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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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丸目長恵 タイ捨流流祖 第一章

 肥後(現熊本県)の剣客、丸目長恵の話。

 戦国時代はいくつもの剣術の流派が誕生した。その中の一つ、タイ捨流を興したのが丸目長恵である。これは一人の男が様々な出会いと挫折を経て一つの流派を興した物語である。

 肥後(現熊本県)八代。この地で暮らす山本与三右衛門に待望の男子が生まれた。生まれた子は赤子にしては大きく強い生命力を感じさせる。

「立派な子じゃ。行く末は良き侍になるだろう」

 生まれた時から父にそう将来を嘱望された与三右衛門の子は期待通りにすくすくと育っていく。同年代の子らと比べても立派な体格で幼子がそろえば一人頭が抜き出ていた。

 だが与三右衛門の子がすぐれていたのは体格だけではない。幼子たちが成長し少年になるとみなそろって山野を駆け巡る。この辺りの子供はそうして育つのだ。そしてその中でも誰より早く山野を駆け誰よりも力強い。喧嘩をしても同年代に勝てる者はおらずひとたび暴れれば大人が出てくるほどである。

 そうした時に与三右衛門は決まって息子をこう叱った。

「お前は血気が多くにすぎる。いずれはそれで失敗してしまうだろう。だが人の性根はそうそう変わらない。お前はまずひとまず短気を起こすことを控えろ。それでも耐えられず失敗したときは腐るな。それを学びとして生かしてまた歩んでいくのだ」

 そう叱ると家に連れて帰った。そしてそこで待つ母が作った飯を食べてまたすくすくと育つのである。

 そしてすくすくと育った与三右衛門の子は弘治元年(一五五五)元服し長恵と名乗った。のちに戦国の世にその名をとどろかせた剣客にしてタイ捨流の流祖となる。


 元服して間もないころ、長恵は父に従い戦に出ることになった。与三右衛門は肥後の大名である相良家に仕えている。当代は相良晴広、であったがこの年に急死した。あとを継いだのは相良満万丸。齢十二歳の幼子であった。

 当主が急死し跡を継いだのは元服前の幼子。こうなると領地の内外がいささか不安定になる。するとそこをねらって小競り合いを仕掛けてくるものも出てくるものであった。

 ところは肥後の大畑。ここで長恵は初陣を迎えることになる。

「せっかくの初陣なのだ。どうせなら大将首をねらいたい」

 長恵はひときわ大きい体格にやる気をみなぎらせていった。体は大きいが顔にはまだ幼さが残る。体に不釣り合いにも見えるが顔立ちには何とも言えない愛嬌があった。だがこの時ばかりはその顔にはどう猛さが浮かんでいる。

 元服しても相も変らぬ血気の多さ。そんな息子を父は静かに諭した。

「初陣ではやる気持ちはわかる。何よりお前ならば大将首をねらうこともできるだろう。だが我先に飛び込んではだめだ。まずは私の後ろで敵を見定めよ。大将までの道は私が示すから、お前は大将を見つけたら迷わず突き進め」

「わかった。親父殿」

 もう体格では父に勝っている長恵。しかし与三右衛門には反抗もせずに素直に従っている。この男は血気にはやるがなついたものにはすこぶる従順であった。

 さて間もなく戦が始まった。戦いあっという間に両軍入り乱れた乱戦になる。山本親子は寄ってくる敵を払いながら敵陣に突き進む。やがて与三右衛門が大将を見つけた。

「長恵。あれが大将だ」

 そう言いながら雑兵を切り捨てる与三右衛門。一方の長恵は父の睨む方を見てひとり立派な姿をしている武者を見つけた。

「あれが大将か! よし! 」

 十五歳の長恵は寄ってくる敵を切り捨てながら大将めがけて突き進む。追いすがってくるものはすべて与三右衛門が切り捨てた。

 やがて長恵は大将にたどり着く。

「その首頂戴する! 」

 そう言うや長恵は太刀を振るった。そして見事に大将を切り捨てる。動かなくなった大将の首を取り長恵は高らかに叫んだ。

「大将首頂戴した! 」

 それを聞いた雑兵たちは我先にと逃げていく。堂々たる体躯の少年はあどけない顔を地に染めて満足げに笑うのであった。


 初陣で大将首を取った長恵。周囲の者はそれに驚嘆するばかりである。

「山本殿の御子息はなんという武辺ものか。あれで元服したばかりだというのだから末恐ろしい」

「まったく。行く末はとんでもない武者になるだろうて。我らもあやかりたいものだ」

 皆口々に長恵を褒めた。これには長恵も得意である。

「まったく戦場は恐ろしいと聞いていたがそうでもないな。これならば山野の獣どもの方が恐ろしい」

 そう言って調子に乗る長恵。そんな長恵に与三右衛門は腕を差し出してこう言った。

「これを見よ長恵」

 そこには刀傷があった。長恵は驚く。

「親父殿。怪我をしていたのか」

「ああ。だが命にかかわるものではない。私は運がよかったのだ」

 長恵は戦っている父の姿を見ていた。その時にけがはしていない。だが大将に向った時には与三右衛門のことなど忘れてしまっていた。だからその傷は長恵が大将に向かっているとき、つまり長恵の後方を守ってくれていた時のものである。

「すまん。親父殿」

「気にするな。戦場ではよくあること。これが致命の物でなければそれでよい。お前もこうした傷を負うこともあるだろうから決して慢心するな」

「ああ。わかったよ親父殿。もっと周り見れるように精進する。期待していてくれ」

 明るい表情で言う長恵。そんな息子の姿に苦笑する与三右衛門であった。 


 長恵の大活躍は相良家中に鳴り響いた。そして相良家の当主である万満丸も長恵の活躍を聞いて大いに喜ぶ。

「初陣でたいそうな活躍をしたものが出たらしい。何か褒美はやれんのか」

 万満丸後見人でもある祖父の上村頼興に相談する。頼興としては長恵の活躍は立派であるが直々に褒美をやるほどのものではないと思っている。戦いは小規模なものであったし山本家の位も低かった。そこで頼興が思いついたのが

「新たな名字を与えるのはいかがでしょうか」

というものである。これに万満丸は首をかしげる。

「そんなものでいいのか」

「はい。我らから賜るということに意味があるのです」

「そう言うものなのだな」

 幼い主君は祖父の言うことに納得した。そして与三右衛門の下に新たに名字を授けるという書状が届いた。

「我らはこれから「丸目」と名乗ることになった」

 表情も変えず淡々と与三右衛門は言った。一方の長恵は不思議そうである。

「うれしくないのか? まあ俺もこれに意味があるのかよくわからないが」

「一応我らの功を認めているということなのだろう。まあ形のないものぐらいしか与えられないということでもあるのだろうが」

「ふん、そうか。しかし「丸目」とはどういう意味なのだろうか」

「それは書いていないから私にもわからぬな。存外適当につけたのかもしれん」

 そう言って与三右衛門は笑った。長恵も父の物言いに思わず吹き出すのであった。


 長恵の初陣の翌年の弘治二年(一五五六)になった。幼君が家督を継いでから何度か小競り合いは起きたものの相良家の治世は安定しつつある。長恵は父に従い出陣して武功も何度も上げた。そしてそのたびに武者としての成長を遂げていく。

「戦場に出れば恐ろしいこともあるが学ぶこともある。いずれは立派な侍になって親父殿やおふくろ様に喜んでもらわなければな」

 こうして成長を遂げていく長恵。だがそんな長恵を見て与三右衛門はあることを考え出した。

「(長恵の才は確かに素晴らしい。しかし一国一城の主と言った才ではない。人を率いるよりも己の武芸や兵法を高めることにつながる才だ。そうなると私の下ではこれ以上教えることはない)」

 与三右衛門は長恵に将としての才はないと見抜いていた。これまでの戦いで活躍していたがそれらはすべて個人の武勇によるものである。その姿は大変な武辺ものの姿であったが兵を率いて戦う大将の姿ではなかった。

 そう言うわけで息子の才能を見浮いた与三右衛門は長恵にこう言った。

「もはや私ではお前を鍛えることはできぬ。ここにいてはお前の才を腐らせるばかりだ。そこで天草の本渡城の天草伊豆殿にお前を預けようと思う」

「突然にどういうことだ。それに天草伊豆とはどんな奴なのだ」

「伊豆殿はその名を九州にとどろかせる兵法家だ。あの方の下で学べばお前はさらに強くなるだろう」

 与三右衛門は熱心に息子を説いた。長恵も父の思いを感じ取って大きくうなずく。

「親父殿が俺のことを考えてくれたのだ。間違いはないだろう。俺は天草殿の下に行きさらに強くなってみせるぞ」

 こうして長恵は天草伊豆の弟子となることとなった。


 九州一の兵法家と呼ばれた天草伊豆。本渡城へ向かう道中、長恵はいったいどんな男か気になってしようがない。

「九州一の兵法家と呼ばれるのだからそれこそ天を突く大男か。はたまた鬼のような男なのか」

 まだ見ぬ自分の師となる男への期待がどんどん膨れ上がる長恵。いよいよ本渡城に到着し伊豆と初めて顔を合わせた。その瞬間長恵はがっかりした。

「(なんだ。普通の男ではないか)」

 正直風采の上がらない風貌で体もそれほど大きくない。年は四十を少し超えたくらいだと聞いていたが正直それ以上に見える。とてもではないが九州一の兵法家とは思えない。何ならこの城の城主ということにも疑念がわく容姿である。ただ伊豆の周囲には弟子か家臣だと思われる侍が何人かいた。ただ彼らのうちの何人かの方が伊豆よりよっぽどそれらしく見える有様である。

 長恵は若い。ゆえにそうした失望が表に出たようである。だが伊豆を含めてそこにいる人々は何も動じてはいなかった。伊豆に至っては微笑んでいる。

 伊豆のこうした態度に逆に長恵が怒る有様であった。

「そんなに笑って何がおかしいのか」

 怒鳴る長恵。これに対して伊豆は懐の扇子で長恵を指して飄々と言い返す。

「何。おぬしの年ならそれくらいの血の気がちょうどいい。これならばものになりそうだと思ったのだ。それが面白いのだよ」

 この伊豆の物言いは長恵をさらに怒らせた。そして長恵は何も言わず刀を引き抜く。怒りのあまり声が出なかった。長恵はそのまま伊豆に刀を打ち込もうとする。ところがその瞬間伊豆が投げた扇子が顔に当たった。思わぬ反撃に動きが止まる長恵。そこに伊豆がすっと近づいてきた。

「うおおおおお」

 長恵は何とか刀を振り下ろそうとする。だが次の瞬間には投げ飛ばされていた。どこをどうされたのかもわからない。床に背中から落とされた長恵は呆然とするしかない。

 そんな長恵の顔を覗き込みながら伊豆はとてもうれしげに言った。

「あの状態で刀を振り下ろそうとするか。しかも床に落とされても刀を捨てぬとは。なるほどこれは良い。ものになるどころではないな」

 そう言って歯を見せて笑った。悪戯が成功した幼子のような顔である。それを見て気を取り直した長恵は刀を収め、平伏していった。

「ご無礼申し訳ありませぬ。これよりはご教授お願いします」

 こう言った。これに対して伊豆は笑いながらこうかえす。

「それは親父殿に「無礼をしたらこう言え」と教えられたのだろう」

 長恵は赤面した。まさしくその通りだったからである。それを見て伊豆だけでなく周りの人々も大笑いするのであった。


 何はともあれ長恵は天草伊豆の弟子になった。長恵はもともと一度認めれば素直に従う性分である。伊豆にも素直に従ったし兄弟子たちの言にも素直に従った。愛嬌があり少しばかり短慮でまっすぐな少年である。素直さもあり兄弟子たちに長恵は可愛がられた。

「長恵。お前の刀の振り方には無駄が多い。こうするのだ」

「戦場では武器のない時もある。そう言うときは石でも何でもいいから武器にしろ。だがそれもない時のために組打を学んで置かねばならんぞ」

 こうした兄弟子たちの教えを長恵は素直に吸収し成長していく。そして何より素養もあったので一年も経つ頃には一部の高弟や伊豆以外に長恵に敵う者はいなくなった。だがそれでも長恵は兄弟子たちを敬うことを忘れない。

「兄弟子たちが俺を大きくしてくれたのだ。それがある限り俺の心は変わらぬ」

 一方の兄弟子たちも長恵がすさまじい速さで大きく成長していくのを、驚きつつも称賛した。

「長恵は大した奴だ。ゆくゆくは先生に匹敵するような兵法家になるだろう」

「九州にその名をとどろかせるのも近いな」

 一方で伊豆は長恵に兵法だけでなく治世の術も教えていた。しかしこちらは長恵の不得手である。

「俺は城の主にはなれませぬ」

 そう肩を落として呟く長恵。そんな長恵を伊豆はこう諭した。

「別にすべてを覚えろと言っているわけではない。お前は兵法を収めれば天下に名を知られる男となろう。そうした時に今教えている治世の術の一つでも覚えていればないかの役に立つ」

 長恵は驚いた。天下に名を知られる男になるなど考えもしていなかったからである。

「先生。それは大分言いすぎです」

 照れるどころか顔を青くして言う長恵。それに対して伊豆は答えずただ微笑むのであった。長恵にはよく理解できなかったが伊豆が自分を認めてくれているということはうれしかった。

 伊豆の下で過ごす日々は長恵にとって楽しいものであり大きな財産になった。父の教えと天草での修行の日々で長恵の根本は出来上がったといえるだろう。

 戦国時代には上泉信綱や塚原卜伝など様々な剣客がいました。そんな剣客たち一人である丸目長恵が今回の主人公です。正直今までとは違った雰囲気の話になると思いますがそこも楽しんでいただけると幸いです。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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