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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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木曽義昌 一所懸命 第二章

 戦いを経て武田家に降った木曽家。先行きに不安を覚える義昌であったが、武田家からは婚姻という思わぬ好待遇で迎えられた。これに安心した義昌は木曽家のためだけでなく妻や武田家のためにも戦い抜くことにする。

 武田家の軍門に下った木曽家の新たな役目は美濃、飛騨の領主たちに対する前線基地である。もっともこのころの信玄は上杉家との戦いや上野(現群馬県)などの制圧に力を入れている。そのため木曽家の役目はあくまで国境の守りを固くすることにあった。もっとも美濃、飛騨の領主が木曽谷から武田家領国に攻め込もうという考えをするということもなく、結果的に木曽谷には平穏が訪れていた。せいぜい永禄三年(一五六〇)に飛騨の三木家が攻め込んできたのを迎撃したくらいである。

 この結果として訪れた平穏に義昌は満足していた。

「木曽家の領地は守られた。武田家のから来た者たちも口うるさいわけじゃない。こうなると父上が降伏したのはやはり慧眼であったということか」

 かつて父の戦いぶりに失望したことも忘れて義昌は感嘆していた。そしてそのうえでこう考える。

「ゆくゆくは私も木曽家の当主となる。そうなればいろいろな手段をとる必要もあろう」

 こうした考え方に義昌は変わっていった。これを義康も喜ぶ。

「戦だけが生き残るすべではないと気付いたか。ならば私も安心して隠居できるな」

 義康は当主の座を退くことを決意し家督を義昌に譲った。もともと武田家から嫁を娶ったころから考えていたことである。その方が武田家からの覚えもいいということは家臣のだれもが理解していたから反対は全くなかった。

 家督を譲られた義昌は義康にこう言った。

「父上をはじめとした代々の木曽家の当主のように、この木曽谷を守り抜いて見せます」

 そう力強く言う息子の姿に義康は満足げな笑みを浮かべるのであった。

 

 木曽家の家督を継いだ義昌。しかしこの時期の木曽家や木曽谷は特に何もなく平穏であった。

 武田家はこのころ尾張(現愛知県)の織田家との同盟を模索していた。織田家は美濃の斎藤家と敵対している。そして斎藤家は武田家と領地を接していていた。両家はできるだけお互いを刺激せずにいたが一方で一種即発の剣呑な空気でもある。だが織田家が斎藤家を滅ぼして美濃を手に入れると情勢も変わった。武田家にとって敵対関係にあるのは飛騨の勢力だけになったのである。そして飛騨の勢力は積極的に武田家の領国に攻め入るようなことはしなかった。というわけで境目の地にある木曽家もこの時は特に戦もなく平和であったのである。

「平穏なのはいいことだ。これも武田家の威光のなせることか」

「さようにございます。このような穏やかな暮らしがおくれて私もうれしゅうございます」

 義昌のつぶやきに妻の真理もうなずいた。真理としては義昌が武田家をしたいその威光に服しているのはいいことである。

 真理は穏やかな女であった。実家の傘を着て威張るようなことはしないが嫁ぎ先と実家の関係が悪化するようなことも求めていない。

「このまま平穏な日々が続けばよいのですが」

「ああ。木曽谷も武田家も平穏無事であり続ければ我らも幸せだ」

 穏やかな表情でつぶやく義昌。その表情はどこまでも晴れやかなものであった。


 元亀三年(一五七二)この年を境に木曽家の状況は一変する。この年あたりから遠江(現静岡県)と三河(現愛知県)を治める徳川家との関係が悪化した。徳川家は織田家と同盟を結んでいる。すなわち徳川家との関係の悪化は織田家との関係の悪化を意味していた。それは織田家の領地を接している木曽家の環境を変えかねないことである。

「これよりは織田家との戦になるかもしれない。皆覚悟しておいてくれ」

 もうすでに義昌が当主になってから十年余りが経っている。家臣達の信頼も獲得していた。皆義昌に尽くし木曽家に従う覚悟はできている。

 こうして臨戦態勢を整えた木曽家に武田家から出陣の命令が下った。元亀三年の九月のことである。だがその命令は意外な方面への出陣の命令であった。

「飛騨に出陣せよと? 三木家を攻めるのか」

 飛騨の領主は三木家である。三木家は上杉家に従っていたので対上杉の戦いと言えた。武田家と上杉家の敵対関係を考えればおかしい話ではない。だがてっきりいよいよ織田家と戦うものかと思っていた義昌にとっては若干であるが拍子抜けではある。

「三木家なら今までも戦ってきている。それにそこまで深くまで攻め込めということでもないしな」

 攻撃しろとは言う命令であったが攻め落とせとは言われていない。命令の雰囲気からも三木家をどうこうするというより上杉家へのけん制と言った感じであった。これも義昌を拍子抜けさせた原因である。

「これならば私自ら出るまでもないか。山村に出陣させ、厳しいようであれば私も出るか」

 義昌は家臣の山村良利を出陣させた。良利は息子の良候とともに出陣し三木家の領地に攻め入る。そしてこれを迎撃に出た三木家の軍勢を打ち破った。あくまで攻め入れというのが武田家の命令であり一定の目標は果たせたといえる。山村親子も満足し戻ってきた。義昌としても戦果は挙げてきたので文句はない。何より信玄はこの軍功に対する褒美として山村親子に領地を与えたのである。

 義昌からしてみれば頭越しのことと言えなくもない。だがそこを気にしてはいない。武田家の決定に文句などいったらどうなることかわからないのだから。

「山村たちの功績が認められたことを喜べばいい。むしろ我らの領地が増えたも同然だ」

 山村良利は木曽家への忠誠心の強い家臣である。これをきっかけに二心を抱くような人物ではなかった。そもそも義昌も信頼しているからこそ軍勢を預けて出陣させたのである。

「ひとまずの命は果たした。ここからどうなるのか。上杉家との合戦にでもなるのか? 」

 そんなことを考えていた義昌のもとに武田家から一報が入った。それは重臣の山県昌景が出陣したというものである。そしてそれに続いて信玄も軍勢を引き連れて出陣するということであった。目標は遠江である。

 ここまで知って義昌は信玄の意図を理解した。

「信玄様の狙いは徳川家の領地。ならばいよいよ織田家とも手切れか。飛騨を攻めたのは上杉家へのけん制ということだったのだろう」

 そこまでわかればやることは単純である。義昌は領地の守りを固くし、軍備を整えて次なる命令を待つ。

「織田家との戦になれば我らも出陣することになろうからな」

 義昌は次なる戦いを見据えて今は時を待つのであった。


 武田家の軍勢は破竹の勢いで徳川家領国に侵攻していった。徳川家は単独で武田家と戦えるほどの力はなく織田家は畿内での情勢への対応で忙しかった。それでも援軍を捻出し徳川家のもとに向かわせる。しかしこの織田、徳川の連合軍も武田信玄の用兵の前に敗れ去った。

 このように着々と武田家は西上作戦を進めていった。一方の義昌も信玄の命令を受けて出陣する。目標は東美濃の苗木。ここは織田家に従う領主である遠山家の所領であった。

「織田家の領主を攻めるということはいずれ織田家とも合戦に及ぶということだろう。今の勢いなら早々に信玄様直々に尾張に入るだろう。うかうかしておられんな」

 義昌はすぐに出陣の準備を整える。そして出陣前に真理にこう言った。

「このままの勢いならゆくゆくは尾張も美濃も武田家の領地になる。そこまで武田家が大きくなれば飛騨の者共も武田家に降ろう。そうなれば木曽谷から戦のために出ていくことはなくなる。その時は私も戦に出ずお前とともに平穏暮らせるだろう。もう少し待っていてくれ」

「かしこまりました。ご無事をお祈りしています」

 真理は義昌の言葉を信じた。実際まだ武田家と戦っているので気の早い話である。だが今の武田家の勢いは義昌がそうなるであろうと信じてしまうほどすさまじい勢いだった。

「武田家に降る選択をした父上は正しかった。そのおかげで私も真理と出会えたのだから本当に僥倖だ」

 義昌は自身の幸運をかみしめながら出陣した。戦意は高く意気揚々である。それは家臣達にも伝播していて何とも自身と力強さにあふれた軍勢であった。

 木曽家の軍勢はそのままの勢いで苗木に向かう。この方面には武田家の重臣で猛将と知られる秋山虎繁も出陣している。東美濃の領主たちも徳川家と同様に武田家のあまりの強さに次々と敗れていった。木曽家が担当した方面も同様であり義昌は道中で敵の拠点である河折籠屋を攻め落としそのままの勢いで進軍していった。

「このまま苗木も攻め落とし我らの領地に加えてしまおう」

 義昌がそんな調子に乗ったことを言ってしまうくらい順調な行軍であった。やがて木曽家の軍勢は苗木に入る。ここまでくると遠山家の抵抗は本格的になり苦戦を強いられるようになった。しかし木曽家の勢いも衰えずやがては遠山家の抵抗もおとなしくなる。

「よし。このまま城を落としてしまおうか」

 そう考えた義昌であったが、突如として武田家から撤退の命令が下った。無論、義昌は困惑する。

「何故引く必要があるのだ。兵糧もあるし誰ぞが裏切ったわけでもないだろう」

 武田家からの命令は撤退しろということのみである。それの理由などなかった。ただ早く撤退しろというものである。あまりに一方的な命令であった。だが従わない理由が義昌にはない。義昌に、木曽家にとって武田家の命令は絶対的なものである。

「今なら敵も追いかけてはこないだろう。急ぎ引き上げるぞ」

 不満はあったがしようがない。義昌は急いで撤退していった。幸い遠山家は追撃をしてこない。もっともそれができるほどの余裕はないから当たり前である。

「いったいなんだというのだ。何が起きたのだ」

 不満を口にする義昌。しかしこの時武田家にあまりにも重要な事態が起きていたのである。それは木曽家の命運も左右しかねないものであった。


 義昌は木曽に谷に撤退したのち武田家の本隊も甲斐に引き上げていったことを知った。理由は教えられなかったが、あそこまで勝ち進んでいたのに急に引き返したのだからただ事ではないに決まっている。

「いったい何が起きたのか。真理、何か知らんな」

「申し訳ありません。私には何の報せもありませんでした」

 こんな急な撤退をしなければならない事態ならよほどのことである。考えられるのは謀反甲斐で謀反が起きたとかそういうことだが、それならば何かしら武田家以外から情報が伝わってくるはずである。そうでなければ思い浮かぶのは信玄のみに何かあったということだ。だが義昌はそれを頭の中で否定していた。

「(信玄様に何かあったらさすがに真理に報せがあるはず。それがないのならばこれも考えづらいか)」

 そう考える義昌だがそうなるとますます理由は分からなくなる。戦略的な理由であれば部隊を多少残留させるはずであるがそれもしていなかった。

 考えを巡らせる義昌であるが答えは出ない。そして答えを知っている武田家からは何の連絡もない。これにはさすがに不信を募らせる義昌である。

「手なずけておきたいから嫁がせたとはいえ、私も一応は武田家の一門ではないか」

 武田家の重要な事柄に携われるとは思っていないが、形だけでも一門としての扱いは欲しい。そう考えている義昌であった。だが、この時武田家に起きていることを考えれば義昌が知らないのも仕方のないことである。そもそもこの緊急事態を詳細に把握しているのは一部の一門、重臣だけであった。

 武田家が撤退を始めた理由。それは信玄の体調が急に悪化したことにある。信玄が城攻めの最中に病を患った。初めはそのまま体調の回復を待とうとしたがよくなるどころか悪化したのである。そのため武田家の本隊は撤退を始めたのだ。

 この判断が正しかったかどうかは分からない。だが陣中で重い病に陥った時点でどちらにせよ変わらぬ運命であったのであろう。武田信玄は甲斐への帰還の途中、信濃の駒場で息を引き取った。元亀四年(途中で天正元年に改元、一五七三)享年五一歳である。

 この事態を受けて武田家の重臣たちはまず何もかもを秘密裏に進めようとした。あとを継ぐのは今回の西上作戦でも副将を務めた四男の勝頼を据えればいい。嫡男は信玄と対立し今はすでに亡い。次男三男もそれ其れの理由で跡は継げないから四男の勝頼しかいなかった。これは信玄存命時からの判断である。

 ある意味重臣たちが悩んだのは信玄の遺言の一つであった。

「儂の死を三年間秘密とせよ」

 信玄はこう遺したのである。これについて対外的にはこれを守ればいい。しかし内側に対してはどうするか。どこまで報せればいいのか。これに悩んだ。結局は少し遅れて徐々に知らせていく結果になったのである。

 義昌は正直不満であった。

「私はともかく真理が不憫ではないか」

 父の死を悲しむ妻の横で憤る義昌であった。そこには夫としての妻への愛情がある。だがこの先に巻き起こる激動が二人の関係も悪化させてしまうことになる。

 


 今回の話はある意味義昌のもっとも幸せであった時期の話です。ですからまあこれから先は苦しい目にもあいます。ただそれが戦国乱世の習いであり木曽谷のような境界の領主の運命と言えるでしょう。義昌の激動の人生は子からが本番であります。

 さて武田信玄という巨大な存在を失った武田家は大きな変化を迎えざる負えなくなります。むろん木曽家にも様々な影響がもたらされます。そうした状況の中で義昌はどのような道を選ぶのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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