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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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関一政 道の果て 第四章

 織田信長死後の混乱も落ち着き羽柴秀吉は天下統一に向かって進み始める。一政はその道を蒲生氏郷の家臣として歩むことになった。正直そこに不満を覚えた一政であるがどうすることもできない。ただ氏郷の下で戦い続けるだけである。

 小牧長久手の戦いが終わったのち、一政は関家の家督を正式に譲られた。

「これよりは蒲生家や氏郷殿に尽くして関家を守るのだ。お前ならできる」

 この父の言葉に一政一礼するも何も言い返さなかった。内心には氏郷への嫉妬が渦巻いている。

「(なぜ蒲生家に氏郷に尽くさなければならんのだ。そもそも蒲生家と関家は対等の間柄であったはず。納得できない)」

 確かにかつては対等であったが今はそうではない。その事実は一政も感じているがなかなかに受け入れられるものではなかった。もっとも一政が内心どう思っていようと現実は変わらない。関家はこの後も蒲生家の下で様々な戦いに参加していく。

 氏郷は秀吉に評価されたのか主だった戦いにはほとんど参加していた。当然一政もともに出陣している。一政の内心はともかく氏郷は一政を信頼していた。何より義兄弟としても一目置いていたようである。

「蒲生家には譜代の臣はほとんどいない。一族も数えるほどだ。一政がいてくれればいろいろと私も助かるのだよ」

 氏郷は何の邪気もなく一政にこう言った。こう言われて一政も不快ではない。しかし暗い心の内が晴れるわけではなかった。本当なら自分も秀吉の家臣として扱われたかったのにと言うのが心に残っている。

「どうにか蒲生家の下を離れ秀吉様にお仕えすることはできないのか」

 そう考える一政であったがどうすることもできない話である。

 

 天正十八年(一五九〇)関東の大大名である北条家が滅ぼされた。滅ぼしたのは関白に就任していた羽柴秀吉こと豊臣秀吉。北条家の滅亡をもって秀吉に逆らう戦国大名はほぼ滅亡し、関白秀吉による豊臣政権が誕生する。

 この豊臣家による北条家征伐に勿論蒲生氏郷も出陣していた。一政も同行しておりある程度の戦果を挙げている。

「周りの皆はこれで戦は終わりと言っている。それでは武功を挙げて今の立場から逃れる術がなくなるではないか」

 一政としては残念な話である。一政は失意のまま亀山に帰るものと思っていた。ところが氏郷はこんなことを言い出した。

「これより陸奥国二本松(現福島県)に向かう。帰陣するのはまだ先だ」

 この言葉に一政だけでなく蒲生家臣たちも動揺する。一政は思い切って氏郷に尋ねてみた。

「なぜそのようなところに向かう必要があるのですか」

「殿下は奥羽(東北地方)の大名たちの仕置きを行うのだ。それに先立ち我らが先陣として陸奥に入る。皆も遅れるなよ」

 氏郷はそういうと先頭に立って進みだした。一政は舌打ちするとついていく。それに従いほかの皆もついていった。この後に起こることなど予想もつかないままである。


 氏郷が奥州に入ってからおよそ一か月後、氏郷の言っていた通り秀吉による奥羽の大名への領土の差配が行われた。

 基本的にいち早く豊臣政権への臣従をしたものの領地はそのままに、逆に臣従の姿勢を示さなかったものの領地は奪われた。また陸奥南部の大大名である伊達家はぎりぎりのタイミングで臣従を表明したものの、それ以前に会津に向けて行った軍事侵攻をとがめられて侵攻で得た領地を没収される。そしてその没収された会津を中心にした領地に配されたのが蒲生氏郷であった。氏郷が二本松に送られたのもこの処置を見越してのことである。

 氏郷はこの結果前の三倍以上の石高となった。この結果に蒲生家の家臣達は大喜びしたが一政は違う。なぜかというと父祖代々の土地である伊勢の亀山から離れなければならなかったからだ。

「我らはそもそも蒲生家の家臣ではない。それなのに氏郷殿についていかなければならぬのか」

 嘆く一政であるが一方で現状も理解している。もはやすでに関家は蒲生家の家臣という扱いであり豊臣政権もそう扱っていた。だから文句は言いつつも決定に従い陸奥に入る準備を進めていく。

「もはや蒲生家を主家と呼び氏郷殿を殿と呼ぶしかないのか。そうすれば家は守れる。だが」

 陸奥に入る準備を進めながらなおも一人嘆く一政であった。亀山から陸奥はあまりにも遠い。


 蒲生家の加増転封はつつがなく終わった。蒲生家臣たちは新たに振り当てられた領地に移る。一政も同様であった。奥州入りに同行した家臣たちと共に新たな領地を支配するための準備を進める。

 そのおよそ一月後、亀山から関家の人々が移ってきた。一政の両親や妻、弟たち一門。そして家臣達である。しかし亀山にいた全員ではない。

「父上。やはり拒否したものがいたのでしょうか」

「ああ。だが彼らを攻められん。ここまで遠いところに移り住まなければいかんのだ。手間も金もかかる。関家の代々の者でもなければそこまでしてついてこようとは思わんだろう。彼らを攻められん」

 心持気落ちしながら言う盛信。ああは言っているがついてこなかった家臣がいるのは前当主として悲しいのだろう。さらについてこなかった者には分家の人々もいる。彼らは伊勢の在地の領主となっているので仕様がないが家のつながりを大事にしていた盛信としてはこちらの方が堪えたらしい。

「皆己の家を守るのに必死なのだ。我等も家を守るため蒲生家の臣として生きていかねばならぬ。幸い儂とお前は蒲生家の娘を娶っている。扱いもよかろう」

「だといいのですがね」

 盛信の言葉に半信半疑で頷く一政。一政は氏郷が関家をただの一家臣として扱っているのだろうと考えていた。

「(父上の言っていることは間違っていない。だがただ蒲生家に尽くすだけではだめだ。蒲生家の中で力を付けなければならん)」

 蒲生家は急激に大きくなったので家臣の数が足りない。これから新参の家臣も増えるだろう。そうなると新参と古参の対立も出てくる。そうなれば一段と関家の一門格と言う立場も生かしようがあった。

「これよりは蒲生家のため力になりますよ」

「おお、それがいい。それでこそ家が守れる」

 一政の言葉に喜ぶ父。もっとも一政の内心には権力への志向と言う新たな意思意気が芽生えていたのだが。


 北条家の滅亡と奥羽の大名の再配置をもって豊臣政権の全国支配は完了した。これから大名たちは豊臣政権の管理の下で大名としての立場を保っていくことになる。それはつまり豊臣政権の意思が絶対であり反発や失敗は領地を失うことにつながる。もっともこれは豊臣政権に服属することで所領を守っているともいえるので仕方のないことであるが。

 蒲生氏郷は陸奥で多くの領地を与えられた。これは秀吉が氏郷の力量を認めていると同時に重要な役割を持たせているということでもある。ここで氏郷に与えられた大きな役割の一つが陸奥の大大名である伊達政宗の監視であった。政宗はギリギリのところで豊臣政権に服従を誓い家名を保っている。しかしその侮れない勢力と政宗の才覚を秀吉は警戒した。そのために氏郷を派遣したのである。

「伊達政宗は油断ならん。それに奥州にはまだ殿下に不満を持つものも多くいる。しばらくは平穏にはならぬだろう」

 実際その通りになった。氏郷が会津に入ってから二か月ほど後に大規模な一揆が発生したのである。一揆をおこしたのは改易された葛西、大崎家の旧臣達であった。両家の領地には豊臣政権の代官が派遣されている。この代官たちも城を囲まれて窮地に陥っていた。この事態に氏郷は急いで軍を編成し出陣する。この時伊達政宗も一揆を鎮圧するために同行してきた。

 この政宗の動きを蒲生家のだれもが疑心の目で見た。一政もそうである。

「葛西、大崎の両家は伊達家に従っていた者たちと聞く。この一揆も伊達家が裏で糸を引いているのではないか」

 この一政の予想であるがほぼ正解であった。氏郷と政宗が一揆勢への総攻撃を行う前日、伊達家の家臣が氏郷の陣中にやってきてこんなことを言い出したのである。

「政宗様は一揆を扇動し、それを自ら討つことでその領地を得ようとしています。そんな事をすればどんな目に合うかわかっているはずなのに。もはや私は怖くてついていけません」

 そういうや政宗が一揆勢に渡したという密書を氏郷に渡した。氏郷はこれを信じ急いで秀吉に連絡する。さらに一揆勢が占拠していた城を攻め落としてそこに籠城した。一方政宗も単独で一揆勢を撃破している。そして代官たちを救出すると氏郷に引き渡した。だが氏郷はここで政宗を信用せず籠城を継続する。そして政宗にはこう伝えた。

「貴様への疑心は消えていない。信用されたければ一門のものを我らに引き渡せ」

 政宗は逡巡したようだったが人質を氏郷に引き渡した。氏郷は人質を受け取ると会津に引き返す。一方政宗は秀吉の召喚を受け一揆扇動の件を問いただされた。しかしこれを政宗はのらりくらりとかわしている。その後秀吉の派遣した軍勢と共に一揆勢を殲滅した。

 こうして一揆は壊滅し政宗は一揆がおきていた地域を手に入れることができた。しかし同時に旧領を没収されている。その領地は氏郷に与えられた。結果政宗は大きな損害を被ることになる。

「すべては秀吉様にはお見通しであったわけか。まったく恐ろしい」

 この結末を見て一政は秀吉の恐ろしさを改めて実感するのであった。


 葛西、大崎一機が鎮圧されても奥羽地方での混乱は続いた。各地で豊臣政権の支配に反対する者たちが決起し一揆を起こしたのである。これらに豊臣政権に従う大名たちが対応する。南部信直もこれらの一気に対応していた。ところがその渦中の天正十九(一五九一)に南部家家臣の九戸政実が謀反を興したのである。

 九戸家は家臣と言う名目であるが実際は南部一族であり特に有力な家である。政実の弟の実親は信直と南部宗家の当主の間を争った経緯がある。さらに秀吉が信直を当主として認め九戸家を家臣としたことにも不満があった。そうしたことが積み重なり今回の挙兵につながったのである。

 この事態に信直は当初自力での事態の鎮圧を試みた。

「ここで九戸家を倒して私の立場を確固なものとするのだ」

 ところが一揆への対応もあり戦力を集中できない。さらに九戸家は南部家でも精鋭であったので苦戦を強いられた。ここにきて信直は対応を改める。

「このまま九戸家を野放しにする方が問題だ。ならば秀吉様のご協力を得て迅速に制圧するべきだろう」

 そう考えた信直は重臣と息子を秀吉の下に送り自分は持久戦の構えをとる。秀吉は信直からの連絡を受けて軍勢の派遣を決断した。

「儂の仕置きに逆らうものをここで根絶やしにしてしまおう。そうすれば逆らうものはいない」

 秀吉は徳川家康など有力大名で編成される奥州再仕置軍出陣させて奥羽地方に送った。そして蒲生氏郷も出陣しこの軍勢に合流する。一政も出陣した。

「この戦で活躍すれば蒲生家での立場も安泰であろう。そしておそらくこれが終われば戦は無くなるはずだ」

 珍しく一政は乗り気で出陣する。そして九戸家の領地を目指しつつ各地で一揆の鎮圧を行った。有数の大名を多く含む奥州再仕置軍は一揆を簡単に鎮圧していく。しかし南部領に入り九戸家の領地に入ると激しい抵抗が待ち受けていた。これについてはさすが南部家の精鋭であっただけのことはある。再仕置き軍の進軍は少しばかり遅くなった。

「だが兵力は圧倒的にこちらが上。九戸殿もどうすることもできまい」

 一政の見立て通り進軍速度は遅くなったものの再仕置軍は順調に進軍し九戸家の本城である九戸城を包囲した。

 ここに至るまでの過程で蒲生家は何度か九戸家の攻撃を受けたが何度も撃退した。一政も活躍している。そこは伊達ではないのである。

 九戸政実は激しく抵抗したが城の全方位から攻撃されてどんどん消耗していく。やがて抵抗をあきらめて降伏する。捕らえられた政実は処刑されて乱は終結した。

 今回の乱で一政は一定以上の活躍を見せた。氏郷もこれを喜び大いに称賛する。

「さすがは武功に名高い関家の武士。一政殿は我が一門も同然の御仁であるがそれにしても素晴らしい活躍だ」

「もったいなきお言葉。すべては蒲生家のために」

 恭しく礼を言う一政。それを氏郷はにこにこしながら見ている。相変わらず心中をもしかされているようであった。それゆえに一政は不安である。

「(私の野心に感づいたか)」

 そんな一政に対して氏郷はこういった。

「一政殿には新たに白河の地を与える。今までのものと合わせておよそ五万石になる。任せたぞ」

 まさかの大量加増であった。これには一政も驚く。その驚き顔をみて氏郷はまたも笑った。その笑顔に一政は何とも言えない悔しさを覚えた。

「(私をからかうことの何がおかしいのか)」

 苛立つ一政だがそれを口にできるはずもない。おとなしく新たな自分の領地に向かうのであった。


 今はどうなっているのかわかりませんが、おそらく教科書等では北条家の滅亡をもって天下統一が果たされた記されているのだと思われます。それはその通りともいえるのですが、実際は現在の東北に浮いて一揆が頻発し九戸政実の反乱も起きています。ここら辺もあまりドラマ等で取り上げられないところではあります。正直詳しくないのでいつかはちゃんと調べたいとも思います。

 さて東北に移ることになった一政は活躍し大きな領地を手にしました。しかしこの後で思いもよらぬことが起こり一政の立場も激変します。いったい何が起きたのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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