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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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関一政 道の果て 第七章

 蒲生家は内紛により大量の領地を失った。その内紛の中で暗躍した一政の人生は新たな展開を迎える。そして一政に大きな決断を迫る事態が起きるのであった。

豊臣政権の裁定が下り蒲生家は宇都宮に移ることになった。慶長三年(一五九八)のことである。蒲生郷可、郷成をはじめとした家臣たちは粛々と転封の準備を始めた。

 一方そのころ一政は豊臣政権からの使者と面会していた。使者は豊臣政権の決定を粛々と一政に伝える。

「関一政殿を信濃(現長野県)飯山に移封する。石高は今と変わらぬ三万石」

「承知しました。ありがたき幸せにございます」

 一政が礼を言うと使者は去っていった。残された一政は小躍りしそうになる気持ちを抑えて家臣に指示を出す。

「皆急ぎ新たな領地に移る準備を始めるのだ。我等はこれより豊臣の直臣である。もはや蒲生家の下ではないのだ」

 この一政の言葉に家臣たちも喜んだ。皆関家が蒲生家に従っていた現状に不満があったのである。ともかく一政としても関家としても悲願がかない大喜びであった。

 その後飯山に移った一政は豊臣家の直轄領である信濃川中島四郡の代官も任された。これは豊臣政権の信頼を一定以上得ているということでもある。

「ああ、これほどまでにうまく行くとは。これもあの時の決断があってのこと。我ながらよくやったものだ」

 もはや蒲生家のことなど頭にない。浮かれ調子の一政である。だがこの同年ある重大なことが起きた。豊臣秀吉がこの世を去ったのである。

 豊臣政権は秀吉の威光の下で大大名たちを従えていた。しかしその秀吉が亡くなると一気に不穏な空気が流れ始める。だが浮かれていた一政はその空気にまだ気づいていない。


 秀吉死後の豊臣政権は有力大名である五大老と政権の主だった奉行である五奉行たちの合議で行われた。この時秀吉の後継ぎである豊臣秀頼はまだ幼く政権の運営も豊臣家の運営もできない。したがってお飾りの天下人であった。

 こういう状況だからおのずと有力者の間での暗闘が始まる。特に徳川家康は五大老で最大の勢力を持ち影響力もすさまじかった。家康は自分が中心となって豊臣政権を運営しようとしていたが、これに五奉行の一人である石田三成を中心になって対立する。五大老の毛利輝元らも影で手を組んだりしていたので政権の運営は非常に剣呑な空気の中で行われていた。

 こうした剣呑な空気を一政もさすがに感じ取っている。

「秀吉様が亡くなられた後では仕方あるまい。しかし幼い主君に変わったところで家臣が争い始めるのは蒲生家と同じだな」

 何とも言えない皮肉な状況に一政は嘆息するばかりである。

 さて豊臣政権内の争いは剣呑さを増していきついには軍事衝突一歩手前までに至った。幸いその時は双方矛を収めて兵を退いている。だがその後五大老の一人前田利家が亡くなり政治抗争で石田道成が失脚するといよいよ家康の独壇場となった。

 家康は豊臣政権名のもとに領地の再配分や没収を行っていく。この中には一政も含まれ慶長五年(一六〇〇)には一政も飯山から美濃(現岐阜県)の多良に移された。石高は変わらない。ただ一政としては家康の本拠地である関東から京に続く道である美濃に移封されたのは少し気になることであった。

「なにがしか起きた時は相当な判断を迫られるのだろうな。そしてそれはそう遠くない時期に起きるだろう」

 豊臣政権の剣呑な雰囲気は収まるどころか増している。それがどういった事態を引き起こすのか。乱世を潜り抜けてきた一政はもちろん多くの大名や武将たちが感じ取っている。

「皆その時が来た時誰に味方するのか。だれに付けば己の利になるのか。考えているのだ」

 考えるのは己の家と己の先行き。戦国時代の大半の武将の考えることと言えばそれである。


 慶長五年の六月に徳川家康は同じく五大老である上杉景勝の当別を決定した。名目は景勝に謀反の疑いがあるということであるが、実際は家康との対決を企図している景勝を先んじて討伐しようという家康の策略である。

 この時の上杉家の本拠地は会津であった。蒲生家が転封した後で代わりに入ってきたのが上杉家である。秀吉は氏郷に代わる新たな東北の抑えとして上杉景勝を選んだのだ。だが今回の上杉家討伐の根拠には東北の大名たちの密告がある。その事実は置いておいて上杉家が目障りであったことは事実であった。実際に上杉家もいろいろと工作をしていたようであったが。ともかく家康は豊臣政権に従う大名たちを引き連れて会津に向かった。

 関家はこの時動員されていない。これは関家と同じく美濃に領地を持つ大名たちも同様であった。そして一政を含む美濃の大名たちはある情報を聞いている。

「石田殿が家康殿を討つために挙兵する、とのことらしい。しかし石田殿だけで勝てるのか」

 一政は同じく美濃の領主である稲葉貞通からの連絡を受けて驚いていた。現在石田三成は隠居させられているうえに領地は徳川家と比べるまでもない。それなのに戦いを挑むというのはあまりにも無謀に思える。

「石田殿は切れ者と聞くが何か策でもあるのか? しかしなんにせよよく動きを見て判断しなければな。それに出し抜かれぬようにもしなければ」

 一政を含む美濃の大名たちの交信は情報収集に加えて相互の監視も含まれている。抜け駆けして利益を得るようなことを封じるためだ。だがこの後進の輪に加わっていない大名に関してはその限りではない。貞通からの連絡にはその大名に関する情報も入っている。

「秀信殿が妙な動きをしている。そこは気を付けるべきか」

 秀信と言うのは岐阜城城主の織田秀信のことである。秀信は織田信長の嫡孫で岐阜城周辺を含む十三万石の大名であった。美濃では最大と言っていい勢力である。その存在は無視できない。

「いざというときは秀信殿とも戦うしかない。しかしその時に誰が味方なのか」

 情勢はますます剣呑になっていく。一政はその中で必死に最適解を探すのであった。


 家康が会津に向かってから一か月ほど経った。この時家康は本拠地である江戸に入っている。そしてここから会津に向けて出陣しようというときであった。石田三成が挙兵したのである。

 石田三成挙兵の報は一政の耳にも入った。だがそこには驚くべき情報も加わっている。

「毛利殿が石田殿についたのか。ならばこれは家康殿と毛利、上杉の戦ではないか。このような大ごとになっては日本のすべての大名が巻き込まれるぞ」

 一政の考えていた通り天下は家康方である東軍と石田、毛利方である西軍との二つに分かれることとなる。そして一政ら美濃の諸将が懸念していた織田秀信は西軍についた。さらに美濃と尾張の境にある犬山城城主である石川貞清も西軍に味方する旨を表明している。現在毛利輝元は石田三成らと共に家康を弾劾する書状を様々な勢力に送っている。大義名分は西軍にあると思われたのだ。

 だが一政は悩んでいた。

「先だってまで家康殿に任せていたのがこのようになった。西軍が無理やり秀頼様に言うことを聞かせている。そういう風にも見えるのではないか。石田殿は嫌われているからそう見るものも多いのではないか」

 一政の見立てはその通りでこの時家康は上杉家の討伐についてきた諸将に事のあらましを説明し判断をゆだねたらしい。これに対して従っていた大半の大名は家康に味方することを表明した。

 ここまでのあらましを一政は知らない。そういうこともあったので稲葉貞通らと話を合わせて西軍に味方することにした。理由は秀信の西軍入りと地理的な条件である。現在西軍は畿内などの東軍勢力を攻撃しているらしい。畿内での西軍の戦力は圧倒的なのでほどなくして美濃にも進軍してくるだろう。おそらくは美濃に防衛線を張り西上してくる東軍を阻むつもりなのだと考えられる。そして東軍はいつ来るかわからない。

「とりあえず今は西軍に味方するべきかと。私もそう考えている。一政殿もそうなされよ」

 稲葉貞通からの書状にはそう記されていた。これには一政も納得である。

「状況がまるで分らぬ以上はこれほど懸命な判断もないな」

 一政を含む美濃の大半の大名が西軍に降った。しかし一政はすぐにこの判断を後悔することになる。


 西軍に味方することにした一政は犬山城の守備を命じられた。美濃尾張の境界にある犬山城の戦略的価値は高い。そういうわけで一政だけでなく稲葉貞通など美濃の諸将も集められた。犬山城の城主である石川貞清は秀吉に古くから仕えていた譜代の家臣である。豊臣氏への忠誠心も高い人物であったからか、秀頼を擁している西軍に味方することを即座に決めている。しかし迷いはあった。

「石田殿は徳川殿を排することで天下は定まると考えている。しかし徳川殿ほどの御仁を失えば皆が好き勝手にしてしまうのではないか」

 そんな迷いを抱えていた。しかし主君である秀頼のいる大阪城が西軍に確保されている以上、貞清としては西軍に味方するしか道はないのである。

 さて犬山城を守備することになった一同であるがさっそく入ってきた情報を聞き皆尻込みした。と言うのも東軍の諸将が終わりに入ったのだがその陣容が驚くべきものだったのである。

「福島殿に池田殿。細川黒田藤堂殿たちと、とんでもない面々だ」

 一政は顔を真っ青にしていった。これに同じく青い顔をしていた貞通もうなずく。

「皆秀吉様の天下統一や朝鮮での戦いに功のある御仁たち。それに赤鬼の井伊殿もおられるそうだ」

「徳川家の譜代きっての猛将もいるのか。尾張の領主である福島殿に岐阜城主を務めた池田殿までいるのだから勝ち目などないではない。いったいどうするべきか」

 一政はさっそく自分の判断を悔やんでいた。もっともそれはほかの者たちも大体同じようである。貞通は少し違ったが。

「まああの時はすぐに判断せざる負えなかったのだから仕方ありますまい。こうなった以上はどうにか生き残る術を探さなければ」

「石川殿はどうしています」

「頭を抱えておられますよ。まあある意味石川殿が敵方の力のほどをよく知っておられるわけですから」

「しかし石川殿は西軍を裏切ることなど出来ないだろうしなぁ」

 一政も貞通も貞清の実直さは聞き及んでいる。そんな貞清が幼い主君を抱える者たちに敵対知ることなど出来ないだろうというのは想像できた。しかしそれと一政が生き残れるかどうかは別の話である。

「何か手立てはないか」

 そんなことをつぶやく一政。すると同じく犬山城に入っていた武将の一人である加藤貞泰が近づいてきた。貞泰は感情の起伏が少なく能面のような表情の男である。不気味だと陰口をたたくものも居るがそれを知っても動じない男であった。

 そんな男がすっと近づいてきてこういったのである。

「お二人ともお困りですか」

 表情を変えずに貞泰は言った。一政も貞通も驚くがそれを無視して貞泰は話を続ける。

「何やらお困りのようだ。ならば拙者の話を聞いてみませぬか」

 一政と貞通は顔を見合わせる。そしてそろって貞泰を見た。相変わらず変化のない顔である。だが何か得体のしれぬ雰囲気を出していてこちらを見ているので妙な威圧感があった。一政は思わず貞泰に問いかける。

「貴殿の話とは」

「この窮地を切り抜ける方法です」

「そんなものがあるのか? 」

 貞通の問いに貞泰はうなずいた。そしてこんなことを言い出す。

「拙者はすでに弟を徳川殿の下に送っております」

 一政も貞通も絶句した。それは要するに東軍に味方すると家康に伝えたということである。しかしこの犬山城は西軍の城である。一政はならばなぜここにいるのかと問いただそうとしたがそれに先んじて貞泰はこういった。

「西軍は犬山城を守るために将兵を集めるだろう、と井伊殿はお考えでした。その時は拙者も犬山城に入り城内の諸将を説き伏せよとの命をいただいております」

 貞泰の発言に息をのむ二人。二人とも貞泰の発言が意味するところは理解できた。こちらの戦略が見透かされているということ。自分たちが東軍の手のひらにいるということを。

 固まった二人に貞泰は初めて笑みを見せた。不気味な心を見透かすかのような笑みである。そんな笑みを浮かべながら貞泰はこういった。

「寝返れば所領は安堵するとのことです。こちらに証文も」

 懐から出した書状を見た瞬間一政たちの心は決まった。


 その後東軍は美濃に進出し瞬く間に岐阜城を攻め落とした。この時岐阜城の織田秀信は犬山城に援軍を要請している。しかし援軍は出なかった。それもそのはずで石川貞清を除く犬山城にいた者たちはすべて東軍への寝返りを決めていたのである。

 貞清も一政から説得を受けた。

「わたしを含む皆が寝返りを決めました。石川殿もそう成されるべきです」

「いや、それはできぬ。確かに石田殿の忠義は疑わしい。しかし秀頼様は石田殿と毛利様の手の内にいるのだ」

 そう言って貞清は一政の説得を拒否した。そして

「犬山城は差し上げよう。しかし拙者のことは放っておいてほしい」

と言って自分の部下を連れて城を出たのである。

 犬山城は無血で開城し一政たちも何の問題もなく東軍に参加することができた。そして一月ほどの地に起きた関ヶ原での決戦で一政も活躍し無事に生き残ることができた。

「今回も瀬戸際まで追い込まれたが良しとしよう。もう戦もなくなるだろうし」

 今回の結果に一政は大満足である。この時関一政三六歳。初老を目前に控えて関家と自身の安泰を確信したのである。


 関ヶ原の戦いは離反と寝返りに満ちた戦いでした。徳川家康と石田三成の直接対決である関ヶ原の本戦も寝返りが勝敗を決めたと言っていいでしょう。今の価値観だと卑怯だとか言われそうですが当時としては立派な戦術の一つです。また寝返りには一種の契約行動であり寝返りをする方は必ず寝返り、寝返りをさせた方は必ず見返りを保証します。それができなければ双方に損害が出る上に信用も失うわけですから思った以上にシビアな交渉が行われたのだとも考えられますね。

 さて関一政の話も次で最後となります。紆余曲折あった一政の人生の果てには何があるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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