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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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関一政 道の果て 第一章

 伊勢の国は南北に長く様々な勢力が割拠している。その一つ、関家に生まれた関一政は幼いころから波乱万丈の人生を送ることになる。果たしていったいどのような人生をたどるのか。


 関家は伊勢(現三重県)の領主である。南北に長い伊勢は北部を一向宗が南部は大名である北畠家が支配する地域である。そして中部は土着の領主たちが割拠しておりその中でも一つ頭の出ている勢力が関家であった。関家は本家のほか神戸家や鹿伏兎家などの分家を従えている大勢力である。現在は近江南部(現滋賀県)などを納める六角家に従っており、当主の盛信は六角家重臣の蒲生定秀の娘を娶っていた。

 盛信と定秀の娘の間には男子が五人いる。次男であるのが四郎であった。男子が五人もいるので盛信は誰か一人を僧にすることにする。それで選ばれたのが四郎であった。

「この子は体が弱い。戦場に出すより僧になった方が長く生きられるだろう」

 そんな風に考えての決定である。幼い四郎の何の疑いもなく父の定めた道を歩み始めた。

「りっぱなおぼうさまになります」

 親の元を離れるとき四郎は何の疑いもなくこう言った。そして僧になる道を歩み始める。而して戦国時代の乱世はそう簡単に定められた道を歩ませてはくれない。

 

 永禄十一年(一五六八)尾張(現愛知県北部)と美濃(現岐阜県)を治める織田信長が伊勢に侵攻してきた。先年にはその予兆とみられる行動が見られており、盛信をはじめとする伊勢の領主たちは迎撃の備えをしている。

「何者が来ようと我らは絶対に降らぬ。必ずや追い払ってくれよう」

 盛信は関家の家臣や神戸家などの分家の人々のそう檄を飛ばした。この時の盛信は自信に満ち溢れている。絶対に織田家に負けることなどないと信じ切っていた。

 ところがいざ織田家の侵攻が始まると関家をはじめとする伊勢の領主たちは劣勢に追い込まれた。織田家の軍勢は精兵ぞろいであり装備の質も違う。盛信たちは自分たちの土地で迎え撃つのだから有利だと考えていたが、そんな甘い見通しが一切通用しない規模であった。圧倒的な織田家の軍勢に緒戦で敗れていく。

 そんな中でいち早く降伏したのが神戸家であった。神戸家は初めの織田家の攻撃を受けた家である。その勢いに耐えられないのは仕方のないことであった。

 神戸家の当主の神戸具盛は盛信からも特に信頼されている人物である。温厚篤実で義理堅い。そんな性分の持ち主である。さらには盛信と同様に定秀の娘を娶っているので二人は義兄弟ともいえた。さらに子のいない具盛に生まれたばかりの盛信の子を養子にする約束まである。

 そんな具盛の降伏は盛信に衝撃を与えるものであった。しかも盛信に衝撃を与えたのはそれだけではない。

「具盛が己の後継ぎを織田家から迎え入れるつもりだと!?。一体どういうことか! 」

 盛信は具盛降伏の報せを伝えてきた部下を怒鳴った。怒鳴られた部下は恐縮するばかりである。しかし事実は事実として伝えなければならない。

「神戸様は降伏する際に織田家の三男の三七郎殿を養子にすると約束したようです」

「それがありえぬと言っているのだ。具盛は神戸家をみすみす奪われるつもりなのか」

 降伏した上にその家から容姿を送り込まれるというのは実質的な乗っ取りである。そんなことを受け入れた具盛の判断が盛信には理解できなかった。

「申し訳ありませぬ。しかし神戸家ご家老の山路様からのお話によれば具盛様も一族郎党を守るために泣く泣く受け入れたとの由に」

 これを言われた盛信の脳裏に温厚で争いごとは好まぬ具盛の面影が浮かぶ。真っ先に攻撃された神戸家は被害も大きかったのだろう。それに気づいた盛信はため息を吐く。

「こうなったら仕方あるまい。我らだけでも戦い続けてくれよう」

 そう誓う盛信。実際ほかの分家達が次々と降伏しても盛信は戦いをやめなかった。しかし同年伊勢侵攻と並行して上洛を図った信長が六角家をたやすく撃破するともうどうしようもない。

「六角家は滅ぼされ蒲生家も織田家に降った。これではどうしようもない」

 盛信は泣く泣く降伏した。このとき四郎は四歳。寺で和尚の言うことを何となく理解してきているころである。


 関家は降伏した後大分冷遇された。扱いも分家である神戸家以下のものである。もっとも最後まで抵抗した上に神戸家には従属先である織田家の子供が養子に入っているので当然のことと言えるが。

 この状況をむろん盛信は不満に思っている。

「この地は代々関家が守り抜いてきたのだ。よそ者が大きい顔をしているのは我慢ならん」

 そういうが抵抗できるわけではない。伊勢南部の大勢力であった北畠も織田家に降ったのでもはや関家が抵抗できる余地などなかった。

 そんな状況のまま時は経ち元亀四年(一五七三.途中から天正に改元)にある重大な出来事が起こった。なんと盛信と神戸具盛が信長の怒りを買い当主の座を追われてしまったのである。理由は信長の息子の三七郎を粗末に扱ったという理由であった。盛信は前記の通り不満を感じていたし、具盛も内心は不満であったのであろう。また盛信への不義理を行ったことへの罪悪感もあったのかもしれない。それもあってか裏で盛信三男の養子入りを極秘に進めていたようであった。ともかく両者はそれぞれの家の当主の座を解かれて蒲生家に預けられる。

 この事件で神戸家の当主は信長の息子の三七郎改め信孝が継いだ。一方で関家は大騒ぎになる。と言うのも嫡男であった盛忠が先年急死してしまっていたからだ。そして三男は信長の怒りを買うことになった出来事に関わっているので覚えが悪い。さらにその下の子もいたがあまりにも幼かった。こうした中で盛信の妻は決断した。

「寺に預けている四郎を環俗させましょう」

 この鶴の一声によって四郎は寺を出ることになった。僧になるつもりであった四郎からすれば唐突すぎる話である。

「わたしは、僧になるのではなかったのですか? 」

 そう母に尋ねると母はこう答えた。

「これが乱世の習いです」

 説明になっていない返答に困惑しながら四郎は関家の当主となることになった。


 幼くして家督を突いた四郎は早い元服をすることとなった。そして名を一政と改める。もっとも家のことは母や家臣たちが取り仕切っているので別段何をするわけでもない。もっともそれゆえに幼いながらに不満であった。

「みんなわたしに勝手にいろいろやっている。だったら何のためにわたしを寺から出したのだろう」

 寺に入った時と言い今回のことと言いいすべては一政の周りの人間の都合である。一政はそれをはっきりと口にできるほどまだ何も知らなかったが、心の中に言い知れぬ不満が渦巻いていたのは事実であった。そしてその不満はある人物への怒り転嫁される。その人物とは父の盛信であった。

 盛信は蒲生家に預けられていたがどこかに閉じ込められていたわけではないらしい。時折居城の亀山城の近くに現れて妻や家臣と今後のことを話し合っている。

「ともかく織田家に従うしかない。従って家を生き残らせることのみを考えるのだ」

 この期に及んではそれ以外の選択肢はない。それは誰もがわかっているので納得する。しかしそんな父の姿に一政は失望を覚えていた。

「最初から戦わなければこんなことにはなっていないのに」

 幼き頃に分かれた父の記憶はわずかであるが自身にあふれた姿であった。しかし今の父は自分より強気者を恐れ何とかやり過ごそうとしている姿である。一政の失望も大きい。

「わたしは父上のようにはならない。つまらぬ意地で失敗などしない」

 そう心に強く誓う一政であった。


 織田家への服従の道を選んだ盛信。ともかく織田家のために働き処分を解除してもらうことが盛信の悲願である。居城である亀山城に戻ることは許されなかったが行動は意外なほど自由であった。

 天正二年(一五七四)には独断行動を起こして蓄電した織田家家臣を討ち取りその首を信長に差し出している。信長はこれを称賛した。しかしそれだけである。

「功を賞したのに何の沙汰もないとはどういうことだ! 」

 信長の対応に怒り狂う盛信。それを家臣たちは必死でなだめた。一方で一政は冷ややかに見ている。盛信の姿が思い通りにならなくて駄々をこねる子供の用に見えたからだ。

「(そもそも父上が悪いのではないか)」

 一政は早熟であった上に利発であった。父の今の姿を軽蔑しつつそれを反面教師にしている。一方でそうした心情は表に出さず表面上は父や家臣たちに従順であった。そうした姿が家臣達には思いのほか好評である。

「一政様は無理を言われない。このまま我らの言うとおりにしてもらえればいい」

「少し大人しすぎる嫌いはあるが織田家に目を付けられぬようにするには今のままの方がいいな」

 家臣たちも内心盛信に辟易していたようである。

 さてそれから少し時が流れて天正四年(一五七六)伊勢である事件が起きた。伊勢の南部は現状でも北畠家が治めていたが実態は織田家の従属下にある。そして信長は自分の次男である信雄を北畠家の跡取りにして乗っ取りを試みた。要は神戸家と同じ話であるがこちらの方が規模は大きい。それだけに北畠家の隠居で実質的な支配者である北畠具教は反撃の機会をうかがっていた。

 しかしそれが露見し天正四年の十一月に隠居所である三瀬御所を攻められて具教は討ち取られてしまう。だが具教に従っていた家臣たちはまだ反抗をあきらめなかった。彼らは頑丈な霧山城に籠り抵抗をつづけたのである。

 この動きに対して信長は神戸家の三七郎、この時元服していたので信孝、を派遣した。そして若い信孝に代わって戦いを指揮させるために重臣である羽柴秀吉も大軍と共に送り込んでいる。

 この戦いに盛信も参加することになった。この段階でも関家は伊勢で指折りの勢力であることは間違いない。むろんこの命令に盛信は勇躍する。

「この戦で手柄を立てて信長様の許しをいただくのだ」

 意気軒昂の盛信はこの戦いに一政も連れていくことにする。

「一政もそろそろ初陣をしなければいかんな。まあ戦場に出なくても出陣するだけで箔はつくだろう」

 この盛信の意向に一政も従った。別に前線に出るわけではないので問題ないとの判断である。と言うか盛信は前線に出て戦うつもりだったので関家の名代として誰かを本陣に置いておかなければならなかったのだ。そのついでに一政の初陣と言うことである。

「私は座っているだけでいいのだ。父上はひと暴れするつもりのようだが私には関係ない」

 血気にはやる父と違い臆病とも冷静ともとれる考えの一政であった。


 神戸信孝と羽柴秀吉に率いられた軍勢は総勢一万五千。敵方は百に満たないので圧倒的な兵力差である。もっとも霧山城は名前の通り山の城である攻めにくい城であった。むしろこういう場合、大軍は不利である。

 織田家の軍勢は霧山城を包囲すると軍議を開いた。その場には盛信と一政の親子の姿もある。もっとも幼い一政が何か意見を具申できるはずもないのでいるだけであった。軍議の場の上座には大将の信孝がいてそのそばには秀吉の姿がある。信孝は大将の務めが初めてであるからか緊張の面持ちであるが、隣の秀吉は百戦錬磨の将らしく余裕綽々の様子であった。

 やがて軍議が開かれると真っ先に盛信が発言した。

「霧山城への道は細く大軍は送り込めませぬ。そこで我ら関家の者共が少数の精兵を持って攻め入ります。そして門を開けさせてそののちに皆様方が後にツ筒と言うのはいかがか」

 盛信としては何としてでも軍功を上げたい。そのためならば命も惜しくない覚悟である。一番槍で戦功を上げれば文句なしの功績であった。

 ところがそんな盛信の目論見を見透かしていたのか、それとも偶然か秀吉はこんなことを言い出した。

「いやはやさすがは関殿。見事な武者ぶりでございますなぁ。しかしその義は無用でござる。実は拙者が先だってより内側に間者を潜り込ませておきました。そしてその者により城内に我らに寝返るものが居ります。その者は拙者の手の者の合図で門を開くようにしております。まずは拙者の家臣が向かいまして門を開かせますのでそのあとでほかの方々が続かれるようお願い致します」

 この秀吉の発言に盛信は思わず反論した。

「そ、それは確かなのでしょうか。敵方の策略ではないかと」

「心配ご無用。ここに証文もありますので」

 そう言って秀吉が差し出したのは寝返る旨が書かれた書状であった。盛信はこれを見て沈黙する。陣中のほかの人々も同様であった。そして信孝か緊張の面持ちでこう告げる。

「戦は羽柴の申す通りに行う。皆もそれでよいな」

 断定的な口調で信孝は言った。無論誰も反論はしない。盛信も黙っている。こうして軍議は終わった。

 翌日さっそく城攻めが行われた。戦いは秀吉の言っていた通り寝返ったものが城の門を開けて織田家の軍勢を迎え入れる。それは秀吉の引き連れてきた将兵だけであった。盛信は後方の守りに回されている。

 やがて城内で戦闘があったがすぐに終わった。霧山城は火を付けられて焼失し、反抗した主だったものはすべて打ちとられている。戦いはあっという間に終わり盛信の活躍するところなどなかった。

 意気消沈した盛信を筆頭に帰還していく関家の将兵たち。そんな中で一政だけは違うものを胸に抱いていた。

「(あの羽柴様と言う方はすごい。知恵であっさりと城を落とした。本当にすごいお方だ)」

 大軍があったとはいえ簡単に戦いを終わらせた秀吉に憧憬を抱く一政であった。


 伊勢は現在の三重県にあたる場所です。伊勢湾に面しての東海地方と海運などで栄えた土地でもあります。しかし戦国時代ではいまいち目立たない土地でもあります。以前取り上げた北畠具教などなかなかに興味深い人物や伊勢長島一向一揆と織田信長の戦いなど重要な事件も数多くあります。何かテレビなどでもスポットライトがあてられる日が来るといいなぁと日ごろから考えていたりします。

 さて父の盛信が奮闘しても変わらない関家の現状。一方で一政は羽柴秀吉を知ります。秀吉は一政の人生にも大きく関わってきます。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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