少弐冬尚 遺恨 中編
冬尚の父は死に少弐家は滅亡した。父を見捨てる形になった龍造寺家に遺恨を抱く冬尚。だが少弐家の再興を目指す過程で両者の関係は再び交わることになる。そしてそれは大きな悲劇を引き起こすのであった。
資元が亡くなり北九州での大内家の覇権は確定した。一方で冬尚はまだ生きている。無論少弐家の再興を目指しているが、それは果てしなく難しかった。
「かつては我らとともに戦った皆はもう少弐家を見限っている。大友家の援助も期待できない。いったいどうすれば」
かつて少弐家に従っていた北九州の領主たちは大半が大内家に従っている。またこのころすでに大友家は大内家と和睦していた。それを破綻させかねない少弐家の支援は不可能であろう。
冬尚にとっては全く先の見えない状況であった。そんな中でも付き従うものはいた。その筆頭が馬場頼周である。
「たとえどうなろうと私は少弐家に従い続けます。何があろうと冬尚様をお支えしましょう。今後のことはおまかせを」
「おお、頼周は頼りになるな」
頼周の言葉に涙ぐむ冬尚。だがその先はまるで見通せないでいる。
大内家は大友家との和平が確立されると中国地方での戦いに注力している。これは少弐家にとっては好機と言えた。
「今のうちに挙兵すれば北九州で優位に立ち回れるかもしれない。ともすれば少弐家の再興も不可能ではないのではないか」
そう考える冬尚であるが、そもそも軍事行動を起こすだけの軍事力がない。従って現状では夢物語と言える。
「頼周達は頑張ってくれているがそれだけではどうしようもない」
この好機を逃したくない冬尚であるが何もできない現状であった。そんなとき思いもよらないことが起きる。
「家兼が少弐家再興を手助けしたいと言っているだと!? 」
「はい。その心を伝えてほしいと頼まれまして。いかがいたしますか」
そう尋ねてきたのは小田資光の子の小田元光である。元光も少弐家再興のためにいろいろと行動してくれていた。そんな元光に龍造寺家兼が接触してきたらしい。
冬尚は舌打ちした。そして忌々しくつぶやく。
「父上を見捨てておいて。どういうつもりだ。今度は私を陥れようとしているのか」
この懸念もおかしいものではなかった。家兼は実際に資元を見捨てるような行動をしている。もっとも家兼は少弐家をどうこうしようと考えてはいなかったが、それを冬尚が知る由もない。
元光もそれは同様であったが、少なくともこう考えていた。
「家兼殿は先だってのことを悔やんでおいでのようです。少弐家を再興したいというお心も本気のご様子でした」
「だが、しかしだな」
「家兼殿のお力はもちろん龍造寺家の兵は我らにとって大きな力となるかと思いますが」
元光にこう言われ冬尚は黙った。それはその通りである。
「腹立たしいが力を借りるしかないか」
今は少弐家の再興が第一である。そう考えた冬尚はとりあえず遺恨を忘れて家兼の力を借りることにした。
冬尚は龍造寺家の力を借りることにした。だがこれに納得しないものもいる。馬場頼周だ。
「拙者は龍造寺の力を借りることには反対です」
頼周は説得に来た冬尚にこう言った。なかなかに非礼ではあるが冬尚は黙っている。納得するだけの理由があるからだ。
「頼周の気持ちはわかる。私とて納得はしていない」
「ならばなぜ龍造寺の力を借りるのですか」
「考えてもみよ、今の我らには何の力もない」
頼周は黙った。これは本当に冬尚の言っている通りであるからだ。そんな頼周に冬尚はこう告げた。
「どのみち少弐家を再興するなら龍造寺は下に置かねばならん。そんな奴らが自ら下に付こうしているのだから気にすることはないだろう」
「そう言うわけにはいきませぬ。あの者には野心があります」
「わかっている。だからこそお前の力が必要なのだ。お前がいれば龍造寺も抑えられる」
冬尚はそう言った。頼周はこの言葉に感じ入っていたが少し考えこんでからこういう。
「ならば何があろうと拙者を信じていただけるのですね」
「ああ、そうだ」
何気なくにうなずく冬尚。頼周はそれを聞いて一応は納得したようだった。
「承知しました。冬尚様のお考えに従います」
「そうか。それは良いことだ」
無邪気に喜ぶ冬尚。だが平伏する頼周の表情にはどこか暗い物が浮かんでいるのであった。
冬尚はさっそく家兼と接触し協力を仰いだ。家兼もある条件を出してこれを了承する。その上でこう言った。
「これよりは冬尚様を支え少弐家に尽くす所存でございます」
「おお、そうか。よく尽くすのだぞ」
この時の家兼の言葉は厳密には本心とは言えなかった。家兼としては龍造寺家の発展が最優先である。とはいえ少弐家を排除しようとも思ってはいなかった。まだこの段階で少弐家の名声は利用価値がある。その下で勢力を拡大できれば言うことはない。
「(少弐家の再興で貢献すれば龍造寺家の格も上がるというもの。そうなればほかの者共より優位につける。何よりそうすれば我らに対する信も増えよう。冬尚様も儂の出した条件を反故にはすまい)」
要するに少弐家を利用してやるという考えである。もっとも粗略に扱おうとなど考えていなかった。むしろそんなことをすれば龍造寺家の名は落ちむしろ危険である。
さて龍造寺家の支援を受けた冬尚はさっそく行動を開始した。差し当たって城を攻めこれを落とす。そして拠点を手に入れたら高らかに少弐家の再興を叫ぶのである。
「少弐家は再興した。我よと思うものは馳せ参ずるがいい」
この宣言は大した効果はなかったが、少弐家の再興は果たされた。とりあえず最低限の目的は果たされたのである。
「これも皆のおかげだ。ほめて遣わす」
この時に冬尚は新たな少弐家の体制を発表した。そしてその中で家兼の子の家門を少弐家の執権に据える。そして補佐に馬場頼周を任じた。
このことに少弐家の家臣達は戸惑った。代々の家臣でこれまで冬尚を支え続けた頼周ではなく、家兼はともかく当人の武功はそれほどではない家門を執権に据えたことに対してである。
「やはり龍造寺家の威光には逆らえないか」
「馬場殿のお気の毒に。だが致し方ないか」
そう影で言う家臣たち。しかし誰であろう頼周がこれに怒っていた。
「龍造寺め。これが狙いか。こうして少弐家を乗っ取ろうということか」
一方冬尚も内心不満であった。そもそも家門の執権就任は、龍造寺家が少弐家を支援することの条件である。少弐家の再興を目指す冬尚としては不服であるが飲み込まざる負えなかった。
「このままでは少弐家は龍造寺家に乗っ取られる。これはどうにかせねば」
冬尚も頼周と同じ懸念を抱いていた。そうなるとこの二人の主従の関係が深まるのは必然である。
「頼周よ、いずれはお前を執権に据える。それまで我慢してくれ」
「承知しました。しかしそれには龍造寺をどうにかせねばなりませぬ」
「それはそうだが。それができればなぁ」
「それに関してはお任せを。いささか時がかかるかもしれませんが拙者に考えがあります」
そう言って頼周はにやりと笑う。それを見て冬尚も期待するのであった。
少弐家が再興されてしばらくは特に問題もなく大きな事件も起きなかった。これは大内家の動向が深く関係している。
このころ大内家は中国地方での戦いに大敗し大きな損害を受けていた。さらにこの敗戦で当主の大内義隆覇気を失ってしまう。そしてこれに不満を持ち冷遇される家臣と義隆を支持し重用される家臣の二派に大内家は分裂してしまった。
こういう状況なので大内家は北九州に関与できるような状態ではなかったのである。一番の巨大な敵が動けなかったのは少弐家にとって僥倖ではあった。
しかしこのころ少弐家も動きはなかった。というのも少弐家も少弐家でもめていたのである。
「この頃は龍造寺家が家中のことを思いのままにしている。ああ、これでは家を再興した意味がないではないか」
そう言って嘆息する冬尚。実際この時の少弐家の実権は龍造寺家に掌握されていた。家臣の中にも冬尚を軽んじ家兼や家門に従うものもいる。
ある意味冬尚の懸念が当たったわけであるが、同じ懸念を抱いていた頼周はむしろ平然としていた。
「むしろこのありさまは想像通り。動ずるに値しませぬ」
「しかしだな頼周。あの不忠者の家兼はいずれ私も排するかもしれぬぞ」
この頃の冬尚は家兼への不信と怒りがよみがえってきていた。もっとも資元が死んだときの遺恨を冬尚は忘れたことはない。だが少弐家の再興に専念していた時はそれを何とか封じていたのであるが、この頃の不遇が遺恨を思い出させていたのである。そして同時にそれは頼周への依存にもつながっていた。
「もはや私には頼周しかいない。お前だけが頼りなのだ」
そう心細げに告げる冬尚。それを見た頼周は内心歓喜していた。
「(冬尚様の心は拙者に向いている。待った甲斐があったというものだ)」
頼周はここまで二つのことを待っていた。一つは冬尚が自分への傾倒を深めること。もう一つは龍造寺家への不満が生じ始めること。
「冬尚様。実は家中で龍造寺への不満が上がっております」
「なんと。皆が皆龍造寺に従っているということではないのだな」
「さようです。しからば拙者に考えがありまする」
そう言ってにやりと笑う頼周。それはひどくゆがんだ笑みであったが、冬尚はまるで気づかなかった。
天文十四年(一五四五)少弐家と敵対している有馬家が挙兵した。これへの対応を冬尚は家門に一任する。
「龍造寺家は少弐家の要。必ず勝利してくれると信じているぞ」
こう促されて家門はすぐに出陣した。家門は執権として優秀であったがいささか純朴なところがある。主君の言葉に喜び遺産で出陣した。
一方家門の父の家兼はなぜか不審なものを感じていた。それは幾多の戦いと謀略を乗り越えてきた老練の武士の勘である。家兼は家門に尋ねた。
「此度の出陣。どこか不審なところはなかったか」
「いえ、何も。冬尚様も我らを信じていらっしゃるようですし」
そうにこやかに言う家門であった。だが家兼の不信は消えない。このところ少弐家の中で龍造寺家への不満も高まっていると聞いていた。
「(我らへの不満があるからしばらくはおとなしくしていようと考えていたが。しかし冬尚様は逆に我らを重く用いている。馬場あたりがそこに異を唱えそうなものだが)」
このところ頼周も大人しく龍造寺家に反発することもない。だが家兼は資元存命の頃から頼周が龍造寺家を快く思っていないことを感じ取っていた。ゆえにこのところのおとなしさが不気味であり、今回の件への不信にもつながっている。だが確証はない。ゆえに出陣する家門を見送るしかなかった。
だがいざ出陣してみると有馬家の様子がおかしい。積極的に攻撃を仕掛けようとしてこないのである。家門は不審に思った。
「どういうことだ? 」
そんなことを考えているとなんと有馬家からの使者がやってきた。そしてこんなことを言い出す。
「龍造寺殿はいつ我らに寝返るのですか? 」
家門は絶句した。何の覚えもないことである。すぐに有馬家の使者を追い返して撤退しようとした。だがここでさらにとんでもない報せが届いた。
「冬尚様は我らを謀反人とし討つとおっしゃっています」
あまりに予想外の信じがたい報せに家門は膝から崩れ陥るのであった。
龍造寺家への謀反の嫌疑。これらはすべて頼周の策によるものである。
「有馬家に龍造寺家が寝返るという偽の書状を送るのです。龍造寺家が味方に付けば有馬家も兵を出すでしょう。そこに龍造寺家だけを送れば有馬家は信じます。その折に奴らを謀反人だとすればよいのです」
これを聞かされた冬尚は苦い顔をした。
「さすがにやりすぎではないか。お前は龍造寺家を滅ぼすつもりなのか」
冬尚としては家兼や家門は疎ましいが龍造寺家を滅ぼそうとは思っていない。その軍事力などは魅力的であったからだ。
一方で頼周は龍造寺家を疎ましく感じ常々長い間排したいと思っていた。そのためにはどんな手段も択ばないつもりである。そして龍造寺家への不満が高まっている好機を逃すつもりもなかった。
この好機を逃さないために一番必要なのは冬尚の指示である。少弐家として龍造寺家を排除すると決めれば家中の支持も集められるはずであった。それゆえにこんなことを冬尚にささやく。
「龍造寺家兼は資元様の仇にございます。この仇を討たなければ少弐家が再興しようと資元様は浮かばれませぬ」
「それはまあそうだが」
「謀反人を討ち冬尚様の名を高めてこそ少弐家は真に再興がなされるのです」
頼周は何度も何度も同じようなことを言った。もともと家兼に遺恨を抱いていた冬尚は頼周の言葉に引き込まれていく。そして決断した。
「頼周の言うとおりだ。龍造寺を討ち父上の仇を討つことが少弐家の進むべき道なのだ」
「まったくその通りでございます」
冬尚の心は決まった。その後は頼周の思惑通りに事が進み龍造寺家は謀反人にされたのである。
頼周はほくそ笑んだ。
「あとはあ奴らを討つのみだ」
頼周は自身の手勢や龍造寺家に不満を持つものを使い龍造寺家の拠点に同時に攻撃を仕掛けた。見方から攻撃された龍造寺家の人々はなすすべもなく討たれていく。家門は寝返りを拒否された有馬家から攻撃を受けながら撤退した。だがそこに少弐家の軍勢の攻撃を受けてしまう。これにあらがえず家門は討たれてしまった。
こうして頼周の策略により龍造寺家の一門は家門をはじめ大半が討ち取られた。この結果に笑いが止まらないのは頼周である。
「これで龍造寺家も終わりだ。これからは拙者の時代だ」
高笑いする頼周。だがここで冬尚から怒りの言葉をもらうことになる。
「肝心の家兼が逃げたというのはどういうことだ」
実はこの時龍造寺家兼は危機を脱して逃げ延びていた。もっともこれは老齢の家兼は放置しても問題ないと考えた頼周の油断である。これには頼周もさすがに謝罪した。
「こ、これは申し訳ありませぬ」
「父上の仇を討てなければ何のために龍造寺家を攻めたのだ」
嘆息する冬尚。だがこの時の冬尚は気づいていなかった。龍造寺家兼を逃してしまったことの意味に。
少弐家の再興と龍造寺家の滅亡。この二つの出来事が今回の話の要点であります。少弐家が再興を果たせたのは龍造寺家兼の貢献あってのことでしたが、冬尚にとっては父を見捨てた恨みの方が強かったのかもしれません。もしくは日に日に勢力を増す龍造寺家を恐れたということもあるでしょう。ともかく冬尚は頼周と結託して龍造寺家を滅ぼしました。これがいかにこの先の出来事に影響するかは次回をお楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では




