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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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丸目長恵 タイ捨流流祖 第十三章

 負け戦、逼塞を経て長恵の心は決まった。あとはその道を迷わず進むのみ。

 逼塞の期間が終わると長恵は義陽に目通りした。そしてその場で長恵は義陽に告げる。

「これまで義陽様のご恩情にすがり生きてまいりましたが、これより後は一介の兵法家として生きていこうかと思います。その儀お許ししてはいただけないでしょうか」

 これに義陽は驚いた。この逼塞の期間で義陽の心も落ち着いている。長恵を許す心もできていた。ゆえにこれからは旗下の武将の一人として働いてもらおうと考えていたところである。

「お前は己の罪を償った。相良家から出ていくこともあるまい」

「いえ、そうではないのです。この期間に我ながらいろいろと思案いたしました。そして己の剣を突き詰めていく以外の生き方しかないと気づいたのです。これよりはその思いに従い生きていこうかと思います」

 迷いのない長恵の言葉であった。そしてそれを述べる長恵の目には一片の曇りもない。これには義陽も折れるしかない。

「わかった。しかし相良家から出ていくことは許さぬ。我が家の臣という立場はそのままで好きに生きるがよい」

「承知しました。ありがたき幸せにございます」

 そう礼を述べた長恵は深々と頭を下げると退出していった。その後姿を見た義陽は何とも言えない静寂感を感じる。

「私の手の内では狭いということなのか」

 その義陽のつぶやきは誰にも聞こえなかった。


 義陽の下を辞去した長恵は屋敷に戻った。そして木野親子と寿斎を呼んで義陽との間のあらましを話す。

 黙って聞いていた三人であったが、長恵の話が終わると九郎が切り出した。

「これからどうなされるのです? 相良家の将として生きるのをやめるのは良しとしても生きるのにはいろいろと手間がかかりまする」

 これに八兵衛がかみついた。

「馬鹿を言うな。相良家の家臣としての名は残ったのだ。将として生きることをやめたわけではあるまい」

「ですが父上。長恵様にその気はありませんよ」

 九郎にこう返されて八兵衛は黙った。一方、寿斎は別の疑問を長恵に問う。

「道場はどうなされるのですか? 皆は逼塞が終わったのだから早くお師匠に稽古をつけてもらいたいと言っています」

「そうか…… 寿斎。俺が逼塞になっている間は誰が稽古をつけていたのだ」

「私と他何人かで」

「吉兵衛は違うのか」

「吉兵衛はまだそういうことができませんでしてなあぁ」

 まだ吉兵衛は青年である。人を指導するというのは不得手であった。一方の寿斎は初老の壮年であり人格もできているので特に弟子たちからは慕われている。

 長恵は少し思案してから寿斎に言った。

「寿斎。ほかのものと力を合わせてもうしばらく皆に稽古をつけてやってくれ」

「それは構いませんが。お師匠はどうなされるのです」

「俺はしばらく旅に出ようと思う。帰りがいつになるかわからん旅だ」

 この長恵の言葉に九郎と寿斎は驚かなかった。何となくそういうことを言いそうだというのが感じられたからである。だが八兵衛は違った。

「な、何を申されるのですか。長恵様は丸目家の当主。そんな方が旅に出られるなどとは言ってはいけませぬ。あまりにも無責任ではありませぬか」

 顔を真っ赤にする八兵衛。すると長恵は八兵衛の方に向き直ると頭を下げた。

「お前の言うとおりだ。本当に申し訳なく思う」

 この態度に八兵衛の勢いも止まった。むしろ主君に頭を下げられて縮こまってしまう。

「わかっていただけるのならばそれでよいのです」

 申し訳なさそうな顔で言う八兵衛。そんな八兵衛に長恵はこう言った。

「いえの主として俺は失格なのだろう。だが今の俺にはやるべきことがある」

「やるべきこと、ですか」

「ああ。俺は俺の剣術、兵法をさらに鍛え上げて新たな兵法を作り上げる」

 長恵ははっきりと迷いなく言った。これに八兵衛は唖然とするしかない。

「新たな兵法とは大層ですな。いやはや驚きまする」

 そういう寿斎の顔はかなり嬉しそうであった。そんな寿斎の様子に長恵も思わず苦笑する。八兵衛は呆然としていたが、そんな八兵衛の肩に九郎が手を置いた。

「これはもう仕方ありませぬ。長恵様は己の道を決められてしまった。我らはそれをお手伝いするしかありませぬよ」

 呆然としたままの父にそう告げる九郎。八兵衛も観念したのか大きなため息を吐いた。

「主の道行きを助けるのも家臣の役目か」

 そう言いう八兵衛の顔はどこかすっきりとしたものであった。


 それから数日後に長恵は旅に出た。一人ではなく吉兵衛など数人の供を連れてである。

「師匠。まずはどこに行かれるのですか」

 吉兵衛はわくわくした様子である。師匠の供に選ばれた嬉しさと見知らぬ土地を巡る期待が見て取れる。一方の長恵は落ち着いた様子であった。長恵は一言こう言った。

「まずは天草だ」

 その宣言通り長恵は天草の地に向かった。目的地は本渡城で師匠である天草伊豆にあうことが目的である。

 このころ伊豆はいよいよ年老いていて体もますますやせ細っていた。だが病気にはかかっていないようであり矍鑠としている。

 老いた師匠に長恵はうれしげに声をかけた。

「お元気そうで何よりです。まだまだ長く生きられそうで」

「何、病に侵されていないだけよ。もうそろそろお迎えが来る頃じゃろうて」

 伊豆も快活そうに笑って答えた。その声色に衰えは見られない。しかし長恵から見ればわずかな動きにも体の衰えが見て取れる。

「(もう長くはないかもしれぬな)」

 さっきはそう言ったが内心はそう考えていた。もっともそれも伊豆にはお見通しだったようである。

「お前も分かっているだろうが儂は長くない。それは天命じゃ。しかしお前の用事がお終わるまではまだ生きなければならんなぁ」

「はい。ご迷惑をおかけします」

 内心を見透かされた長恵だが驚きもしない。自分の心を見通すなど伊豆には朝飯前のことであるとわかっていたからだ。

 長恵は挨拶もそこそこに伊豆に言った。

「ここには師匠の記した兵法や剣術、他に様々な事柄を記した書物があると思います。それを見せていただけないでしょうか」

 この長恵の願いに伊豆はあっさりとこう答えた。

「構わんよ。儂が死んだら全部やろう」


 伊豆の許可が出たので長恵はさっそく伊豆の書物を読みふけり始めた。吉兵衛はこれが不思議である。

「師匠は兵法の旅に出たのではないのか。それなのになぜ書物など読んでいるのだ」

 疑問に思う吉兵衛。そんな吉兵衛に長恵はこう言った。

「俺は新たな兵法を作る。そのためには知るということが一番大事なのだ。しかしお前にそういうことを理解するのはまだ早い。今は剣術の修業に専念するのだ」

 長恵にこう言われた吉兵衛はほかの者たちと基に伊豆の弟子たちと剣術の修業に勤しんだ。最初は伊豆の弟子たちを侮っていた吉兵衛であるが、高弟たちは強く歯が立たない。

「こんな強い人たちがいるのか。これはいい修行になるな」

 吉兵衛はこれをむしろ喜んで修業に励んだ。伊豆の高弟たちも吉兵衛やほかの長恵の弟子たちと共に鍛錬に勤しむ。長恵は時折それに参加したがほとんど伊豆の書物を読みふけることに時間を費やした。その結果長恵は半年ほど伊豆の下に滞在する。その間伊豆は生きて長恵の姿を見守った。

「あの小僧が大したものよ。本当に大きくなった」

 涙ぐみそうになる伊豆。長恵は伊豆の期待した以上に大きくなっていた。

 それからしばらくして長恵は吉兵衛たちを連れて伊豆の下を去った。天草伊豆はそれから少し後で眠る様に息を引き取ったという。満足気な死に顔であったそうだ。


 天草を出た長恵は九州の各地を回った。そして各地にいる兵法家たちの下に向かい一人一人に教えを乞う。

「兵法のご教授を願いたい。よろしく頼みまする」

 兵法家たちは長恵のことを知っている。反応は様々であった。

「いやはや。拙者のようなものが丸目殿にご教授するようなことはございませぬ」

 と謙遜する者や、

「先年の負け戦で鼻柱が折れたか。いいだろう」

などと言うものがいた。前者に関して長恵はこう慇懃に訴えた。

「私はまだまだ兵法を知らぬ未熟者。さらに兵法を学び強くならなければならぬのです」

 こう言って兵法の伝授を願った。兵法家も長恵の熱心さに折れて自分の知る限りの兵法を伝授する。長恵はそれを学び吸収していった。もっとも長恵の知らぬレベルのものはそうそうなく早いうちに兵法の伝授も終わる。伝授が終わる長恵は

「此度はありがとうございました」

と礼を言って去っていった。

 一方で長恵を見くびるものに対しても兵法の伝授を強く願い出た。

「俺は未熟者ですので。さらに兵法を学ぼうと思ったのです」

 長恵を見くびるものは少なからずいた。そうした者たちは長恵を打ちのめそうと最初に立ち合いを望んでいる。それらをすべて長恵は打ち倒していた。その上で長恵は兵法の伝授を申し出ている。無論兵法家たちはそれを断った。

「我が流派の教えを伝える書物がある。それで勘弁してくれ」

 長恵はそうした書物を受け取ると弟子たちと共に書きうつして次の兵法家の下に向かった。書き写した書物へすべて長恵の道場に保管する。

 そうやって長恵は九州を巡り歩いていった。


 長恵が修行の旅に出てから数年経った。この間長恵は時折自分の屋敷に戻って収集した兵法に関する書物をまとめている。そしてそれが終わるとまた旅に出るといった暮らしをしていた。相良家はこの長恵の行動を放置している。

「相良家からは何も言われません。まあ我らをあてにしていないということなのでしょうが。まあその方が気楽でいいですね」

 旅から帰ってきた長恵に九郎はそんなことを言った。

「参陣せよともいわれんのか」

「はい。まあ長恵様がいてもいなくても我らの手勢が加わったところで相良家の状況は良くならんと言うことなのでしょうね」

 このころ相良家は先行き不安な状況に陥っていた。島津家の勢いはいよいよ強く相良家は常に劣勢である。幸いと言っていいかわからないが島津家は別方面にも敵を抱えていたので本格的な攻勢はない。しかし国境付近の領主たちは島津家になびきつつあり小競り合いでも勝てないといった有様であった。

 この状況下で長恵もいろいろと考える。

「俺が出ていったところで何の役にも立てまい。とはいえ何もしないでいるのもおかしいな。少しは兵法を役に立てるとしよう」

 思い立った長恵は丸目家の兵と弟子たちを連れて島津家と相良家の小競り合いが行われている戦場に向かう。相良家は劣勢であったが持ちこたえてはいた。しかしこのままでは撤退と言う状況である。

 指揮をしているのは長恵より少し年長の侍であった。その侍の名は深水長智という。深水頼金の息子である。

「なるほど深水殿の息子か。なればこそ持ちこたえられていたのだろう」

 一方長智は長恵の来訪を驚く。

「丸目殿は殿のご指示できたわけではありませんよね」

「いかにも。だから俺はここにいないことにしてくだされ」

「それは…… いえ、承知しました。そしてどうなされるのですか」

「少しばかり敵を驚かせてきます」

 長恵は連れてきた兵を二手に分けて一方を潜ませた。こちらは長恵の弟子たちを中心としている。そして自分率いる丸目家の軍勢がわざと敵の眼前に出て注意を引いた。この時長恵は派手な格好をしている。名のある名将のように見えた。

「さあ、ついてこい」

 長恵は負けたふりをして敵兵を引き付ける。やがて伏兵の弟子たちがいるところまで引き寄せた。攻めかかる長恵の弟子たちは皆ひとかどの剣客である。島津家の兵たちは散々にやられて逃げていった。

 帰還した長恵は長智にこう言った。

「あれはあくまでも深水殿の兵と言うことに」

「承知しております。できるだけ多くいるように知らしめておきましょう」

「さすがだ。わかっている」

 長恵はにやりと笑うと手勢を連れて去っていった。この後相良家の国境付近には神出鬼没の精兵がいると噂になり島津家も迂闊に手が出せなくなった。


 島津家との戦いでの陰ながらの活躍。それと九州各地の兵法を習得し打ち倒していった長恵の武名は改めて知れ渡った。もっとも長恵はそれを気にせず新たな兵法を作り上げるべく修練に励んでいる。

 そんな中で長恵は博多に行くことにした。宗吉から久しぶりに会いたいと連絡が来たのである。

「久しいな。島屋殿も元気だろうか」

 博多の島屋に向かうと長恵は歓待された。久しぶりに再会した宗吉は髪に白いものが多くなってきているものの変わらずの福々しい体格である。

「いやあ丸目さん。お久しぶりです。本当に大きくなられましたなぁ。武家の方々から丸目さんの話をよく聞きますよ」

 長恵の名は博多にも鳴り響いているらしい。これには長恵も照れる。

「何の。まだまだ俺は若輩者です。しかし島屋さんもお元気そうで何よりです」

 挨拶もそこそこに長恵は奥の間に通された。そこで宗吉は書状を長恵に渡す。

「実はこれを丸目さんに渡すのが目的だったのです」

 その書状の差出人を見て長恵は驚いた。なんと師匠の上泉信綱だったからである。驚いた長恵はすぐに書状を呼んだ。そこには最近の長恵の九州での活躍を知ったことやそれをほめたたえる内容が書かれている。そして最後にこう記されていた。

「西国の新陰流は君に任せる」

 それは西国での新陰流の伝授を長恵に任せるということであった。これを見た長恵の目から涙があふれる。宗吉は泣き続ける長恵を黙って、やさしく見守るのであった。



 前回の話で長恵は自分の道をはっきりと見つけることができました。ともすればそれまではどこか目的もなくただ己を鍛えたり周りに流されていたともいえる人生です。今回の話からは兵法家としての道を定めまっすぐに進み始めました。兵法家、丸目長恵としての人生はここから始まったといえるのでしょうね。

 さて話もいよいよ終盤です。長恵は新たな兵法を生み出すことができるのか。そしてその先に何が待ち受けるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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