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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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来島通総 海賊大名 第一話

 瀬戸内の海に生きる海賊たち。その中にあって大名まで成り上がった男がいた。この話はある海賊の成り上がりの物語。

戦国時代の瀬戸内海は村上氏の支配する海である。彼らは海上を通行する船から通行料を取ったり護衛をしたりして生計を立てている。いわゆる海賊と呼ばれた人々だ。

 その村上氏は三つの家に分かれていて、それぞれ別々の島を拠点にしていた。一つは能島を拠点にする能島村上氏。一つは因島を拠点にする因島村上氏。そして最後は来島を拠点とする来島村上氏である。彼らはそれぞれのテリトリーを通る船を対象に海賊家業に励んでいた。

 その来島村上氏だが彼らはのちに来島の姓を名乗るようになる。よってこの話では来島としたい。そして永禄四年(一五六一)に来島氏当主通康の四男牛松丸は生まれた。

 牛松丸が生まれた来島は島全体を海上要塞化していた。当り前だが周りは海に囲まれている。しかしそれほど遠くない場所に四国の大地はあった。牛松丸は海を隔てて見える土地が気になってしょうがない。常々周りの人々に尋ねた。

「どうすればあそこに行けるの? 」

 周りの大人たちは笑って言った。

「若が大人になったら行けますよ」

 その答えを聞いた牛松丸は喜んだ。そして海を隔てて見える土地を指さす。

「じゃあ、大人になったらあそこに行く! 」

「それはいい考えです」

 無邪気に喜ぶ牛松丸を、大人たちは優しく見守っている。そんな大人たちを尻目に牛松丸は言い放った。

「それでここより大きなお城を建てるんだ! 」

 その一言に大人たちは静まり返った。そんな大人たちに牛松丸は不思議そうに尋ねる。

「どうしたの? 」

「い、いえなんでもありません」

 牛松丸の質問に誰も答えることは無かった。

 戦国時代、牛松丸が指差した「あそこ」こと伊予は河野家が治める土地である。そして来島氏は海賊であると同時に河野家の家臣でもあった。さらに河野家と来島氏はただの主君と家臣以上のつながりも持っている。

 実は牛松丸の母親は河野家先代当主河野通直の娘であった。つまり牛松丸は河野家当主の血を受け継いでいるわけである。この縁により牛松丸の父来島通康は河野家を助けるべく奮戦した。

 これだけなら穏便な関係であったが、実は河野通直には男子がいなかった。そこで通直は娘婿の通康を河野家当主に据えようとしたのである。勿論河野家臣たちは反発し、結局通康が河野家を継ぐことは無かった。

 そういうわけで河野家と来島氏はいささか微妙な間柄なのであった。そしてそれゆえ河野家の治める伊予に城を建てたいといった牛松丸の言葉に複雑な心情を抱いたのである。もっとも言った本人がそんな複雑な事情を知る由もないのであるが。

 

 このころ牛松丸の父、通康は河野家臣として旗下の海軍を率いて奮戦した。また、一方で安芸などを治める毛利家とも深いつながりがある。ついでに言うと河野家は毛利家と同盟を結んでいた。もっともこの同盟は毛利家上位の従属的な関係であったが。

 それはともかく通康は時の河野家の家臣として戦い、時に毛利家に協力する海賊として毛利家と共に戦った。おりしも牛松丸誕生の頃毛利家は北九州に侵攻し、それらの地域を治める大友家と戦いを繰り広げている。当然海軍も動員されるわけで通康も戦いに赴いた。

 様々な戦いに赴く父を牛松丸は憧れの目で見ていた。

「父上! 頑張ってきてください」

「ああ。一仕事してくる」

 通康はまさしく海の男というべき精悍な顔立ちをしている。そして牛松丸に豪快な笑顔を見せると出陣していった。そして多大な戦果を挙げて来島城に帰還する。

 帰還した通康を一番に迎えるのが牛松丸だ。

「父上! おかえりなさい! 」

「ああ。帰ったぞ! 」

 通康は自分を迎える息子を抱きかかえ、出陣の時と同じように笑うのであった。

 こうして通康が様々な海で奮戦しているうちに牛松丸は七歳になった。年号で言えば永禄十年(一五六七)になっている。その年の十月も通康は出陣することになった。河野家と対立する宇都宮・一条氏との戦いが激化していたからだ。

 通康出陣の日、牛松丸はいつも通り父に声をかける。

「父上! ご武運を! 」

 だがいつもはすぐ応える通康だが、なぜかその日は反応が無かった。

「父上? 」

 牛松丸はもう一度声をかけるが通康の反応はなかった。そしてそのまま出陣していく。その時、牛松丸が見た父親の顔はどこか生気のないものであったという。

 やがてしばらくして通康は帰ってきた。しかしいつもとはまるで違う帰還である。

「父上……? 」

 いつもは部下たちと騒ぎながら帰ってきた。だが今回は皆静まり返っている。いつもは母親が牛松丸に後れて通康を迎えた。だが今回は母親が牛松丸より先に通康に飛びついた。いつも通康は堂々と帰ってきた。だが今回は横になって帰ってきた。帰ってきた通康の体は冷たくなっている。

「え……? 」

 通康は死んでいた。身体に傷はない。陣中で病死したようだった。

 父が死んで帰ってきた日、牛松丸は何もわからず呆然としていた。そして母が泣き、家臣たちが悲しんでいるのを見てやっと父が死んだと理解した。

「父上――――――――! 」

 牛松丸七歳の時のことであった。


 通康の死は来島氏の一族や家臣に多くの悲しみを与えた。しかしいつまでも悲しんでいられない。すぐに次の当主を決めなければならなかった。そうしなければ海賊としても河野家の家臣としても困る。

 新しい惣領は兄を差し置いて牛松丸と決まった。これは牛松丸の母が主君河野家の一族であるからだ。このことについては兄の通幸も異論はない。

「よろしくお願いします。兄上」

「ああ。頑張れよ、牛松丸」

 牛松丸と通幸は非常に仲が良かった。通幸は得居家に養子に入っているが時折来島に顔を出して牛松丸と遊んでいる。

 このころ通幸もまだ十歳の子供である。弟が当主に選ばれた経緯や理由はよくわからないが、かわいい弟を助けてやろうという気持ちは持っていた。

「牛松丸。いつかきっと俺たちのでかい城を建てよう」

 通幸は言った。彼は牛松丸が言った大きな城を建てるという言葉を真に受けていた。そして自分の城を建ててやるという気持ちも持っている。

 通幸の言葉に牛松丸は喜んだ。

「ええ、きっと城を建てましょう! 約束です」

 二人は無邪気な約束を交わした。そして二人で笑いあうのであった。

 さて新当主になった牛松丸だが、まだ七歳で仕事ができるわけがない。そのため幼い当主を家臣たちが支えていくことになる。その中で筆頭といえる存在が村上吉継であった。

 吉継は姓からもわかるが村上氏の出身であった。牛松丸や通康と直接血縁があった訳ではないが来島氏とは縁戚といえる。

 そんな吉継だが海賊というよりは侍といった雰囲気の男だ。豪放磊落な通康と比べると怜悧かつ真面目な堅物である。また考え方も保守的なところがあった。どちらかというと旧弊や年の上下を重んじる、といった感じである。

 牛松丸は正直吉継が苦手であった。どうにも不愛想で笑った顔を見たことが無い。そうした堅苦しい雰囲気を牛松丸はなかなか受け入れないでいた。

 そんな牛松丸の心情を知ってか知らずか吉継は淡々と言う。

「これより牛松丸さまが成人なさるまで、私が諸事を行います」

「う、うん。よろしく」

 少し緊張しながら牛松丸は答えた。吉継が通康から信頼される優秀な男だということは牛松丸も理解している。だが苦手なものは苦手だ。

 この後吉継は幼い牛松丸を支えつつ来島氏当主代行として活躍していく。それを牛松丸は素直に褒め感心した。だが二人の距離が縮まるということは無く、一定の距離感を保ったまま時は流れていく。


 通康の死から三年が過ぎた元亀元年(一五七〇)。牛松丸は十歳になっている。この三年の間に吉継は奮闘し来島水軍は多くの活躍を残している。この活躍には河野家当主通宣も吉継の功績をほめたたえるほどだった。

 そういうわけで良好に見える来島氏と河野家の関係だが、元亀元年の始めの頃から不穏な空気を醸し出し始めていた。

 その不穏な空気を牛松丸も感じていた。このところ河野家の家臣が来訪し牛松丸に挨拶していく。それが牛松丸には不思議でならない。

「いったいあの人たちは何しに来ているんだ? 」

 牛松丸は吉継に尋ねた。しかし吉継は冷淡に答える。

「若様には関わりのない話です」

 取り付く島もない吉継の答えに牛松丸は苛立った。いい加減この年になれば物の分別はつくし人の機微にも気づくようにもなっている。

「私にかかわりが無いのであれば、なぜ私に挨拶に来る? 」

 こんどは少し苛立ちながらの牛松丸の質問であった。しかし吉継は相変わらずそっけない対応をする。

「河野様の者が若様に挨拶するのは不思議ではありません。それだけ我らと河野様のつながりは深いのです」

 吉継はそう言い放った。一応は筋の通った理屈に牛松丸は黙り込む。そしてこの話はこれっきりになった。

 さて牛松丸周辺の妙な動きには河野家の内情にかかわりがある。実は先年から河野通宣は体調を崩してしまっていた。そうなると後継者を決めなければならないのだが通宣には男子がいない。そこで養子をとることにしたのである。

 養子になったのは河野牛福丸(のちの河野通直。牛松丸の祖父とは同名)であった。だがこの牛福丸の生まれにいささか込み入った事情があった。

 牛福丸は河野氏の一族の出であると言われている。だが実は牛福丸の母親というのが、かつて通康の側室であった女性であった。そのため河野家中の一部で牛福丸が通康の子供なのではないか? という疑問が生じていた。そうなれば牛松丸とは異母兄弟ということになる。

 これだけならただのスキャンダルである。だが噂が本当だとすると厄介なことがあった。それは牛福丸が河野氏の血を引いていないという事である。そして牛松丸の母親は河野氏の出身(しかも先々代当主の娘)だから血統の上では牛松丸の方が河野氏本流に近い。

 このころ牛松丸の下を訪ねていた人々は通宣死後牛松丸を担ぎ上げようと考えている人々であった。要するに河野家内部での勢力争いである。

 この件について牛松丸は何も知らないでいる。吉継も一切関わり合いになる気はなかった。結局元亀元年の五月に通宣は死に、その二か月後には牛福丸が家督をついだ。

 こうしてやや波乱を含みながら河野氏の代替わりはなされた。しかし同時期に別の問題も発生している。

 その話を牛松丸は家臣から聞いた。

「若! 大変です! 」

「どうした! 」

「河野の殿様が俺らの縄張りを横取りしようとしています! 」

「なんだって?! 」

 牛松丸は別の家臣や来島で暮らす人々からも同じ話を聞いた。そこですぐに吉継を呼び出す。

「河野様が我々の縄張りを奪おうとしているというのは本当か? 」

 この質問に吉継は一瞬苛立った表情を見せた。

「それを誰からききました? 」

「誰というか、皆だ」

 あっけらかんと答える牛松丸。一方の吉継は苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 来島氏は伊予の海域を縄張りとしている。その一つに新居・宇摩郡の周囲の海域もあった。ここは伊予であったが河野家の治めている土地ではなく他家が治めている。だが少し離れたところにいる家なので管理はおざなりになっていた。来島氏はその隙をついてこの海域を牛耳っているのである。

 しかしこのころ幕府が新居・宇摩郡を河野家に返還しようという動きがあった。家臣たちが噂していたのはこのことである。

 このことをもちろん吉継は把握している。そして現在その収拾に努めているところだった。

「若様は下らぬ噂に惑わされぬようにしてください」

「だが、縄張りが奪われるのなら黙ってはいられん! 縄張りは何よりも大事だと父上も言っていた」

 牛松丸はただ来島氏のことを心配していった。そこに一切の邪気はない。しかし吉継にとってみれば少し思慮の足らない発言である。

「その件については私にお任せください! いいですね! 」

 吉継は声を荒げて言った。その姿に牛松丸は驚く。こんな声を荒げる吉継を牛松丸は初めて見た。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。やがて吉継は一礼してその場を去っていった。

 残された牛松丸はしばし呆然としていた。だがすぐに気を取り直すと考え込む。

「(私は来島の当主なのだ。私も縄張りを守るため何かやらないと…… )」

 牛松丸はしばし考え込んでいた。やがて立ち上がるとその場を去る。そしてその足で家臣たちの許に向かった。


 それからしばらくして来島氏が将軍側近の領地で略奪を働くといった事件が起きた。この側近は河野家への新居・宇摩郡の返還の仲立ちをした人物である。要するにこの事件は返還の件に対する来島氏の報復行為であった。

 この略奪に牛松丸は同行した。そして幼いながらに暴れまわる。

「我らの縄張りに手を出すとどうなるか。思い知らせてやれ! 」

「「おお! 」」

 牛松丸が声を上げると部下たちは暴れまわった。そして巧みな操船と一致団結した行動により多大な戦果を挙げて帰還する。

 来島に帰る途中で部下たちは牛松丸をほめたたえた。

「さすが若様だ! 」

「おおよ! これなら俺たちも安泰だ! 」

 一斉に称えられ牛松丸は照れる。

「そんなことない。皆のおかげだ。これからもよろしく」

「応! 」

 そんなこんなで一致団結した牛松丸と部下たち。だが来島で待っていたのは怒り心頭の吉継であった。

「何故こんなことをしたのです」

 吉継は明らかに怒りながらも冷静に牛松丸を問い詰めた。牛松丸は気圧されるが踏みとどまって答える。

「我々の縄張りを守るためだ」

「これは河野様に弓引く行為。それをわかっておいでですか? 」

 そう言って吉継は笑った。その笑みはどこか牛松丸を見下しているようである。

 牛松丸は吉継が何を考えているのか少しわかった。そして吉継を睨みつけて

「河野殿が我らの縄張りを寄越せと言ったら差し出すのか? 」

と、言い返した。思わぬ牛松丸の返答に吉継は口ごもる。周りでは牛松丸と共に凱旋した部下たちが不安そうに二人を見つめていた。

 吉継は何も言い返さなかった。それを見た牛松丸ははっとして吉継に声をかける。

「すまない。吉継が我々のためにと頑張ってくれているのを知っていながら。無茶をしてしまった。謝る」

 牛松丸は頭を下げた。それを見た吉継は複雑そうな表情で言った。

「主君が家臣にあまり頭を下げるものではありません」

「でも」

「今回の若の行動が我々を思ってのことなのはわかります。しかし我々は海賊でもあり河野様の家臣でもあります。そこを理解してください」

「ああ。わかった」

 吉継は牛松丸が頷くのを確認するとため息をついた。

「それでは若はお部屋にお戻りください。お疲れでしょう」

「ああ。ありがとう」

 そう言うと牛松丸は部屋に戻っていった。牛松丸を見送った吉継は牛松丸と共に出陣した部下たちを睨みつける。

「さっき私が言ったことをよく理解しておくように」

「は、はい」

「では、お前たちも戻れ」

 吉継が冷淡に言うと部下たちは三三五五に去っていった。一人残された吉継はため息をつくとその場を去る。

 この後来島氏と河野家の関係はぎくしゃくしたままである。だが来島氏も河野家も近くにいる巨大な毛利家の影響力で決裂することは無かった。

 しかし時代は新たな支配者を求めるようになる。その影響力を牛松丸や来島氏が感じ始めるとき重大な選択を迫られることになるのであった。


 というわけで「来島通総・海賊大名」の前編でした。この通総は話の中でも出てきましたが海賊と呼ばれた村上氏の一族です。この村上氏というと村上武吉が比較的有名で、通総はあまり知られていないような気がします。また、のちにとったある行動から少し反感を抱かれているのかなあと筆者は感じることもあります。

 しかしまあそれでも一介の海賊が大名まで成り上がるというのはなかなかに魅力的であると思っています。ここからはそうした魅力を引き出せたらな、と考えています。ご期待ください。

 最後に誤字脱字などがありましたらご連絡ください。では

 

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