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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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関一政 道の果て 第六章

 傑物であった蒲生氏郷の急死は蒲生家に大きな打撃を与えた。対立した家臣たちはお互いにらみ合い幼い主君は何もできない。そんな中で一政は己の目的のために動き始める。そして蒲生家に大事件が起きるのであった。

 蒲生家は不穏な空気を内包させたまま新たな出発をすることになった。ところがその矢先に信じがたいことが起きる。

「蒲生家の領地が没収されるだと? 一体どういうことだ」

 重臣たちが集まった場で一政はその話を聞いた。なんでも豊臣政権は蒲生家の所領をすべて没収し近江に二万石の領地を与えると言っているらしい。

 一政も重臣たちも寝耳に水の話である。なんでも

「鶴千代様が相続成される領地が過少に申告されていたとか。そんなことはあり得ぬのだが」

 郷安は青い顔をして言う。この時の蒲生家の決済の責任者は郷安であった。そうなるとそのミスも郷安の責任となる。

 むろん郷可と郷成は郷安を責めた。

「貴殿の失態のおかげで氏郷様が手に入れた所領が無くなってしまうのだぞ。どうするつもりだ」

「もはやこれでは腹を切って済まされる話ではあるまい」

 郷安は苦い顔をして黙り込んでいる。そんな郷安を郷可と郷成は責め続けた。すると突如として伝令が駆け込んでくる。

「申し上げます。なんでも所領の申告についてあちらで手違いがあったようです。我等には非はなく所領も無事安堵されるそうです」

 これを聞いて一政を含む皆があっけにとられた。ともかく蒲生家は最初の危機を乗り越えたといえる。しかしひずみは残ったままであった。


 相続直後の騒動はあったものの鶴千代は当主となり蒲生家は再出発をすることになった。鶴千代は元服し名を秀行とする。筆頭家老は郷安が変わらず務めることになった。しかし先だっての騒動で郷安に対する不満はまだ残っている。特に蒲生郷成、郷可などは不満を隠そうともせず何かと郷安に意見した。これを郷安は嫌がり却下する。

「貴殿らは政に口に出せるような立場ではなかろう」

 郷安は郷可たちの意見を寄せ付けなかった。さらに手腕も強引さが増してきている。それは先だっての失敗を取り戻そうという意図のものであるが、結果的に郷安への不満を増大させた。そういうわけで郷安は徐々に孤立してきたのである。

 そんな中で一政は相変わらず中立の有力者と言った立場である。そんな一政のところに最近出入りしているのが綿利良秋であった。良秋は氏郷の小姓であった人物である。氏郷からの信任は厚く氏郷と家臣たちの間をつなぐやり取りも任されていた人物であった。そのため影に影響力を持っている人物でもある。

「このところの蒲生家は色々と騒がしい。ここは関様や田丸様のお力添えでうまく家中を治めていただけないでしょうか」

 良秋は若いがしっかりとした人物である。郷安とは正直対立しているが郷可や郷成とも若干の距離を置いている。とはいえ郷安の専横を抑えるために現状は一応手を組んではいるがあくまで一時的なものであるつもりであった。

 一政は良秋の言葉に少し思案した。確かに現状は郷安への反発が強まっているが支持する者も多い。れそれに反発する郷可、郷成の派閥も徐々に剣呑な雰囲気をまとい始めた。このままいけば致命的な事態になりかねないともいえる。

「(どう動くのが我らの利になるか。だが綿利に借りを作るは悪くないかもしれんな)」

 現在対立する両派に味方しても実入りは少ないと感じられた。しかし小身の良秋に力を貸せばその借りでいろいろと好都合なことが出てくるかもしれない。

「そうだな、考えておこう。ともかく其方は秀行様をお助けするのだ」

「承知しました」

 そう言って良秋は満足げに帰っていく。その後一政はひそかに良秋を支援した。と言っても表立ったことは何もしていない。政務のことに関してひそかに助言をしたり思案をしたりする程度である。しかし結果的にそれは良秋の活躍につながった。結果良秋はこの若さで家老への就任を果たすことになるのである。

「これも一政様のおかげです」

 喜ぶ良秋。一政も喜んでいた。これで蒲生家の運営にかなり介入できる。

「(何ともうまく行ったな。あとは郷安たちをうまく抑えられれば良いのだが)」

 そう考える一政。だがこの懸念は後に最悪の形で実現してしまう。


 良秋の出世で蒲生家内部での勢力図に変化が現れた。第三勢力ともいえる良秋の登場で郷安派と郷可、郷成派は表立った対立を控えるようになる。もっとも陰では激しい多数派工作と主導権争いが起きていた。それでも良秋は一政や田丸直昌に後ろ盾になってもらい何とかやっていく。その仕事ぶりは一政も安堵するほどであった。

「綿利はなかなかうまくやっているようだ。あれならば馬鹿なことはしないだろう」

 一政が懸念していたのは良秋が自分たちの後援を得て増長することである。話を聞けば少しばかりエラそうなふるまいが出てきたらしい。ただ今の良秋は一政を蔑ろにしたりはしないので一安心であった。

「今は良秋を手なずけて力を蓄えるのが先決か」

 そんなことを考えていた一政。だが思いもよらぬ出来事が起きる。それは豊臣政権の有力大名である前田利家からの使者がやってきたのだ。その使者はこんなことを一政に告げる。

「太閤殿下は蒲生家の内内での諍いを憂いております。そこで我が殿が調停を命じられました。関殿も殿にお力を貸すようお頼みします」

 これを聞いた時の一政は大変な衝撃を受けた。それは豊臣秀吉が蒲生家内部の問題に深く憂慮を示しているということ、そしてそれを蒲生家が収めることはできないだろうと判断していることである。

 一政はすぐに良秋と連絡を取る。良秋もこうした豊臣政権の方針に愕然としたようだった。

「我らの力が頼みにならぬと殿下はお考えなのですか? 」

「おそらくはそうだろう。しかしこうなったらお家の存続の危機にもなってくる」

「それは真に。こうなれば郷安殿とも郷可殿や郷成殿とも話し合わなければ」

 良秋はすぐに主要な家臣を集めて会議を開いた。だが両派ともに主張を譲らずお互いを非難するばかりである。前田利家からの調停も行われたがやはり両派の考えは変わらなかった。

「これでは纏まるものもまとまりませぬ」

 良秋は嘆いた。しかしどうにもならない。こんな時に一政の下には利家からの使者がまた来た。どうも利家は蒲生家の現状を一政から探ろうとしているらしい。

「これを断れば私の覚えも悪くなる。こうなっては仕方ない。結局己のことしか考えないあ奴らが悪いのだ」

 ここにきて一政は考えを己の保身に移し始めた。実際豊臣政権の意を受けた調停が介入し始めているのに争いを止めないでいるのはさすがに何も見えていない。

「このままいけば蒲生家は泥船だ。お取り潰しになるやもしれぬぞ」

 蒲生家の内情は日に日に剣呑になっていく。一政はそれを見て見ぬふりをしていた。


 蒲生家を取り巻く内外の状況が悪くなる中で良秋はひたすらに奔走している。それが結果的に秀行の信頼を高め良秋の心情も変わってきた。

「今、殿の信頼を一番に集めているのはこの私。その私がすべてを取り仕切らなければならぬのだ。それだというのになぜ皆は言うこととを聞かぬのだ」

 初めは責任感と忠誠心から動いていた良秋であったが次第にうぬぼれ増長してきた。そうなると一政の下に顔を出すこともなくなり軽んじるようになる。

「良秋め。何か勘違いをし始めたな。しかしそうなればいよいよのことになってくるな」

 このころから一政はひそかに豊臣政権に接近し始めた。蒲生家の内情をつぶさに前田利家に伝え、時には豊臣政権の奉行集とも連絡を取る。

 一方で良秋のふるまいも益々変わってきた。今までは質素であった装いが奢侈なものに変わりふるまいも傲慢になる。だが秀行からの信頼は変わらないのでその下につこうとするものも多く出てきた。そうなるとますます良秋は増長する。

「郷安殿も郷可殿も郷成殿も我が敵ではない。ゆくゆく殿は私を大名にしてくれるそうだ。石高も郷安殿より上らしいぞ」

 良秋は自分に従う者たちにそんなことをこぼしたらしい。そしてこれが郷安の耳に入った。この時郷安は怒るよりも慄いた。

「儂の領地を越えるほどの土地などどこにある。そんなことをすればお家の領地が無くなるではないか。だとすると儂の領地を取り上げるということなのか」

 郷安は不安に駆られた。最近の郷安は秀行の信頼もかつての権威も失っている。依然家老職であるが権限は良秋に集中しつつあった。

「これはいかん。こうなったら手段は択ばぬ」

 不安に駆られた郷安は最悪の行動に出る。これが蒲生家に思わぬ災厄をもたらすことになった。


 慶長二年(一五九七)蒲生郷安は会津若松城に綿利良秋を呼び出した。

「わたしをわざわざ呼びつけて。いったい何の用なのだ」

 ぶつぶつと不満を言いながら良秋は郷安に会いに行った。この時供の者は僅かしかいない。自分を害する者はいないだろうと高をくくっていたのである。

「わたしを討てば秀行様が黙っていない。そんなことをするものがいるはずないのだ」

 この良秋の見通しは見事に外れた。良秋は郷安がいるという部屋に招かれ、その場で郷安に惨殺されたのである。供の者たちは郷安の部下たちは切り捨てた。

「綿利はこのところ奢侈におぼれるだけでなく政を己の欲しいままにした。これは上意討ちである」

 郷安はそう言い放った。むろんこれは嘘である。郷安は己の権力を脅かした良秋の存在が我慢できなかったのだ。そしてこんな軽率な手を討ったのである。

 この所業にむろん郷可や郷成は怒った。

「このような所業許されるか! こうなれば郷安を討ちとるしかない! 」

「ここまでするのならば容赦はいらぬだろう。急ぎ兵を集めるのだ」

 二人は自分に同調する者たちを集めて兵を募った。そして郷安を討ち取ろうとする。だが郷安もこの動きを予想していたのか自分の派閥の者たちに兵を集めせて守りを固めた。もはや一触即発の状態である。

 この事態に一政はいち早く動いた。田丸直昌と共に両派を説得したのである。

「ここで合戦などしたらそれこそお家は取り潰し。そんなことをしてはならぬ」

 そう言って説得する。しかし誰も納得はしない。双方のにらみ合いは続いた。

 だがこれが一政の望んだ状況である。

「私の説得くらいで矛は収めまい。しかし戦えば収拾がつかなくなるのも分かっている。奴らはにらみ合いを続けるしかないのだ」

 一政は説得に入る前に素早く使者を豊臣秀吉の下に送った。その旨は前田利家にも伝えてあるが一政はあくまで自分で秀吉に報告することにこだわったのである。

「私が伝えたのだということが重要なのだ」

 剣呑な空気に包まれる会津で、一人一政はほくそ笑むのであった。


 一政から蒲生家の内情を知らされた秀吉の動きは早かった。すぐに郷安を京に呼び寄せて奉行集に取り調べさせる。一方郷安が不在となったので両派とも兵を引き緊張状態は緩和された。

 郷可はこの動きに好意的である。

「これで郷安の悪行が天下に知れ渡る。しかるべき処断が下されるだろう」

 一方で郷成は不安であった。

「郷安が召喚されたのはいいとしてここまで動きが速いのは何故なのか。すでに殿下やお奉行たちは蒲生家の内情を知っていたのではないか」

 実際に郷成の考えている通り蒲生家の内情は把握されていた。それは豊臣政権の内偵の成せるものでもあるが、同時にひそかに情報を届けた一政のせいでもある。

「さていったいどうなるか。ともかく私や関家がどうにかされるということは無かろう」

 一政はすでに豊臣政権から「今後の関家の立場は保障する」という内諾を得ていた。念のために証文ももらっている。蒲生家の仲にも一政を疑うものは絶無であった。

「しかし郷安はどうなるか。少なくとも蒲生家には戻れんだろうが」

 それから程なくして郷安への処分が決まった。豊臣政権は郷安が良秋を討ったことは罰せられるべきだとしつつ次のように述べる。

「蒲生郷安の行動は主君の意を受けたものではなく個人の判断によるものである。よって上意討ちではない。しかし綿利良秋に奢侈の振る舞いがあり専横の疑いもあったことは事実。したがってこれは忠節によって起きた。ゆえに死を命じられるほどの罪ではない」

豊臣政権からの裁定で郷安は蒲生家を出て加藤清正に預けられることになった。郷安のやったことに対して非常に軽い裁きである。

 そして豊臣政権は蒲生家に対してこんなことを述べた。

「今回の儀はそもそも主君が家臣を御せなかったゆえに起きたことである。蒲生秀行は一家を預かる大名としては未熟と言わざる負えない」

 まるで今回の事件の責任がすべて秀行にあるとでも言っているようであった。秀行はまだ十五歳。確かに若くまだまだ未熟であるのは事実である。だからこそ家臣結束しなければならないのだが蒲生家の家臣たちは主導権争いに明け暮れた。そう考えれば主君のことを蔑ろにした家臣たちに責任があるはずである。

 ともかく豊臣政権は蒲生家にも処分を下す。それは会津九十二万石を取り上げ下野(現栃木県)宇都宮十二万石への転封であった。石高は八分の一以下。厳しい処分である。

 この処分を聞いて一政は血の気が引いた。

「ここまでのことをするか。なんと恐ろしい」

 この結果が出た一因にもかかわらず一政は背筋が凍る思いであった。ともかくこうして蒲生家の騒動は幕を閉じたのである。


 今回の話で取り上げた事件は蒲生騒動と呼ばれています。こうした家臣の対立は戦国時代末期から戦国時代初期に頻発していて取り潰される家も何家かありました。そう考えると大幅な減封で済んだ蒲生家はましな方かもしれません。この時代は戦や謀の強さよりも以下に家中を統制できるか、いかに良く領地を治められるのかと言うのが生き残りの秘訣と言えるでしょう。とはいえこの時幼い秀行にそこまで求めるのも酷な話もであります。結局氏郷が偉大過ぎたのが原因と言うのがなんともどうしようもない話ですね。

 さて蒲生家は大幅に領地を減らされました。一方の一政には思わぬ展開が待ち受けています。いったいどうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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