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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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関一政 道の果て 第五章

 豊臣秀吉は天下を統一した。蒲生氏郷は東北で随一の大大名となり一政大領を得る。しかし立場は

蒲生家の下に置かれたままである。そこに不満を抱きつつも受け入れるしかない一政。だがあることから一政と蒲生家に混乱が起きることになる。

 文禄元年(一五九二)天下を統一した豊臣秀吉は次の目標として中国大陸への侵攻を企図し、その一歩として朝鮮に出兵した。秀吉は朝鮮出兵の前線基地として肥前(現佐賀県、長崎県)名古屋城を築城する。ここに諸国から集められた大名たちが集結した。氏郷もその一人である。

 この時一政は同行していない。氏郷はあくまで予後の備えとして向かっただけで本格的に渡航する予定はなかった。これには一政も安心している。

「いくら秀吉様の命とはいえ異国などに行っていられるか」

 この考えは一政だけでなく少なくない豊臣政権下の大名たちの考えであったのだろう。とはいえそんな本心を露わにしたら何もかも失いかねない。皆不承不承黙って肥前に向かったのである。

 さて秀吉の朝鮮出兵は文禄二年(一五九三)に和睦が成立し大名たちも帰国している。その中に氏郷も含まれているのだが明らかに様子がおかしかった。将兵共に戦っていたわけでないのに妙に剣呑な雰囲気である。何か大変な事態でも起きたのかと思われるほどであった。そして氏郷が帰ってきた翌日には一政を含む主だった武将たちにすべて知らされる。

「氏郷様が重病と。それは大事であるな」

 その知らせを聞いた一政は内心ほくそ笑むのであった。


 氏郷の病は重く政務もままならないらしい。従って家臣たちが氏郷の意を奉じて蒲生家の運営を営むことになる。

 この運営に関することに一政はあまり関わらなかった。それには一政の立場は蒲生家の中でいささか特別であるということがある。まず主君である氏郷の姉妹を娶っていること。それに加えてかつては独立した立場であった領主が秀吉の采配で蒲生家の家臣にスライドしたということがある。従って一政は自分の領地に関しては大分独自の裁定を任されている。その一方で蒲生家の運営に関することにはそれほど深く関われていなかった。一政はこの現状に若干の不満を抱えているのは事実である。しかし一方でこうも理解していた。

「今の関家の現状なら独自に力を蓄えることもできる。それがゆくゆくは役に立つはずだ」

 そう考えて領内をよく統治し関家自体の力もつけてきたのである。

 さて蒲生家の序列を領地の石高で言うと一政は三番手の立場である。二番手は五万二千石の田丸直昌と言う人物で、こちらも氏郷の姉妹を娶っている。一政と似たような立場であり領内当地の独自性を持っているが家中の運営に深く関われなかった。

 そして序列の一位は七万国の領地を誇る蒲生郷安であった。郷安はかつて六角家に仕えていたものの主家が没落。早いうちから蒲生家に仕えていて氏郷からの信頼も厚い人物であった。家老の筆頭格であり氏郷が留守の才はとどまって政務を代行するという立場にある。今回氏郷が名古屋城に出陣際も会津に残り留守を取り仕切っている。

 そんな立場の郷安であるから絶大な権力を持っている。そしてそういう立場の人間であるから反発も強い。

 氏郷の留守中にこんなことがあった。郷安を同じく家臣である蒲生郷可が城中で呼び止めてこういったのである。

「いくら何でも肥前に米や金を送りすぎではないか。これでは領内の民は苦しむばかり。それを郷安殿はどう考えているのだ」

 郷可は郷安より年少で少しばかり血気に逸るところがあった。また普段から郷安の専横に不満を持っている。そうしたこともあってこんなことを言い出したのだ。

 この郷可の意見を郷安はこう答えた。

「戦場に赴こうという殿や将兵を飢え指すわけにもいくまい。戦に出るのだから費えもいるに決まっている」

「蒲生家は戦場には出ていないのだろう。なのに多すぎるのではないかと言っているのだ」

 この意見を聞いた郷安は明らかに郷可を見下す表情を見せた。そしてこう答える。

「太閤殿下のお膝元なのだ。蒲生家の面子を保つためにはいろいろと必要なのだよ。それがひいては蒲生家の為にもなる。まあ貴殿にはそうしたことは分からぬのだろうが」

「何だと! 無礼な! 」

 激昂する郷可。今にも斬りかかりそうである。しかしそこにすかさず現れたのが蒲生郷成であった。

「落ち着くのだ郷可よ。ここは城中であるぞ」

 郷成は郷可より少し年長の物静かな武人肌の人物である。周囲から一目置かれている人物であるが郷安とはお互いあまりいい感情を抱いてはいなかった。

 郷可は郷成に制されて落ち着きを取り戻す。それを見た郷成は郷安を睨みつけた。

「貴殿の物言いが無礼であったのも事実。それはお反省くだされ」

「ああ、承知した。相すまぬ」

 素直に謝る郷安。だがそれだけ言うとさっさとその場を去って行った。残された二人はその背中を睨みつけていた。

 そんなことがあったという。こうした蒲生家家中の諍いは徐々に増えてきていた。そんな中で一政はそうした諍いから一歩引いた位置にいる。蒲生家の家の運営にはそれほど関わらない立場であるし、一政自身意図的に距離を置いているということもあった。そうして俯瞰的な立場でいることで自分の利になる行動をとろうとしているのである。そして究極的に突き詰めた場合その利に中に蒲生家はいない。

「蒲生家はもともと主家ではないのだ。いまだ乱世ではある。今はともかくゆくゆくは私の悲願も果たせるやもしれぬ」

 一政は蒲生家の不和を見てひとりほくそ笑むのであった。

 

 文禄三年(一五九四)蒲生氏郷は養生のために上洛した。病はいよいよ重くなっているらしい。会津の医者では手に負えないということで京にいる優秀な医者に診てもらおうということである。

 このころ一政の下にはしきりに蒲生家臣たちがあいさつに現れた。どうやら直昌の下にもあいさつに向かうものがいるらしい。皆しきりに一政をほめたたえる。

「この後は関様のお力で蒲生家を盛り立てていただけると幸いです」

 ゆくゆくは我が身も、などとは言わなかったがそう思っているだろうというのは一政にもわかっている。

「わかりやすいものだ。しかし主君が重病でお世継ぎが幼いとなれば一門のものに頼るのもむべなるか」

 この時氏郷の息子の鶴千代は十一歳。家を継ぐには幼い年齢である。蒲生家ほどの大大名の政務を取り仕切るのは不可能であった。そうなると重要なものが二つある。一つは政務を代行する家臣。そしてもう一つは後ろ盾である。蒲生家のような急速に大きくなった家は家を大きくした当主のカリスマと実力で統制されている。しかしその当主がいなくなれば統制も取れなくなるというのは目に見えた。そういうわけであるから新たな当主には有力で実力のある誰かが後ろ盾になってもらわなければならない。一政は蒲生家との一門と言える立場であるし実力も戦歴も申し分ない。遠からぬ未来に鶴千代が家督を継いだ時にその後ろ盾になってくれそうな一番であった。

 このころ一政の下には郷安や郷可も挨拶に来る。皆口をそろえて

「ともに蒲生家のお役に立ちましょう」

と言ってきた。しかしそれを言っている者同士が対立しているのだからどうしようもない。あまり顔を出さない郷成も暗に郷安の排除をほのめかすこともある。

「今後は佞臣のようなものが出しゃばらないようにしなければなりません」

 これらに対して一政は努めて曖昧な返事をした。どちらの味方にも就くようなつかぬような。そんな態度である。それがかえって一政の存在感を強めた。

「さてこれからどうなるか。まあ直にわかるだろう」

 氏郷の病がいよいよ重くなってきているという情報は一政の耳にも入っている。その時蒲生家に何が起こるのか。実は一政も予測しきれてはいない。

「まだどちらにつくかは示すべきではない。しかし一歩間違えれば我が身も危ういか」

 一政は居城から動かずじっと機を見て待つのであった。


 会津の一政の下には氏郷の病状に関する情報が次々と入ってきた。病はますます重くなりもはや回復の兆しも見えないという。蒲生家臣たちも動きもいよいよ激しくなりお互いが誰に味方するのかを監視しているような始末である。

 そんな中で一政の下を見知らぬ侍が訪ねてきた。その侍は豊臣政権の奉行である浅野長政の家臣であるという。

「それは真なのか」

「はい。浅野様からの書状を持参してきたとか」

 一政は悩んだがその侍と面会することにした。侍は一政に書状を渡す。その内容は氏郷の容態がさらに悪化したことなどである。これらは一政もすでに知っていることであった。

「(いったい何のためにここに現れたのか。こんなことを知らせるためのはずがない)」

 不審に思う一政。すると侍はこんなことを言い出した。

「ご当主の御病気で家中が騒がしいと聞き及んでおります」

「そうか。だが心配はいらぬ。家中のことは我等でまとめるので心配成されるなと浅野殿にもお伝えくだされ」

「承知しました。しかし蒲生家がうまく行かぬのであればそれは殿下にとっても心苦しいことであろうと我が主は仰せです」

 これを言われて一政の表情が引き締まった。確かに東北の抑えを期待されている蒲生家が内紛などしたらその役目は果たせない。最悪領地を取り上げられるだろう。

 一政はその可能性に思い至り厳しい表情になる。だが侍はそんな一政の心中を見透かすかのようにこんなことを言った。

「我が主が言うには関殿や田丸殿は代々の名門。殿下も頼りになされているとのことです。蒲生家のこと、よくよくお考えになって動かれるとも。天下に貯めになることを成される方だとも申されています。それでは」

 そう言って侍は去っていった。一政はあっけに取られていたがすぐに侍の言葉の意味を察する。

「天下のため、か」

 一政は笑った。その表情はどこか暗く陰惨のものである。


 文禄四年(一五九五)蒲生氏郷がこの世を去った。享年四〇歳。この先の十年でさらに飛躍するであろう年であった。

 京で亡くなった氏郷の遺体は会津に運ばれて葬儀となる。蒲生郷安を筆頭に家臣たちの皆が参列した。この時ばかりは普段いがみ合っている者たちも矛を収め皆で氏郷を弔う。

 葬儀が終わると城に家臣たちは集められた。一政の姿もある。しかし郷安の姿はない。それに気づいた者たちがざわめくが郷安は現れなかった。

 しかし一政は郷安の意図に気づいている。

「(そういうことか。しかし私まで下に置くとはな)」

 やがて上座に鶴千代が姿を現した。そして郷安が寄り添って現れる。これ見て家臣たちのざわめきがどよめきに変わった。郷可などは顔色を変えて立ち上がりそうである。郷成はそれを必死で留めているが同時に郷安を睨みつけていた。

 やがて鶴千代が上座に座るとその傍らに郷安も座った。主君がそこにいるのだから皆平伏せざる負えない。一政も含めてである。

「(いつの間にか鶴千代を取り込んでいたか。しかしここまでやるとは)」

 平伏しながら一政は郷安にある種の感心を抱いた。ここで一気に誰が蒲生家家臣の頂点なのかを知らしめようというつもりらしい。

「皆の者、面を上げよ」

 鶴千代が幼い声で言った。皆でそれに従い顔を上げる。困惑、怒り、納得、喜び、それぞれ様々な表情を浮かべていた。そんな家臣たちに鶴千代はこう告げる。

「わたしはまだ幼い。この郷安と共にわたしを支えてほしい」

 鶴千代がそう告げるや郷安は鶴千代に平伏して言った。

「この蒲生郷安。ご先代より蒲生の名字をいただき今も光栄に思っております。これよりは皆と共に鶴千代様に精神誠意尽くしたいと思います。家臣一同まったく同じ気持ちにございます。それを家臣一同代表して申し上げます」

 この宣言に鶴千代は満足げにうなずいた。鶴千代に尽くすということはほかの家臣たちも同じ出会ったので皆も平伏する。しかし内心は様々であったが。

 一政も平伏している。そして思案する。

「(郷安がここまで大きく出るならあの二人も黙ってはいまい。さて、そうなると私も動きを考えなければならぬなぁ)」

 ほかの者たちは蒲生家のことを考えている。だが一政だけは違った。一政は己の道のことのみを考えていたのである。


 今回登場した蒲生家家臣である、蒲生郷安、蒲生郷可、蒲生郷成の三人ですが蒲生家と血縁関係はありません。氏郷は有力な家臣に蒲生の名字を与えたり郷の字を与えたりと言うのをよくやっていました。彼らもそのうちなわけですが、これは大名家としてはまだ年季の若い蒲生家が家中の統率を図ろうとしたということなのだろうと思います。とはいえ後世から見れば何とも紛らわしい話ですね。

 さて氏郷の死で不穏な空気が流れ始める蒲生家。その中で一政はどう動くのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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