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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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上杉朝良 転換点 第三章

須賀谷原の戦いで扇谷家は勝利した。もっとも朝良は生き延びられただけでもいいと安堵している。しかし扇谷家と山内家の上杉家同士の戦いはまだまだ続く。朝良は生き延びることができるのか。

 須賀谷原の合戦の勝利は扇谷家らを大いに盛り上げた。以前の実槙原の戦いのときは窮地を凌いだという感じであったが、今回は返り討ちにした形であるから大分に違う。この敗戦を受けて山内家は一部の城から撤退し七沢城も取り返した。

「この勝利を機に反撃に出たいものだが」

「さよう。上野に食い込めれば我らの先も明るくはなるだろうし」

 定正と景春は意気揚々と今後を見据えてそんなことを話し合っていた。一方で元気がないのが朝良である。戦には勝利したものの危うく死にかけたことは事実だ。それが朝良の肩に重くのしかかっている。

「(あの時退くのが遅れたら死んでいたかもしれない。それに恐ろしいのは養父上だ)」

 朝良は定正たちが帰還してから今回の戦の全容を聞いた。まず朝良をぶつけることで相手の油断を誘ったということである。

「必要な時に退くのも将の務めだ。今回はそれができたよくやったぞ」

 定正はそう言って朝良を褒めた。だが朝良は全然うれしくない。

「(何も知らずに先陣を任せた。しくじれば私は見捨てたということではないか。そうまでして勝ちたいのか。いやそうもしなければ勝てないのか)」

 養父に褒められても朝良の心は重いままであった。

 

 両上杉家は合戦が終わってからもしばらく須賀谷原周辺で対峙していた。確かに扇谷家は勝利したが山内家も戦力を温存していたのである。

「どうにかこの機を生かしたいものだがな」

 定正は勝利の勢いを利用して状況を優位に進めたいと考えていた。そう考えると何かしら相手に痛手を与えておきたい。つまり今までのような守勢でいるのではなく攻勢に出なければならない。そのためにはさらなる兵力が必要であった。

 そう考えている定正の下に吉報が入る。古河公方から更なる援軍が派遣されたのだ。

「これは好機。こうなれば一気に決着をつける」

 定正は朝良や景春を伴い顕定の本拠地である鉢形城に向けて出陣した。今までとの戦いとは逆に扇谷家が山内家の本拠地を脅かそうというのである。

 むろんこの動きに手を拱いている顕定ではない。敵が攻めてくるのならば籠城ということも考えられるが顕定は打って出ることにした。

「扇谷に古河公方の援軍があっても我らには越後からの援軍がある。兵力は互角だ」

 互角であるということは有利ではない。それでも打って出ようと考えたのは扇谷家の勢いを恐れたからだ。

「ここで食い止めておかなければ景春に続くものも出てくるかもしれぬ。それだけは避けねば」

 山内家はここ二戦で大敗までとはいかなくとも敗れている。それを挽回しなければならない。

 こうして両者の思惑が一致し鉢形城の手前の高見原で合戦となった。両軍は死力を尽くして戦い一歩も譲らない。完全に力と力の勝負であった。

 戦いは熾烈を極めたが決着はつかず扇谷家は仕方なく引き上げた。山内家も追撃する余力もなくこちらも引き返す。こうして両軍の総力戦ともいえた高見原の合戦は終わった。両家とも大きな損害を出している。しばらくはどちらも軍事行動はとれそうにない。

 この戦においては後方にいた朝良両軍の死体の山を見て顔をしかめる。

「これだけ死人を出しても決着はつかない。いったいどうするのだろうか」

 疑問を抱く朝良。だがそれを定正に言えるほどの胆力などない。ただ口をつぐんで養父に従うだけである。


 局地的には連勝を重ねた扇谷家。だが実態として山内家の勢力を削げたわけではない。当初連勝に気をよくしていた定正もこの事実を改めて認識すると焦りを見せ始めた。

「戦に勝っても優勢になったわけではない。このままではいずれは我らが押し切られるのは必定か」

 悩む定正であったが良い手はない。ともかく現状の維持を第一に山内家と小規模な戦を来るかえすのだった。だが自力の差があるのでこのまま続けていてもジリ貧である。

 悩んだ定正は決断した。

「致し方ない。一度山内家と和睦してやり過ごそう」

 それで状況が打破できるとは思えなかったがこれ以上の戦いは消耗するだけだと考えたのである。

 朝良は和睦の話を聞いて喜んだ。これで戦わなくてもいいと考えたからである。だが気になることもあった。

「和睦となると景春殿や古河公方様にはいかが説明するのですか」

 朝良は恐る恐る定正に聞いた。一方定正はこうした質問が出たことにむしろ喜ぶ。

「お前も少しは家を継ぐものとしての自覚が出てきたか。案ずるな。景春殿には話を通してある。古河公方様の方は景春殿がうまく処理してくれるだろう」

「ああ、それは良かった」

 実際景春も体制の立て直しのために一時の和睦は必要だと考えていた。無論景春の身の安全は保障してあるという前提の話であるが。ともかく景春も受け入れていたので延徳二年(一四九〇)十二月和睦が成立し両上杉の戦いは一時鎮静化するのであった。

 だがここで定正は見落としていることはあった。それは古河公方のことである。定正は景春からの説明があればそれでいいと思い古河公方への連絡をおろそかにした。また和睦の条件に古河公方の要望は取り入れられていない。これに古河公方の足利政氏は腹を立てた。

「関東の盟主である古河公方をなんとする。上杉定正め。なんと非礼な奴だ」

 この時政氏の中に定正への不振が生まれた。それは小さいものであったが後に定正にとって大きな災厄を招くことになる。

 

 延徳三年(一四九一)堀越公方の足利政知がこの世を去った。幕府の命で関東の主に収まるはずが、その手前で足止めさせられて人生を終える。ある意味この時代の不条理を体現したような人生であった。

 政知は本来上杉家の支援で関東に入る予定であった。ところが古河公方と上杉家の戦いでそれができず挙句は両者が和睦してしまったので政知の存在は宙に浮く。その後は両上杉家の戦いが始まったので政知の関東入りどころの騒ぎではなかった。それでも政知はあきらめず両上杉の戦いでは山内家を支援し関東入りを目指したのである。

 そう言うわけであるから政知および堀越公方は扇谷家にとっては敵と言える。実際須賀谷原の戦いの少し前の越後勢の扇谷家領への侵攻の際には、堀越公方から越後勢へ援軍が出ていた。定正にとっては厄介な敵の一人と言える。

「政知様が亡くなられたか。これでしばらくは堀越公方も動けまい」

 曲がりなりにも主筋の訃報である。それを不謹慎であるが定正は喜んでいた。一方で朝良は首をかしげている。

「政知様にはお世継ぎがいるのでしょう。堀越公方がなくなるわけではないのですから敵が減るわけではないのでは? 」

 この朝良の疑問を定正は鼻で笑った。

「ふん。そんなことは分かっている。だが儂の聞き及ぶところでは堀越公方の内輪は相当もめているようであるからな」

「内輪もめ、ですか」

 定正の言う通り堀越公方は後継者に関して若干の内紛があった。政知の嫡男は茶々丸という。だがこの茶々丸は不行跡を繰り返しておりついには座敷牢に閉じ込められる事態になった。そして茶々丸の異母弟の潤童子が後継者とされている。もっともこれには堀越公方内での権力争いも関わっているようで、いろいろと怪しい動きがあるようであった。

「このままなら堀越公方もしばらくは動けまい。とりあえず西からの敵を気にする必要はしばらくなないのだろうな」

「はあ。そうですか」

 朝良は気のない返事をする。定正もこれには怒った。

「お前は扇谷家を継ぐ立場にあるのだぞ。そこを考えてものを言うようにするのだ」

「も、申し訳ありませぬ」

 下手れる朝良。それを見てため息をつく定正であった。

 それからしばらくして定正の下に報せが入った。それは茶々丸が牢を脱して潤童子とその母を殺害。力づくで堀越公方になったという。だがこの急転直下の事態に堀越公方は混乱しているとのことである。

「どうだ。儂の見立て通りのことだ」

 狙い通りの展開に喜ぶ定正。だがこの出来事がある人物を関東に引き寄せ、その人物が扇谷家の運命を決めることになるのである。


 堀越公方の混乱を定正は大いに喜んだ。だが朝良としてはまた山内家との果てしない戦いにつながるのかと思うと気が重い。

「また山内家との戦になるのだろうな。ああ、今度は生き残れるか」

 そう言って暗澹たる気持ちで河越城内を歩いていると、自分と同じくらい気落ちしているような雰囲気の男を見つけた。

「あれは大森殿か。しかしなぜあんなに気落ちしているのだ」

 朝良が見つけたのは扇谷家重臣の大森氏頼であった。氏頼は相模の要である小田原城の城主でもある。それと同時に太田道灌亡き後の扇谷家の支柱であり幾多の戦いで武功を挙げている豪の物であった。

 そんな男が気落ちしているように見えたので、朝良は気になった。

「大森殿。どうなされた」

「ああ、朝良様ですか。これはどうも」

 氏頼は豪のものであるが落ち着いた思慮深い人物でもある。朝良にもそれほど厳しく接することもないので、朝良も心を開いていた。ゆえに本心から心配して声をかけたのである。

「何かありましたか? 」

「それが…… 殿にご意見申し上げたところお怒りになられて」

 苦笑しながら氏頼は言った。なんでも最近定正の古河公方への態度が蔑ろになっていることを諫めたのだという。

「我らの戦は古河公方様あってのこと。それを蔑ろにされては手痛い目にあいますぞ」

 そう実直に言ったらしい。朝良にはとてもできないまねである。

 その後は怒られたらしいが朝良は素直に感心していた。

「大森殿は臣下の鑑です。養父上も聞き入れられればいいものを」

「いえ、殿がああしたお方だというのは分かっていますので」

 そう言って笑う氏頼であった。


 明応二年(一四九三)関東を大いに驚かせる事態が起きた。堀越公方の足利茶々丸が伊豆を追い出されたのである。そしてそれを行ったのは伊勢宗瑞という人物であった。

 朝良は疑問に思った。伊勢盛時宗瑞という人物がいったいどこの誰だかわからなかったからである。少なくとも関東の人間ではないはずであった。

「いったい何者なのだ。この伊勢という者は」

 気になった朝良は家臣達に聞き、宗瑞が何者かということとどういう経緯で伊豆に討ちいったのかということを知る。

 そもそも宗瑞はもともと京で幕府に仕える侍であった。その職務の中で駿河(現静岡県)を治める今川家の内紛の調停を行っている。宗瑞の姉妹が今川家に嫁いでいたことが理由であった。

 その後今川家にとどまっていたようであった。そして幕府の命を受けて伊豆に討ち入り茶々丸を追い払ったようである。そしてそのまま伊豆に所領を得て居座ったようであった。伊豆への討ち入りには今川家も協力しており幕府も今川家も公認の行動である。

 これらの事情を知って朝良は不安になった。

「関東のことだけでも大変であるのに、京から来た侍がこのようなことを仕出かすとは。いよいよもって乱世だ。この先どうなることか」

 ますます混迷を深めそうな情勢に気落ちする朝良。一方で定正はまるで違った。

「氏頼よ。あの伊勢という者はかなりの出来物であるな」

「さようです。今川家を通じて我らからも後押しして高いがあったという者ですね」

 そう言って二人はほくそ笑む。実は定正は宗瑞の伊豆討ち入りをひそかに支援していたのだ。無論朝良はこれを知らない。

「今川家も伊勢殿も今後とも我らと親しくしていきたいとお考えのようです」

「ああ、それはこちらとしても望むところだ。伊勢や今川家が味方なら西からの敵を気にすることもない。何なら奴らの手を借りることもできるだろう。そうなれば山内の味方は越後の者たちのみ。いよいよ我らに分が傾いてきたな」

 嬉しそうに定正は言った。だがこれに対して氏頼は厳しい表情で言う。

「我らの勝利のためには古河公方と手を携えることが肝要。そのためにも政氏様を蔑ろにするようなことはしてはなりませぬぞ」

「ふん。心配するな。古河公方が山内と争うには我らの力を借りなくてはならん。何も心配することはない」

 定正は自信満々に言った。だが氏頼は不安である。だがそれを改めて口にしたところで聞かない主君であることは百も承知であった。

 一方朝良は定正たちの策動を何も知らない。

「もうこの和睦が続いてただ平穏であればいいのに」

 そう願うがそれを許されるような戦国の世ではない。定正はまだまだ戦い続けるつもりである。そして山内家もまだ戦い続けるつもりであった。

 だがこの時は朝良も定正も関東のだれもが気づいていない。伊勢宗瑞という男がどれほどの男かを。そして宗瑞が関東の乱世を新たな段階に変えていくことにも。

 後世から見れば伊勢宗瑞の伊豆への討ち入りは戦国時代を大きく動かすターニングポイントとなった出来事です。まさしく転換点というわけです。また宗瑞の行動は同時期に起きた明応の政変と連動したものと言われています。あちらの事件も室町幕府の権威を失墜させ畿内や周辺を果てしない混乱に陥れたきっかけになっています。つまりはこの時期が日本史にとって大きな意味を持っていたのだろうと感じます。

 さて伊勢宗瑞の登場で両上杉の戦いにも変化が起きます。そして朝良や多くの人々にとって思いがけぬことが起きます。何が起きどうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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