているようである。そういうわけで実質的に成政を攻めるのは大半が織田家の人々であった。

「成政殿も意地を張らず素直に降伏してくれればよいのだが」

 長近は家臣に留守を任せて秀吉率いる軍勢に合流する。可重は今問題解決のために美濃の金森領にいたからだ。美濃の問題もすぐに方がついいたので後継者としての箔付けに同行させようとも思ったが、美濃の家臣たちと交流を深めるのもよいと思ったのでそのままにしている。秀吉率いる征伐軍は加賀(現石川県)と越中の境にある倶利伽羅峠に陣を張った。ここは成政の本拠地である富山を見下ろせる位置にある。成政も秀吉の攻撃に備えて富山城に兵力を集中させた。こうして戦いが今にも始まろうとしたとき、長近は秀吉に呼び出された。

「いったい何の御用なのだろうか」

 まさか成政の説得を頼まれるのだろうか。だとしたら自信はない。そんなことを考えながら長近は秀吉の下に向かった。

 

「ああ、よく来た長近。さて。実はおぬしに頼みたいことがあってな」

 昔と変わらぬ気さくな雰囲気で秀吉は長近に語り掛けた。平伏し秀吉の言葉を待っていた長近も少し拍子抜けである。

「何なりと御命令をくだされ」

 そう長近は答えたが、秀吉のからの命はなかなかに難しいものであった。

「これより飛騨に入り姉小路家を討伐せよ。おぬしの手勢だけでやるのだ」

 姉小路家は飛騨を支配している大名である。また佐々成政と同盟関係にあった。そこを考えれば同盟国同士の連携を断とうという考えに見える。しかし長近には内心疑問があった。

「(秀吉様の率いてきた軍勢は圧倒的だ。姉小路家の動きが邪魔なら牽制にわたしを残せばいい。それでも秀吉様の軍勢は強大なのだから成政殿にはたやすく勝てるはず)」

 姉小路家は確かに大名と言える勢力であるが秀吉の軍勢の前ではあまりにも小さい。少数の勢力でも後方を攻撃すれば確かに脅威であるが、それに対する備えなど簡単にできるくらいの軍勢を引き連れているのである。

 長近は何となく秀吉の言わんとしていることに気づいた。

「(要するに己のいる意味を示せ、という事なのだろう)」

 降伏してから長近は秀吉の下で何も功をあげていないといえる。そうした存在には厳しく対応していこうというのが秀吉の方針なのだと長近は理解した。

 ならば答えは一つである。

「承知しました。成政殿が下るよりも早く飛騨を攻め落として見せます」

「おお。なかなか剛毅なことを言うな。のっそり殿」

 そう嬉しそうに言う秀吉。だがその目は刃物のように怜悧である。長近はその視線に気づかぬふりをする。

「(もっともそれも悟られているだろうが)」

 目の前の男が昔から油断ならない人物だという事はよく理解している長近であった。


 秀吉の命を受けた長近はすぐに動いた。まず美濃の可重に出陣するように命じた。自分はこのまま加賀から侵攻する予定であったが美濃から可重が飛騨にはいれば姉小路家に二正面作戦を強いることが出来る。

「これは思わぬ僥倖であったな。これで可重の名も上がれば一石二鳥」

 長近の連れている手勢と美濃の軍勢を合わせれば姉小路家とも互角以上に戦えるだろう。だが長近は必勝を期するためにもう一つの手を用意しておいた。長近はそのもう一つの手である人々とこれから会う。

「いやぁ。よく参られた。ここまでご苦労でありましたなぁ」

「いえいえ。此度は旧領復帰の機会を与えていただきありがたく思います。これで憎き姉小路を討ち果たすこともできましょう」

 そう言っているのは飛騨の領主の江馬時政である。正確には元飛騨の領主であり、江馬家はかつて北飛騨に大きな勢力を持つ勢力であった。しかし姉小路家との戦に敗れ時政の父輝盛は戦死。時政も飛騨を追われて越中に潜伏していたのである。長近はその情報をつかんでいたのでこうやって時政を呼び出したのだ。

「此度の姉小路との戦。頼りにさせていただきますぞ」

「無論。憎き姉小路を討てるのならば何の迷いがありましょうか」

 当然のことだが時政は飛騨の地理に明るい。道案内として最適である。そこを見込んで今回呼び寄せたのだ。さらに長近は姉小路家に敗れたほかの旧飛騨領主たちも集めている。彼らは皆一様に打倒姉小路の意気が高かった。

「(悪いがその心を利用させていただきましょうか)」

 内心長近はそうつぶやく。あくまでこの時もこの先のことなど時政たちには実は何も約束していない。長近は飛騨制圧の先も見据えて非情な行動に移ろうとしている。


 姉小路家への恨みをもつ飛騨の旧領主たちを連れて長近は越中から飛騨に侵攻した。同じくして可重は美濃から飛騨に侵攻する。つまりは飛騨を南北から攻める形になった。作戦は単純で姉小路家の城や拠点の各個撃破である。数は金森家が圧倒的に上であったので定石であった。

「江馬殿。道案内は頼みますぞ」

「無論だ。何なら先陣も我らが務めまする」

「それは勇ましい。しかしまずは我らが先陣を務めますので江馬殿は後から続き存分に御父上の仇を取られるとよい」

 この戦いで長近が徹底したのは金森家の将兵に手柄をたてさせることである。危険と隣り合わせであったが、今後豊臣政権の下で生きていくには金森家の力を見せなければならない。戦いは容易く行くかもしれないが長近にとっては金森家のこの先がかかった重大な戦いなのである。

「姉小路殿を討つことで我らの存在を示す。これはそのための戦いなのだ」

 長近はやや強引ともいえる速さで進軍した。姉小路家は地の利を生かして何度も攻撃を仕掛けてくるが、長近は時政たちからの情報があったのでこれを退ける。可重も順調に進行しているようだった。

姉小路家は金森家の侵攻を止められず、かえって戦力を分散させたことでどんどん拠点を失い不利に陥っていく。また姉小路家は佐々家からの援軍を期待していたが、その佐々家も豊臣軍と対峙していたのでそんな余裕はない。姉小路家はほかに飛騨の領主である内ケ島家と同盟を結んでいたが、当主の氏理が佐々家の救援に出陣している隙に金森家の内応で城を奪われてしまった。

 戦いを優勢に進めていた長近は姉小路家の本拠地である松倉城を攻め落とす。しかし姉小路家の抵抗は終わらなかった。姉小路家は隠居した前当主の居城である高堂城に籠る抵抗を続ける。

「もはや勝敗は決したというのに。まだ無駄に戦うか」

 さすがの長近も若干のいら立ちを覚えるほどであった。なんにせよ姉小路家の戦意が失われていないのなら攻撃するしかない。何より江馬時政たち飛騨の領主たちは姉小路家の滅亡を願っていたのでこちらも戦意は高かった。

「失われるのは兵だけではない。銭も飯も失うというのに」

 長近は軍勢を連れて高堂城に向かった。やがて到着した高堂城は天然の要塞である。これを攻めるのは難しい。とはいえ姉小路家も戦う力はなさそうだった。

「ふむ。こうなれば少し攻め手を変えるとしよう」

 ここで長近は一計を案じた。姉小路家は朝廷と密接な関係を持っている。そこで朝廷から降伏の勧告を行わせたのである。無論長近だけでできることではないので秀吉の口添えももらったが。

 結果効果はてきめんで姉小路家は降伏勧告を受け入れた。結局のところ最後まで抵抗したのは朝廷との関係からくるプライドによるものであったらしい。

「そこを重んじるのであれば秀吉様に従うのが道理であろう、と言う風には思えなかったのだろうな」

 こうして飛騨は長近が制圧した。佐々成政も織田信雄に仲介を頼み秀吉に降伏したようである。合戦はなくほぼ戦わずに降伏したようだ。


 戦いは終わり豊臣家の軍勢は帰国していった。しかし長近だけが飛騨にとどまっている。姉小路家は滅ぼされ京に送られたため、飛騨の支配者がいなくなったので暫定的に長近が管理することになったのだ。

 可重はこれに少しばかり不満そうである。

「我等だけで攻め落とさせたという事は我らに飛騨を任せるという事ではないのでしょうか? ここまで戦って何の褒美もないのはいかがかと」

 この戦いで軽微であるが金森家は損害を出している。それに見合った褒美と言うものがあってしかるべきだと可重は不満に感じているのだ。一方長近はある懸念を抱いている。

「飛騨は姉小路家の支配で安定していた。それを滅ぼしたのだから相応の覚悟は必要であろうな」

「それは…… 一揆もあり得ると」

 可重は冷や汗を流しながら尋ねてくる。長近は可重の質問に無言で頷いた。そしてもう一つの懸念を可重に仕える。

「江馬殿たちのこと、秀吉様には一応伝えた。しかしどうなることか」

「秀吉様は江馬殿たちの旧領復帰を認めぬと」

「秀吉様の目指す新しき支配になじめそうにないのならあるいはそうなるかもしれぬなぁ」

 長近は秀吉に時政たちの旧領復帰の願いを伝えている。しかし飛騨の処遇同様その返答はいまだない。可重はそこに不満を抱いた時政たちがどうするのかという事を警戒している。

「何にせよそこへの備えも必要ですな」

「まったくだ。どうやら我らはまだ試されているのだな」

 金森親子は二人そろって秀吉の意図を悟り、大きなため息を吐くのであった。


 成政の征伐に向かった諸将が帰国したころ、飛騨で一揆が発生した。一気に参加しているのは姉小路家を慕う一部の領民と時政らである。時政たちは秀吉や長近が自分たちを旧領に復帰させるつもりがないことを知り決起したのだ。

「もはやこのうえは自力で己の領地を取り返すのみ」

 一揆の首領に担ぎ出されたのは姉小路家の娘婿の三木国綱。国綱は戦いの後も飛騨に置かれて幽閉されていたが、姉小路家を慕う領民によって助け出されて一揆の首領になったのである。

 これを聞いて長近も可重もあきれ果てた。

「この無節操ぶり。姉小路家は仇だと言っていたというのに。本当になりふり構わぬつもりのようだ」

「そもそももっと早く秀吉様に誼を通じていればこのようなことにはならなかったのに」

 一揆の発生を予見していた長近たちはすぐに迎撃に移った。一揆勢はそれぞれ鍋山城と山下城に攻め寄せる。しかし長近は前もって一揆のことを密告すれば税を軽減すると領民に知らせていたのでこの情報は簡単に手に入った。

「私は鍋山城に向おう。可重は山下城に」

「山下城に向かう軍勢に三木殿がいるのでは? 」

「ええ。だからです」

 長近はこの一揆に苦戦するなど考えていない。むしろこれを利用しようと考えるほどだ。可重を山下城に向かわせたのは一揆の首領と捉えさせ、手柄をたてさせようという考えである。可重もそれがわかったので改めて何も問わず山下城に向かった。

 二人は一揆を殲滅するために城だけでなくその周辺にも兵を配置する。そしてあえて戦わず城にまっすぐ向かってくる一揆勢を放置した。そして城に迫ったところで出陣し迎撃する。金森家の軍勢の方が一揆勢を上回っていたので一揆勢が勝てるはずもない。ふりを悟って引き返す一揆勢を周囲の伏兵が待ち受けて攻撃した。これで壊滅したかと思いきや山下城の一揆勢は国綱を逃すために必死で抵抗する。そのため国綱を取り逃してしまった。これには可重も焦る。

「これでは養父上の気遣いを無駄にしてしまうな」

 可重は厳重な網を張り一揆勢を追い立てる。追い詰められた国綱は水無神社に立てこもった。これはむしろ可重にとっては好都合である。

「むしろ立てこもってもらった方がやりやすい」

 すぐに可重は軍勢を派遣する。水無神社には一揆勢に呼応した領民が参戦し数が増えていたが問題ない。可重は一揆を迅速に殲滅し国綱も捕らえた。

 これで一件落着かと思われたが二か月後にまた一揆がおきた。今度は時政たちの姿もある。前回の時はあまりにも早く鎮圧されてしまったので参戦できなかったらしい。

「黙って従っているのならば見逃すつもりでしたが、わざわざ出てくるのならばしようがない」

 今度は長近が出陣し今度もあっさりと壊滅させた。時政は自害しほかの者たちは飛騨の外に逃げたようである。飛騨の一揆もこれで終息に向かい始めた。

「やっと終わったか。やれやれ我等だけ長い戦いになったものだ」

 思えば成政は戦わず降伏したため秀吉たちは碌に戦っていない。本格的な戦闘をしたのは飛騨に向かった長近たちだけである。

「飛騨の衆も皆降伏すればこのようなことにはならなかったのだろうに。何も見えてなかったのか」

 姉小路家も一揆勢も勝算のない戦いに身を投じてばかりである。その浅慮に少しばかり怒りを覚える長近であった。


 今回の話でもありましたが佐々成政は抵抗らしい抵抗をほとんどせず降伏しました。依然は自ら山を越えてまで秀吉への反抗を要請をしに行った人間の行動とは思えません。一方飛騨の姉小路家は最後まで抵抗しました。そのあとで一揆も起きています。飛騨の人々の気性が激しいのか別の理由があるのかわかりませんが何とも対照的ですね。

 さて長近の大きな見せ場である飛騨侵攻も終わりました。ここから戦国時代は終息に向かい長近の人生も終焉に近づきます。激動の戦国時代が終わりに向かう中で長近は何を思うのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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